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極上の趣味 23

首を捻って考え込んでいると、図書室の戸が外から開かれる。
トイレに行った連中が戻ったのかとそちらに目を向け、宮森は眉を寄せる。
見覚えのない顔だったのだ。
半袖のシャツに白いベストを着用しており、ベルト通しにウォレットチェーンを掛けている。天然なのか緩くウェーブした髪は金色に近い茶色で、顔立ちがほっそりとしており、服装さえ違っていたら女の子に思えたかも知れない。
「あ、良かった。誰かいた」
気安い口調でそう言うと、スルリと中に入って来る。
その仕草は猫のようにしなやかで色っぽい。
「保健室で寝てて起きたら誰もいないんだもん、焦ったよ」
誰にともなくそう言って先ほどまで久保がいた席に座る。
「誰ですか」
宮森がそう問い掛けると、「えー」と不満そうな声を上げる。
「そっちこそ誰なの?」
お互いに面識がないと言う事は学年が違うのだろう。こんな馴れ馴れしい口調の一年生がいるとも思えなかったので、恐らく三年生だ。
その推測を裏付けるように松村が口を開く。
「ヨシユキ、お前ずっと寝てたのか?」
宮森は記憶を手繰って、その名前を思い出す。
久保の双子の兄弟だと言っていたか。兄か姉か分からないが、双子なのでどちらでも構わないのかも知れない。
松村の言葉にコクンと頷き、久保美雪がペラペラと喋り出す。
「だって今日ってば自習ばっかりだったじゃん。教室にいてもヒマだったから抜け出してサボってたんだよね。そしたら寝過ぎちゃったらしくてさぁ、起きたらやけに静かだわ、帰ろうとしたら玄関閉まってるわで、どうしたものかと思って。取りあえず誰かいないか歩き回ってたら話し声が聞こえたからここに来たって訳よ。んで、俺帰りたいんだけど」
戸田が突き落とされた事を知らない所為なのか、ヨシユキの口調はあっけらかんとしていて軽い。
その落差にグッタリと疲れてしまい、宮森は溜め息をこぼす。
松村がこれまでの出来事を説明すると、ヨシユキは「へぇ」とどうでも良さそうに相槌を返す。
「んじゃ、火曜日までここにいるしかないって事?」
「多分、そうだと思うよ」
松村がそう言うと、ヨシユキがコテンと首を傾げる。
「でもさ、夜になったら誰か見に来るかも知れないじゃん?」
「どうして」
「だって、校舎中の電気付いてたら目立つでしょ」
そうか。
宮森はヨシユキの言葉にハッとする。
空調が動いていると言う事は電気が来ているのだ。ならば、夜になって辺りが暗くなれば、明かりの付いている校舎は目立つ筈だ。もしかしたら近隣の住民が学校に連絡してくれるかも知れない。そこから警備会社に連絡が行けば、見回りの為に校舎の玄関が開く筈だ。
だが、そこまで考えて疑問を抱く。
電話線を切るような犯人なのだ。どうして電気も遮断してしまわなかったのだろう。
「携帯だ」
携帯電話の電波を遮断する装置がこの学校にはあるのだ。電気を遮断してしまったら、それも止まってしまう。だから犯人は電気だけはそのままにして置いたのだ。
「もしかしたら犯人は夜までに決着をつける気なのかも」
何を言おうとしたのか理解したのだろう。宮森の言葉に西垣が険しい顔をする。
松村も困ったように沈黙してしまうが、ヨシユキだけは相変わらずあっけらかんとしている。
「ああ、そうかもねぇ」
腕を組んで、うんうん頷いている。
「今の話が本当だとしたら、もう戸田を殺しちゃったんだもんね。犯人は後には引けない状況って訳だ」
それはそうだ。犯人は既に人を殺しているのだから、何としても目的を遂げる筈だ。
ならば、どうする。簡単だ。
全員殺してしまえばいい。
校舎に閉じ込めた生徒たちがグループで行動するであろう事は犯人にも予測できた筈なのだ。ならば全員が一カ所に集まるであろう場所に爆弾でも仕掛けたらいい。
「そんな……」
宮森は自分の想像に愕然とする。
一人でいたら狙われる。だが、グループでいるのも危険なのだ。
どうしたらいい。
「最善の策は、二人から三人のグループに別れて夜は明かりをつけないって事かな」
松村がそう提案して来る。
確かに、それ以外ないだろう。
ならば、次の問題はどうやって分けるかだ。
辻と吉野は既に別行動なので、考えなくて構わないだろう。他に八人。
二人では流石に心細い。ならば、三人か四人に分けるべきだ。しかし、出来るだけ少人数でいた方がいいので、三人のグループが二つと二人で行動する班が一つ。これがベストだろう。
「島津と久保は分けられないだろうから、僕がそこに入るよ」
松村が当然のようにそう言う。
宮森としても、西垣と松村は別のグループにいた方がいいと思ったので、それに反対するつもりはない。
「あの兄弟は一緒にいたいだろうから、ヨシユキ。お前はそこに入れ」
西垣の言葉に宮森はキョトンとする。
森橋兄弟が互いにブラコンなのは既に知っている。それに非常事態なのだから、肉親と一緒にいたいという気持ちは当然だ。
しかし、久保美雪をそのグループに入れるのは何故だろう。
説明を求めて西垣を見るが、アッサリと無視されてしまう。
「陽が暮れるまでに対策を考えよう。鍵が掛かるのは、ここと生徒会室、あとはヨシユキが寝てたんだから保健室も入れるだろう。保健室に松村たち、生徒会室にヨシユキ、ここには俺と宮森が残る」
その言葉にギョッとする。
西垣に対する恐怖は既に麻痺していたが、二人っきりでいるのは勘弁して欲しい。
だが、先ほどのグループ分けで残った宮森と西垣が一緒に行動するという事になる。
うわぁ、マジか。
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極上の趣味 24

