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女王の赤い薔薇 説明

かなり昔に書いた物の修正版です。元のはHPに掲載してあります。
途中まで修正して投げたのを小説SNSに投稿した事もあります。
今回のは一応最後まで直したので大丈夫だと思います。

書いた当初は当時、流行の兆しを見せていたラノベっぽいのが書きたいなって思ってたような気がします。
ラノベの定義は色々あると思うのですが、私の思うそれは「読みやすい・一人称」って物でした。
カテゴリとしてはBLですが、シリーズなのでCPになるまで至っておりません。そういう意味ではかなり健全です。ですが、ライトミステリーを目指していたので事件シーンなどえげつない表現が入ると思います。苦手な方は回避して下さい。
内容:とある目的をもって真剣に部活選びをしていた一年生が、ひょんな事から変人ばかりのミス研に入ってしまい、事件に巻き込まれるみたいな感じです。

[登場人物]
君塚真澄 一年生 主人公
春日詩音 三年生 美人だけど変人 ミス研部長
ユノ   二年生 美少女だけど変 ミス研部員
五十嵐  三年生 生徒会長
服部   三年生 生徒会書記
綿井   二年生 チャラい 帰宅部
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女王の赤い薔薇1


お人形のような双子だった。
いつも二人で手を繋ぎ、何やらヒソヒソと小声でやり取りしていた。
他の子供たちと遊ぶ事はなく、二人きりで世界が完結している。そんな風に見えて、誰も敢えてそこに入ろうとはしなかった。
歓声を上げて遊ぶ子供たちを冷めた目で見つめる双子。顔立ちはそっくりだったけど、二人を間違える事はなかった。髪型が違っていたのだ。
しーちゃんと呼ばれる子はオカッパで、一方のかのちゃんと呼ばれる子は耳の辺りで揃えたショートカットだった。
姉さんにお菓子を貰って、それを二人に差し出した事がある。
緊張して声が震えそうになるのを必死に堪え「しーちゃん」と呼ぶ。すると、お人形のような目が驚いたように丸くなった。
手のひらに乗せたお菓子を見せると、「ありがとう」と細い声で礼を言ってお菓子を受け取る。それから隣のかのちゃんに目配せをする。
その仕草が子供とは思えないほど自然だったので、ポカンとした。慌てて、残ったもう一つをかのちゃんに差し出すと、目の下をほんのり染めてニッコリと笑った。しーちゃんとは違って、年齢相応の幼さだった。ホンワリとした柔らかい笑顔。
その笑顔が今も忘れられない。







僕の通う高校は、元々、女子校だったそうだ。それが二年前、少子化の煽りを食らって共学になったのだが、今でも男子生徒の数は女子の半分に満たない。
新入生もそれに違わず、女子が二百人いるのに対して男子は僅か六十人。教室に漂う化粧品の匂いと、悲鳴のような甲高い喋り声。それだけでも辟易すると言うのに、男子と言うだけで汚物を見るような眼差しを向けられるのだから堪ったものではない。
それでも中には例外とされる人物もいる。
生徒会に所属している男子はそれだけで憧れの対象となっているらしい。成績優秀な事に加えて、全員が顔立ちの整った美形だからだろう。そしてもう一つの例外が僕のような連中だ。
弱々しく、すぐに泣いてしまいそうな奴。要は、女々しい男子は愛玩用として可愛がられているのだ。
事実とは違うし面と向かって言われた事はないけど、僕はそう理解している。
教室にいても学食に行っても、同級生上級生を問わず女子は全員、僕に優しい。日直を代わってくれたり、注文を代わりにしてくれたり。それが男子の反感を買っているという自覚はあったが、先にも述べたように女子の方が圧倒的に多い校内において、危害を加えられる事などあり得ない。
それに僕の目的から言っても、女子と仲良くする方が得策だった。出来れば上級生の女子と。
だから部活選びは真剣だった。余りに悩み過ぎていまだに決められないほど真剣なのだ。
困った。
殆どの部活を見学したと思う。女子高だったと言うだけあって、茶道部と華道部が一番人気らしい。三年生の多さで言えば、二つのうちのどちらかだろう。だけど、致命的な事に僕は正座が出来ない。だから悩んでしまうのだ。
次に三年生が多いのは演劇部と声楽部。人前に立つのが苦手な僕にそんな所入る勇気がある訳ない。目的を果たしたら辞めてしまえばいいのだが、出来る事なら揉め事は起こしたくない。体育系の部活は男女別だから最初から僕の眼中にない。
本当なら部活ではなく生徒会に入りたいところだけど、今年の生徒会長は男子の上にかなりの曲者らしいと噂を聞いて躊躇っている間に役員は決まってしまったのだ。
どうしたものかと、机に向かって思案していると「君塚!」と呼ばれて顔を上げる。
一目見て二年生だと分かる男子生徒が僕を呼んでいた。名前は知らない。そもそも始めて見る顔だ。
「何ですか」
揉め事を起こしたくない僕は平和主義者でもある。だから呼ばれるまま席を立ち、二年生の傍に行く。
「ちょっと」
軽く顎をしゃくって廊下を歩き出す。僕の都合などお構いなしだ。
それに厭な予感はするものの、放課後なのでいつも助けてくれる女子の姿は既にない。諦めの溜め息をついて二年生の後ろを歩く。
窓から差し込む西日に照らされて、二年生の髪が赤茶色に輝いている。
校則は比較的緩い方だと思うが、髪を染めてピアスまでして怒られないのだろうかと他人事ながら心配になる。
どう見ても先を歩く二年生はチャラそうだ。夜の繁華街なんかが似合うと思う。
そんな事を考えていたら屋上に到着してしまった。
傾き出した太陽の赤い光を浴びて、もうこんな時間なのかと改めて思う。
有無を言わせぬ様子で僕を連れ出した癖に二年生は貝のように口を閉ざしたまま何も言わない。
何なんだ。用がないなら呼び出すなよ。
少し呆気に取られるが、グラウンドから聞こえる歓声についフェンスに近づく。どうやら生徒会が見回りをしているらしい。追っかけとも言える女子の興奮した声がここまで届いている。
先頭を歩いているのが生徒会長の五十嵐さんだろう。近くで見た事はなかったけど、目立つ風貌をしているのですぐに分かる。
緩くウェーブさせた黒髪と周りの生徒より頭一つ高い身長。姿勢よくピンと伸びた背筋。
五十嵐さんが振り返る度に女子が見蕩れて悲鳴のような声を上げている。ああ、平和だなぁ。
そんな事を考えていたら不意に顔の横にある金網がガシャンと揺れる。ビクッとして振り向くと二年生がヘラヘラと笑いながら僕を見ていた。
「何ですか」
二度目になる質問を口にするが、それに返って来た言葉は理解しがたいものだった。
「ああいうのが好み?」
何を差して「ああいうの」と言ってるのか分からない。それにわざわざ屋上まで呼び出して僕の好みなんか聞いてどうするのだろう。
キョトンと首を傾げていると、笑顔のまま真剣な目で更に言う。
「ねぇ、教えてよ」
「……少なくともあなたは僕の好みじゃありません」
中学の時に一度だけ男から告白された事がある。どうして男が男に惚れるのか。個人の嗜好なので構わないのだが、好意の対象が僕である理由が分からなかった。そう質問して返って来た答えは「守ってやりたくなる」という屈辱的とも取れる言葉だった。僕はそこまで弱々しく見えると言うのか、失敬な。
今にして思えば、僕は相手の庇護欲か何かをくすぐっていたのかも知れない。その時は何とか逃げ果せたが、迂闊な事は言わない方がいいだろう。
そう思っての言葉だったが、どうやら火に油を注いでしまったらしい。目を吊り上げてフェンスを掴んでいた手を僕に伸ばして来る。
殴られる。そう思って咄嗟に目を閉じるが、思ったような痛みはない。
おそるおそる目蓋を上げると、いつの間に来たのか背の高い女子が二年生の手首を捻り上げていた。
「イジメカッコワルイ」
カタコトでそう言うとニッコリと笑う。誰がどう見てもバカにしている。
二年生もそれに気付いたのだろう。掴まれた手を振り回して女子を突き飛ばす。
「何だよ、関係ねーだろ」
「何だよと問われたからには答えてやろう。私は三年の春日詩音だ!」
両足広げて腕組んでふんぞり返っている。無駄に偉そうだ。
しかも、質問と答えが噛み合ってるようで噛み合ってない。
腰まで届きそうな真っ黒な髪。それとは反対に抜けるように白い肌。血の色をした赤い唇。クリッとした黒い目が今は好戦的に吊り上がっている。どこからどう見ても純和風の美人だ。
なのに、何か変だ。
ここまで美人だったら少しは自分でもそう思っていていい筈なのに、春日さんの言動はズレている。だいたいからして美人はふんぞり返ったりしないし「ふははは!」なんて悪人笑いもしない。
「平伏せぇい!!」
何だ、この人。
助けて貰っといて何だけど、ちょっとヤバい人なのかも知れない。
二年男子もそう思ったのだろう。胡散臭そうに春日さんを睨みつけて「引っ込んでろ!」と突き飛ばす。だけど、春日さんの方が早い。
スッと音もなくその手を避けて間合いを詰めて来る。
「もう、やだ。何なの、ノリワルーイ。そこは『ハハーッ!』って土下座してくんなくちゃ」
そう言いながら二年生の襟を掴む。
「もう一度言う。私の名前は春日詩音、聞き覚えは?」
一言一句ハキハキと問い掛ける。いや、質問と言うより確認だ。
それに対して二年生が「あ……」と声を上げる。
「三年の片翼、」
「ご名答。クイズ正解者には賞品として最短距離でグラウンドまでの旅行をプレゼントしてやろう」
襟を掴んだままグイグイと押す。そんな事してもフェンスは頭上まであるのだが、春日さんにとっては関係ないらしい。まさかと思うが、もしかしたらフェンスごと二年生を突き落とそうをしているのかも知れない。
女子の細腕でそんな事が出来る筈もないのだが、何となく春日さんならやってしまいそうな気がした。
「やめて下さい!」
咄嗟に春日さんの手を掴んでやめさせる。こうでもしないと二人とも落ちるって思ったんだから必死だ。
僕の制止の所為かどうか、春日さんが手を緩める。その隙を見逃さず二年生が春日さんに殴り掛かろうとする。女子に向かって何て事するんだ。
そう思うが、またしても春日さんの方が早かった。僕の手をスルリとほどき、二年生の肩を掴むと鳩尾目掛けて勢いよく膝を叩き込む。ドスッと重い音がしたと思ったら二年生が屋上に這いつくばる。
「最初からそうしてればいいんだよ」
吐き捨てるように呟き、更にはトドメとばかりにその背中を踏みつけ、僕を振り返る。
「君塚くん?」
首を傾げてニッコリと微笑む。美人はそれだけで得だよなって思うけど、今の暴虐ぶりを目の当たりにしてそんな事で騙されるような男はいない。
「は……い……」
蛇に睨まれた蛙のように僕は微動だに出来ない。それどころか冷たい汗が背中を伝っている。
「やだな、そんなに怯えないでよ。助けてあげたんじゃないの」
確かに。そう言えない事もないのかも知れない。
「あ、すみません。ありがとうございました」
声が震えそうになるのを堪えて何とか礼を言う。続けて「失礼します」と言って逃げようとするのだが、「いいからいいから」と頭を撫でられてしまう。訳が分からず僕はフリーズする。
「可愛い子はみんなで守ってあげないとねぇ」
そんな事を言いながらしつこく僕の頭を撫で続けている。ひとしきり撫で回して気が済んだのか、手を降ろすと「行こうか」と言う。
「え、どこに……?」
春日さんとは初対面だし、待ち合わせしていたのでもない。なのに、当然のようにそんな事を言われてキョトンとしてしまう。そんな僕を振り返り、春日さんがニッコリと唇を吊り上げる。
「イイトコロ、」

