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マッドハターでお茶会 8

沈んで行く夕陽を見ながらちょっと悲劇ぶッてみる。
今の生活に不満はないけど、だからと言って過去がなかった事にはならないでしょ。
でも、いつまでも過去を引きずるなんてガラじゃないって分かってるから、ここらでケジメ付けようとしたんだよ。
諸悪の根源、過去の汚点、黒歴史。
思い出すだけでワーワー叫びながら足をバタバタさせたくなる。そんな思いをしなくてもいいように、キッチリと佐波に復讐して終わりにしようと思ったんだよ。
高校に入って、血を吐く思いでダイエットした。身長はどうしようもないから、せめて細くなりたかった。筋肉で筋張った手足なんかいらないって思った。欲しかったのは白くて華奢でお人形のような外見。
それを得る為に努力したんだ。
なのに肝心な事に気が付かなかった。
佐波が同じ高校だなんて考えもしなかった。知ってたら進路を変えた。でも、違う学校に行ってたら詩音とも出会えなかったんだよねぇ。そう思うと色々と複雑だわ。
人生ままならない事ばかりでウンザリしちゃう。
ハァって溜め息とつくと、遠くから悲劇とは程遠い間延びした声。
「ユ~ノぉ、」
大好きなシュークリームを片手に振りながら詩音が呼んでいる。
一人になりたかったのにぃ。
「ホラ、」
近くまで来ると当然のようにシュークリームを一つくれる。
無言で受け取って口に入れる。
「反省した?」
その言葉を無視してモグモグと口を動かす。
「私の好きなユノは素直なイイ子なんだけどなぁ」
そう笑いながら鼻を摘まんで来る。息できない!!
慌てて飲み込んでプハァッて息をする。
「ちょっと卑怯だったね」
詩音が優しく言う。
「……うん、」
「よし、それが認められるなら大丈夫。未遂だったんだし、もう忘れよう」
もう一つシュークリームをくれるからついエヘヘとか笑っちゃう。もう本当に詩音には適わないなぁ。

「あの……一体、」
無言でいても仕方ないので五十嵐さんに言ってみる。
「ん?」
「ユノさんと佐波さんって」
「ああ、中学時代の知合いだよ」
五十嵐さんが机の中をゴソゴソやりながら答える。
「どうしてユノさんが……その、毒を?」
「多分、毒じゃないと思う。ユノにそんなモノ仕入れる事はできないから恐らく洗剤か何かだろう。腹痛でも起こせばいいとでも思ったんじゃないのか。俺も考えが浅かったね。ユノが佐波を今回誘うって言った時に気付くべきだったよ」
そう言うと目当てのモノを見つけたようで僕の横に並んで座る。
カチッと音がする。
見てみると呆れた事に煙草を吸っている。
まだ高校生で生徒会長なのに。
「中学の時、ユノは負け知らずだったから試合で佐波に負けたのがよっぽど悔しかったんだろうな」
「え、試合って?」
「佐波は何部だ?」
「……空手」
「そういう事だ」
ふぅんと納得し掛けて気が付く。
ユノさんって空手やってたの?
あんな細いのに!
「高校入って細くしたんだよ。それまでの自分を忘れたいからってな」
そこで五十嵐さんは何故か笑い出す。
「まぁ、実際は試合の所為ではないだろうな。ユノはああ見えて真っ当な人間だから、負けを認められないほど弱くはない。だから佐波と揉めたのはお互いの感情が上手く噛み合ってないと知ったから、と私は考えている」
「感情……ですか……?」
訳が分からず問い返すと、さほど吸ってなかった煙草を灰皿に押し付けてしまう。それからヒラヒラと手を振って煙を払う。
「ユノは佐波の事を頼れる先輩と思っていた。いつか越えるべき壁のように思い、仲間として尊敬していたんだと思う。でも、佐波の方は違ったんだ」
「えっと……ユノさんを嫌ってたとか?」
「その反対だ」
嫌いの反対は好き。それの何が問題なのか分からない。
キョトンと首を傾げていると、五十嵐さんが困ったように小さく笑う。こういう顔を誰にでも見せているのかな、だとしたらとんだタラシだ、この人。
「佐波はユノが好きだったんだよ、恋愛対象として」
「ああ……それは、うん」
言動が変とは言え、ユノさんは可愛い。喋らなければ本当にお人形のような可愛さなのだ。
だから佐波さんがユノさんに恋愛感情を持つと言うのも分かる気がする。まぁ、僕はユノさんに惚れる事はないけど。
そして、二人の仲が拗れたのも頷ける。
佐波さんがどんなにユノさんを好きでも、ユノさんはそうじゃないのだ。嫌いだったら話は簡単だったのかも知れない。でも、恋愛対象としてではないがユノさんが佐波さんに抱く感情もまた『好き』なのだ。ユノさんからしたら複雑な心境だったろう。これまで仲間と思っていた相手なだけに裏切られたと思ったかも知れない。
「だから佐波さんのお茶に何か入れて復讐しようとしたんですか?」
「復讐なんて大袈裟なものじゃないだろう。嫌がらせ、いや腹いせと言った方が近いんじゃないかな」
何を混入させたのか知らないけど、確かにユノさんのキャラを思えばそちらが正解な気がする。訳の分からない言動だし行動も突拍子ないけど、サッパリした性格なのだ、ユノさんは。
「あれ……でも、佐波さんは変わる前のユノさんが好きだったんですよね?」
「ああ、告白したと聞いたが」
「だとしたらユノさんの外見に惹かれたって訳じゃないんですね」
変わる前がどんなだったのか知らないけど、空手をしていたくらいなんだ。それなりの体格をしていたんじゃないのか?
そんなユノさんに告白するほど好きだったと言う佐波さん。
それって本当に心の底からユノさんの事が好きって事なんじゃないかな?
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マッドハターでお茶会 9終