トイレに行っていた連中が戻ったところで、経緯を説明する。
ヨシユキがいるのを見て、久保が露骨に顔を顰めたが、別行動だと聞かされ何も言わなかったので、その場では問題にしないで置く。
かき集めた食料を分け、緊急時の連絡方法を決める。
校舎の電気は極力消すと言う事に決まった。
近隣の住民に通報され、犯人がヤケを起こすのを防ぐためだ。
ならば、暗いのを利用してスマホで照らすという事になった。犯人にも居場所を知られてしまうが、他に方法はなかった。
翌朝まで無事だったら、拠点を変えた方がいいという松村の提案で朝の六時に生徒会室で落ち合う事になった。
特に反対意見もなく明るい内にと言う事で、3チームに別れる。
図書室を出て行く際に翼が心配そうに宮森をチラリと見る
宮森はそれに泣きたい気持ちを堪えて小さく頷く。
廊下で松村と何やら話をしていた西垣が戻ると同時に内側から鍵を掛ける。
これで明日の朝まで二人きりなのだ。
チラリと確認してみると、現在時刻は夕方六時。外はまだ明るいが、東の空が少し暗くなっている気がする。
溜め息と共に肩を落とす。
あと、十二時間。別に仲良くお喋りをしなければならないと言う決まりはないのだが、二人きりだと言うのに無言なのも気詰まりだ。仕方ないので、佐川アオイについて考えてみる。
小柄で女の子のような顔立ちの少年。
西垣に憧れ、久保に嫌われ、辻にいじめられていた。
両親は父親が知人の保証人となった所為で離婚の危機に瀕しており、転校するのが決まっていたと言う。
学校も家庭も佐川アオイにとって救いにはならなかっただろう。
だから、屋上から飛んだ?
しかし、そのキッカケはあった筈だ。
恐らく島津が見たトイレでの暴力。そこで辻にこれまで以上の酷い事をされたのではないだろうか。
「あれ……」
そこでふと宮森は不自然な点がある事に気付く。
どうして佐川アオイはこの学校の屋上から飛び降りたんだろ?
手っ取り早く通っていた小学校の屋上でも良かった筈だ。いや、その方が自然だろう。
「カイチョー」
呼びかけると、壁際の椅子に腰掛けていた西垣が顔を上げる。
こんな時だと言うのに、相変わらず男前な顔だ。
「カイチョーたちが行ってた小学校って何階建て?」
そう訊ねると、思い出そうとしてか僅かに上を向き「三階建てだったな」と言う。
「普段は屋上にも行けたが、放課後は施錠されていたんじゃないか」
「ふぅん。でも、三階の窓からでも飛び降りる事は出来るでしょ」
何も屋上にこだわる事はないのだ。死ねると佐川アオイが思えた場所ならどこでもいい筈だ。
「確実に死ねなかったとしても大怪我するだけで学校からも家からも離れられるよね。そこまで考えていなかったとしても、咄嗟に死のうと思って何の関係もない高校に忍び込んでそこの屋上から飛び降りようとするかな」
宮森の独り言に西垣が怪訝そうに顔を顰める。
「何が言いたいんだ」
「何か理由があるんじゃないかなって。たとえば、この学校に何か用があったとか」
「小学生が高校にどんな用があるって言うんだ」
「それは分からないよ。でも、うぅん……誰かに会いに来たとか?」
宮森がそう言うと、西垣が席を立ち本棚の奥へと消えてしまう。何事かと宮森が追い掛けると、新聞の縮小版を捲っていた。
「何してんの」
「当時、いじめで自殺なんて大事件だったから新聞にも載っていた筈だ」
「そうなの?」
「ああ。学校側はいじめを認めなかったが、小学生の自殺なんて記者には他に理由がないと思えたんだろうな」
西垣の言葉通り、程なく目当ての新聞記事を発見する。
これまで西垣や松村から聞いたのと同じ内容だった。ただ、佐川アオイの容態は意識不明の重体となっており、続報雨もないようで生死についてはハッキリと分からない。
「これが?」
「佐川が飛び降りたおおよその時間が書いてある」
目を凝らすと、西垣が指差した箇所に『物音に気付いた生徒たちが発見した』と記述がある。
「時間なんて書いてないけど」
「授業中なら教師や職員が真っ先に駆けつける筈だ。そうじゃなくて生徒が発見したって事は、休み時間か放課後と言う事になる。島津の話から放課後の……午後四時か五時、それぐらいと思っていいんじゃないか」
へぇ、と感心する。
だが、すぐにそれがどうしたんだと首を傾げる。
宮森の疑問に答えるように西垣が言葉を続ける。
「八年前のその時間、校舎にいた人間に佐川は会いに来たんじゃないのか」