女王の赤い薔薇2

訳も分からず、手を引かれるまま連れて来られたのは特別教室の並ぶ三階。その一室。
入学してまだ間がないので、何の教室だか分からない。それでも中に入った瞬間、朧げに理解する。
教室ではなく準備室か何かなのだろう。
そう思った要因は、一つ目に黒板が見当たらない事、二つ目は教室にしてはやけに狭い事だった。
普通の教室の三分の一程度の広さしかない。畳がある訳ではないからよく分からないけど六畳ぐらいといったところか。
でも分かったのはそれだけだった。
窓際に置かれた革張りのソファ、それと並んで冷蔵庫。
教室にしろ準備室にしろ、その二つの存在は奇異だった。
春日さんは僕の手を離すと迷う様子もなく冷蔵庫を開けて中からペットボトルを取り出す。一口飲んで顔を顰める。どうしたのだろうかと手元を覗き込むと炭酸飲料のようだった。
「気が抜けてる……」
恨めしそうに呟き、それをまた冷蔵庫に戻す。そんなに不味いなら冷蔵庫に戻す必要などないように思ったが、僕は部外者なので何も言わないで置く。と、言うか本能的に危機回避能力が働いただけだ。
「何にしても会えて良かったよ」
そう言って仰け反るようにしてソファに腰掛ける。高々と足を組むのでスカートの中まで見えそうだ。そこでも矢張り僕は本能の命じるまま目を逸らす。
そっぽを向いた僕を気にした様子もなく、春日さんは言葉を続ける。
「君を探してたんだ」
そんな事を言われても、僕にとって春日さんは初対面の相手でしかない。良かったなどと言われる心当たりは皆無だった。
「どの部活に入るかもう決めたのかな?」
組んだ膝の上で頬杖をつくとニヤリと笑う。
何度も言うが、春日さんは美人なのだ。それなのに誰がどう見ても悪そうな笑顔を浮かべている。天は二物を与えず。神様はきっと春日さんの頭の中から『女らしい』という概念を根こそぎ消し去ってしまったに違いない。
「いえ、まだですけど」
逃げ出したい一心で正直に答える。嘘なんかついたところですぐバレるだろうし、そうなったらそうなったで後が恐ろしい。屋上で見た二年生の末路を思い出して身震いする。
「そいつは重畳。運がいい」
片手で髪をかきあげ、そのままソファの横に置いてある箱を掴む。春日さんの動きより一拍遅れてサラリと流れる黒髪に意識を奪われてしまう。それぐらい綺麗な髪なのだ。生まれつきと言うのもあるのだろうが、手入れに余念がないのだろう。毛先まで艶々だ。
「ここに署名と学年とクラス」
そう言って僕に差し出して来た紙切れには「入部届け」と書かれている。但し全てが空欄だ。
春日さんが有無を言わせぬ様子なのが恐ろしい。黒い瞳はまっすぐ僕に向けられ、しかも目力が半端ない。断ったらボコボコにされそうだ。霊感商法に引っ掛かる人も案外こういう心境なのかも知れない。胡散臭いって分かってるのに、契約書にサインしてしまうのは恐怖の所為だ。
受け取って名前と学年、クラスを書き込む。ここまでならまだ大丈夫。
そう思ったのは肝心の希望する部活名が入ってなかったからだ。
書き終えた僕の手から春日さんが入部届けを素早く引ったくり、ついでにペンも奪って行く。そしてサラサラッと何やら書き込む。その時になって、物凄く厭な予感がしたけど手遅れだった。
「コピー取って来て」と返された紙は全ての項目が埋まっていたのだ。
何の為に部活選びで悩んだと思ってるんだ。これじゃ詐欺だ。
唖然として見つめる僕に、春日さんがここに来て始めてニコリと花のような笑顔を見せる。
「ようこそ、ミステリ研究同好会へ」




