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せみしぐれ1

 車を降りた途端、深い緑の気配に包まれ背中が震える。
 ロケであちこち行くけど、ここまで自然に囲まれた場所と言うのは始めてだよ。

 「おはようございます」

 こちらに気付いたスタッフに笑顔で挨拶をして、控え室の場所を訊ねる。貸別荘の二階だと言われ、そちらに向かう。
 撮影期間は二週間とちょっと。都心から車で二時間とは言え、通いで来るのは大変そうだ。他に仕事がない日は泊まり込みになるだろう。
 部屋に到着してみると、ツインルームらしくシングルベッドが二つ並んでいた。その脇に誰かの荷物を置かれている。どうやら相部屋らしい。

 「ふぅん」

 使われていないであろうベッドに自分の荷物を投げ出し、ヘアゴムを口に咥える。
 高原なので都心よりは涼しいが、だからと言って暑くない訳ではない。
 ジャケットを脱ぎ捨て、適当に髪を束ねる。
 すると、俄に外が騒がしくなり何事かと窓を開けて覗き見る。
 スタッフ数人に囲まれ、見覚えのある顔があった。

 聖川だ。

 いつ見ても凛々しいお顔立ちな事で。
 そう肩を竦めて、聖川の髪が濡れている事に気が付く。
 何をやってるんだか。
 頬杖をついて見下ろしていると、こちらの視線に気付いたのかヒョイと聖川が顔を上げる。そして俺を認めた途端、ほんの少し眉を寄せる。

 そんなに俺が嫌いかね。

 一言二言、スタッフとやり取りしてそのまま貸別荘の中に消えてしまう。きっと、この部屋に来るのだろう。
 何しろ相部屋だ。ベッドの脇に置かれているのは寮で見た事のある聖川愛用の旅行鞄だった。
 思った通り、程なくしてドアが開き聖川がムスッとした顔で入って来る。

 「思いのほか早かったな」

 昨日は深夜まで歌番組の収録があったのだから、俺の入りは午後の筈だった。
 無理を言って車を出して貰ったものの、今になって後悔している。メチャクチャ眠い。
 「寝ないで来たからね」
 聖川を見ないでそう答えると、「そうか」と気のない相槌が返って来る。

 可愛気のない。
 昔は金魚の糞よろしく、俺の後を付いて回ってた癖に。
 その手を振り払ったのは自分だと言うのに、聖川がそういう態度で接して来る度に面白くない気分になる。
 鞄から脚本を取り出してパラパラ捲っていると、不意に聖川がポツンと呟く。
 「余り無理はするな」

 心配してくれるの?
 無邪気に縋り付いて来たお前に、八つ当たりで辛く当たった俺に?

 「そっちこそ何でずぶ濡れ?」
 「スタッフと近所を散策していて滝に落ちただけだ」
 「は……滝?」
 「そう大きくはない。せいぜい三メートルといったところだ」
 「ドジだね」
 「足元が泥濘んでいたから滑った。風呂、先に使わせて貰うぞ」

 それに頷くと、着替えを持った聖川が風呂場に向かう。
 何となくそれを見送り、ギョッとする。

 「おい、聖川」
 「何だ」

 怪訝そうに聖川が振り返る。
 その肌に白いシャツが濡れて貼り付いている。だが、問題はそこに手形のような物が付いている事だった。
 落ちた時、どこかにぶつかって痣になったのか。或いはスタッフの誰かが救助の際に誤って叩いてしまったか。
 どちらにしても、これだけ痣になっていたら痛む筈だ。それなのに聖川は気付いていないのか、平然としている。
 起き上がって近づいてみて、自分の勘違いに気付く。

 手形と思ったのは、何かの葉っぱだったのだ。
 「何だ、驚いた」
 シャツをたくし上げて取り出してみると、小さな手のような楓の葉だった。
 「何をそんなに驚く必要がある?」
 不思議そうに首を傾げる聖川を、何でもないと風呂場に追いやる。
 一人になって、開いたままの窓から残った葉を外に放る。
 そうしてから、どうしてシャツの中に入り込んだのだろうと思う。

 聖川はシャツの裾をパンツに入れていたし、襟から入り込んだにしては、綺麗に葉は広がっていた。
 暫く考えてみるけど、答えが分かる筈もない。
 何かの拍子に入り込んで、歩いている内に葉が広がって聖川の背中に貼り付いたのだろう。
 そう結論を出して、ベッドに横たわり脚本を広げる。
[newpage]

 今回のロケは二時間枠のドラマの収録だ。
 財閥の令嬢が療養に来た土地で、貧乏な書生と恋に落ちる。そこに令嬢の許嫁がやって来て、二人の仲を引き裂こうとする。そんな中、土地の迷信に絡めた殺人事件が次々と起こり、最終的に令嬢は書生と一緒に駆け落ちするってストーリーだ。
 書生役が聖川で、憎まれ役の令嬢の婚約者が俺って訳だ。
 別に文句はない。許嫁は重要な役だし、何しろ今回のドラマはスポンサーに聖川の家が入っている。
 ただ、何だか聖川とセットとして扱われているらしいのが気に入らない。
 オーディションもなく役を貰い、部屋は相部屋。これで勘ぐらない方がどうかしている。