極上の趣味 25

どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。
宮森は西垣の言葉にポカンとしていた。
当時は今ほど校舎への出入りが難しくはなかっただろう、だがそもそも小学生が高校の校舎から飛び降りる事が不自然なのだ。
その事には気付けたものの、佐川アオイがこの学校を選んだ理由まで思い至らなかった。
何の心当たりもなしに、死ぬ場所を選ぶだろうか。
絶対にないとは言えないが、西垣の言う通り誰かに会いに来たのだとしたら、あり得る話だと、宮森も思う。
佐川アオイはこの学校にいた人間に会いに来て、そこで何かがあって発作的に屋上から飛び降りた。
だとしたら、誰に会いに来た。
「教師や職員の可能性は低いだろうな」
西垣が独り言のようにそう呟く。
宮森もそれに賛成だった。
何故なら、佐川アオイは飛び降りた音で発見されたのだ。それは誰にも見咎められる事なく屋上まで辿り着いたと言う事になる。
教師や職員だった場合、どんな話し合いをしたにせよ、それが終われば外まで連れて行くだろうし、そもそも校舎内で話をする筈がない。どこか公園なりカフェなりに連れ出すのが自然だ。
ならば、佐川アオイが会いに来たのは生徒。だが、そうは言っても生徒の数は職員のそれに比べて膨大だ。その誰かを突き止めるのは不可能に思えた。
「あ、だから棚になかったんだ」
そこで宮森はすっかり忘れていた卒業アルバムを思い出す。
怪訝な顔をする西垣に八年前の卒業アルバムが紛失している事を話す。すると、西垣が考え込むように腕を組んで黙り込む。
「犯人は八年前この学校の三年生だったって事か」
十八才と十才。友人ではないだろう。ならば、兄弟と思うのが自然だ。
佐川アオイの両親は離婚を控えていたと言う。ならば、佐川某としてアルバムに載っていたのではないだろうか。
「八年前に十八と言う事は、今は二十六才。該当するのは教師か職員か」
同じ学年の生徒すら分からない宮森に、教師や職員の年齢が分かる筈もない。
そこで西垣を見つめると、眉を寄せて難しい顔をしたまま「何人かいるな」と言う。
「何人ぐらい?」
「二人……いや、三人か」
流石は生徒会長。教師や職員の情報にも詳しい。
だが、どうして言い直したのだろう。
そう質問しようと口を開きかけた途端、どこからか激昂した怒鳴り声が聞こえて来る。



何事かと顔を見合わせ、錠を外すのももどかしく廊下に転がり出る。
話し込んでる間に太陽は沈んだらしく、窓から見える外は既に薄暗い。
思わずスマホで時刻を確認すると、午後七時になろうとしていた。
そうしてる間にも怒鳴り声は聞こえている。
「こっちだ」
先に走り出した西垣を追いながら、怒鳴っているのはどうやら男らしいと当たりを付ける。だが、どこから聞こえるのかは分からない。
静かな校舎の中で声は反響して、辛うじて上から聞こえるらしいとは察しが付くのだが具体的な場所を掴むのは困難だった。
それでも真っすぐに走る西垣の後に続きながら、宮森は「何で」と問い掛ける。
「辻の声だ」
成る程。声の主が分かれば、どこからなのかも分かる。
階段を駆け上がり資材室の前まで来ると、廊下で吉野が腰を抜かして座り込んでいた。
「何があった!」
問いつめる西垣に答えたのは、資材室から出て来たヨシユキだった。
「辻が死んだよ」
その言葉にも驚いたが、ヨシユキの態度にも驚いてしまう。
どうして資材室にいたのか、森橋兄弟と一緒にいた筈ではないのか。
だが、何よりその手にナイフが握られている事に驚愕する。
「美雪、お前……」
宮森は息を飲むしか出来なかったが、西垣はすぐに声を上げる。
「辻が死んだってどういう事だ!」
「そんなの決まってるじゃん、俺が殺したんだよ」
天気の話でもするようにヨシユキが軽い口調でそう答える。
矢張りナイフに付いた血は辻の物か。だが、何故ヨシユキが辻を殺す?
「本当は吉野も殺すつもりだったんだけど、西垣たちが来ちゃったし」
残念とでも言うように肩を竦める。
呆気に取られたのは宮森だけではなかったようで、西垣も何と言ったらいいのか迷うように沈黙してしまう。あとはへたり込んだまま唸り声のような嗚咽を漏らす吉野だけ。
凍り付いてしまった空気を破ったのは、遅れてやって来た松村だった。
「美雪、」
困ったような声で松村が呼びかけると、ヨシユキが泣きそうな顔をする。
それに駆け寄り、「どうして」と声を掛ける。
取りあえずヨシユキは松村に任せ、宮森は資材室の中に足を踏み入れる。
元から整理整頓とは縁遠い場所だったが、乱闘が行われたのであろう事は一目で分かる。
積まれていたであろう机が崩れ、その下敷きになるように辻が倒れている。
何とか隙間を縫って近づいてみると、辻は首から大量に血を流して絶命していた。
這い出して西垣にそれを伝えると、トイレで渡されたハンカチを差し出される。
脈を見る為に辻の手首を取ったので血が付いていたのだ。だが、宮森はそれを受け取らずトイレへと向かう。
流石にハンカチで辻の血を拭うのは躊躇われたのだ。
備え付けの石鹸を使って手のひらと言わず、肘の辺りまで洗い流す。それでもぬるついた血の感触が離れず顔を顰める。
適当に手を振って雫を払い、戻ってみるとヨシユキと松村の姿は既になく、西垣が吉野を立たせているところだった。
「図書室にいるように言って置いた」
宮森の疑問を察したのか、西垣が淡々とした声でそう言う。
西垣と宮森が駆けつけた事で吉野の殺害を諦めたのなら、ヨシユキに他の者への殺意はなかったのだろうと思う。先ほどのやり取りから、松村とヨシユキが親しいのも分かる。
だが、辻を殺したばかりのヨシユキと松村を二人きりにしていいのだろうか。
そんな宮森の考えを無視して西垣が言う。
「行くぞ」
「行くってどこに?」
図書室ではないだろう。見たところ、吉野は怪我をしているようではないので保健室でもない。ならば、残る場所は一つだけだ。
それを肯定するように西垣が言葉を続ける。
「生徒会室だ」
そう言えば森橋兄弟はどうしたのだろう。
ヨシユキが一人で行動していた理由を知りたかったし、吉野から話も聞かなければならない。