「え、ミステリ……?」
鸚鵡返しにポカンと呟く。
ミステリーってあれだ。人殺しの本だ。
僕だって何冊か読んだ事はあるけど、研究するほど好きって訳じゃない。しかも、入学してからこれまでそんな部活があるなんて聞いた事がない。
瞬きを繰り返していると、春日さんが「早く、コピー」と苛立った声を上げる。思わずそれに従い部屋を飛び出す。正気に戻ったのはコピーを取り終えて戻った所でだった。
なかった事にして貰おう。僕が入りたかったのはそんなマイナーな部活ではないんだから。
そこで入部届けを握りつぶしてしまえば良かったのだが、取りあえず説明しようと思った僕は浅はかだった。
どう説明しようかと考えながらカラカラと戸を開けた途端、目に飛び込んで来た光景に言葉を失う。
「ねぇ、聞いてシオン」
そう言いながら甘えるように春日さんに抱きついている人物がいた。いや、最初は人間だと思わなかった。人形が動いていると思ってギョッとした。
誰だってそう思うだろう。
何しろ、その人物は金髪の縦ロールに水色のワンピースを着用していた。しかも何て言うのか知らないが、中にレースとフリルの白いスカートを履いている。あとで知ったのだが、それはペチコートと言うらしい。頭にはワンピースと同じ素材で出来た大きなリボンを付けている。
幾ら自由な風校で、私服登校が認められているとは言え、これは流石に変だろう。
入学してから僕は私服で登校している生徒を見た事がなかった。一年生は全員が制服のような標準服を着用していたし、二年生も同じだ。中にはタイやリボンを省略する生徒もいるが、一見して制服に見える服装なのだ。三年生になると上にパーカーやセーターを組み合わせる者がいたり、中にはジャージ姿の生徒もいる。それでもやはり学生だと分かる服装なのだ。
それなのに、僕の目の前にいる人物はどう見てもカツラを被っているし、良く見ると目にカラーコンタクトを入れているらしい。どうして誰も注意しないんだ。
僕が呆然としている間に春日さんが先ほどと同じく素早い動きで入部届けを奪い取る。
「ご苦労さま」
そう言って原本をスカートのポケットに押し込み、コピーの方は僕に返してくれる。
「担任の先生には私が提出して置こう」
説明しようと思っていたのに、その隙すら奪われてしまった。口をパクパクさせていると、人形のような人物が僕を振り返り「ん?」と首を傾げる。
パチパチと音がしそうに長い睫毛を上下させ、ジッと見つめて来る。正面から見ると、美少女だ。恐らく化粧をしているのだろうが、元の造りが良くなかったらここまで似合う訳がない。
ただ、その視線からは剣呑な物を感じる。もしかして僕が見つめ過ぎた所為で怒ってるのだろうか。
ヒヤヒヤしながら、「あの、こちらは?」と春日さんに問い掛ける。
「うちの部員のユノだよ」
部員……って事は春日さんが部長なのか。何となく、それだけで僕は逃げ道を塞がれたような気がしてしまう。
「ユノ、新入部員の君塚くんだ」
そう春日さんに紹介され頭を下げようとした途端、「あっ!」と大声を上げられてビビる。
「一年の君塚真澄くんだ!」
フルネームで呼ばれた。
その事に少し面食らうものの、立ち上がったユノさんがピョンピョン跳ねながら近づいて来るので早くも逃げ腰になってしまう。
「おぉ、これが噂の……うんうん、成る程ぉ」
何か良く分からないけど感心されてる。
ユノさんはコクコク頷きながら息が掛かるほど近くまで僕に顔を寄せている。流石に女の人、しかもメチャクチャ可愛い人にそんな事されたら恥ずかしくなる。顔が赤くなるのを押さえきれず後ろに下がる。
「ユノ、真澄ちゃんが怯えてるよ」
ユノさんの後ろから春日さんが襟を掴んで引き寄せる。
それにホッとするけど、さっきと違う呼び方をされている事に気付いて何だか複雑な気分になる。
「だってぇ」
甘えたようにシナを作ったユノさんが懲りずに僕を見つめる。
「君塚真澄くんと言えば、五十嵐がぞっこんラブな一年生でしょー?」
何だろう、死語が聞こえたような気がする。ぞっこん……しかもラブ……って。
ユノさんの言葉に春日さんが意地の悪い笑い方をする。僕の顔つきが可笑しかったのだろうか。
「そうそう、あの五十嵐がね」
あの、と言う所にアクセントを置く。そんな事を言われても僕には何の事だかさっぱり分からない。
五十嵐って、生徒会長の五十嵐さんだろうか。
でも、ぞっこんって言われてもこれまで口をきいた事もないんだけど。
怪訝な顔をする僕にユノさんが「これなら分かるー」と嬉しそうな声を上げる。
「だって可愛いもん」
いやいや、可愛いのはあなたの方ですよ。そう心の中で返しながら、僕はひたすら疲れていた。
そんな僕に春日さんが追い打ちを掛ける。
「んじゃ、真澄ちゃんにはコピーを持って生徒会室に行って貰おうかな」
「どうしてですか」
「部費のお願いをしないとね」
そう言って説明されたのは、ミステリ研究会は部活として認められていないと言う事だった。何でも部員三名以上でないと認められないらしい。僕が入った事で部員が三人になったのだから部活として認め、その上で部費を出してくれと言う事らしかった。
それなりに納得しそうになるが、ちょっと待てと思う。
たった三人のミステリ研究会。うち一人は僕なので、残る二人は春日さんとユノさんと言う事になる。僕が入りたかった部活は上級生の女子が沢山いる所であって、綺麗なだけの変人がたむろするマイナーな部活ではない。断じて違う。
それにそもそもそういう交渉は部長である春日さんがするべきなんじゃないのか。
僕の視線から何を言いたいのか読み取ったのだろう、春日さんが笑顔を崩さず言葉を続ける。
「私が行くより真澄ちゃんが行った方が面白いからね」