「詩音は幽霊の正体も分かってんでしょ?」
「ああ、間違いないと思う。携帯電話だろ」
チェッ。
全部、お見通しってヤツか。
「予め佐波の携帯電話に留守電用のメッセージを吹き込んで置く。そして深夜、眠っていると思われる時間に電話を掛ける。部活で疲れている佐波は当然のように熟睡中で電話に出ない。留守電に切り替わり、メッセージ録音になる前に電話を切る。それをひたすら繰り返す。機種によるけど佐波の持っている携帯は同一の番号からの着信の場合、最後の一回しか記録が残らない。佐波は多分、携帯を枕元に置いていたんだろうな。だから再生された自分の携帯電話の留守電の音声を耳が拾ってしまった。普通、自分の携帯の留守電用のメッセージな んて聞いたりしないから心当たりなんかない。単純な佐波はそのまま心霊現象だと信じ込んでしまってウチに相談に来た。最初の計画は弱ってる佐波を見て笑ってやろう、それぐらいだったんだろうけど五十嵐が持って来た話でもっと直接的な嫌がらせを思いついた。それが真澄ちゃんの計画と重なってしまって私たちに露呈する結果となった。違う?」
ここまで来ると本当、脱帽。
お見事。
アナタには適いません。
「ま、明日にでも佐波には謝って置きなさい」
そう言って何事もなかったようにニッコリ笑う。
真澄ちゃんは詩音が自分の顔立ちに無頓着だと思っているようだけど、本当は分かっていて利用してるんだよって教えてあげたい。
ここぞと言う時に狙ったように綺麗な顔で笑うんだよなぁ。それだけで誰も何も言い返せない。
本当、美人って得だよ。

部室で試験勉強をしているとユノさんがやって来た。
ソファに寝転ぶようにして画集を眺めていた春日さんが顔を上げ「ユノ、お茶」と言い掛けて思いとどまる。
僕も異様な雰囲気に気付いて顔を上げるとユノさんが青ざめていた。
「どうした?」
「コ、コ……」
ユノさんがカクカクしながら何かを言おうとする。
春日さんが起き上がりユノさんの頭を撫でてあげる。
「落ち着いて。ホラ、深呼吸ー」
その言葉に従ってユノさんが深く息を吸って吐く。
「で、何があった?」
「コクられた!!」
「……」
二、三秒の間を置いて春日さんが吹き出す。
もう、大爆笑ってこういう事なんだなぁって納得しちゃうくらいの笑い方。
「誰にですか?」
ノートを閉じながら訊ねるとユノさんが僕を見る。
「あの体が大きいだけの小心者にぃ!!」
何故かユノさんは怒っているようだ。
「アハハ、最高ぉ!」
春日さんがソファを叩きながら笑い転げる。
「一度振られたのにまた告白したのかぁ、佐波は案外いい性格しているなぁ」
「詩音は知ってたんでしょう?」
「えぇ~、まっさかぁ。ま、ウチに相談するなんて、あわよくばユノに近づきたいって下心があるんじゃないかなぁって思ったけど」
何をかは知らないけど、春日さんはユノさんの言う通り『知って』いたんだろうな。
軽い口調になる時は大抵そうだから。
「もぉ、信じられないぃー!」
ユノさんはプンプン怒って春日さんを睨んでいる。そんな顔しても可愛いだけなのに。
でも、そうか。やっぱり佐波さんはユノさんの外見に関係なく好きなんだ。案外お似合いなんじゃないかな。
涙目で上目遣いに睨む美少女と、涙を堪えて爆笑する美人。その二人を眺めて溜め息をつく。
今日も相変わらず変人の集いだな、ミス研は。

<終>

極上の趣味 説明

閉鎖された空間で鬼ごっこ。

◆登場人物◆

宮森 青 主人公 二年生 図書委員 ボッチ
西垣       三年生 生徒会長
松村       三年生 優等生
島津 沙絵    三年生 和風美人
久保 雪華    三年生 ユルフワ系(双子)
久保 美雪    三年生 チャラ男 (双子)
辻        三年生 不良
吉野       三年生 辻の腰巾着
森橋 司(兄)  三年生 サッカー部主将
森橋 翼(弟)  一年生 生徒会庶務
戸田       教師

佐川 アオイ   ?

