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極上の趣味 10

振り返ると、女子が二人駆け寄って来る所だった。
軽く脱色したのか、柔らかな色合いの髪を緩く巻いた女子と、それとは対照的に日本人形のように黒髪ストレートの2人組だ。
先ほどの話から想像するに、ユルフワの方が久保で黒髪が島津だろう。
「良かった、みんないて」
ホッとしたように笑顔を浮かべる久保を見て、宮森はほんの少しウンザリする。
薄く施された化粧もあって、久保はかなり可愛い。ニコニコと天真爛漫そうに笑っていところなんか男ならデレッと脂下がってしまうに充分だ。
でも、この状況でその笑顔。
どう見ても西垣とその他二人に媚びているとしか思えない。
それが悪いとは言わないが、宮森は男に媚びる女が苦手なので、「こりゃないわ」という感想を抱いたと言う訳だった。
「変な手紙が机に入ってたから不安だったの」
そう言ってふわりと西垣の腕に絡み付く。
宮森は学年が違うのだし、他の三人に比べてネームバリューが低いのだから比較対象にはならない。だが、松村でもなく森橋でもなく、西垣に行ったと言う事は、この中で一番のお買い得って事なんだろうな。女子って現実的だし。
小さく溜め息をつくと、不意に視線を感じてビクッとする。
何だ何だ。慌てて見回すと、久保の後ろにいる島津が鋭い眼差しで宮森を見ていた。
「二年の宮森青、でしょう?」
宮森の視線に気付いたのだろう、特に慌てた様子もなく島津が声を掛けて来る。
「はい、」
否定する理由もなかったので頷き返すと「余り似てないじゃない」と小さな声で呟く。どうやら宮森が佐川アオイに似ていると言うのは一部の三年生の間では有名なようだ。
「佐川くんはもっと小さくて可愛かったのに」
「……それは小学生だったからじゃないですか?」
高校二年生と小学生だ。体格が違うのは当然だろう。
宮森のツッコミに島津が納得したように「そうね……」と頷く。どうやら男子三人よりも理解が早いらしい。助かる。
そうホッとしたのも束の間。
「え、その子が宮森って言うの?」
甲高い悲鳴のような声で久保が叫ぶ。正直言って耳が痛い。本当なら耳を押さえたいところだったが、何とか顔を顰めるに留める。
「変な手紙送って来て、何考えてるの?」
久保の方は島津よりも頭の回転が鈍いらしい。有り体に言ってしまえばバカっぽい。
「イジメは悪かったって言うけど、あれに関しては佐川だって悪かったじゃない」
そんな事を言われても、宮森には何の事だかサッパリ分からない。戸惑った顔で西垣を見ると、眉間に皺を寄せて黙り込んでいる。なので仕方なく久保に続きを促す。
「どうして佐川アオイが悪かったなんて言うんですか」
「だって、そうでしょう。ただでさえ女の子みたいな顔してるのに、西垣の事が好きだって言うから。そんなのいじめられて当然でしょ」
それを聞いてその場にいる全員の顔を見る。どうやら事実らしい。
「顔が可愛いって言っても男なんかに好かれて西垣も迷惑したでしょ?」
そうなのか。漸く合点が行った。
西垣と森橋は恐らく小学校の時から仲が良かったのだろう。そしてクラスの中心だったに違いない。
そんな西垣を好きだと言った佐川アオイ。彼はからかいの対象となり、イジメられたのだ。それに西垣は兎も角、松村が加わったとは思えないが、口出ししたらエスカレートするのは目に見えている。だから傍観するしかなかったのだ。
「しかも、飛び降り自殺だなんて当て付けがましい事して。西垣だけじゃなくて私たち全員に迷惑掛けたも同然よ」
それにしてもどうしてそういう思考回路なんだと、久保の話はかなりイライラする。
誰が誰と好きだとしても、それは久保には関係ないだろう。佐川アオイの苦悩は佐川アオイしか知らない。死んでしまったのは残念だし、正しい選択だったとは思えない。でも、だからと言って久保が佐川アオイを責めるのは違うだろう。
「久保さんは佐川アオイをイジメていたんですね」
気が付いたらそう言い返していた。
だが、そうとでも考えなければ辻褄が合わないのだ。
佐川アオイが死んだ事によって迷惑を掛けられた。しかも、久保は当て付けに死んだとまで言ったのだ。ならば、久保もイジメグループに属していたのだろう。
「違うわよ、私はちょっと……その、」
「雪華、認めなよ」
言い淀む久保に島津が冷たい声で囁く。
「イジメの発端は雪華が噂を流した事でしょう」
「え?」
松村と森橋が怪訝そうな声を上げる。どうやら当事者でも知らない事があるらしい。
「最初は女子のグループ内での噂だったんだよ。佐川くんが西垣を好きみたいだって。それが広まって辻の耳に入って、そして教室で男子がからかい出した。そこで泣いたりしたら西垣も一緒にからかわれる事になるからって佐川くんは出来るだけ相手していなかったんだけど、辻にはそれが物足りなかったみたい。次第にイジメはエスカレートして佐川くんのお小遣いを巻き上げたり、物を隠したり……殴る蹴るの暴力もあったみたいよ」
その言葉に宮森は呆気に取られ、島津を見つめる。
これまで西垣にイジメられて来たと思っていたが、佐川アオイと比べたら遥かにマシだった。小学生でそんな事されたら、学校に行くのが厭になっただろう。
「それ、誰も止めなかったんですか」
三十人以上の子供がいて、誰も何も言わなかったのか。
西垣は当事者だから言えなかったにしても、松村や森橋は何をしていたんだ。まさか関係ないからと黙って見ていたと言うのか。
「何もしなかった訳じゃないけど……結果的に何も出来なかったと言うのと同じよ」
悔しそうに島津が呟く。それを聞いて、目の前にいる上級生のこの女の子はきっと佐川を助けようと心を砕いたに違いない事が分かる。
「島津さんは佐川アオイと仲が良かったんですか」
「家が近所だったから少し話をした事があるだけ」
きっと嘘だ。
島津はイジメの全容を知っているようだから、きっと調べたのだろう。
それだけ佐川アオイの事を気に掛けていたのだ。
バカだな、佐川アオイ。死ぬ前に少しでいいから島津さんに相談すれば良かったのに。そうしたら今頃、ここにもいたのかも知れないのに。
会った事もない少年に、宮森はそう語りかけてしまう。
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極上の趣味 11

「取りあえず、辻と吉野以外はここに揃った訳だ」
久保の腕をさり気なく払って西垣がそう言う。
キョトンとする宮森に松村が解説してくれる。
「当時同じクラスでうちの高校に進学したのはそれで全員だから」
ああ、成る程。
呼び出される可能性があるのは、いじめっ子の辻ともう一人って訳か。
そんな納得としている間に西垣が事情を説明し、それを聞いた島津が「分かったわ」と頷く。
「校舎の見回りをしてあの二人を見つけ出すって事か。でも、この人数で移動するのはちょっと面倒ね」
「ああ、だから島津と久保はどこかで待っててくれ。終わったら呼びに行く」
「私たち二人だけ?」
そう問い返されて西垣が少し思案するように黙り込む。それに助け舟を出したのは森橋だった。さすがは親友。
「だったら俺も島津たちといるよ。それなら安心だろ」
「ああ、そうだな。松村はどうする」
西垣に振られて松村が「うぅん」と声を上げる。
「能力的に言えば、そっちは西垣がいるんだから僕は待機班にいた方がいいんだろうけど」
能力って何の能力?
でも、松村の言いたい事は何となく分かる。
噂でしか知らないが、西垣はオールマイティの切り札のような奴なのだ。頭も切れるし、運動神経も抜群。だから、松村は何かあった時の為に待機班にいた方がいい。
「けど……何だ?」
「好奇心を優先させて貰えるなら見回りの方に加わりたいかな」
「どんな好奇心だ」
「手紙の差出人が何をするつもりなのか知りたいんだよ」
「何をするつもりだと思う」
「それは分からないよ。だから、僕は待機班にいた方がいいのかなって思うんだけどねぇ」
松村の言葉に考え込んだ西垣の出した結論はこうだ。
「全員、食堂にいてくれ。何があっても動かないように」
どうやら一人で見回りに行くらしい。
それにホッとするが、西垣に手を掴まれギョッとする。
「行くぞ、宮森」
「え、それはおかしいでしょ?」
何で三年が食堂で待機するのに二年の自分が、生徒会役員でもないのに見回りに同行しなきゃいけないの?
振りほどこうとするものの、ギュッと握られ血流が止まりそうになる。
「離せって、この馬鹿力!」