女王の赤い薔薇3

教えられた通り廊下を進むと、生徒会室のドアの前に到着した。
それは当然と言えば当然なのだが、何となく意外だった。春日さんの事だから面白半分にデタラメを言ったかも知れないと、少し不安だったのだ。だから肩透かしを食らったような気がして物足りない。いやいや、それこそ気の所為だ。早くも毒されたか。
でも、こうして無事に生徒会室に到着した。あとは役員の誰かに入部届けのコピーを渡せばお役御免な筈だった。
落ち着く為に軽く呼吸を一つ。それから胸の位置に手を上げノックする。
コンコン。
思いのほか軽い音がする。
ドアの見た目は重厚そうなだが、他の教室と同じ合板なのだろう。
暫く待ってみるが返事はない。まさか、もう帰ったとか言うなよ。
今度は声を掛けながらドアをノックしてみる。
「すみません、誰かいませんか」
すると僕の声に応えるかのように室内で物音がする。良かった、誰かいる。
ドアが開いたらコピーを渡す。
たったそれだけの動作を何度も頭の中でお浚いしていると、ガタッと内側からドアが開かれる。
「あ……」
驚きの余り声が出ない。
ドアを開けたのはファンクラブがあるのではないかと思うぐらい騒がれている生徒会長その人だった。
近くで見ると思ったより背が高い。思わず足元を見下ろして段差がない事を確認する。それぐらい背が高い。
「君は一年の、」
深みのある低音で問われて、思わずハッとする。小さく頷き返して用件を切り出す。
「君塚です。部長の代理で来ました」
そう言ってコピーした入部届けを差し出すのに、会長の五十嵐さんは目を逸らしてしまう。あれ……僕に好意を寄せてるって聞いたんだけど、そうじゃないのかな。別に期待してた訳じゃないけど、何だか少しガッカリしてしまうのは目の前の生徒会長が稀に見る美形だからだろう。
「あの、」
目を逸らすだけでなく背中まで向けられてしまって、僕は手にしたコピーをどうしたらいいのか分からなくなり、途方に暮れる。
幾ら何でも失礼じゃないか、この生徒会長。こっちは初対面なんだけど。
「君塚真澄くん」
フルネームで呼ばれて今度は首を傾げてしまう。
今まで気が付かなかったけど、この学校では相手をフルネームで呼ぶ決まりがあるのかも知れない。でも、続けられた言葉に僕は顔色を変えて一歩後ろに下がる。
「四月六日生まれの牡羊座、血液型はB。好きな食べ物はパスタなどの麺類。嫌いな物は特になし。両親との三人家族で、中学二年の時に他県からこちらに引っ越して来た。受験の為にか、その跡は駅前の塾に通っていたものの、高校入学と同時に辞めている。付き合っている彼女はなし。特に親しくしている友人もいない。因みに私との相性は最高だ」
えぇっと、何これ。ちょっと怖いんですけど。
特に隠している事ではないのだから、調べようと思えばすぐに分かるような事ばかりだ。でも、初対面の相手にズバズバ言われて楽しい気分になるようなものじゃない。どちらかと言えば気味が悪い。しかも最後の相性がどうこうってのは全くもって理解出来ない。もしかしたらストーカーと呼ばれる人種なのかも知れない。
「部長に言われて持って来ました」
さっさと用件を済まして逃げよう。どんなにカッコ良くても変人は変人。春日さんとユノさんだけで既に容量はオーバーしている、これ以上、変人と関わって堪るか。
僕が差し出したコピーをマジマジと見下ろし、五十嵐さんがフッと溜め息をつく。
変人だと分かっていてもカッコ良くて見とれそうになる。
黒い巻き毛と、その下から覗く黒い瞳。春日さんほどではないが、目力が強い。その目を少し細めて困ったように唇を曲げている。
「負けたか」
その唇から漏れた言葉に僕は首を傾げる。何に負けたと言うのだろう。
「そうか……ミス研に入ってしまったのか。春日の思うツボと言うのも悔しいが、考えようによっては予定通りとも言える。それに負けは負けだ、仕方ない」
そう言うと僕の手からコピーを受け取り机の引き出しを開けると、ファイルの中から何やら書類を取り出す。そしてポンと判子を押して僕に渡して来る。
怪訝な顔をしたまま受け取ると、そこには『企画提出書』とあって、『ミステリーツアー』と書かれている。
「何ですか、これ」
「ミス研主催の企画書だ。本来ならこういう企画に許可は出せないのだが、相手はあの春日だからな」
「はぁ……」
まぁ、確かに。春日さん相手に真っ当な事を言っても無駄だと思う。あの人はどんな局面にあっても他人の許可など必要としないだろう。
でも、気の所為なのかも知れないけど、生徒会長の態度が何だか僕の所為で許可を出さざるを得なくなったって感じだったのはどうしてだろう。
「賭けをしてたんだよ。君がミス研に入るかどうか」
……この学校どうなってるんだ。
生徒会長が賭けなんかしていいのか。しかもその内容が意味不明にも程がある。
「安全確認のため、生徒会も同行すると春日に言っておいてくれ」
「はぁ、」
釈然としないながらも、言い返すよりも逃げ出す方を選んだ僕は五十嵐さんに頷いて生徒会室を後にする。
廊下を歩きながら渡された企画書に目を通す。
どうやら空き家で謎解きごっこをするらしい。日時と場所に続いて参加要項が書かれている。参加資格は男子のみ、当日は午後六時に現地集合。動きやすい服装で来るように。
そして最後に但し書き。何があっても口外しない事。
随分、おかしな企画だ。
元々が女子校なのだから生徒数は女子の方が多い。それなのに男子のみだなんて誰も来なかったらどうするつもりなんだろう。それに最後の口外するなってのも変だ。一体、何が起こると言うのか。
ミステリーと言うくらいだから何らかの仕掛けがあるのだろうとは思う。でも、そもそもミス研は僕を除けば春日さんとユノさんの二人きり。か弱いとは言えないような二人だが、女の子だけでどうやって企画の準備をするつもりなのだろう。空き家の持ち主の了解は得たのだろうか。
首を傾げながら部室に戻ると、ソファに座ったまま春日さんが「ご苦労様」とねぎらってくれる。足を組んで軽く身体を斜めに倒した姿勢はまるで女王様のようだった。
「お疲れ、真澄ちゃん」
その声に振り返ると、ティーセットを持ったユノさんがニッコリと笑っている。こっちは不思議の国のアリスだ。だったら僕はさしずめトランプ兵と言ったところか。首を刎ねられないように気を付けよう。
「どうだった?」
その質問に企画書を出すと、それを受け取りながら春日さんが「五十嵐の事だよ」と言う。
「……まぁ、普通にカッコいいと思いますけど」
企画書の『許可』の文字に唇を吊り上げながら「けど?」と揚げ足を取って来る。
「変な人ですよね」
そう答えるとユノさんを顔を見合わせて同時に爆笑する。
クスクスとかアハハとかは物足りない。二人とも身を捩って大爆笑している。春日さんに至ってはソファを叩いて笑い続けている。
「………んはぁっ、おかしい!」
笑い過ぎて酸欠でも起こしたのか、変な声を上げる。
「あの五十嵐が……変って!もう!カッコつけなのに……ああ、想像付く!どうせ、真澄ちゃんの事を何でも知ってるみたいな事を言ったんでしょ」
目に涙を溜めて僕を見つめる。その通りなので返事は省略する。
「はいはい、笑ってお腹が空いた所でおやつにしましょう」
ユノさんが冷蔵庫を開けて何やら取り出す。見るとケーキが入ってそうな白い大きな箱だった。
「今日は真澄ちゃんの歓迎会と言う事で急遽、タルトを用意しました」
ジャーンと効果音を口に言いながら箱を上げる。デコレーションされたケーキのような華やかさはないが、上に乗ったオレンジが美味しそうだった。
「でかした、ユノ」
春日さんが嬉しそうにユノさんを褒める。甘い物が好きなのか、やっぱり女の子だなと思いながら眺めていると、「それで?」と僕に話を振って来る。
「何がですか」
「五十嵐だよ、他に何か言ってなかった?」
「ああ、安全管理の為に同行するとかって」
「ふぅん」
さして興味がないのか、どうでも良さそうに相槌を返して来る。ユノさんが切り分けるタルトに意識が集中しているのかも知れない。そう思った途端、「やっぱりね、一枚噛んで来るか」と呟く。
「え?」
キョトンと聞き返すと、何でもないと言うように緩く首を振る。
そのあとは結局タルトを食べただけで解散となり、春日さんの言葉はうやむやのままになってしまった。