極上の趣味 1

ゴチャゴチャしている。
東京にやって来て、宮森が最初に思ったのはそれだった。
繁華街と言う訳でもないのに高いビルが立ち並び、カーナビを駆使しているのか細い路地にまで車が入り込んで来る。ボンヤリしていたら轢かれそうだった。
そして、極めつけが電車の乗り換えだった。
時刻表を見た時、宮森は我が目を疑った。
五分に一本、下手したら二分間隔で走っていたりもする。これで事故が起こらないのだろうかと不安になったが、その反面、駅のホームで一時間ボンヤリ電車を待つ必要がないのは有り難かった。
だが、その感謝も長くは続かなかった。
確かに行き先を確認して、やって来た電車に乗ったのだ。それなのに目的地とは違う駅に連れて行かれた。
呆然とするしかなかった。
こんな時の為にと、両親が持たせてくれたスマホを使い電車の乗り換えを調べる。
どうやら宮森が利用する路線は地下鉄と私鉄が相互に乗り入れているらしく、途中の駅で乗り換える必要があったようだ。
何これ、難易度高過ぎでしょ。スマホを握りしめたまま溜め息をつく。
これを都会の人間は当然のように乗りこなしているのか。そう思うと、小さな子供にすら尊敬の念を抱いてしまいそうだった。
それから一年掛けて、宮森は自分が使う路線だけでもシッカリ覚えようと努力した。その甲斐あって、学校までは何とか自力で行けるようになった。
それ以外の場所に行った事がないと気付いたのは二年に進級してからだった。学校以外は近所のコンビニぐらいしか行った事がない。それで事足りたのだ。
その事実に愕然とした。
思い返してみれば、環境が変わった事への戸惑いばかりが先に立ち、学校での己の立場に無頓着だった。
つまり友人と呼べる相手が一人も存在しないのだ。
宮森が通う高校は中高一貫教育を謳っており、その所為なのかほぼ全員が中学時代から顔見知りだった。宮森のような外部からの入学生は少数なのだ。
ただでさえ珍しい外部生。しかも宮森は自分の外見が目立っている事を知らなかった。
生まれつき色素の薄い髪と子供っぽい大きな目。それだけならまだしも、宮森は引っ越しの際に都会者に舐められて堪るかとピアスを開けた。
不良=ピアスと言うのが何ともステレオタイプで物悲しい。数年後には間違いなく黒歴史となっているだろうが、本人は大真面目だった。まぁ、電車の乗り換えに手間取って、それどころではなかったのだが。
そして一年経って、漸く周囲に目を向ける余裕が出来た。
すると、驚いた事に誰もピアスを開けていない。それどころか制服を着崩している生徒すらいない。頭髪が茶色なんて以ての外だ。
ヤバい、と。
宮森は真剣に焦った。ピアスは外せば何とかなるが、髪は染めなくてはまずい。教師には生まれつきだと説明してあったが、これでは教室で浮いてしまう。
始業式を終えたその足で美容院に行き、黒く染めて貰った。
しかし、手遅れだった。
一年生の時から茶髪にピアスだったのだ。本人の知らない所で噂は一人歩きしており、既に宮森は『チャラい二年生』として有名になっていた。
こうなると成績が幾ら良くても挽回出来ない。寧ろ、チャラい癖にと陰口を叩かれる始末だ。
更にまずい事に、生徒会長にまで目を付けられてしまった。
この学校の生徒会は少しばかり変わっていて、書記と庶務は必ず一年生、会計は二年生にさせるのだが、会長と副会長の選挙は二年に一度しかない。任期は二年間。
つまり会長と副会長以外の三年生は生徒会に所属する事はないと言う仕組みだった。恐らく受験の為だと思うが、会長に選ばれた生徒は大変だろうなと同情したくなる。
だが、今期の会長は同情に価しない。
去年から引き続き会長職に就いているのは、三年の西垣と言う。
容姿端麗、成績優秀、文武両道。これら四文字熟語が厭になるほどよく似合う。ついでに言うなら生徒会長も四文字だ。
それは兎も角。
西垣は教師から信頼厚い上に生徒たちにも人気がある。
スラッと伸びた背筋とキリリと引き締まった目元。それを左目の下にある泣き黒子が印象を和らげている。
一人も友人のいない宮森ですら知っている生徒会長のプロフィールは以下の通りだ。
付き合っている彼女はおらず、一番の親友は同じ学年のサッカー部主将。
絵に描いたような爽やかさのおかげで告白する女子は数知れず。美形で面倒見がいいのだから尚更だろう。
そんな好青年が宮森を見ると、目元を顰め顔全体で不愉快だと表現する。
茶髪にピアスの頃なら分かる。校内の風紀を乱す不良だと思われたのなら納得が行く。
しかし、ピアスを外し髪色も黒くしたと言うのに会長の宮森を見る目は変わらない。
目に付かないようにと必要以上に出歩く事は控え、登下校もそそくさと逃げるような足取りだと言うのに気が付いたら西垣がジットリと睨むような目で宮森を見ている。
元々孤立していたのだが、周囲もそんな生徒会長に気付いたのだろう、クラスメイトにまで敬遠されるようになってしまった。宮森が話しかけようとしても全員が素知らぬ顔で目を逸らすのだ。
そこで何だか馬鹿らしくなってしまった。
誕生日に兄から貰ったのピアスを気に入ってたし、髪を染めるにも金が掛かる。
優等生ぶったところで無駄なのだ。だったら、元に戻った方が楽。
そう結論を出した宮森はアッサリと元の姿に戻った。とは言え、少ない小遣いをやりくりしていたので美容院に行くのは躊躇われ、二ヶ月も過ぎる頃にはいわゆる逆プリンになってしまったのだが。
窓に写る自分の姿を見て、まぁいいかと思うぐらいにはものぐさな性格をしていた。