極上の趣味 12

そうは言ったものの、成す術もなく西垣に引きずられたまま食堂に移動する。
東校舎の一階にある食堂は玄関から近く、帰る時の手間を考えたらここで待機させるのが妥当なのだろう。何せ西校舎には常に施錠された非常口があるきりだ。
鍵の掛かった非常口って何の意味があるんだろ。
宮森はそう思うのだが、他のメンバーは気にしていないらしい。
壁際の自動販売機で飲み物を買って寛ぐ気満々だ。
「他に誰かいないか見て来る。何事もなければすぐに戻る」
西垣の言葉にジュースを飲んでいた連中が注目する。それを見て、宮森は生徒会長の発言力に驚いていた。
別に従う必要などないのだ。それなのに女子二人は当然そうするべきと思ってるかのように従順だし、森橋に至っては他に選択肢はないと最初から思っているように見える。
リーダーシップとはこういうものなのか。
そう感心しながらも、個人的な感情の所為か宮森は納得出来ず口を挟む。
「皆してここで待つ必要なんかないでしょ。先に帰らせてもいいんじゃないですか」
当然だろう。
校舎の見回りは生徒会の仕事なのだ。全員がそれに付き合う必要など、本来ならどこにもない。
宮森の言葉に松村が困ったような顔をする。
「それは正論だと思うよ。でも、手紙の差出人が気になるってのが本音かな」
そう言われてしまうと、部外者である宮森にはもう異論を挟む事が出来ない。
ここにいる三年生は全員が同じ小学校の出身、多かれ少なかれ佐川アオイへのイジメに関わりがあるのだ。
そんな佐川アオイの名前で呼び出されたのだから、差出人の意図が気になるのも無理はない。
「そうだな、松村の言う通り俺は手紙の差出人を突き止めたい。だけど、これは強制じゃない。帰りたい者がいるなら帰って構わない」
松村の言葉を受けて森橋と女子二人を見て西垣が言う。
それに対する答えは全員が「残る」というものだった。
森橋は当然と言う顔つきでそう言ったし、島津も戸惑ったようではあったが「やっぱり気になるから」と理由を述べた。
ただ、久保だけがハッキリと「西垣が残るなら」と答えた。
生徒会長だし頼りたいと思っても無理はない。
そう軽く考えた宮森は「俺は帰りたいです」と言う。
全くの無関係なのだから、この言い分は通るだろうと思った。だが、西垣が「ダメだ」と言う。
「どうして。俺は関係ないでしょう」
「俺と松村に来た手紙を忘れたのか、指定された場所は図書室だっただろうが」
「だからって、」
反論しようとする宮森を怖いほど冷たい目で睨み、西垣が言葉を続ける。
「佐川と似た宮森が当番の日を狙って、佐川の名前を使って俺たちを呼び出す。偶然とは思えない。何か意図があった筈だ」
そう言うと、宮森から目を逸らす。
「俺と宮森で校舎を一周して来る。何かあったら大声で呼んでくれ」

そんなやり取りを経て、宮森はとうとう西垣と二人になってしまった。
問答無用とばかりにズルズルと引きずられ、抵抗を諦める。
ならばと、足を動かしながら頭も動かす。
朧げではあるが、西垣が宮森を睨んでいた理由も分かった。
過去にイジメで自殺した佐川アオイに似ているから。
兄弟か、或いは本人。そう思ったのだろう。
どれぐらい似ているのか分からないし、小学生と高校生では顔立ちだって変わってしまう。だから、似ていると言っても雰囲気とかそういうものだろう。
そこまで考えて、肝心な事を聞いていないと気付く。
「カイチョー、質問いいですか」
西垣に対してどう接すればいいのか計りかねている所為なのか、口調が安定しない。
だが、言いたい事が伝わればいいだろうと宮森は思う。
「何だ」
宮森の口調に頓着する様子もなく、西垣が厳しいとも思える冷たい声で問い返して来る。
「佐川アオイがカイチョーを好きだったからイジメたって事だったけど、カイチョーは佐川アオイをどう思ってたのかなって」
すると、西垣が何とも形容し難い表情をする。
強いて言うなら困惑しているような顔つきだ。
「佐川アオイが可愛いってのはさっきチラッと聞いたけど、やっぱり鬱陶しいとか思ってたの? あと、どうして皆がそれを知ったのか気になる」
どういう意味の『可愛い』なのかは分からないが、佐川アオイは男なのだ。同じ男である西垣を好きだったとして、それを口外するとも思えない。
ならば、誰かが暴いたと考えるのが妥当だろう。
「イジメのキッカケは佐川の両親が離婚した事だったと思う。十才やそこらの子供にとって親の離婚は大きな事件だ。しかも、佐川の父親が辻の父親の会社に勤めていたものだから、離婚の理由まで広く噂されたんだ」
「理由?」
「母親の浮気だそうだ」
それは、まぁ……子供にとって辛いとしか言いようがないんじゃないだろうか。
佐川アオイがどんな家庭で育ったのか、宮森は知らない。
それでも母親と子供の関係と言うのは、父親のそれと違って密接なものだと思っている。
そんな母親に裏切られて、心の整理が付かないまま、学校で噂までされたのでは登校拒否ぐらいしてもしょうがないと思う。
「無知な分だけ子供は残酷だ。聞きかじった言葉を使いたくてウズウズしてたんだろうな、佐川は『アバズレの子供』って呼ばれてた」
「うわ……」
面と向かってそんな言葉を吐かれたら、宮森なら怒る。一瞬にしてメーターを振り切る自信さえある。
だが、佐川アオイは違ったのだろう。
「教室でそう囃し立てられる事もあった。だが、辻の親父が権力者だったからか、教師は注意する事もなかった。佐川に対するイジメはどんどんエスカレートして、生傷が絶えないようになった。そこまで来たら流石に見ていられなくなって何度か佐川を庇ったんだが……それが悪かったらしい」
「どうして」
「佐川が俺に依存して来たからだ。その所為で、それまで静観していた女子までがイジメに加担するようになって更に収拾が付かなくなった」
「依存って、どんな?」
「学校にいる間は俺にベッタリだったな。授業中はずっと視線を感じたし、下校の時も気が付いたら後ろを歩いていた」
それはちょっとストーカーっぽい。
そうは思うが、イコール恋愛と言う考えも少し無理があるように思う。
「久保が言ったんだ」
「え?」
「男の癖にって、気持ち悪いとも言ってた」
そうか、と宮森は納得する。
先ほどのやり取りからして、久保が西垣に惚れてるのは確実だろう。その頃からずっと西垣に片思いしているとしたら、佐川の視線の意味もすぐに察しただろうし邪魔だから排除したいとも思っただろう。
「その時はどうして久保がそこまで佐川を嫌うのか理解できなかったが、高校にあがって分かったんだ」
恋敵だからじゃなくて?
キョトンと首を傾げると、西垣が「流石に学年が違っていたら知らないか」と苦笑する。
「久保は双子なんだ。男女の二卵性だから余り似ていないがな」
「この学校にいるんだ?」
「ああ。美しい雪と書いてヨシユキと読むらしい」
「その人と何の関係が?」
「小学校に上がる前らしいから詳しくは知らないが、誘拐されてどうやら性的な悪戯をされたらしい」
その言葉に久保の顔を思い浮かべる。
そんなハードな過去があるように見えなかった。
だが、その所為で同性同士という言葉が久保にとってタブーになったと言うのは納得出来た。
「美雪は親戚に預けられてたらしく小学校は違ったんだが、高校から地元に戻って来たらしい」
「だから、さっきは名前が出なかったのか」
「そういう事だ」
そんな話をしながら階段をのぼる。
東校舎に来たのだから職員室を見るつもりらしい。