極上の趣味 26

生徒会室に行く途中、森橋兄弟と会ったので一緒に向かう。
翼の話によると、ヨシユキはトイレに行くと言って出て行ったらしい。
「だからって一人で行かせてどうするんだ」
呆れたように西垣がそう言う横で宮森も頷く。
校舎内に悪意を持って戸田を突き落とした人物がいるのだ。そんな状況で一人にするのは余りに危険だ。だからこそ、数人のグループに別れたと言うのに何をやってるんだ。
「すみません、すぐそこだったのと久保先輩が一人でいいからって言ったのでつい」
そう言われたら宮森も引き下がったかも知れない。
何しろ相手は三年生だ。翼は生徒会役員ではあるが、一年生の言う事に従ってくれるとは思えない。
「帰りが遅いと思って兄さんと迎えに行こうと思ったら声が聞こえたので」
そこで慌ててやって来たのだが、時既に遅く、ヨシユキは辻を殺してしまった後だった。
「でも、本当に久保先輩が?」
辻の死体を見ていない所為か、翼が疑うように問い掛けて来る。
「本人がそう言ったし、吉野も見ていたらしい」
西垣の言葉に吉野がビクッと震える。どうやらまだ怯えているらしい。
無理もない。チャラい外見をしているが、実際はかなり気が弱いのだ。
生徒会室に入り、吉野を奥の席に座らせる。その正面に立った西垣が「何があったのか話せ」と促す。
「あ……えっと、」
口籠るばかりでハッキリと言わない吉野に痺れを切らしたのか、西垣が椅子の足を軽く蹴る。それに「ヒッ」と喉の奥から悲鳴を漏らし、漸くポツポツと話し出す。
それによると、ヨシユキが資材室のドアをノックして、迎えに来たからもう外に出られると言ったらしい。
辻たちが別行動になるまでヨシユキの姿はなかったのだ。しかも、佐川アオイの事件とは無関係。
そこで辻に言われて吉野がドアを開けると、ヨシユキが強引に押し入って来たそうだ。
揉み合ってるうちに吉野は廊下に押し出され、中から辻とヨシユキが乱闘しているらしい物音が聞こえたと言う。
それに倒れた机を思い出し、宮森は小さく頷く。
辻は何やら怒鳴っていたが、吉野にはその内容を聞き取る事は出来なかった。ただ、獣の叫び声のような物が聞こえて、それが辻の声だと言うのだけ分かったそうだ。
そのまま呆然と座り込んでいると、西垣と宮森が来た。そういう事らしい。
話を聞き終え、全員がそれぞれ考え込む。内容は恐らく同じだろう。
どうしてヨシユキが辻を殺したのか。
校舎に閉じ込められたのは、佐川アオイの復讐だとばかり思っていた。
手紙で呼び出された三年生は全員が当時同じクラスだったのだ。だが、ヨシユキは違う。
小学校に上がる前にあった事件の所為で、ヨシユキは親戚に預けられ他の学校に通っていたのだ。こちらに戻って来たのは、高校に入ってから。
ならば、佐川アオイがいじめられていた件に関与している筈がなかった。
「え、ちょっと待って」
混乱して来て、宮森は口に出して呟いてしまう。
ヨシユキが辻を殺したのは、校舎に三年生が閉じ込められたのとは別の事件なのだろうか。
以前から辻を殺そうと思っていて、チャンスとばかりに実行した?
偶然だとしたら、それを裏付ける根拠が必要だった。
「ヨシユキさんは辻さんと何かトラブルでもあったのかな」
宮森の言葉に西垣が「分からない」と首を振る。
「辻はかなりの問題児だから校内で浮いていたし、ヨシユキも親しい友人はいないようだったが」
数年間、地元を離れていたとは言え、過去を知っている者は複数いるのだろう。
だからヨシユキが遠巻きにされていたと言うのは宮森にも納得出来た。
「松村さんも?」
「基本的に松村は面倒見がいいし、誰とでも仲いいように見えるが……特別親しいと言う訳でもないだろうな」
言葉は悪いが八方美人と言う事か。
何となくそれに頷き返し、「あ」と声を上げる。
他の四人が怪訝そうに見つめて来るのを無視して宮森は保健室に向かう。
「宮森先輩!」
翼が慌てたように呼び止めて来るのに振り返らずに答える。
「保健室に島津さんと久保さんが二人っきりじゃないか!」
犯人にとって本命だった辻が殺害された事で、もしかしたら事件はこれ以上起こらないのかも知れない。だが、その確証はないのだ。
こんな状況で女子二人と言うのは、如何にも狙って下さいと言っているようなものだ。
宮森の言葉に背後にいる翼がハッと息を飲む。
「一緒に行きます」
それに司も頷き、宮森たちは三人で保健室に向かう。