極上の趣味 2

退屈なまま授業を終え、解放された生徒たちがグループを作って帰って行く。それをボンヤリと眺め、別に羨ましいとかじゃないんだからね、と声に出さず強がってみる。
高校生にもなって一人で行動出来ないほど幼稚ではない。寧ろ気侭に過ごせて自由を満喫出来るのだから有り難い。
そうは思っても、自ら望んでそうなった訳ではないので腹立たしい。
積極的に声を掛けなかった自分を棚上げして、宮森の主観では一人ぼっちなのは生徒会長の所為という事になっていた。
人はこれを八つ当たりと呼ぶ。
一人でいてもスマホをいじっていればいい。そう思うだろうが、残念な事に授業の妨げになると言う理由で校内では携帯電話が一切使えない。禁止されているのではなく、文字通り使用出来ないのだ。通信機能抑止装置という物が設置されているのだ。電波がジャミングされてしまうので、通信は不可能という事だ。
そうなると授業の合間の10分も一人では持て余してしまう。
そこで宮森は、一人でいても苦にならない何かを探すと言う、少し間違った努力をした。
その甲斐あってかどうか、辿り着いたのは読書だった。
本を読んでると頭良さそうに見えるからチャラいイメージを払拭出来るかも知れない。おまけに履歴書の趣味欄に堂々と書ける。素晴らしい。
そんな安易な理由だったが、いざ読んでみると案外嵌まってしまった。
傾向としてはミステリーが好みのようだったが、目に付いた本は手当たり次第に読んでみた。おかげで宮森の部屋には本棚に入り切らないほどの文庫本が山と積まれてしまった。
ライトノベルから実用書、純文学にSFと。
近所の古書店にある本を片っ端から購入していたので、無駄にレパートリーが豊富になった。
しかし、部屋の面積には限りがある。
気に入った本だけ手元に残して、あとはすぐに売り払っているのだが、本の山は一向に減る気配がない。このままでは家族に文句を言われる日も近い。
そう焦った宮森は図書館の存在を思い出した。
借りて読めば手元に本は残らず、財布にも優しい。
それはいいアイデアのように思えたが、図書館までの道程を思うと気が重くなった。
一年掛けてやっと学校までの道を覚えたのだ。その上、図書館だなんて絵に描いた餅のように現実味がなかった。だが、天は宮森を見捨てなかった。
何と、校内に図書室があったのだ。
それを知ってすぐに図書委員に立候補した。
幸いにも、委員に空きがあったのですんなりとその座に収まる事が出来た。
図書委員の主な仕事は本の貸出しと返却された本の整理だ。
そして、委員になってみて始めて知ったのだが、図書室の利用者は少ない。常連の生徒が数名いるばかりで、他は図書室の存在すら知らないのかも知れないと思うほどだった。
よって、貸出しを求める生徒も返却される本の数も少ない。よって、図書委員は当番制になっていた。大抵の場合、二人でカウンター業務を受け持つ。
今日はその当番の日だった。
図書室は西校舎の一階にある。東校舎に教室のある宮森は、渡り廊下を歩かなければならない。
校舎は西と東に別れており、それを繋ぐ渡り廊下。上から見たらカタカナの『コ』の字になっているだろう。
渡り廊下は一階と二階にしかないので、それぞれの校舎の三階四階からは二階まで降りないと移動出来ない。何故、こんな面倒な造りになっているのかと怪訝に思うが、恐らくどちらかを後から建て増しした結果なのだろうと宮森は思っていた。
図書室の鍵を開ける。貴重品がないからか、数字錠を使っていた。
教えられた数字に合わせてグルグル回していると、「宮森くん」と声を掛けられギクリと肩を震わせてしまう。
図書委員が図書室を開けているのだから疾しい事など何もない。頭ではそうと分かっているのに、西垣の所為で誰からも嫌われていると思っているのだ。そんな宮森を気安く呼ぶ友人など一人もいない。目に見えていじめられた事はなかったが、いつそうなってもおかしくないと思っている。だから、呼ばれると恐怖の余り挙動不審になってしまうのだ。
「は、い……?」
ギクシャクと振り返った先にいたのは、校内の有名人である三年の松村だった。
開校以来の秀才と噂され、入試からずっと学年一位の成績を保っている。
これまで面識はなかったが、流石に宮森もその名は知っていた。
松村はフレームレスの眼鏡の奥からニコニコと宮森を見つめる。人好きのする笑顔だった。だからでもないが、宮森も釣られて笑顔を浮かべてしまう。
「今日の当番は君なんだね」
「あ、今開けます」
図書室に用があるのだろう。そう合点した宮森は慌てて鍵を開ける。
窓を閉め切った室内はムッとする空気が立ちこめていた。その足でブラインドを上げ、換気用の小窓も開ける。
そんな宮森を黙って見ていた松村だったが、時計をチラリと見上げて小さく頷く。
何だろう?
不自然なその動作の理由を考えるが、宮森に分かる筈もない。すぐに忘れてカウンターに着く。
前回の続きをやってしまおうと思ったのだ。
基本的にカウンター業務だけやってればいいのだが、図書室の本を粗方読み尽くしてしまった宮森は退屈しのぎにと、本の修繕を行っていた。
いや、修繕と言うほど大層な事は出来ない。埃を払い汚れを拭き取り、中のページが破れていないかどうか確認するだけだ。
捲るのも難しいほど破れていたら除けておく。そういう本は閉架書庫の本棚にしまうのだ。借りたい生徒は専用の用紙に記入してカウンターに提出する。それを受け取った委員が閉架書庫から本を取り出し貸し出すという仕組みだった。
他の図書委員がそれほど熱心ではないので、これは宮森だけが行っている業務だった。それでも特に不満はない。卒業するまでには終わるだろうと楽観的に構えている。
今は過去の卒業アルバムをチェックしている。最近の物から遡っているので、今日は八年前のアルバムの筈だった。
松村が本の貸出しに来ないのを確認して席を立つ。
目当てのアルバムを探して本棚に目を走らせるが、ない。
前回終えた七年前のアルバムの隣は一冊分ポッカリと空いており九年前のアルバムが並んでいる。
誰か貸し出したのか?
学校の記録なのだから図書室には歴代のアルバムが揃っている。だが、在校生が過去の卒業アルバムに興味があるとは思えない。去年や二年前ならまだ分かる。しかし、八年も前の物を借りて何をするんだ。
予定が狂った事に些かムッとして、宮森はパソコンで借りていった生徒の名前を調べる。
有り難い事に検索システムがある。全ての蔵書が入力されており、貸出しと返却にそれぞれ日付を入れる事になっている。もちろん、借りて行く生徒には用紙に記入して貰う。
何かあった時にアナログとデジタル、両方から調べられるようになっているのだ。
そうする事で間違いを防ぎ、本の紛失を食い止める事が出来る。
検索項目にアルバムと打ち込み、続けて該当の年を入力する。
結果、誰も借りていない事が分かった。
しかし棚にないのだ。他の棚に分類されたかと探してみたが、アルバムは大きいので探す棚も限られている。それでも見つからない。
誰かが手順を踏まずに持ち去った。
そうとしか思えなかった。
だが、何の為に。