極上の趣味 13

先を歩く西垣に付いて行くと、予想通り職員室のドアに手を掛ける。
すんなりと開いたドアの隙間から中を覗き込むと、何やら作業をしていたらしい教師が驚いたように顔を上げた所だった。
三年の学年主任をしている戸田だった。
宮森のクラスは受け持ちではないので授業を受けた事はなかったが、まだ二十代だと言うのにくたびれた外見をしているので何となく覚えていた。
「見回りか、西垣」
そう言いながら宮森を見て怪訝な顔をする。
生徒会に属していない宮森を連れているのが不可解なのだろう。
だが、西垣は戸田のそんな視線を無視して頷き返す。
「戸田先生は研修に行かなかったんですか」
「ああ。仕事が終わらなくて、少し遅れて行く事にしたんだ。それよりまだ残っていたんだな」
「はい。他にも何人かいたので食堂に集めてあります」
「何人いるんだ?」
「俺と宮森を含めて全員で六人です。まだ他にも残っているかも知れません」
「そんなにいるのか」
戸田が疲れたような溜め息をつく。
下校時刻はとっくに過ぎているのだ。ペナルティを課せられると分かっていながら、校舎に残っている生徒がいるのは教師にとって面倒でしかないだろう。
「一人ずつ帰らせるのも手間なので見回りを終えてから全員帰らせようと思ってます」
「鍵は持ってるのか」
「はい、通用口の鍵を」
「そう……じゃ、鍵はここに置いて行った方がいいな。何かあった時、生徒に鍵を持たせてたってなったら問題だし。見回りが終わったら呼んでくれ」
それに西垣が眉を上げて戸田を見る。
確かに生徒に鍵を預けて自分達は慰安旅行なんてバレたら大問題になる。ここで戸田に鍵を預けてしまえば、少なくとも西垣の責任にはならないし、学校側も多少の体面は保てる。
西垣もそう思ったのか、鍵を戸田に渡す。
それを受け取った戸田はぞんざいな手つきで白衣のポケットに押し込むと席を立つ。
「じゃ、僕も見回りするか」
職員室を出て数歩進んだところで戸田が言う。
「僕は二階を見るから宮森は三階を、西垣は四階を頼んでいいか?」
そう言われてしまっては断れない。
二階には保健室や放送室など、鍵の掛かる部屋が多いのだから教師である戸田が行った方が効率がいい。どう見ても戸田はさっさと終わらせたいようなのだから余計だった。
それに頷き、その場で戸田と別れる。
階段を上り三階まで来たところで不意に向かいの西校舎で何かが動くのが見えた。
「あれ、」
宮森の声を聞き逃さなかったのか、西垣もそちらに目を向ける。
「今、何かあったような……」
「誰かいたな」
言うが早いか、西垣は渡り廊下に向かって走り出す。咄嗟の事だったので、考える間もなく宮森も後を追う。
自分達の足音に紛れてパタパタと走り回る足音がする。その足音からすると、どうやら相手は小柄な人物のようだ。
それにトイレで聞いた七不思議を思い出してしまい、宮森は何だか厭な気分になる。
西垣の話によると、この学校の七不思議が子供に纏わるものになったのは八年前の事らしい。そして、西垣の同級生だった佐川アオイは十才の時に自殺している。
そこから考えられるのは、この学校に出る子供の幽霊は佐川アオイと言う事になる。
宮森は佐川アオイと会った事はなかったが、元同級生が幽霊になっていると言うのはどんな気持ちだろうか。
「二階に行った、追うぞ」
西垣の言葉に従い階段を駆け下りると、小さな人影が廊下を奥へと走っていた。
「追い詰めたな」
この先は生徒会室しかない。相手が誰なのか知らないが、生徒会長である西垣がすぐ隣にいるのだ。まさか生徒会室に鍵を掛けていないと言う事もないだろう。つまり、窓を破らない限り相手はどこにも逃げられない。
そう思って足を緩めると、人影が生徒会室に吸い込まれるようにして消える。
「え?」
声を上げたのは宮森だったが、西垣も訝しんでいるのが気配で分かる。
「鍵掛けなかったのかよ」
突慳貪に問い掛けると、「そんな筈はない」と冷静な答えが返って来る。
取りあえず生徒会室の前まで行き、ドアに手を掛ける。ガチャンと手応えがして、どうやら内側から鍵を掛けられたらしい。
「顔は見えたか?」
「そこまでは見えなかったけど、うちの制服着てるのは分かった」
だからこそ宮森は子供の幽霊という可能性を捨てる事が出来たのだ。
「心当たりがある」
そう言うと、西垣がドアに鍵を差し込む。図書室と違って数字錠ではなく、差し込むタイプの鍵を使っているらしい。
カチャンと音がして鍵が開く。
ヒッと声がして、小柄な人物が生徒会室の奥へと逃げ込む。
「翼、何をしているんだ」
西垣の言葉の通り、そこにいたのは生徒会の庶務をしている一年の森橋翼だった。
宮森は委員会で何度か顔を合わせた事がある。
その時の印象では小柄な体格と相まって制服でなかったら小悪魔的な美少女っぽというものだったが、目の前にいるのはどこか怯えた目をした小動物のようだった。
「会長……」
観念したのか、ガックリと項垂れる。
宮森は翼の気持ちが痛いほどに分かってしまう。
西垣の目は怖いのだ。目つきが鋭いし、眼力がある。そんな目で睨まれたら、何もしていなくても謝りたくなるのは宮森だけではないらしい。
「下校時間を過ぎているのが分からないのか」
「……すみません」
ションボリと肩を落とす翼を見て、西垣がフゥと溜め息をつく。
「司に来た手紙を見たのか」
それに対してコクンと頷く。
「そうか、お説教は司にして貰え。食堂にいる筈だから」
「会長にも手紙が届いたんですか」
翼の問い掛けに西垣が頷く。
兄弟なだけあって同じ小学校を卒業したようだ。ならば、兄に届いた手紙を見て佐川アオイの件を思い出したとしても不自然ではない。
「あ、だったら翼がカイチョーと見回りすればいいんじゃないかな?」
何しろ生徒会の役員だ。宮森が同行するより理に適っている。
なのに、西垣が「ダメだ」と言う。
それにムッとして目を向けると、やけに真剣な顔をして宮森を見つめていた。
「宮森は俺と一緒に行動しろ」
高圧的な物言いに反発を覚える。沸き上がった感情のまま口を開き言い返す。
「何でだよ、俺は関係ないだろ!」
高校に入ってから、西垣の所為でずっとボッチだった。
それでも面と向かって文句を言わなかった。
西垣が怖いと言うのもあったが、何事にも本気になりたくないと言う宮森の性格がそうさせたのだ。なのに、何故だか本気で腹が立ってしまった。
「宮森先輩、」
翼がそっと肩に手を乗せて来るのに、ハッとする。
沸騰しそうな頭の片隅では、何でこんなに怒ってんだろと不思議に思う自分もいた。その所為か、風船が萎むように怒りは小さくなりアワアワと意味もなく口を押さえる。
「会長に悪気はないんです、怒らないで下さい」
何故か翼がそうフォローして来る。
怒るだなんて滅相もない。寧ろ、今の俺の発言がごめんなさいですよ!
訳の分からないテンションのままブンブンと首を振る。
それを見て、翼が困ったように小さく笑う。
小柄な翼がそういう表情をすると女子より柔らかな雰囲気になる。
「すみません、会長がコミュ障……じゃなくて口下手なんです」
翼の言葉に、宮森はギョッとして目を丸くする。
柔らかい口調で毒を吐いたぞ。やっぱり生徒会怖い……。
「目つき悪いから誤解されがちだけど、本当はノミよりも小さな心臓してるんです。だから宮森先輩から話しかけてあげて下さいね」
コテンと首を傾げて見上げて来る。
生徒会長に向かってノミとは……外見が可愛いだけに言葉の辛辣さが増してるように感じる。
「そ……そうなんだ」
西垣よりも翼の方が怖い。これまではそれぞれ単品でしか見た事なかったので分からなかったが、セットになると翼の黒さが際立って見える。
そう判断した宮森は翼には逆らうまいと心に決めて曖昧に頷く。
と、その時。