極上の趣味 27

保健室に到着してみると、ベッドに久保が横になっていた。
その脇に椅子を置き、島津が座っている。
「二人とも無事でしたか」
宮森の問い掛けに不安そうな顔をした島津がコクンと頷く。
「何があったの」
簡単に事の顛末を語ると、「そう」と溜め息混じりに呟く。
特に驚いた様子がないのは、この緊張状態で精神が疲労している所為なのかも知れない。
「久保さんはどうしたんですか」
「ヒステリーが凄かったから鎮痛剤飲まして寝かせたわ」
そう言うと、立ち上がりベッドの周りのカーテンを引く。
「ここにいるって西垣に言ったの?」
「はい。一応」
「そう。でも、松村達の話も聞いてみないと……」
「でも久保さんは寝てるんですよね」
「うん。私もここ動く訳には行かないし……悪いけど、様子見て来て貰える?」
その言葉に宮森は逡巡する。
久保と島津を残して三人で移動したのでは余りに効率が悪い。ならば、一人で行動するのが危険なのは変わりないのだから、誰か二人が連絡係として行けばいい。
問題は誰と誰に行かせるか。
「じゃ、僕と兄さんが行って来ますよ」
翼が当然のようにそう名乗り出る。
言われてみれば、兄弟として行動した方が安心だろうし、宮森にしても司と二人で何を話せばいいのか分からないので助かる。
「宮森先輩はここに残って下さい。出来るだけ気を配ってますから、何かあったら廊下でスマホを点滅させて下さい」
電気を消してある廊下でなら、スマホの小さな明かりでも目立つだろう。
それに頷くと、翼が兄を連れて保健室を出て行く。
二人を見送り、宮森は島津と二人きりと言う事に漸く気付く。
司と何を話せばいいのか分からないのと同じく、島津とも何を話せばいいのか分からない。いや、相手が女子な分だけ司の時より話題がない。
だからと言って沈黙したのでは気詰まりだ。
どうしたものかと思案していると、島津が「座れば?」と椅子をすすめて来る。
宮森が座るのを確認するように見つめて、「辻、死んだんだ」と島津が呟く。
その声には恐怖や驚愕と言った色はなく、ただ事実を述べただけのように素っ気ない。
「辻が死んで何人かはホッとしてるでしょうね」
「どういう事ですか」
学校では常に一人で行動していた宮森は辻の噂は聞いた事があったが、その人間性までは知らない。そんなに嫌われていたのだろうかと問い返すと、島津が嬉しそうにニッコリと微笑む。
「私はホッとしてるわ」
「え……」
幾ら嫌いな相手とは言え、死んだ事を喜べるだろうか。
言葉もなく見つめていると、島津が囁くように低い声で話を続ける。
「私の事、地味な女だと思ったでしょ?」
面と向かってそう問われ、頷く訳にも行かず宮森は硬直する。
そもそも、唐突だったので質問の意味を理解出来なかった。
「中学まではこんな地味な格好してなかったんだよ。コンテストとかオーディションとか受けまくって、スカウトだってされた事があるんだ」
思い出すようにそう言う島津を改めてよく見ると、確かに顔立ちは整っている。だが、それならどうして黒髪のオカッパに眼鏡などと言う変装に近い格好をしているのだろう。
「中三の夏だった。雑誌の専属モデルに選ばれて嬉しかった……でも、その二日後には自分から辞退したのよ」
「どうしてですか」
「辻に強姦されたの」
「え……?」
余りにもサラリと言うので、一瞬聞き間違えたかと宮森は首を傾げる。
だが、島津は淡々と続ける。
「事務所からの帰り道、辻に待ち伏せされてそのまま。必死になって抵抗したわ。でも顔を殴られて……その所為で今も左目の視力が極端に悪いの」
「そんな、どうして……」
「どうせ自分の女がモデルだって自慢したかったとかそういう事でしょ。実際、そんな事言われたしね。幸いな事に顔を殴られただけで、他に怪我はなかったから腫れさえ引けば仕事を続けられる状態だった。でも、私がモデルを続ける限り辻は付き纏うって分かってたから、だったら私に価値がないって思わせるしかないじゃない。芸能界で売れたとしてもずっと辻に怯えながらなんて冗談じゃないわ。だから、髪を切って視力が落ちたのを理由に眼鏡を掛けて……冴えない女の子になるしか道はなかった。案の定、夏休みが明けてダサくなった私に辻は見向きもしなくなっていた。ホッとしたわ、私は間違ってなかったんだって安心した。でも、私は同時に自分の将来も捨ててしまったのよ。だから辻が死んだって聞いて、涙が出るほど嬉しいわ」
晴れ晴れとした笑顔でそう言う。
宮森はそれに理由もなくゾッとする。
島津が異常なのではない。そこまで恨まれる辻という人物が恐ろしかった。
「本当なら宮森くんは西垣に感謝すべきなんだよ」