女王の赤い薔薇4

おやつを食べて解散と言われたので、素直に学校を後にした。
家までの道程をダラダラ歩きながら、予定外な事になってしまったと後悔する。
女子の多い部活に入ろうと思ったのは目的があったからなのだ。
その為に高校も選んだと言うのに思わぬ所で躓いてしまった。
母方のイトコである美波の事を知りたかった。
四つ年上の美波は、親戚と言うよりも姉のような存在だった。家が近かった事もあってよく遊んで貰った。
部屋で本を読んで貰ったり、トランプをしたり。天気のいい日は庭でかくれんぼをした記憶がある。だが二人きりのかくれんぼは淋しさを増し、このまま見つけて貰えなかったと想像して涙ぐんだ記憶がある。
それを知っていたのかどうか。
美波は学校の友達を呼ぶようになり、気が付いたら近所の子供たちの溜まり場となっていた。
そこで色んな子と出会った。全員が自分よりも年上だったのだろうが、一緒に遊ぶ分には関係ない。渾名で呼び合い駆けずり回った。
そうすると今度は帰るのが辛くなる。
帰りたくないと駄々を捏ねて泣出すと、美波は困ったように首を傾げて「みんなには内緒だよ」と言ってお菓子をくれた。
両親が引っ越しを決めた時も僕は泣いた。
新しく出来た友達と別れるのが辛くて、美波と会えないのが悲しくて。
すると、いつものように美波がお菓子をくれた。イチゴ味の飴だ。
口に入れるとすぐに溶けてしまうそれを舌で転がす僕を見て美波がニッコリと笑った。
「大丈夫だよ」
その言葉に何がと問い返したかったけど、何も言わなかった。
大丈夫、大丈夫。
その言葉と甘い味だけを記憶に留めようと必死だったのだ。
今となっては、遠い過去の思い出だ。
美波はもういないのだ。
一年前に死んでしまった。自殺だったのだと言う。
僕が葬式に出る事は許されず、墓の場所さえ教えて貰えない。美波の家族は引っ越してしまい、今は海外にいるらしい。
何があったのか分からない。
美波の家族と特別仲が悪かったと言う訳ではない。寧ろその反対だ。
それなのに美波に関する話題は僕の家ではタブーとなってしまった。
何を訊いても答えて貰えない。両親は困ったように眉を寄せて、わざとらしい口調で話を逸らしてしまうのだ。
だから、僕は自分で調べようと思った。
美波が通っていた学校に行けば、何か分かるかも知れない。何でもいい。
死にたいと思うような何かがあったのだ、美波に。
その理由を僕は知りたかった。


思いのほか、ミステリーツアーは好評なようだった。
チラホラと参加者が集まり、最終的には十人を越えた。
男子のみ募集としたにも関わらず、女子からも数名申込があった。更に言うならアベックの申込もあった。だが、春日さんがキッパリと断った。それらを入れたら三十人以上になっていたかも知れない。
アベックで参加したい人達の気持ちも分かる。
他にも参加者がいるとは言え、夜を一緒に過ごせるのだ。しかも学校公認の行事でだ。
しかし、春日さんには何か狙いがあるらしく、食い下がって来る希望者に対して取りつく島もなかった。
アベック禁止、女子のグループも同じく禁止。
どう考えても男子を集めたかったのだと言うのが見え見えだ。
しかも参加する一人一人に聞き込みをした。ユノさんは目立ち過ぎるって理由から殆ど僕一人で調べ上げたようなものだ。
春日さんから渡されたチェックシートには質問が箇条書きされている。
過去に幽霊を見た事があると吹聴したか否か、宇宙人の存在を信じているか、お化け屋敷が好きか。
これら全てにイエスと答えた人は不参加、全部ノーも駄目。
意味不明なこれら質問で何が分かると言うのだろう。
でも、一つだけ言える事は「過去に幽霊を見た事があると吹聴したか否か」。
この質問だけは他のものと意味合いが違う。心霊現象に遭遇した事よりも、それを誰かに言った事があるかどうか。もっと言うなら、心霊現象に遭った事が前提になっている。
この質問だけ何だか主旨がよく分からない。それは分かるが、それ以上は理解不能だ。
春日さんは何が知りたいんだろう。

女王の赤い薔薇5

当日は良く晴れていた。だが、何しろミステリーツアーなので集合は夜の六時。陽はとうに暮れて、辺りは薄暗い。
渡された懐中電灯を握りしめながらトボトボと歩く僕の足取りは重い。
準備の為、春日さんとユノさんは現地にいる。
そして案内役として、僕が参加者を迎えに集合場所まで向かっているのだった。
それは分かる。分かるけど……何だか釈然としない。
校門前に到着すると、既に参加者は全員揃っていた。
放課後、それも校内ではないと言う事で、全員ラフな私服だ。だけど、五十嵐さんだけは細身のスーツ姿でひと際目立っている。何なの、あの人。自分カッコいいとでも思ってるんですかね。まぁ、カッコいいけど。
しょうもない事を思いつつ、そちらに近づくと「遅い」と叱責を受けてしまう。
「案内役が遅れてどうする」
美形に真顔でそんな事言われたら誰だって「すみません」って言いたくなる。でも、春日さんに声を出すなって厳命されたのを思い出して、フルフルッと首を振る。
そんな僕を見て、五十嵐さんがふむと腕を組む。
「まぁ、その格好を見たら理由は分かるが……それは春日の趣味か、それとも君の趣味なのか?」
最悪だ。
案内役を命じられ、はいはいと気軽に頷いてしまった後に衣装を見せられた僕は心の底から拒否したくなった。
だって、それはそうだろ。水色のワンピースに白いエプロン、頭にはリボン。
ユノさんがいつか着ていたアリスのような衣装だったのだ。
スカートの下にはレースをふんだんにあしらったペチコートを履いているけど、やっぱりこれはどう見ても女装でしかない。
春日さんとユノさんは「可愛い」を連発してくれたけど、ちっとも嬉しくない。しかも、「これなら真澄ちゃんだって分からないよ」とまで言ってた癖に……五十嵐さんに一発でバレてますけど。
膨らんだスカートも、鬱陶しい巻き毛のウィッグも、顔に塗られた化粧も、こうなったら無意味だ。無意味どころか気まずい。そももそも、変装が必要な理由が知りたい。
「まぁ、いい。早く案内してやれ」
五十嵐さんの言葉にペコペコ頭を下げながら、後ろにいる全員に手で付いて来るように促す。
流石に声出したら男だってバレるし、春日さんから一言も喋るなって釘刺されてるし。
渡された地図を頼りに学校を出発する。
何かね……もう、これがまた春日さんの性格をあらわしてるって言うか。何が何だか分からない地図で困る。本当、困る。
ひっくり返したりしながら、だいたいこっちだろうなって歩いてたら後ろから肩を掴まれてビクッとする。
「そうじゃない、こっちだ」
耳元でそう囁いて、僕の肩を抱いたまま五十嵐さんが歩き出す。
え、何で。
どうして五十嵐さんが道を知ってるの。って言うか、知ってるなら僕が迎えに行く必要なんてないんじゃないの?
訳が分からず、呆然と足を動かしていてハッとする。
そうじゃない。何で肩を抱かれてるんだっての!
ジタバタ暴れて五十嵐さんの手から逃げる。
僕にだって警戒心ぐらいある。
何しろ、男に迫られてミス研に入ったのはちょっと前の出来事だ。そんなにホイホイ、男を誘ってるつもりはないけど、だからと言って気安く肩を抱かれて黙ってられるほど悠長な性格でもない。
金髪のウィッグの下から睨むけど、五十嵐さんは可笑しそうに唇を吊り上げて肩を竦めるだけだ。
何て言うか、手慣れてる。もっと警戒しないと。