極上の趣味 14



ガシャン!

何かが割れる音が響く。
その場にいた三人が揃って、音のした背後を振り返る。すると、廊下側の窓の外、そこを白い何かが上から下へと落ちて行く。
「何、今の」
思わず声を上げ、廊下に出る。
はめ殺しの窓に手をついて中庭を覗くと、園芸部が世話をしている花壇に埋もれるようにして白衣の裾が見える。
「え、人……?」
しかも白衣と言う事は、さっき会った戸田なのかも知れない。
でも、どうして。
校舎の窓は全て開かない造りになっているのだ。それなのに、どこから落ちたんだ?
中庭から校舎へと視線を移動させると、後ろから翼が「四階です」と指差す。
見ると確かに四階の窓が一枚割れていた。
「取りあえず助けに行かないと!」
そう叫んで宮森は階段に走ろうとするが、西垣がその場から動こうとしない事に気が付いて足を止める。
「カイチョー、どうしたの」
焦れて大きな声を上げる宮森を見て西垣が小さく首を振る。
「無駄だ」
「は……無駄って行ってみないと分からないじゃん」
言い返して再び花壇を見やると、草花に隠れてよく見えないが白衣が赤く染まっている。
「救急車呼ぶとか!」
「どうやって?」
「それは電話……で、」
そこまで言って、校内では携帯電話が使えない事を思い出す。だが、学校の固定電話を使えばいいと考え直す。
「とにかく一階に!」
「出られないだろ」
「……え?」
冷静な声で言われて宮森はカクンと首を横に倒す。
出られないってどうして?
怪訝な顔をすると、西垣が溜め息混じりに言葉を続ける。
「校舎の玄関は既に鍵が掛かっている。下校時間の前に担当の教師が見回りをして、鍵を掛ける事になっていたんだ。俺はその後に確認して職員用の通用口から出るように言われていた」
事務的に淡々と話す西垣は何を考えているのか全く分からない無表情で、宮森はそれに厭な予感がする。
「通用口の鍵って、まさか……」
「さっき戸田に渡してしまった」
その言葉に先ほど見た血で染まった白衣を思い出す。宮森も見た。
戸田は西垣から受け取った鍵を白衣のポケットに入れたのだ。
「つまり……ここから出られないって事?」
そんなバカな。
呆然と呟く宮森に西垣が「そんな訳ないだろう」と言う。
「職員室に行けば警備会社の電話番号があるだろうし、何より救急車を呼ばないといけないだろ」
「あ、そうか……」
下校時刻を過ぎても校舎に残っていた事がバレてしまう。だが、そんな事を言ってる場合ではないのだ。
花壇に倒れた人影はピクリとも動かないのだ。一刻も早く救急車を呼ぶべきだった。
「宮森は翼と一緒に食堂に行ってろ。俺は職員室に行って救急車を呼ぶ」
ここに突っ立ってても埒があかない。
西垣の言葉に頷き、翼を見ると小さな頷きが返って来る。
渡り廊下を過ぎて階段で西垣と別れる。
気を抜いたら走り出してしまいそうだったので、手摺りを掴みゆっくりと階段を降りる。
横を歩く翼も同じ心境なのか、固い表情のまま宮森の歩調に合わせていた。
「さっき、音がした時」
その翼が唐突に口を開くので、宮森はビクッと肩を震わせてしまう。
「な、なな何……?」
激しくどもる宮森に呆れたのか、翼が苦笑を浮かべるがすぐに表情を引き締めて言葉を続ける。
「二人とも僕の方を見ていたでしょう?」
戸田が落ちた時の事だと漸く理解して「うん」と頷き返す。
「生徒会室のドアは開いたままだったし……だから戸田先生が落ちた時、僕はそれが見えたんです」
「何が?」
「東校舎の二階に誰かいたんです」
「え?」
「一瞬だったから誰だったのかは分かりません。でも、男子の制服でした」
翼の話が本当なら、自分達以外にも誰かがいるという事だ。
そこで西垣と松村が話していた事を思い出す。
佐川アオイの名で呼び出された二人は、他にも同じように呼び出された三年生がいると言っていたのだ。
その話の通り、森橋と久保、島津がいた。
そして、二人は辻も残っている筈だと言っていた。
ならば、その辻が見回りの目を避けて東校舎にいたのだろうか。
「それに、戸田先生が落ちたでしょう……だから、他にも誰かいるんじゃないかと」
「どうして?」
話してるうちにだいぶ気分が落ち着いた宮森は翼を見て問い返す。
「その……」
言いづらい事なのか、翼がモゴモゴと口籠る。足を止めてジッと見つめていると、その視線に根負けしたらしく、言葉を続ける。
「校舎の窓が全部開かない造りなのは知ってますよね。その窓なんですが、防犯シートが貼られていて……ちょっとぶつかったぐらいじゃ割れないんです」
「そうなの?」
「はい。数年前に子供が入り込んで校舎の屋上から飛び降りたのは知ってますよね」
佐川アオイの事だろう。だから宮森は小さく頷き返す。
「その時に学校側が取った対策の一つです。外からの侵入者を防ぐ為にそうしたんです」
そう言えば図書室も換気用の小窓しか開かない造りになっていた。
許可なく校舎に侵入した場合の罰則が厳しいのはその為なのだろう。
「だから、戸田先生がちょっと蹌踉けただけじゃ窓は割れないんです」
「誰かに突き落とされたって事?」
そう言いながら生徒会室での一部始終を思い出してみる。
翼が奥にいて、宮森と西垣は廊下に背中を向けて話していた。そこに窓の割れる音。慌てて廊下に飛び出すと、戸田が窓の外を落下して行くのが見えた。
そこから分かるのは、窓が割れてから戸田が落ちるまで数秒とは言えタイムラグがある事だった。
「誰かが窓を割ってから戸田を突き飛ばした……?」
防犯フィルムが貼ってあったと言うのだから、窓を割るには何か道具が必要だろう。たとえば椅子とか。
その事から分かるのは、戸田が落ちたのは事故ではなく誰かの悪意による物だという事だ。
でも、誰が。
佐川アオイの復讐だろうか。しかし、戸田は関係ない筈だ。
ならば、その誰かは戸田が邪魔だったから。そんな理由で四階から突き落とした事になる。