極上の趣味 3

首を捻って考えてみるが、答えは見当たらなかった。
仕方なく九年前のアルバムを手に取り、埃を払うが思っていたのと違うので気分が乗らない。予定通りに事が進まないと途端に面倒臭くなるのだ。
気のすすまないままページを捲り、破れや欠損がない事を確かめる。過去の卒業アルバム
を手に取る者がまずいないのだ。汚れようがない。
だが、八年前のアルバムは紛失している。どこかに紛れ込んだと言うのならそのうち出て来るだろうが、誰かに持ち去られたとしてら……面倒な事になりそうだった。
パタン、と。
アルバムを閉じて顔を上げると、松村と目が合う。何か用だろうか。
そう思って小さく首を傾げる。それに呼ばれたとでも思ったのか、松村が席を立って近づいて来る。
「ちょっといいかな?」
「はい」
断る理由もないので素直にコクンと頷く。
松村はそんな宮森にホッとした様子でポケットから一通の手紙を取り出す。
「これの差出人は君なのかと思って」
何となく受け取って中を見ると、「午後三時、図書室。A.S」とある。
同学年にすら友達がいないのに三年生を手紙で呼び出すようなだいそれた真似を宮森がする筈もない。
「違いますけど」
そう返すが、松村はどこか納得出来ないようにジッと見つめて来る。仕方ないので手紙を開いて「イニシャルが違うじゃないですか」と言ってみる。
「それは問題じゃないんだ」
「は?」
理解不能な松村の返事に間の向けた声を上げてしまう。
手紙を出したのが自分だと思われている。だからイニシャルが違うよと答えた。それなのに差出人の名前は問題ではないと言う。矛盾してないか?
「僕を呼び出したって事は他にも手紙を出したんじゃないかと思ったんだが」
「……出してませんけど」
会話が噛み合ってない。どうしたものかと視線を飛ばし、壁に掛けられた時計に目がとまる。丁度三時だ。
「あの、それを出したのが俺だとして……どんな用件があると思ったんですか」
このままでは埒があかない。そこで思い付いた疑問をそのまま口にする。
それに対して松村は諦めのようなやるせない微笑を浮かべる。
「責められるのかと」
「え、何で?」
宮森は一方的に松村の事を知ってはいたが、特に何かされたと言う訳ではない。そもそも、松村が宮森の名を知っていた事に驚いているぐらいなのだ。その事からもこれまで接点などなかったと断言出来る。
何を責めると言うのか。それを訊ねようと口を開いた瞬間、図書室の戸がカラッと開く音がする。
それに二人揃って目を向ける。
ピンと伸びた姿勢。黒い前髪の下にある突き刺すように鋭い眼差し。
生徒会長の西垣だった。