女王の赤い薔薇6

教えられた通りに進む内、既視感に襲われる。
小さい頃、手を繋いで歩いた道。誰と。
白くて暖かいその手は美波に決まっている。だが、そんな筈はないのだ。
美波は死んでしまったし、僕はもう高校生だ。
でも、この道は間違いなく美波の家へと続いている。そんなバカな。
頭を振ってその考えを押しやろうとするのに上手く行かない。
程なくして、住宅街を抜けた小高い丘の上に一軒の家が建っていた。
それを見上げてポカンとする。
どうして、ここでミステリーツアーを?
ここに来て始めて春日さんを疑う。
年齢的に考えれば親交があったのかも知れないとは思う。でも、美波の家に集まるのは親が留守とかで行き場のない子供たちだけだった筈。春日さんがそのうちの一人だっとは思えない。一人でも全然平気そうだ。でも、少なくとも面識はあった。そういう事なのだ。
そうでなかったら、この家を知っている筈はないのだから。
無人となった家の前でユノさんが僕たちを待っていた。
ピンクの花柄スカートに白いモコモコとしたパーカーを着込んでいる。その所為か、夜目にもハッキリとその姿が映って、何と言うか、一瞬前に抱いた緊張すらどこか行ってしまいそうだった。
「来た来たぁ」
間延びした声を上げ、パーカーのフードを被る。そこからタランと伸びた何かは、どうやら耳のようだった。ウサ耳パーカーか。しかも色は白と来た。
ユノさんがアリスをやれば良かったんじゃないのか。
「遅刻しちゃうよ、アリス。急いで」
やっぱり僕がアリスで、ユノさんが白ウサギか。そう思った途端、そこはお伽の国になった……ような気がした。
じゃ、春日さんは何だろう。
「早く早く、急がないと首を刎ねられちゃうよー」
その言葉でピンと来る。
春日さんはハートの女王なのだろう。似合うと言えば似合うのだが、機嫌を損ねたら躊躇いなく首を刎ねられるだろうと納得も出来てしまうので、少しばかりゾッとする。
ユノさんに手を取られるまま家の中に入る。
前に来た時と何も変わっていない。
半ば廃墟と化しているので、靴は履いたままだ。
玄関には大きなシャンデリア。不似合いでしょ、と笑っていた美波の顔が思い出す。
たった数年前の事なのに、遥か昔の出来事のように切なくなる。
美波が死んで、一緒に住んでいた祖母が入院して、この家の管理は近所の不動産屋に頼んだと聞いたが、こうして中に入れると言う事は、春日さんが鍵を持っているのだろう。どんな裏技を使ったのやら。
「んじゃ、先に点呼しまーす」
ユノさんがスカートのポケットからメモを取り出して言う。
きっと参加者の名簿なのだろう。
「名前を呼ばれたら返事して下さいねー」
急いでいると入ってた割りにのんびりした声だ。イヤな事なんか何もない、フワフワとしたおとぎの国にでも住んでいるような朗らかさ。
羨ましいと、ちょっとだけ思う。
美波が死んだと聞いてから、僕の中には暗闇しか残ってないから。
屈託ない様子のユノさんを見ていると、少しだけ昔を思い出して切なくなる。
それなのに、五十嵐さんが僕の肩を掴んで引っ張るものだから突如として現実に戻されてしまう。
「下がってろ」
どうして五十嵐さんに命令されなくちゃならないのか理解出来ない。
そりゃ、部活の一環としてここにいるんだから、生徒会長の言う事は絶対なんだろうなって思う。でも、ミステリーツアーを仕切っているのはミス研の部長である春日さんの筈だ。
言ってみるなら、生徒会と言えど、五十嵐さんは部外者。その筈なのに、まるでこの後の進行が分かってみたいに指図して来るのが少し癇にさわる。
出来るだけ険しい顔で振り返ると、五十嵐さんが戯けたように肩を竦める。
迫力ないですよね、僕の睨みなんか。
そうガックリしていると、僕の耳元に唇を寄せて来る。
「あれは篩いに掛けてるだけだ。心配しなくても犯人は最後まで残る」
犯人って、何?
キョトンと首を傾げる。
そりゃ、春日さんに何らかの思惑があるだろうなって事は何となく分かってた。そして、美波と面識があっただろうって事も、ここに来て分かった。
だからって、犯人なんて言われても何の事だかピンと来ない。
美波が死んだのは自殺で、そこに犯人なんて呼ばれる人物がいるなんて考えた事もない。
ユノさんにしては早口で参加者の名前を呼び上げている。
その声を聞きながら改めて全員の顔を見ようとするが、夕闇迫る時間帯の事でよく見えなかった。だが、これだけは分かる。
みんな、ユノさんのコスプレに呆然と見とれている。
それはそうだろう。薄闇の中に建つ廃墟、その前でフワフワと動き回る白ウサギのようなユノさん。怖いんだか可愛いんだか、よく分からない。
と、ユノさんを追いこして五十嵐さんが中に足を一歩踏み入れる。
何処から取り出したのか黒い帽子を頭に乗せ、恭しくお辞儀をする。
「さぁ、皆さん。ようこそ気狂い帽子屋のお茶会へ」
吃驚、だ。
これには参加者よりも僕の方が驚いた。
「さ、主役は当然アリス」
そう言うと僕の手を取りエスコートする。
「あ、アリスを案内するのはウサギの役目なのに~」
不満そうに頬を膨らますユノさんに五十嵐さんは冷たく振り返る。
「早くしないと女王に首を刎ねられるぞ?」
「チェッ、……と、アリス!!」
「え?」
突然、五十嵐さんの手を払い除けるようにユノさんに手を取られ吃驚して大声を出してしまう。
「予定変更だ。このまま裁判に参加しろ」
「は……?」
確か春日さんには『お化け屋敷』に皆を案内したら帰っていいって言われていたけど。
それよりユノさんの口調がいつもと違う事にビックリしてしまう。
語尾を伸ばしす甘ったるい喋り方じゃなかった。事務的な素っ気ない口調だったのだ。
訳が分からずに聞き返すがユノさんは「遅刻だ遅刻だ」とブツブツ呟きながら奥のドアを潜ってしまう。