極上の趣味 15

何とはなしに暗い気分のまま食堂に行くと、全員がソワソワと宮森を見つめて来る。
何て説明しよう。そう迷っていると、一番奥に座っていた森橋兄が翼を見つけたらしく、「おい!」と尖った声を上げる。
「何でそいつがいるんだよ」
爽やかスポーツ少年だと思っていたが、どうやら宮森の偏見だったらしい。
森橋司の態度はどこからどう見てもヤンキーのそれだった。
「あー、何かお兄ちゃんに届いた変な手紙を見ちゃったらしいです」
茶化すつもりはなかった。だが、色々あって疲れていたので猫を被るのが面倒になったのだ。
宮森の口調に司が更に目を怒らせる。
あぁ、こりゃブラコンだ。
そう思ってチラリと翼を見ると、いつもの事なのか涼しい顔をしている。こっちもか。
考えてみれば、翼は司を心配して校舎に残っていたのだ。ブラコン以外の何ものでもない。
「そんな事よりさっきの音だけど」
猫被りをやめたついでにため口で言う。すると、久保と身を寄せ合っていた島津が「何の音だったの?」と問い掛けて来る。
「戸田センが四階から落ちたらしいッス」
続けて、鍵がないので外に出られない事。よって、自分達は救助に行けない事を告げる。
「だから、カイチョーが救急車呼んでるところ」
戸田が突き落とされたらしい事と他にも誰かいるらしい事は敢えて言わないで置く。言ったところで何の役にも立たないし、余計に混乱させるだけだと思ったからだ。
そこまで話したところで、廊下から騒がしい物音が聞こえて来る。
何か言い争いをしているらしい。何事かと思ったのは宮森だけではなかったようで、松村が食堂のドアを開ける。
そこには西垣に襟首を掴まれた辻がジタバタと引きずられて来るところだった。
遠目に見た事はあったが、こんな至近距離で見るのは始めてだった。
真っ先に宮森が思った事は、目つき悪い男だなってものだった。
如何にも不良ですと言わんばかりの髪色と髪型。ワイシャツのボタンは三つほど開けられ、襟元に細い金の鎖が見える。ズボンは当然のように腰履きで、進学校では珍しく頭悪そうな出で立ちをしている。
そんな辻を引きずる西垣の後ろにもう一人いる事に気付く。
こちらも金に近い茶髪で、制服は一応キチンと着ているものの、矢張り不良っぽい。
「吉野、コイツを何とかしろ」
辻がそう怒鳴るので、後ろにいる人物は吉野と言うらしいと分かる。
「何とかって言われても……」
モゴモゴと口の中で言い訳を呟く所を見ると、不良っぽい外見に似合わず、吉野は気が弱いらしい。
それに意味のない親近感を覚え、宮森は西垣を見る。
「二階の廊下にいたから連れて来た」
端的にそう説明すると、西垣が辻を食堂に突き飛ばす。荒っぽいその手つきから、良く思ってないらしい事が分かる。校内でも有名な不良だ、いや、もしかしたら前科が付いているかも知れない人物なのだ。生徒会長をしている西垣が良く思っている筈もなかった。
床に倒れるようにして座り込んだ辻に松村が手を貸す。
優等生である松村も辻を嫌っているものとばかり思ったが、そうでもないらしい。
辻を立たせてから「西垣」と呼びかける。
「何だか気が立っているみたいだけど何かあったのか」
松村の問い掛けに西垣が躊躇うように目を逸らす。
戸田の事なら既に宮森が伝えてあるので、気まずく思う必要などないのに。
「カイチョー、救急車来るって?」
来ない道理はない。だから確認の為にそう言ったのだが、西垣が左右に首を振る。
「来ない……と言うか呼べなかった」
「え?」
「電話線が切られていた」
その言葉に食堂内がシンとなる。
誰もが戸惑い、発言するのを恐れているかのようだった。
俄には信じられなかった。
物心付いた時から携帯電話を持ち歩き、パソコンを起動させれば世界中と繋がる。そんな宮森たちにとって電話が通じない世界なんてある筈がない、そう思っていた。
それがこうも簡単に覆るとは……貧血を起こしたように頭がクラクラして、宮森はギュッと目を閉じる。
「職員室にある電話は全滅だった。校長室も試そうとしたけど、鍵が掛かっていて中に入れなかったんだ」
各自が持っている携帯電話は校内では使えない。
つまり、外に連絡を取る手段は皆無と言う事だ。
「こうなるとは思わずに鍵を戸田に渡してしまった。申し訳ないが、暫く校舎から外に出る事もできないだろう」
西垣がそう言うと、宮森の背後からヒステリックな声が響く。
「どういう事、何で戸田に鍵渡しちゃうのよ!」
振り返ってみると、久保が目が吊り上げて西垣を睨んでいた。
先ほどまでは西垣に好意を寄せているように見えたが、切羽詰まった状況では色恋沙汰など後回しになってしまうのだろう。
今にも掴み掛からんばかりの久保を島津が両手で掴んで宥めている。
「雪華、落ち着いて」
「落ち着ける訳ないでしょ!厭よ、閉じ込められるなんて!」
「だからって大声出してもしょうがないでしょう」
女子二人のやり取りを黙って見ていた森橋が不意に「なぁ」と呟く。
「戸田が落ちたのと電話線が切られてたのって、手紙と関係あるのかな」
その言葉に全員がハッとしたように凍り付く。
手紙の差出人が戸田を突き落とし外との連絡手段を断ったのだとしたら、その人物の目的は間違いなく復讐だろう。
そして中庭に落ちた戸田はピクリとも動かない。
こうなってしまっては相手を説得したところで思いとどまってはくれないだろう。だいたいからして、誰なのかも分からないのだ。説得のしようがない。