極上の趣味 4

何だか怖い。
一年前の入学式で始めて西垣を見た時、宮森はそう思った。
それなのに学年が違う上に生徒会長と関わる事もないだろうと、すぐにその存在を忘れてしまった。
だが、一ヶ月ほど経ってふと気付いた。
どこに行っても視界の隅に西垣が映るのだ。
最初は目立つ外見の所為だと思った。しかし、どうやら気の所為ではないと覚ったのは、食堂で隣に座られた時だった。
この学校の食堂はメニューが少ない。カレーとうどんと日替わり定食しかない。
その為、生徒たちから人気はなく、いつだって空席だらけなのだ。
但し、値段は驚くほど安い。カレーは200円だしうどんは150円。一番豪華な定食ですら300円という破格の値段だった。
古本屋に入り浸り本を買い漁っていた宮森にとって学食は、心強い味方なのだ。
だから、その日も一人で一番安いうどんを啜っていた。常連となった所為か、揚げをサービスして貰った。
はふはふとそれを噛み締めていると、隣の椅子が引かれ生徒会長の西垣がそのまま着席した。
その手には日替わり定食である目玉焼きハンバーグ。
学食の常連である宮森だったが、いまだ定食は食べた事がなかった。だから羨望の眼差しを向け、続けて他にも席が空いてるのにと思った。
パーソナルスペースって物がないのだろうか。
親しい訳でもない人物とガラガラな食堂で並び合うと言うのは何とも気まずい。だから宮森はうどんの入ったどんぶりを手に席を一つずれた。すると西垣も同じように移動する。
無言のままそれを何度か繰り返し、壁際に追い詰められてしまった。
そこに来て漸く、何か用があると分かった。
校則違反とか注意されるのかな。
頭髪に関しては教師の許可を得ているが、ピアスはどうやっても違反だろう。そう諦めて顔を向けると、思いのほか厳しい目で睨まれておりギクッと首を竦めてしまう。
怖い、いきなりピアスもぎ取られたらどうしよう。
そんな恐怖にプルプル震えていると、西垣が無言のまま目玉焼きを宮森のうどんに乗せて来る。
「へ?」
キョトンと目玉焼きを見て、西垣の顔を見上げる。
相変わらず怖い顔で宮森を凝視している。
これは……自分が嫌いだからお前が食べろって事ですか。
そう理解した宮森は口の中に目玉焼きを押し込み、うどんのつゆで流し込む。きつねうどんだった筈なのに火の入り過ぎた月見うどんになってしまった。
そんな事を考えながら後ろも見ずに逃げ出した。
それが西垣とのファーストコンタクトだった。
それ以降、学食は避けたので西垣との接触はない筈だったのだ。
しかし、思い通りに行かないのが人生である。
チョコチョコと視界に映り込むのだ、麗しの生徒会長さまの姿が。
見られていると思うのは、ただの自意識過剰。そう自分に言い聞かせたが、周囲の反応を見る限り、そんなレベルではないのだろうと分かる。
移動教室で廊下を歩いている最中、体育の授業で柔軟をしている間、教室に引きこもっていても、ジットリとした視線を感じてしまい半ばノイローゼのようになっている。
能天気な所のある宮森だが、流石にこのままではマズいと思った。
ピアスを引きちぎられるのは厭だったが、教室で遠巻きにされるのも辛い。言いたい事があるならいっそ言って欲しい。
そう思い、自分から西垣に接触してみた。
結果は惨敗だった。
まず怖い。盗み見るだけなら爽やか好青年なのだが、宮森の姿を視認した途端、その身に纏う気温が五度が下がっているような気がする。ブリザードだ。
恐怖に竦みそうになる足を叱咤して、何とか近づき「あの」と声を掛けた。
ありったけの勇気を振り絞った。あんなに頑張った事はないと断言出来る。
だが、宮森の言葉が続かぬうちに西垣がポケットに手を入れた。凶器を取り出すのかと咄嗟に身構えた。だが、その手に握られていたのはビーフジャーキーだった。
訳が分からずポカンと見つめる先で西垣は封を切り、宮森の口に押し込んで来た。ビーフジャーキーなど食べた事のない宮森にはかなり不味い物に思えた。と言うか犬の餌かと思った。
なに、お前なんか犬と同じだって事なの?
条件反射でハムハムと口を動かしながらも涙目だった。
怖い、もう無理。
思い出すだけで震えが来る。
その恐怖の対象が至近距離にいる。気絶したい。

極上の趣味 5

宮森の必死の願いも虚しく、意識はシッカリしたままだったし西垣は一歩近づいて来ている。
カタカタと震え出した宮森の様子に気付いたのか、松村が「大丈夫?」と囁いて来る。
それに大丈夫ではないと答えたいのだが、西垣から目を逸らす訳にも行かない。
前はビーフジャーキーだったけど、とうとうドッグフードを食べさせられるのだろうか。
泣きそうな目で西垣を見ると、ポケットから何やら取り出す。
その手に握られていたのは、ビーフジャーキーでもドッグフードでもなく、一通の手紙だった。
「へ……?」
先ほど松村に見せられたのとそっくり同じ封筒。宛名が書いていない所も同じだった。
「午後三時に図書室。これを書いたのはお前か」
手紙を見せながらする質問まで同じだった。
「ち、違う!」
吃ってしまったのは恐怖の為だが、否定しないと何をされるか分かったものではないので宮森は答えられただけ偉いと自分で自分を褒める。
「西垣も手紙貰ったの?」
そう言ったのは松村だった。そちらにチラリと視線をくれて、小さく頷く。
A.Sめ、どこの誰だか知らないがお前の所為でとんだトバッチリだ!
恐怖がそのまま怒りとなって宮森の頭を支配する。
手紙さえなければ、西垣に恐怖する事はなかったんだ。クソ。
言葉にしなかった分だけ感情を持て余し、宮森は髪をグシャグシャと掻きむしる。
突然の行動に驚いたのか、松村と西垣が見つめて来るのが分かる。
「何で俺があんたらに手紙出さないといけないんだよ。用なんかないし、話もない。もう放っといてくれよ!」
そう怒鳴って、西垣をビシリと指差す。
「特にお前。何で俺のこと睨んで来るんだよ。俺が何かしたってのか?だったらちゃんと口で言え、コミュ障かってのこの野郎!」
思いのまま大声で怒鳴り、ハァハァと肩を上下させる。
スカッとするなんて、とんでもない。宮森は荒い呼吸を整えながらも、「やっちまった!」と後悔していた。十秒前に戻って自分の口を塞ぎたい。だが、そんな事が出来る筈もなく、気まずい沈黙が図書室に流れる。
何とか落ち着いたが、顔を上げる事が出来ない。どんな目で睨まれているのか、それを想像しただけで泣きながら逃げ帰りたい気分になってしまう。
だが、「アハハハ」と能天気な笑い声がして、ポカンとする。
松村が可笑しそうに口を開けて笑っていた。
「アハ……宮森くんは見た目と違うんだねぇ」
「は?」
そんな風に言われたのは始めてだった。
中学までは寧ろ考えなしだの単細胞だの、暗にバカだと言われていた。
だが、思い出してみれば高校に入って誰とも親しい付合いをしていないのだ。外見で誤解されたとしても無理はないのかも知れない。
「見た目って、俺のことどんな風に思ってたんですか」
「そうだね……気が弱そうで大人しくて、一人でいると危なっかしくて守ってあげたいって感じかな」
高校に入って一年と数ヶ月、誰かさんの所為でずっと一人でしたが何か?
「メシもトイレも一人で行けますが」
そう言い返すと、松村がうんうん頷く。
「やっぱり別人だよ」
そう言って西垣を見る。それに倣っておそるおそる視線を向けると、生徒会長は唖然としたように宮森を見つめていた。
一般生徒、しかも宮森如きに怒鳴られて吃驚したのだろう。
そう軽く考え、ふんと鼻を鳴らす。
幾ら人気あるからって何をしても許されると思ったら大間違いだ。