極上の趣味 28

「は?」
「だって辻はバイだから……宮森くん目立ってたし、佐川くんと似ていたから辻の好みだったと思うよ」
「佐川アオイが辻にいじめられてたのって」
「好きだったからって訳じゃない。単に顔が綺麗だったから、それだけよ。さっき私がした話、覚えてる?」
佐川アオイがトイレでいじめられていたと言う話だろう。
思い出すだけで胸くそ悪くなるが、今の話と何の関係があると言うんだ。
「言ったでしょう、佐川くんは服を脱がされて血まみれだったって」
「まさか、」
「まぁ、年齢が年齢だから実際に犯したとは思えないわ。でも、佐川くんの様子からして似たような事があったのは間違いないでしょう」
吐き気がする。
宮森は手で口を押さえて何とかそれを飲み込む。
小学生が同級生を性的に犯すなんて、生理的に受け付けない。ただの暴力よりも嫌悪感を伴う。
「西垣がいなかったら宮森くんだって何をされたか分からないわよ」
「何をされるところだったんですか……」
「詳しくは吉野に聞いてみるといいわ。あいつ、辻の腰巾着もいいところだったから最近の悪事は全部知ってるんじゃないの。まぁ、だいたい予想は付くけど」
「参考までに聞かせて下さい」
厭な予感しかなかったが、ここで耳を塞いでも意味がないだろう。
おそるおそる宮森がそう言うと、島津がどうって事ないように言葉を続ける。
「男同士だから見せびらかすのが目的じゃないでしょうね。だから宮森くんが地味になったとしても具合が良かったら辻は手放さなかったと思うから……そうね、たとえば強姦して、それを撮影とか」
そんな事されたら首吊るしかない。
無事で良かった。先ほどまでは島津に怯えていたが、今ならその気持ちを理解出来る。
辻がこの世にいない事実にホッとする。
「でも、どうしてカイチョーのおかげ……?」
「辻はタチが悪いけど、別に暴力団と繋がってるとか近所の不良チームの元締めとか、そういう事はなかったから基本的にボッチなのよ。それに対して西垣は人望あるし、鶴の一声で人数は集まる筈だから正面から事を構えるつもりはなかったんじゃない?」
成る程。確かに西垣は校内に知らない者のない生徒会長だ。
女子の人気は絶大だし、教師にも一目置かれている。
そんな西垣と辻が正面から衝突したら、考えるまでもなく辻にとって分が悪い。
「西垣が目を光らせてたから宮森くんは今まで無事だったんだよ」
「はぁ……」
だからと言って、西垣に好意を抱くかと言われたら、そんな事ないとしか答えられない。
何しろ、入学してから一年とちょっと、西垣の所為で宮森は敬遠され孤独を噛み締めて来たのだ。そう簡単に蟠りが解ける筈などない。
「えっと……じゃ、ヨシユキさんも辻さんに何かされたんですか……?」
思い出してみれば、ヨシユキの外見は派手だったし、仕草や目つきに色気のような物が漂っていた。それに小学校に上がる前にあった事件が事件だ。
ある一定の男に対して、そそる物があると言う事じゃないのか……?
だが、島津の答えはアッサリとした物だった。
「知らないわ」
余りにもキッパリと言われたので、宮森は拍子抜けして島津の顔をマジマジと見つめる。
「自分の事で手一杯だったから他の人の事までなんて分からないわよ。それに今頃、松村に理由を話しているんじゃない?」
言われてみれば、その通りだ。
年上とは言え、まだ高校生なのだ。島津にそれ以上の情報を求めても仕方ない。
曖昧に頷き、宮森は壁に掛けられた時計に目を向ける。
時刻は午後八時を少し過ぎていた。