女王の赤い薔薇7

「さ、アリス」
五十嵐さんに手招きされて部屋の中央のテーブルに着席する。
「さて、お茶は行き渡ったかな?それでは今日のこのパーティを皆さんが楽しめるように先ずは乾杯!」
そう言って五十嵐さんがティーカップを持ち上げると、それに吊られて参加者達も乾杯する。
何が何だか分からずに僕だけがカップを両手に抱えたままキョトンとする。
「おやおや、可愛いアリスはすっかり混乱しているようだ。それではアリスの為に、そして諸君の為にも今日のパーティに関して少し説明をしておこうか」
何で五十嵐さんが説明するんだろ?
春日さんの話だと、僕はアリスの格好をしてこの屋敷の前まで皆を連れて来る。そしたら玄関にユノさんがいるからそれとバトンタッチして後は帰っていいって事だった。
なのに五十嵐さんがマッドハターで、しかも説明をする言う。
説明って何を?
「アリス、そんなに可愛い顔で睨まないでくれ」
参ったと言わんばかりに五十嵐さんが眉間に指を当てて言う。
可愛いかどうかなんてどうでもいいが、これが睨まずにいられるか。
「さてさて、諸君はこの洋館にまつわる恐怖談を知ってるかな?」
参加者の全員が困惑したように互いに顔を見合わす。
「困った人達だな。自分が参加するイベントについて少しぐらい下調べしないのか?ま、いい」
そう言うと帽子を手に取り指先でクルクル回す。
「何、簡単な話だ。昔、この屋敷にはお金持ちの一家が住んでいた。仕事の忙しい両親は留守がちだったが、優しい祖母と可愛らしい娘……そう、丁度アリスのように可憐な乙女が住んでいた」
五十嵐さんがいらん注釈を付けるので軽く睨む。そもそも、何キャラなんだそれ。
「おっと、話が逸れてしまったかな?面倒見のいい娘は近所の子供たちを集めて、今のようにお茶会を開いたりしていた。まぁ、そんな訳で一家はとても幸せだった。だが、娘が年頃になると言い寄る男が尽きなくなる。両親はおおらかな人で気にも止めて なかった。娘も素直な性格だったのでけんもほろろに断るような事はしなかった。だが、意中の人はいなかったんだな。そこで悲劇が起こる」
帽子が五十嵐さんの指から逃げて床に音もなく落ちる。
「娘に関する根も葉もない噂が飛び交った。違うと否定しても、ムキになるのが怪しいと言われる始末だ。そこで娘は、そんな噂もそのうち消えるだろうと気にしない事にした。それが間違いだった」
そこで言葉を切って僕を見る。
先ほどまでの茶目っ気たっぷりなものではなく、それは気遣うような優しい眼差しだった。でも、そんな目で見られても僕に心当たりはない。
いや、少しだけある。
五十嵐さんの言う『娘』は美波の事なのだろう。でも、よくない噂って?
キョトンと首を傾げると、困ったように溜め息をついて再び言葉を続ける。
「ある晩、蒸し暑い夜だった。娘は自分の部屋が二階にあるから油断してたのだろう。窓を開け放したまま眠ってしまった。深夜、人の気配がして目を覚ますと 見知らぬ男が娘の上に乗っていた。助けを求めようにも両親は仕事で留守だし、他に家にいるのは耳の遠くなった祖母だけ。手足を縛られ口も塞がれ、娘は抵抗らしい抵抗も出来ず男に強姦されてしまう。翌朝、元気のない娘を気遣って両親 は色々質問するが答える筈がない。そして悲劇はそれから数ヶ月後に起きた」
お伽話風なのに、何だか少し生臭い。否、この話は聞きたくない。
まさか美波が……信じられない。
テーブルの周りにいる全員の顔を見て五十嵐さんが言葉を続ける。
「娘は妊娠していた」
ビクンと誰かが震えた。ただ、蝋燭だけの明りの中、それが誰だったのか分からなかった。
「両親はそれを知って驚いた。娘に相手の名を問い質すが、何しろ娘も知らなかったのだから答えられる訳がない。そして今度は娘に子供を中絶するように説得 する。が、これも娘は拒否する。娘の心中は分からないけど、両親もこれには困り果ててしまった。そうして言い争っている内に五ヶ月を過ぎてしまい、中絶さ せられなくなってしまう。妊娠が分かった初期の頃は娘は今にも死んでしまうのではないかと絶望した顔つきをしていたが安定して来るにつれ、落ち着きを取り 戻し、慈愛溢れる眼差しでまだ生まれぬ我が子を見つめるようだった。それに両親は折れた。娘に子供を生ませてやる事に決めたんだ。それから娘は学校をやめ、半年程過ぎて娘は 無事に元気な赤ちゃんを産んだ。ま、大変は大変な事なのだろうけど、誰の子か分からない赤ん坊でも娘にとっては掛け替えないのない我が子だ。こうして一家が平和を取り戻した頃、またもや悪魔は訪れた」
淡々と話す五十嵐さんが少し怖くなる。
「男は娘が子供を産んだと噂で聞いていても立ってもいられなくなってある日、この屋敷を訪れてみた。生憎、両親と祖母は外出しており娘と赤ちゃんの二 人だった。そこで何があったのか誰も知らない。だが、帰宅した両親が見たものは血まみれで息をしていない赤ん坊と正気を失った娘だった。娘はその後、施設に入れられたが治療の甲斐なく自殺してしまう。両親は世間体を気にして祖母を連れて余所に引っ越し、この屋敷は廃虚となった。その娘の幽霊が我が子を求めてこの屋敷に現れるというだけの怪談だ」
具体的な名称が何一つ出て来ない所為か、それとも五十嵐さんの語り口の所為か、酷く現実離れしたまるで造り話のような感じがした。
まぁ、今の話が嘘八百だったとしても演出なのだ。
きっと現実ではない。
握りしめた拳を見つめながら、違うと口の中で呟く。
そんな事があったなんて絶対に僕は信じない。
きっと今の話は適当にでっち上げた出鱈目だ。
「さぁ、アリスお茶が冷めてしまったね。おや?今の話が怖かったのかな?」
考え込んでいた僕の反応はやや遅かった。
五十嵐さんは僕の肩を抱き寄せるとチュッと頬にキスして来た。
「んぎゃ!何す…」
途中で五十嵐さんに口を塞がれる。
「魔よけのお呪いだよ。それにしてもアリス、女の子なのだからもっと可愛らしい悲鳴の方がいいね」
あ、僕の正体が皆にバレるって事か。だとしたら五十嵐さんがそんな事しなければ僕はあんな声を出さずに済んだんじゃないのか?
「さて、そろそろ次のステージへ向かう時間がやって来たようだ。皆さんのご武運をお祈りしてますよ」
そう言われて見てみると奥のドアの前に僅かな明りでも一際目立つ白い塊、否、ユノさんの姿が見えた。

女王の赤い薔薇8

「アリス急いで。他の人も急いで」
忙しなくこちらを手招きしている。
ユノさんの傍に向かいドアの手前で振り返ると五十嵐さんがのほほんと手を振っていた。
「ここからが本当の恐怖体験となる。誰か一人にはね、間違いなく」
僕にだけ聞こえるように小声で囁く。
それに首を傾げていると、とユノさんが間に入るようにして僕を押しやる。
「早く、アリス。裁判に遅れちゃう」
「裁判?」
「そう、女王様の裁判だよ」
パフパフと頭に取り付けた耳を振ってユノさんが答える。
先に行く参加者を押し退け、ユノさんは廊下を進み突き当たりのドアに手を掛ける。
「はいはい、注目して下さいねー。では、ここで点呼しまーす。い~ち」
当然だが、誰もそれに続かない。
「うわっ、ノリ悪ぅ。もう一回、い~ち!」
ユノさんの後ろにいた人が渋々それに倣う。
「に~」
その声に振り返ると、僕がミス研に入る切っ掛けとなった二年生が不貞腐れたように立っていた。後で知ったのだが、部活は何もしていなくて夜遊び魔人とか変な渾名らしい。確かにちょっと長めの茶髪にピアスなのでいかにも遊んでいそうだ。
「さん、」
次に答えたのは僕と同じクラスの山本だ。陸上部に入っていると思ったけどそれ程親しい訳ではないので良く知らない。
「よ~ん!」
やけにノリノリで答えたのは三年生だ。確か服部さんだったか。生徒会で書記をしているから顔は見た事がある。先程の五十嵐さんの話の間も何やらニヤ ニヤしていた。僕はそうは思わないけど、周囲からは堅物と思われている五十嵐さんがあんな事するから面白かったのだろう。
点呼は進み、僕の手前までやって来た。
「十三」
静かに落ち着いた声で答えたのは監督役の教師である坂田先生だ。文芸部の顧問とか聞いたような気がする。春日さんが無理矢理頼み込んで監督役をさせたのだそうだ。
僕が続こうとするとユノさんがそれを遮る。
「全員いますかぁ?アリス、こっち来て」
言われて横に並ぶとユノさんがギュッと僕の手を握る。その手は何故か汗ばんでいる。
もしかして緊張している……?
「行きますよー?」
そんな事は気付かせないのほほんとした声で言うと同時に片手で重そうなドアを押し開く。
中は大きな机。その上にポツンと火のつけられた蝋燭が乗っている。
机に軽く腰掛けて僕達を待っていたのは予想した通り、春日さんだった。窓に向かってどうやら腕を組んでいるらしい。
そんな春日さんの前に回り込んでユノさんが何やら説明する。
フワッと重力を感じさせない動きで春日さんは立ち上がると僕を見て少し困ったように頬笑む。
やっぱり春日さんって美人だ。
続けて入って来た参加者を確認して春日さんは机を回って僕達と向かい合って立つ。
スリットの深い黒のタイトスカート。覗く綺麗な足は網タイツにストラップの付いたピンヒール。上はフンワリとした真っ赤なブラウス。長い髪は高い位置で結い上げ、後れ毛が頬に掛かって綺麗な上に妖艶だった。
ブラウスと同じ位真っ赤な唇がゆっくりとほころぶ。
「ようこそ、皆さん。ハートの女王の裁判へ」
誰もが見とれて身動き一つしなかった。