極上の趣味 6

目を逸らしたついでに松村と西垣が持っている二通の手紙について考える。
呼び出しに応じて素直に図書室までやって来たのだから、手紙の差出人に心当たりがあったのだろう。それなのに、どうして宮森をそうだと思ったのか。
「本当に違うのか」
念を押して来る西垣の視線が鬱陶しい。
乱暴に頷き返すと、「マジか」と頭を抱え込む。
どうしたのだろうかと怪訝に思いながら視線を戻すと、松村が口元を押さえて忍び笑いを漏らしていた。
「まぁまぁ、勘違いしたのは西垣だけじゃないから」
そう言って、首を傾げるしか出来ない宮森を見る。
「ちょっと人違いをしてたんだよ」
その言葉にふと気付く。
もしかして、これまでの西垣の行動は宮森を誰かと勘違いしてたのが原因なんじゃないのか。だとしたら本当にとんだトバッチリだ。
「はぁ……誰と?」
徒労感に襲われ脱力したまま問い返す。松村はそれに困ったように小さく微笑み答えるつもりはないらしい。
「それより、僕たちの他にも呼び出されてると思った方がいいだろうね」
アッサリと話を切り替え、西垣を見る。いつの間に復活したのか、西垣が「ああ」と落ち着いた様子で頷き返す。
「辻と久保は呼び出されてるだろうな。他にも森橋とか」
何を根拠にそう思うのか知らなかったが、宮森には関係のない話だ。下校時間も近いのだし、そろそろ解放して欲しい。
この学校では下校時間以降の居残りを禁止している。
何故なら時間になると警備会社の監視カメラが作動するからだ。人影を目撃次第、警備員が学校に駆けつける契約になっていると言う。噂では同時に警察に通報も行くとか。
その為、事前の許可を得た者を除いて居残りはペナルティを課せられる事になっている。それは良くて停学、最悪の場合は退学という重いものだった。
そして今日は職員の研修があるとかで下校時間が早めに設定されている。午後四時までには何としても校舎を出ないといけない。あと一時間。
こうしてはいられない。
ソワソワと落ち着きをなくした宮森を見て、松村が「大丈夫だよ」と言う。
何が大丈夫だと言うのか。高校中退なんて、どう考えても家族が許してくれないだろうに。
「下校時間を過ぎたからってすぐ監視カメラが動く訳じゃないんだよ。校内に誰もいないか、生徒会が見回りをする事になってるんだ」
その言葉に西垣を見ると頷かれてしまう。
「普段は見回りをしたら教頭に報告するだけだが、今日は校舎の鍵を預かっている」
へぇ、と感心する。そこまで教師から信頼されてるのか。
だが、おかげで少しぐらい遅くなっても退学になる危険は免れたと言う事だ。ホッとしたのも束の間、西垣がグイと手を掴んで来る。
「見回りついでに他にも誰か呼び出されていないか探してみよう」
え、何で。
生徒会長である西垣が校舎の見回りをするのは納得した。だが、宮森はしがない図書委員なのだ。しかも、気の所為でなければ他の委員からハブられている。
そんな宮森が見回りに立ち会う必要など微塵もない。ないどころか、さっさと立ち去るべき立場だろう。
だが、松村までもが「そうしようか」と相槌を打つ。宮森の意見は無視らしい。
そのまま廊下まで引きずられ、「お」とか「あ」とかしか声が出ない。
「荷物は教室か?」
そう問われて漸く「離せ」とその腕を振り払う。
見てみると、手首にクッキリと赤い痕が付いている。どんだけ強い力で掴んだの。
ヒリヒリと痛む手首を摩りながら宮森は言う。
「何で俺が一緒に行かなきゃなんないんだよ」
当然の不満をぶつけると、松村がポンポンと肩を叩いて来る。
「一緒に行かないと校舎に閉じ込められるかも知れないよ?」
「へ?」
「図書室の鍵を掛けて教室に鞄を取りに行って靴を履き替えて外に出る。普通なら10分もあれば済む筈だけど、手紙の件があるからね……足止めされないとも限らないんじゃないかな」
「手紙の差出人は俺じゃないって」
「うん。それを信じた上でなんだけど、僕と西垣が手紙の差出人を君だと思ったのと同じように他にも受け取った人が思ったとしたらどうなると思う?」
「どう……って、」
図書室でのやり取りを思い出し、ウンザリする。
先ほどは松村がすぐに信じてくれたので、それに流されるようにして西垣も追求をやめた。だが、松村がいなかったらどうなっていただろう。
延々と「お前だろう」、「違う」の繰り返しだったんじゃないだろうか。
「だから全員で行動した方がいいと思うんだ。大丈夫、見回りと言っても校舎だけなんだから三十分もあれば終わるよ」
納得出来るような出来ないような、微妙な説得だった。