極上の趣味 29

暫く待ってみたが、特に何も起こらない。
宮森はジリジリとした思いで何度も時計を見上げていた。
辻が死んだ事で、佐川アオイの復讐は果たされたのかも知れない。もし、犯人がそう思ったのなら、これからどうなるだろうか。
校舎の鍵が開き、このまま解放されるだろうか。だが、それは楽観し過ぎだろうと思う。
辻は死んだが、他の三年生は生きているのだ。
表立ってはイジメていないようだったが、久保もそれに加担していたようだし、吉野は新しい生贄として佐川アオイを差し出す事によって難を避けた。
それを犯人が許すとは思えなかったのだ。
だいたいからして辻一人を殺したかったのなら、他の三年生を呼び出す必要がないのだ。
目くらましと言う可能性もあるにはあるが、犯人の目的が辻一人ではないと考えた方がスムーズだろう。
ならば、先ほどの宮森の説を逆にしてみたらどうか。
本命を最後に残すのではなく、先に始末してしまう。殺したい順に殺すのだ。
それなら途中で邪魔が入ったとしても、殺せなかったのはどうでもいい者だけと言う事になる。
もし、そうだとしたら辻を殺したのがヨシユキと言うのは矢張りおかしい。
ヨシユキに何かしらの動機があったとしても、こうもタイミングよく辻を殺せるものだろうか。
時計の針がカチッと動いて、八時二十分を差す。
その音を合図にしたように、島津が立ち上がる。
「トイレ行きたい」
「え、でも一人だと危ないですよ」
慌てて止めようとするが、島津が「我慢しろって言うの?」と苛立った声を上げるので、それ以上は言い返せない。
だが、宮森が付いて行く訳にもいかないのだ。カーテンの奥では久保が眠っているのだから、保健室を離れられない。どうしたものかと考えて、妥協案を出す。
「じゃ、保健室の前の廊下にいます」
それならトイレも見えるし、保健室への侵入者も防げる。
宮森の言葉にコクンと頷いた島津が廊下を歩いて行く。
その後ろ姿を見送り、特に何をするでもなく、保健室のドアに寄りかかる。
島津の姿が見えなくなり、スマホで時間を確認すると二十二分だった。五分もあれば戻るだろう。そう思ってスマホをしまうと、ガタンと物音がしてトイレの方向から島津の悲鳴が聞こえて来る。
「島津さん!」
咄嗟に背中を浮かせてトイレへと走る。
保健室や廊下と同じくトイレも暗闇に包まれていた。
スマホを翳して探すと、すぐに島津が床に倒れているのを見つける。
「島津さん、何があったんですか!」
抱き起こし声を掛ける。島津はイヤイヤするように首を振るだけで何も言わない。
取りあえず廊下まで連れ出そうとするが、混乱しているのか島津が抵抗する。それを無視して引きずるようにして運び出し、怪我をしないないかチェックすると、左腕から血が流れていた。
何とか保健室まで戻り、明かりをつける。
ぱっくりと開いた傷跡からして、恐らく剃刀か何かで切り付けられたのだろうと思う。
血を拭き取り、消毒薬を振りかける。
そうしている間に騒ぎを聞きつけたのか、西垣がやって来る。

極上の趣味 30

島津が怪我した経緯を伝えると、西垣が難しい表情で二人を見る。
「他の人たちは?」
宮森が問い掛けると、「全員、図書室にいる」と答えが返って来る。
「え、ヨシユキさんも?」
辻を殺したヨシユキを他の人と同じ所に置くのはちょっとどうなんだろう。
そう思うが、隔離したくても人員不足でそう出来ないのだろう。
松村と一緒にいさせるのは可能だが、そうすると森橋兄弟と吉野が一緒になってしまう。表立って揉めている様子はないものの、先ほどの話からすると兄の司は吉野を嫌っているようなのだ。かと言って入れ替えてみたところで意味はないだろう。
それに西垣は自由に動ける方がいい。これは宮森の直感だったが、間違っていないと思う。
「それより」
難しい表情をしたままの西垣がそう口を開くので、何事かとその顔を見上げる。
よく見ると、それは難しいと言うよりも不可解そうだ。どうしたんだろう。
ジッと見つめる中、西垣がベッドの置かれた方を見て言う。
「どうして久保は眠ったままなんだ?」
「え……だって、薬飲んで」
「ああ、それは聞いた。だが、睡眠薬と言う訳ではいんだろう。島津の声は離れた所にいた俺にも聞こえたし、その後、バタバタしてたんじゃないのか?」
言われてみれば確かに廊下で島津を宥め、保健室では傷薬を探してあちこち引き出しを開けたりもした。それなのに、依然として眠り続けているのは……どうした事だろう。
島津に目を向けると、ハッとしたように息を飲んでカーテンに手を掛ける。
「雪華……?」
そっと声を掛けカーテンの中に入り、再び悲鳴を上げる。
それに動いたのは西垣の方が早かった。
サッとカーテンを引いて、ベッドに近づく。
宮森はその後ろから覗き込むしか出来ない。
ベッドの脇に呆然と立っている島津。それを横に退かして久保の手を取る西垣。
そして、久保の首には男子のネクタイが巻かれていた。
「え、どうして……」
訳が分からず呟くが、それに答えはなく西垣の「死んでいる」という言葉が保健室に響く。
宮森は慌てて席を立ちベッドに近づく。
西垣の言った通り、久保は絶命していた。
恐らく首に巻かれたネクタイが凶器なのだろう。顔が腫れており、所々に鬱血したらしい痕跡もある。
ネクタイの端を掴んでそっと引くと抵抗したのか、首に爪痕らしき縦線が幾つも走っていた。
「そんないつ……」
保健室に来てから、久保が一人になった時はない。最初は松村と島津が、その後は島津がずっと傍にいたのだし、宮森はそこに合流したのだ。
もし、あるとすれば先ほどの島津が切り付けられた時ぐらいしかない。だが、それも僅かな時間だ。時計で確認した訳ではないが、五分も経っていなかっただろうと思う。
「そのネクタイ……ヨシユキのじゃないか?」
「え?」
宮森は爪で挟むようにして持っているネクタイに目を向ける。
夏服でもネクタイの着用は義務づけられている。
生徒会にいる西垣と翼はネクタイを締めているし、松村も同じだ。司は確か胸ポケットに丸めて入れていたように思う。
ヨシユキはどうだったろう。
どんなに思い出そうとしても、ベストを着ていたとしか思い出せない。
「じゃ、ヨシユキさんが?」
「それは無理だろう。ヨシユキがここに来るチャンスはなかった筈だ」
そう、ヨシユキが久保を殺害するのは不可能なのだ。
辻を殺すまでヨシユキが森橋兄弟と一緒にいたのは二人の証言から明らかなのだ。その後は松村に連れられて図書室に行った。
ならば、辻を殺す前に保健室で久保を殺したのか?
それも無理だろう。
ここには島津と松村がいたのだ。ヨシユキが一人で来たら訝しく思う筈だし、二人ともそんな事は一言も口にしていない。
答えが出ないまま、宮森は凶器と思われるネクタイを保健室にあったビニール袋に入れる。それを横目で確認した西垣が「移動しよう」と言う。
「こうなったら全員が一カ所に集まった方がいい。行くぞ」
それに反対する理由はなかったので、宮森は島津を促して西垣の後に従う。