極上の趣味 16

食堂内がシンと静まり返る。
お互いの顔色を窺うように全員がソワソワと目を走らせる中、西垣が口を開く。
「鍵の件は俺の責任だ。悪い」
それに宮森は酷く驚く。
入学してからこっち、四六時中睨まれ続けた所為か、宮森は西垣を自己中の俺様な奴だと思っていたのだ。それなのに、非を認めアッサリと頭を下げるとは少しばかり誤解していたのかも知れない。ちゃんと話せば分かるんじゃないのか?
だが、西垣は続けて言う。
「その上で言う。校舎を出るまで俺の指示に従え」
あれ、誤解じゃなかったのかも。やっぱりこの人って俺様なんじゃ?
「知っていると思うが、校舎のガラスには特殊なフィルムが貼られていて少しぶつかったぐらいでは割れない。だから、戸田は自分で落ちたんじゃなくて、誰かに突き落とされたんだと思う。そして、俺たちに届いた妙な手紙。これらを関連づけて考えると、手紙の差出人の目的が分かる」
「復讐かな」
松村が合いの手を入れる。それに頷いて西垣が言葉を続ける。
「ここにいる全員が小四の時、同じクラスだった。佐川の事件が無関係とは思えない」
その時、ビクッと辻が震えた。
どうしたのだろうかと宮森が目を向け、それに気付いた西垣も同じように辻を見る。
松村の手を振り払い、カタカタと震えている。
子供だったとは言え、同級生を死に追いやった事を後悔し、恐怖を覚えたのだろうか。
そう思って宮森が見つめる中、辻がガバッと顔を上げる。
そこには後悔も恐怖も浮かんでいなかった。あるのは蔑みにも似た笑顔だけ。
「ハハハッ、最高だなオイ」
何が可笑しいのか分からずに、宮森はただポカンとする。それは他の人もそうだったようで全員が無言で辻を見つめる。
「佐川の復讐だと? 今になって何でだよ、やるならもっと前に出来ただろうが!」
最後の方は激昂して大声になっている。
そこで漸く辻が怯えているのだと宮森は理解する。
この場にいる誰よりも怯えている。それだけ心当たりがあるのだろう。
「理由は分からない。だが、こうも考えられる。手紙の差出人は八年もの年月を掛けて周到に計画していた、と」
そうだ。西垣が鍵を手渡した直後に戸田は墜落している。それとほぼ同時に職員室の電話が不通になったのだ。手際がいい。
クラス全員がイジメに加担していたのかどうかは分からない。だが、ここにいる三年生は恐らくクラスの中心人物だった筈なのだ。他に残っているのは宮森と翼だけ。
手紙の差出人にとって、この二人がいるのは不測の事態だっただろうと思う。でも、無関係である筈の戸田を突き落とした。と、言う事は。
下級生だった翼も、当時この地にいなかった宮森も安全とは言えない。ここに居合わせた全員が危ないのだ。
うわぁ、酷いとばっちり。宮森は声に出さず、げんなりと肩を落とす。

極上の趣味 17


宮森が己の不運を嘆いている間も西垣の話は続く。
「あとで他の電話やパソコンも試してみるが、今のところ外部への連絡は不可能だと思っていい。そして玄関は開かないし、通用口も鍵がないと開けられない。この週末は職員の研修旅行があって、おまけに月曜日は祝日だ。俺たちがここを出られるのは火曜の朝と言う事になる」
三日間。
職員の予定など分からなかったが、ここまでお膳立てした奴なのだから西垣の言う通り、校舎が開かれるのは火曜の早朝なのだろう。
この場にいるのは三年生が七人に宮森と一年の翼、計九人。
全員が無事に校舎から脱出するにはどうしたらいい。
「そこで提案だ。これから二つのグループに別れて校舎を探索しようと思う」
そう言うとグルリと見回して続ける。
「女子と森橋、松村、吉野はどこか安全な所で待機。その他は俺と一緒に校舎内をもう一度見て回る」
「冗談じゃねぇ!」
真っ先に辻が抗議の声を上げる。
「どうして俺がお前なんかと一緒に行動しなきゃなんねーんだよ!」
だみ声で怒鳴る辻を冷たく見つめ、西垣が「監視させてもらう」と言う。
「隠しても無駄だし意味がないから正直に言わせて貰う。待機組は兎も角として巡回組は生徒会として監視させて貰おうと思っている」
え、自分も?
宮森は首を傾げて己の顔を指差し、そのままの姿勢で翼を見る。
過去にあったイジメが原因で校舎に閉じ込められたのなら、宮森と翼は部外者の筈なのだ。それなのに西垣は辻と同じく、宮森も危険人物と見做しているらしい。何故だ。
「巡回と言っても四人で行動出来ない場合もあるだろうから、その時は俺と辻、翼は宮森と一緒に行動してくれ」
翼がそれに頷く。
それを見て理不尽だとは思ったが、二手に別れる時は、翼と一緒に行くと聞かされ、仕方なく妥協する。ここで言い争ってても埒があかない。だが、宮森と違って納得出来ない人物がいた。
辻だった。
「ふざけるな!」
傍にある椅子を蹴飛ばし、大声を上げる。
「誰がお前の言う事なんか聞くかよ。行くぞ、吉野!」
「行くってどこに?」
そう冷静に問い掛けたのは松村だった。
同じ小学校の出身なのだから、辻の噂は知っている筈なのだが、臆した風もなく飄々とした顔つきでいる。
「そんなのお前らに言う必要ねーだろ!」
「でも、何かあった時に居場所が分からないのは困るよ。それぐらい辻だって分かってるだろ」
そう言ってズレてもいない眼鏡を押し上げ、ニッコリする。
宮森はその笑顔にゾッとする。
表面上は笑顔だが、松村は苛立っているのだ。怒っていると言ってもいい。
普段大人しい人物が怒ったら怖い。目の当たりにして、宮森は漸くそれを理解した。
辻もそう思ったのか、チッと舌打ちをする。
「資材室にいる」
少しだけ怒りをおさめたらしく、辻が低い声で答える。
資材室と言うが、実質的にはただの物置だ。使わない机や椅子があるだけだ。
そんな所に用のある人間もいないから、一部の生徒達が溜まり場として使っているらしいと聞いた事がある。
「鍵を持ってるんだね」
「ああ。何かあったら知らせに来い」
それだけ言うと、吉野を連れて辻が出て行ってしまう。
呼び止めようとする者はおらず、寧ろホッとしたような空気が流れる。西垣ですら黙り込んだまま動こうとしなかったのだ。
それだけ辻が厄介だと言う事なのだろう。
「カイチョー、いいの?」
監視すると言っていたのにアッサリ引き下がったのが不思議だったので、コソッと訊ねる。すると「構わない」と返事がある。
「資材室の廊下側にバリケードを積んで置けば辻と吉野は外に出られないって事だからな」
閉じ込める気か。
宮森が唖然としていると、西垣が涼しい顔で続ける。
「どうせ自分達から外に出る事はないだろうし問題ないだろう」