極上の趣味 7


それでも付いて行こうと思ったのは、松村が菩薩のような慈悲深い笑みを浮かべていたのに絆されたのと、西垣が怖いという心理からだった。
射抜くような目でジッと見つめられたら誰だって怖い筈だ。
そう言えば西垣は生徒会長になる前の数ヶ月間、弓道部にいたと聞いた事がある。道理で目つきが鋭い。
そんな現実逃避にも似た納得をしていたら、三年生の教室のある西校舎から見回る事になったようだ。現在地から近いからだろう。
軽くそう考えていたが、階段をのぼる二人の会話から他にも思惑があるのだと知れる。
どうやら他にも手紙で呼び出された者がいると確信しているようなのだ。しかも三年生。
先ほどは聞き流してしまったものの、西垣が名前を上げたのは全員三年生の筈だった。何しろ、それぞれが有名人だ。
西垣が名前を上げた辻という三年生はすこぶる評判が悪い。
傷害と暴行で何度も警察沙汰になっているが翌日には釈放されている。噂では、親が相当の金持ちらしく息子の不祥事を揉み消しているのだとか。
久保は雪華という名で流行のユルフワ系女子だ。見た目だけでなく中身もそうだと有名だ。
そして森橋は一年生にもいるが、恐らく三年生の方だろう。二人は兄弟だ。
弟の方は翼と言って今年度の生徒会会計を務めている。宮森とも委員会で何度か顔を合わせた事がある。
兄の方は司と言ったか。サッカー部の主将で西垣の親友。
前後の脈絡からして兄の方だろうと宮森は当たりをつけたのだが、本当にそうだった。
律儀に自分の教室にいたのを発見したのだ。
窓際の席で雑誌を捲っていたらしい、物音に振り向いた顔は怪訝そうなものだった。
「西垣と松村か。珍しい組み合わせだな」
どうやら長身の二人の影に隠れて宮森の姿は見えなかったらしい。
「どうしたんだ、もう見回りの時間か?」
そう言いながら雑誌を閉じてそこで漸く宮森に気付いたのか、ギクリと震える。
はじめて間近で見るサッカー部の主将はこれまた大きかった。宮森とて172cmあるのだが、目線は森橋司の肩ぐらいの高さにしかならない。
「佐川……」
呟かれた名前に宮森は眉を寄せる。
別に校内にその名を轟かせる有名人ではない。だから自分の事を知らない生徒がいても当然だった。しかも学年が違うのだから接点もない。
だが、佐川という名前は良くない。何故なら、宮森の名前は青と言うのだ。
佐川と青、つまりA.Sになってしまう。
「別人だそうだ、司も手紙を受け取ったのか?」
西垣の問い掛けに森橋司が「ああ」と頷く。
「見せてくれ」
その催促に躊躇うようにチラリと宮森を見る。
そんな目で見られても宮森としては心当たりがないので首を傾げるしか出来ないのだが。
諦めたように森橋が取り出した手紙を全員で覗く。
そこには先の二通と同じように時刻と場所、但し三Bと教室が指示されていたが、何より違っていたのは鉛筆の走り書きを消した跡があった事だ。目を凝らしてよく見ると、それは「ヒトゴロシ」と書いてあったようだ。
「え?」
不穏な言葉に思わず声を上げてしまう。そんな宮森の視線を嫌って、森橋が目を逸らす。
「間違いないようだな」
何が?
そう訊ねたいのだが、その場に漂う空気が重たく宮森は口を開けない。
西垣は手紙を返すとポケットから飴玉を取り出す。三角形のイチゴ味の奴だ。
何をするのだろうかと見つめていると、包装紙を剥いて宮森の口に押し込んで来る。唐突な動きだったので思わず、その指に噛み付く。
「痛いぞ」
物理的な圧力を感じそうな目で睨まれ、宮森は咄嗟に歯を浮かせ西垣の指を離す。その意図を察したと言うのもあった。
どうやら宮森に質問させたくないらしい。無理矢理、見回りに付き合わせておいて何て勝手なんだ。
だが、ここで口を挟んでも森橋も松村も教えてはくれないだろう。
何しろ『ヒトゴロシ』なんて物騒な単語なのだ。何かの比喩であったとしても説明したくないに違いない。
素直に口の中で飴をコロコロさせる。本当なら噛んでしまいたいところだったが、三人の話を黙って聞くのに丁度よかったのだ。
「これはもう間違いないね」
松村がそう口を開き、西垣が頷く。
「ああ、どうやら佐川の復讐をしたい奴がいるらしい」
佐川って誰?
ここまでのやり取りで朧げに分かったのは、何者か知らないが佐川という人物は宮森と似ているのだろう。だから西垣と松村は差出人を見て、宮森をその佐川だと思った。
だが、森橋の手紙にあった走り書きと西垣の言葉から察するに、コロサレタのはその佐川某らしい。
筋が通るようで矛盾している。
シャリッと飴を噛み砕き、宮森は漸く発言する。
「ちょっとトイレに」
言い捨てるようにしてそそくさと廊下を進む。
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