女王の赤い薔薇9

誰かが小さく口笛を吹いた。
「さて、白ウサギ?」
春日さんが色っぽい流し目でユノさんを見る。
ユノさんはそれに全く怯む事なく中央に進むとポケットからレポート用紙を取り出す。
「はい、今回の裁判は誰が……女王様の薔薇を枯らしたのか、であります」
つっかえつっかえユノさんが読み上げる。
春日さんがそれに鷹揚に頷く。
「女王様一番のお気に入りの美しい薔薇の花びらを毟り、枯らせた犯人がこの中におります。今回は公平を期す為に本件とは無関係であるアリスも同席させております。宜しかったでしょうか?」
ユノさんの言葉に春日さんは僕を見て仕方がないとばかりに渋々と頷いてみせる。
それにホッとした様子でユノさんが続けて言う。
「薔薇はその華美な外見とは裏腹に奥ゆかしく可憐でした。誰もが薔薇を敬愛し、憧憬を抱きました。なのに、花が開き切るその前に無惨にも枯らした犯人に情状酌量の余地はありません。女王様、吟味を」
「罪状はウサギの言う通り。しかし、私とて横暴ではないのだから犯人にも反省する時間を与えたいと思う。今この場で潔く名乗り出るなら極刑は許しましょう」
そう言うと参加者を感情の窺えぬ目で見回す。
ミステリーツアーだった筈なのに裁判になっている。だけど、それを指摘する人は誰もいない。みんな雰囲気に飲まれてしまったのか、呆然と立ち尽くしている。
その隙にユノさんが僕の手を取って壁際の椅子に座らせる。
「さぁ、自分の罪を白状しなさい」
迫力に満ちた春日さんの声が部屋に響く。
それに、僕は膝の上でスカートの裾を握りしめる。
美波が死んだ理由は分かった。
五十嵐さんの言う通り、何者かに襲われ身籠りその子供を殺された。
美波がそんな酷い目に遭う理由なんかない。でも、それが事実なのだ。
そして、その犯人がここにいる。
本当なら警察に通報するべきなのだろう。でも、事件を公にしたところで美波の両親も僕も不愉快になるだけだ。そもそも、美波は自殺なのだ。捜査と言っても、美波の子供は事故として扱われただろうし、強姦事件は被害者がいなければ立件出来ない。
ならば、この形容し難い感情の行き場はここ、女王の裁判しかない。
「ハハッ、ごめんなさいで済むなら犯人だってとっくにそうしているさ」
軽やかな声がして僕達が入って来たドアとは反対のドアから五十嵐さんが入って来る。
「さっさと犯人の名前を言えよ」
「……帽子屋の出番はもう終わった筈だが?」
「折角だから最後まで見物させて貰おうと思ってね」
五十嵐さんの言葉に莫迦にしたような目をして春日さんは参加者を再び見据える。
「そう、不本意ながらこの軽薄な帽子屋が言った通りある程度、犯人の目星は立っている。だから諸君をこんなマッドティーパーティに招待した」
そう言って、チラリとユノさんを見る。
「はぁい、じゃ先ず一年生は一歩下がって下さいねー」
場にそぐわない明るい声でユノさんが指示を出す。
急にそんな事を言われて戸惑ってるのか誰も動かない。
「いいんですかぁ、その場にいると犯人に一歩近付きますよ?」
慌てて山本達数人が一歩下がる。
「ふぅん、こんなに混ざってたんだ。女王様ぁ、この人たちどうしますか~?」
「帰しなさい」
「了解でぇす。んじゃ、皆さんお疲れさまでしたー」
訳が分からずに固まって動けない一年生をユノさんがグイグイ廊下に押しやる。
廊下から不平の声が上がったがユノさんが有無を言わせずに玄関まで押しやっているのだろう。喧噪が徐々に遠ざかる。
待つまでもなく息を荒くしたユノさんが戻って来る。
「女王様ぁ!」
泣きそうな声で何かを訴えると春日さんがニッコリと優しく頬笑む。
「よしよし」
軽く頭を撫でられて、えへへと嬉しそうにユノさんが笑う。どんだけ仲良しなんだ、この二人。
「じゃ、次は質問でーす。簡単な問題だから頑張って答えてねん」
ウサギの耳をパタパタと振りながら言う。
「この屋敷には誰が住んでいたでしょうか?はい、君からウサギの耳に聞かせておくれ」
一番近くにいた人物を捕まえフムフムと耳を近付ける。
「はぁい、君こっち。次は君」
と、言う風に残りの参加者達を二組に分ける。
前に三人、後ろに四人。
「女王様、こちらの三名の者はこの屋敷の住人を存じておりました」
「そうですか。では彼等を解放なさい」
「はぁい」
「えっ、」
ユノさんの声に被るように小さな声がした。意表を突かれたような驚いた声だった。
五十嵐さんが腰を浮かし掛けた僕の肩を押さえる。その目を見上げると安心させるように優しかった。
「女王様、」
その時、手を上げたのは服部さんだ。真直ぐに春日さんを見て言う。
「僕もこの場に同席させて下さい」
「断る。事件に関係ないと分かった以上、この場に留まる事は許せません」
「でも、僕も疑われていたのでしょう?ならば無実だった僕は誰が犯人なのか知る権利があると思います」
「その権利は認められません。これ以上の滞りは許しません」
「女王、俺からも提案」
僕の背後にいた五十嵐さんが手を上げる。
「服部はいてもいいと言うか、いた方がいいと思う」
キッと春日さんがきつい視線を寄越す。視線だけで失神してしまうんじゃないだろうかって程、怖かったが、五十嵐さんはそれに怯まない。
「この裁判、記録を残すんだろ。だったら記録係がいた方がいいんじゃないのか?」
春日さんの目が増々吊り上がる。何を言いたいのか分かる。
『阿呆、ボケ、カス、役目終わったなら口出すな』って絶対に言いたいんだ、春日さんは。
結局、春日さんはそれ以上服部さんを追い出そうともせず、五十嵐さんを完璧に無視して裁判を続けた。
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