極上の趣味 18

「待機組だが、食堂で夜を明かすのは辛いと思う。だから好きな所に移動して構わない」
但し一人での行動は控えるように。
そう言われて松村が女子を見やり、少し考える。
「そうだね、食堂は広いからそれだけ隠れる所も多い。どこか教室でもいいけど、僕としては保健室か図書室あたりがいいと思う」
「保健室は鍵が掛かっている筈だ」
「だったら図書室だね。あそこなら足音消す為に絨毯が敷いてあるから座り込んだり横になったりしても、他の教室よりは気にならないだろう」
そうか、夜を明かすと言う事は睡眠を取ると言う事だ。机や椅子を寄せてベッドを作ったとしても身体が休まるとは思えないし、固い床で横になるのはもっと辛い。
その点、図書室ならば松村の言った通り他の教室より少しはマシだろう。
幸い、図書委員である宮森がいるのでドアの数字錠は開けられるのだし。
頭のいい人はやっぱり違う。そう感心していると、西垣が「分かった」と頷く。
「使えそうな物があったら図書室に運ぼう。確か生徒会室に毛布があったと思う」
「うん、そうだね。あと必要なのは飲み物と食料かな……飲み物はここで調達出来るけど、食料はどうだろう」
無理だと思う。
今日は元々午前中だけだったし、下校時間まで残る生徒は各自でお弁当なり何なり用意していた筈だ。それでなくても厨房の管理は厳しいのだ。恐らく鍵が掛かっているに違いない。
宮森の予想した通り、厨房は頑丈なドアで区切られ鍵が掛けられていた。
「私、教室にお菓子あるよ」
先ほどのヒステリーがおさまったのか、久保が明るい声で言う。
「スナック菓子だけどないよりマシだよね。沙絵は持ってないの?」
「チョコとミント系の飴なら」
久保に訊かれて島津が答える。それに宮森は朝にコンビニでパンを買ってそのまま口にしていない事を思い出す。
「俺、パン持ってる」
「僕もお弁当があるよ」
宮森が言うと松村も声を上げる。考えてみれば当然か。
手紙をいつ受け取ったのかは知らないが、当日でない限り、下校時間間際に呼び出されたのだからお昼ご飯の準備をして当たり前だった。
そう思って他のメンバーに目を向けると、森橋が「授業終わってすぐ外で食べて来たから」と言う。辻と吉野も同じなのだろう、曖昧に頷いている。
「さっき宮森に食わせたので全部だ」
こう答えたのは西垣だ。
何の事だろうかと考えて、口に押し込められた飴の事だと思い当たる。
欲しいなんて一言も言ってないのに恩着せがましい。オマケに使えない。
松村以外の男子は使えないと宮森は認識を改める。
自動販売機でペットボトルに入った水とお茶ばかりを十本余り買う。
足りなかったらまた買えばいいし、いざとなれば水道もある。
全員がそれを持ち図書室に移動する。
数字錠を開けると、松村が西垣を振り返る。
「生徒会室にドライバーもあるかな?」
「ああ、そうだな。持って来よう」
ドライバー?と首を傾げて自分の手元を見てから松村が何をしようとしているのか理解する。
数字錠をぶら下げる金具を外して、内側に取り付けてしまおうと言うのだ。
今のままでは外からしか鍵を掛けられない。立て篭るには適していないと言える。
「だったら誰かに鍵の数字を教えておかないと」
図書委員なら誰だって知っている。それにもしかしたら生徒会役員だって知っているだろう。
だが、待機組は全員、図書委員でも生徒会役員でもない。
全員に教えてしまっても良かったが、矢張り委員として鍵の数字を言いふらすのは何となく避けたい。負い目はストレスになるからだ。
「そうだね。じゃ、僕が」
それが妥当だろう。
どう考えても待機組のリーダーは松村しかいない。
松村の耳に口を寄せて六桁の数字を伝える。
そうしながら視線を感じてふと目を向けると、何故か西垣が怖いぐらいの眼差しでこちらをジッと見つめている。
何だろ、勝手に教えるなって言いたいのかな。
でも、今は非常事態なのだから勘弁して欲しい。
心の中でそう言い訳して松村から離れると、西垣がグイッと手首を掴んで来る。
わぁ、暴力反対。
どうせ適わないって分かってるので無駄な抵抗しないでいると、松村が西垣を見てニコッと笑う。
この状況のどこに笑いの要素があったのか。
宮森が悶々と考え込んでいる間に西垣が「それじゃ」と口を開く。
「俺たちは校舎を一周して来る。何があっても外に出るな」



先頭を翼と宮森が、後ろを西垣が一人で歩いている。
場所は東校舎の階段だった。戸田が落ちた現場を見に行くらしい。
チラリと背後を振り返り、宮森は憂鬱な溜め息をこぼす。
辻はいいとして、どうして自分まで監視されなきゃいけないんだ。どう考えても理不尽だった。
これまでの出来事から、手紙の差出人が戸田を突き落としたと考えていいだろう。そして差出人の目的は過去の復讐だ。佐川アオイが屋上から飛ぶ原因となったイジメ。当時の同級生ばかりが呼び出されたのだから他にない。
だが、宮森には関係のない話なのだ。どうして顔が似ていると言うだけで自分が疑われるのか全くもって理解出来ない。
「宮森先輩」
隣を歩く翼が内緒話でもするかのようにコソッと呼びかけて来る。それに目線だけで答えると、ホッとしたように息をつく。
「さっき言った二階にいた人の事ですけど」
それを聞いて、ああそう言えばと思い出す。
戸田が落ちた時、翼は二階に人影がいるのを見たと言っていたのだ。
「あれって辻先輩だったんですかね」
タイミングで言うならそうだろう。
戸田が落ちて、西垣が職員室に行って辻を発見したのだから矛盾はない。だが、気になる事が一つある。
「でも、それだと職員室の電話線切ったのって……」
辻と言う事になる。そんな事をして何の利があるのか分からない。
「どうした、宮森」
考え込んでいるうちに足が止まってしまったのか、追いついて来た西垣に問われて、どうしようかと躊躇う。
翼が見た人影の事は言うべきだろう。だが、不用意に言ってしまうと余計な混乱を招きかねない。だが、西垣がリーダーなのは間違いないのだ。ここは言うべきだろう。そう判断して口を開く。
戸田が落ちた時、職員室付近に誰かがいたらしい。
そう打ち明けると、西垣は片方の眉を上げ、翼を見る。位置的に目撃したのが翼だと分かったのだ。頭の回転が早い事で。
「そうか。だが、それは辻じゃない」
キッパリと言い切る西垣に宮森は驚く。
仲が良いようには見えないのだから、庇っている訳ではないのだろう。
それなら、そう言い切る根拠があると言う事だ。
「戸田が落ちる時に人影を見たんだろう?」
それに翼がコクンと頷く。
「だとしたら窓に寄って、パニック起こして二手に別れて、俺が職員室に行って……だいたい五分から十分は経っていたと思う。その間に辻は逃げられた筈だろう」
そう言ってから、それに、と言葉を続ける。
「そんな事をして辻にメリットがあるとも思えない」
宮森が思ったのと同じ事を口にする。
そうなのだ。辻に限らず、校舎に残っている全員に電話線を切る理由がないのだ。
「確かに戸田を落とした人物が職員室に行って電話線を切ると言うのも難しい。時間的には可能だろう。だが、俺たちがどう動くかなんて予測出来た筈がないんだ。生徒会室と職員室は向かい合った校舎の二階にある。だが、渡り廊下を近いと思うか階段が近いと思うか……宮森だったらどっちを選ぶ?」
「そりゃ廊下ですよ」
「ああ。だが、俺は階段から行った」
そう言えばそうだったか。
宮森と翼が食堂に降りるので階段まで一緒に行ったのを思い出す。
「だが俺達三人で職員室に行こうとしてたら廊下を渡っただろう」
成る程。確かにそれは予測付かない。たとえ予測出来たとしても、確実とは言えない。
職員室の付近にいるのを見られただけで疑われてしまうのだ。
「あと、翼の話でもう一つ分かった事がある。戸田を突き落とした者と電話線を切った者、少なくとも二人以上の人物が関わっていると言う事だ」
その言葉に宮森は「あ、」と声を上げる。
確かにその通りだ。
四階から戸田を突き落としてすぐに二階の廊下にいるなんて、到底無理だ。
「会長は誰だか見当付いているんですか」
翼の質問に西垣が肩を竦めて答える。
「さぁね、そこまではまだ分からないな。戻ったら全員で話し合ってみるか」