極上の趣味 31

数時間前と同じように全員が図書室に集まっていた。
ただ久保はこの場におらず、その代わりに吉野とヨシユキがいる。
翼と松村に挟まれてヨシユキが座っており、それと離れた所に椅子を持ち出して吉野が座っていた。
三人が中に入ると、松村が「何があったの」と声を掛けて来る。
それに西垣が掻い摘んで説明しているのを聞きながら、宮森は床にクッションを並べて島津を座らせる。
「何か飲みますか」
「……大丈夫」
蒼白い顔で小さく首を振る。無理もない。
ただでさえ異常事態なのに、友達が自分のすぐ傍で殺されたのだ。
少なからず責任を感じるだろうし、何より怖いだろう。
宮森は励ますように軽く頷き、西垣を見る。
丁度、説明が終わった所らしく西垣に目で促され、全員にビニール袋に入れた状態のままネクタイを見せる。
「誰の物か分かりますか」
「俺のだよ」
殆ど間を置かずにヨシユキが答える。
「雪華を殺したのも俺。他の人に危害加えるつもりはないから安心していいよ」
そう言って何がおかしいのか、ニッコリと笑う。
宮森はその顔を真っすぐに見つめ、「違いますよね」と言う。
「さっき、カイチョーとも話したんですが、ヨシユキさんに久保さんを殺せる筈はないんです」
「どうして?」
「ヨシユキさんが久保さんを殺したとするなら、いつ保健室に行ったんですか。辻さんが死んだ後はそのチャンスはなかった筈です。かと言って、その前も久保さんがいた保健室には島津さんと松村さんがいた、ヨシユキさんは保健室に来ましたか」
質問と同時に松村を見る。
「来なかったよ。来てたら西垣にそう言うし」
松村の言葉に島津も頷く。
それを確認して再びヨシユキを見ると、困ったように苦笑を浮かべていた。
「いいじゃん、俺がやったって言ってるんだから」
「それを信じろと?」
「うん。何だったら雪華を殺した理由も言おうか?」
そんな事を言われると思っていなかったので、宮森は驚きに目を丸くする。
「聞きましょう」
そう頷くと、ヨシユキが少し考える素振りを見せて口を開く。
「ものすごく分かりやすい理由なんだけどね。俺は雪華の事が大嫌いだったんだよ」

極上の趣味 32

「だいたいからして、双子ってだけであれこれ比べられるのが厭だったね。しかも雪華自身も俺を意識して競ってるつもりみたいだったし、面倒臭いったらありゃしないよ」
宮森は双子ではないが、ヨシユキの言いたい事は何となく分かる気がした。
周囲に悪気はないのかも知れないが、兄弟がいると何かと比べられるものなのだ。
黙って頷くと、ヨシユキが言葉を続ける。
「でも、ちょっと鬱陶しいだけで殺したいほど憎むってのとは違ってたかな。雪華だって俺の事は目の上のたん瘤ぐらいに思ってただろうし、ま、お互い様だよね。でも、どうしても雪華を許せない事件が起こったんだよ」
血の繋がった双子を殺したい程の事件。何があったのだろう。
宮森が首を傾げる中、ヨシユキが他の三年生をグルッと見渡す。
「近所の大学生に俺が悪戯されたってのは知ってるよね?」
その言葉に全員がギクッと震える。
事が事だ。知っていても気軽に話せる内容ではない。しかも、当事者であるヨシユキに言われてどんな顔をすればいいのか分からないのだろう。
「地元じゃない宮森くんも知ってるの?」
宮森の顔色から察したのか、ヨシユキがニコリと笑う。
どうして笑っていられるのか、宮森はその正気を疑いたくなる。だが、何とか小さく頷き返す。
「あれさぁ、本当は何もなかったんだよね」
「え……?」
「近所に住んでた大学生で、ちょっと子供好きなだけの優しい人だったんだよ」
「でも……ヨシユキさんはその所為で地元を離れたんですよね?」
「うん。俺って当時は今ほどお喋りなキャラじゃなかったから、周りの大人に何も言えなかったんだよ」
「じゃ、誰が言ったんですか」
宮森の問いにヨシユキの目が暗く光る。
「雪華だよ」
そう言って深く息を吐き出す。これまで抱えていた物を全て吐き出したいのかも知れない。
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