極上の趣味 19


校舎を全て見回り、生徒会室で必要な物を探す。
戸田が落ちたと思われる東校舎の四階の廊下に椅子が転がっていた事と窓が破られていた事。他に異常は見当たらなかった。
生徒会室のロッカーで毛布とドライバーを発見する。翼の話によると非常用の非難袋がどこかにある筈だと言う。今は三人で手分けしてそれを探している最中だった。
「ったく、どこに仕舞い込んだんだ」
舌打ち紛れに西垣が呟く。それに翼が顔を上げて言い返す。
「会長が邪魔だからしまっとけって会計に言ったんですよ」
「だからって、こんな厳重に仕舞われたんじゃいざという時に使えないじゃないか」
そんなやり取りに耳を傾けながら、宮森は開かずの非常扉を思い出す。
入学してから一度も開いているのを見た事がない。一度だけ好奇心からドアノブを捻ってみたが、ガッチリと固く閉ざされていた。いざと言う時に使えないと言う点では、生徒会室にある避難袋と同じだ。
「あ……これ?」
誰の机か分からないが、一番下の引き出しに懐中電灯があるのを見つける。よく見ると、ラジオや乾パン、飲料水に簡易トイレなどもある。
「ここって会計の人の席?」
翼に訊ねると頷きが返って来る。
そのままでは嵩張るので中身をバラして自分の机の引き出しに仕舞っておいたらしい。几帳面なんだかズボラなんだか分からない。
目当ての物を見つけてホッとしたのも束の間、今度はそれらを入れてあった筈の袋がない。
どれも小さくて軽い物ばかりだが、手で運ぶとどうなんだろう。
そう首を傾げる宮森に翼が「これに入れて下さい」とトートバッグを差し出す。
「ありがと」
見てみると、大きく「生徒会専用」と書かれているので備品入れか何かだろう。
手当たり次第に突っ込んでから肩に掛けると思いのほか重たかった。
ヨロヨロ歩いていると、急に肩が軽くなりたたらを踏んでしまう。
「なに、」
肩が軽くなったのは西垣が荷物を引き受けてくれたからだった。
有り難いのだが、どうして無言なんだ。ムッとして宮森が唇を尖らせると、それに苦笑していた翼が口を挟んで来る。
「言ったじゃないですか、うちの会長はコミュ障なんですって」
それは聞いた。だが、何もナンパのような話術を求めている訳ではない。単に軽く声を掛けて欲しかっただけだ。
しかも本人ではなく下級生の翼にフォロー入れさせてるのも気に入らない。
「宮森先輩はこっち持って下さい」
気に入らないままそちらを見るとクッションを二つ手渡されてしまう。翼の手には椅子に敷くタイプの座布団がある。
絨毯が敷いてあるとは言え、床に座るのだからクッションはあった方がいいだろう。枕の代わりにもなるし。
宮森がそう納得したのが分かったのか、翼がニッコリと微笑む。
「忘れ物はないですね、行きましょう」



ドライバーで図書室の鍵を付け替え、今は内側に数字錠が掛かっている。
読書の為の机や椅子は隅に追いやられ、真ん中に持って来た座布団を敷いて島津が座っている。その隣にクッションを胸に抱いた久保が寄り添い、松村と翼が二人の正面に体育座りしている。
西垣は隅に置かれた椅子に腰掛け、その背後に司が立っている。
宮森はいつもの癖で貸出しカウンターに座った。
特に何をしたと言う訳ではなかったのだが、全員の顔には疲労が色濃く滲んでおり表情も憂鬱な物だった。
それを眺めながら宮森は手にしたペットボトルの蓋を開ける。
かき集めた食料は女子が持っていた菓子の類いと宮森のパンが二つ、松村のお弁当に生徒会室にあった乾パン一袋。
これだけあれば飢える事はなさそうだが、余裕がある訳でもない。だから宮森は今夜は飲み物だけで凌ぐつもりだった。
ほんの少しの水をコクリと飲み込み、ペットボトルをカウンターに乗せる。
そんな微かな物音すら、静かな図書室内に響き渡るように感じられて何だか気まずい。
誰か何か喋ってくれないかな。
他力本願な事を思いながら見回すと、宮森の願いが通じたのか西垣が口を開く。
「東の四階を見て来た。廊下に椅子が転がってたから、窓を割ってから戸田を突き飛ばしたんだと思う」
前置きなくされた話の内容に久保がギクリと震える。
この中で最も憔悴しているのは間違いなく久保だろう。
鍵がない事を聞いた時も、好意を寄せている相手である西垣を詰ったのだから、情緒不安定になっているのかも知れない。
無理もないか。宮森はそう溜め息をつく。
中庭に落ちた戸田が動く気配はないのだから、もう息絶えてると思っていい。
すぐ近くで人が死んだのだ。それも誰かの悪意によって。
その悪意は自分達にも向けられていると分かっているのだから、情緒不安定にもなろうと言うものだ。
だが、島津は表情こそ固いものの取り乱した様子はない。励ますように久保の手を掴んでいる。
「あと、戸田が落ちた時、東の二階廊下に誰かいたらしい」
「え、」
続けられた西垣の言葉に松村が驚いたように腰を浮かせる。
「誰かって誰がいたの?」
「そこまでは見えなかった。だが、男子の制服を着ていたようだ」
「じゃ、辻かな……でも、廊下にいたって事は職員室の電話線を切ったって事だよね。辻がそんな事するとは思えないんだけど」
「俺もそう思う。だから、辻以外の誰かがいたって事じゃないだろうか」
「でも、西垣達が見回りに行ってから僕たちはずっと四人でいたんだよ」
「分かっている。俺が言いたいのは戸田を突き落とした奴の他にもう一人いるんじゃないかって事だ」
西垣の発言に場が再びシンと静まり返る。だが、すぐに松村が「そう」と声を漏らす。
「確かにそう考えるのも可能だね。それで西垣はどうするつもりなの」
松村の問いに対する答えは「どうもしない」と素っ気ないものだった。
それが少し意外だったので宮森は西垣に目を向ける。
全員の視線が集まっていると分かっているだろうが、西垣は表情を変えず淡々と言う。
「犯人探しの能力なんて俺にはないし、ここにいる全員にもないだろう。だから俺たちが一番に考えるべきなのは、ここから無事に出る事。それだけだ」
「具体的には?」
そこで宮森は手を上げる。
「あの、」
「ん、何だい?」
松村に気さくな様子で促され、宮森はコクンと頷く。
「犯人の目的が佐川アオイの復讐だとしますよね。でも、戸田センは関係ないし、何だかやり方がマドロッコしいと思うんですよね。さっきカイチョーが辻さんに言ってたけど、八年も掛けて計画したんだとしたら……何となくですけど、犯人の考えが分かる気がするんです」
西垣ではなく、松村に向かって話したので自然と敬語になった。
「わざわざ校舎に閉じ込めたのって、逃げられないようにして一人ずつ始末するつもりじゃないでしょうか」
鼠を甚振る猫のように、相手が恐怖するのを見て楽しむつもりなのだと思う。だとしたら、自ずと順番も分かりそうだ。
「多分ですけど、次に狙われるのは俺か翼だと思います」
そう言うと、それまで無関係だと思っていたのか翼がギョッとしたように宮森を見る。宮森とて悪気がある訳ではないのだが、そう考えるのが自然なのだ。
「理由は佐川アオイの件に関して無関係だからです」
「関係ない者を先に殺すと……?」
「はい、だって目撃者を残す訳には行かないでしょう。それに戸田を真っ先に突き落とした事から、犯人に躊躇いはないって事も分かります。でも、同じぐらいの確立で俺と翼は無事に脱出できるかも知れないと思ってます。まぁ、これは犯人が全部終えたあとどうするつもりなのかに寄るんですが」
復讐として関係者を皆殺し。それで満足する犯人なら、事を終えたら自首か自殺かすると思う。その場合は宮森と翼は無事だろう。
だが、戸田を突き落としたぐらいなのだ。復讐を終えたあとも逃げ延びようとするのなら目撃者は邪魔でしかない。
そして恐怖を与えようとするなら、本命は最後だろう。
「必ずとは言えませんが、同じ理由で順番が分かると思います」
「どうやって」
「佐川アオイに対するイジメに深く関わってた者ほど順番は後でしょう」
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