 脚本を投げ出してゴロリと寝返りを打つ。
 実家はお互いに大きな財閥なのだ。俺達の意思に関係なく育った環境も似ている。
 あいつは嫡男で、俺は違うって差はあるにはあるが、周りからしたら同じだろう。だから一緒にさせて置こうと思うのは分かる。分かるけど、俺達にだって事情と言う物があるんだ。
 似ているからいがみ合ってると思ってるだろうけど、実際はそうじゃない。
 俺が聖川を妬んでいるだけだ。小さな子供のように僻んで嫌っている。
 聖川の方は俺ほど気にしてはいないだろう。だから普通に受け答えをするし、俺がいるからと言ってその場から逃げ出す事もない。ただ、俺を見る度に困ったように眉を寄せるだけ。

 情けない。
 俺の方が年上だってのに、これじゃまるで聖川に甘えているようだ。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 気配に目を覚ますと、着替えた聖川がソファに腰掛け俺が投げ出した脚本を読んでいた。
 何となく起き上がろうとして、腹にタオルケットが掛けられている事に気付く。
 こんな事するのは一人しかいなくて、俺は更に居たたまれなくなってしまう。

 「風邪引くぞ」
 「だからって、お前ね。腹にだけ掛けるなよ、子供じゃないんだから」
 そう言うと、顔を上げた聖川がクスリと唇に笑みを浮かべる。

 「大きな子供だな」

 からかうような目で俺を見る。
 それに驚きの余り、呼吸すら忘れる。
 聖川がこんなに気安く接して来るのは珍しい。態度と言葉は生意気で可愛気なんて微塵もないけど、俺に笑顔を向けるのはかなり久しぶりなんじゃないか。
 本人もそう気付いたのか、すぐに笑みを引っ込めプイッとそっぽを向いてしまう。
 どっちが子供っぽいんだか。
 そう呆れるけど、頬が緩むのをどうしようもない。
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せみしぐれ2

 横を向いてニヤニヤしていると、廊下からドアがノックされる。
 それに動いたのは聖川の方が早かった。

 「はい、分かりました」
 スタッフと言葉を交わして、ドアを閉めるとこちらを見る。
 「食事だそうだ、どうする」

 本当ならもう少し眠っていたい所だったけど、何事も第一印象が大事だ。
 仕方なく起き上がって乱れた髪を指で整える。
 俺より先に来ていた聖川は別荘内に詳しいらしく、「こっちだ」と言って歩き出す。
 その背中を追いながら、何となく話しかけてみる。

 「主役のレディとはもう会った?」
 「ああ、先ほど一緒になった」

 ふぅん。もう会ったんだ、相手役に。
 俺もそうだけど、女優だって所詮は聖川の引き立て役。だからなのかどうか、無名の新人。
 ここに来る途中、車の中でプロフィールは見たけど如何にも清純派って感じの美少女だったね。
 どんなレディとだって仲良くなりたいと思うけど、その子をどうこうしようとは思わない。
 だってそんな事したら聖川は俺を軽蔑するだろうし、ドラマ以外でも修羅場なんてゴメンだからね。
 ただ、何となくだけど俺より先に会ったと言うのが面白くない。
 「可愛かった?」

 意地悪したくてそう問い掛けるが、聖川は考える素振りさえ見せず「普通だろう」と言う。
 こいつは人の美醜に余りこだわらない。自分はそんなお綺麗な顔をしている癖に、いや、だからなのかな。
 相手がどんな美人でも気にしないし、その反対でも同じ。誰に対しても公平に優しい。

 「ただ、」

 それなのに歯切れ悪く言葉を飲み込むので、気になって「何?」と問い返す。

 「少し厄介な性格かも知れないな」
 そんな事を言うなんて珍しい。聖川は外見に惑わされない分だけ、相手の人柄を知るまでは批評めいた事を口にしない。
 まさか俺がいなかった半日で女優とそこまで親しくなったとも思えないし、何かあったのかな。

 「どうして?」
 「いや……何でもない」

 言ってしまった事を後悔するようにユルく頭を振る。
 これは絶対に何かあったな。何だろう、俺のいない間、近所を散歩してた時に何があったんだろう。
 モヤモヤと考え事をしながら歩いている内に食堂に到着する。
 俺たち以外は既に揃っていたらしく、全員の目がこちらを向く。それに軽く会釈して空いている席に着く。
 グルリと見渡してみると、他の仕事で何度か会った事のあるスタッフもいたりして、少しだけ肩の強張りが解ける気がした。
 そちらに改めて会釈して、ふと正面の暖炉に人形が飾られてるのが目に入る。
 日本人形なのだろうか、和服姿で足を投げ出して座っている。
 身に付けた赤い着物は所々汚れているから相当古い物なのだろうと分かる。
 その顔を見てギクッとする。

 やけにリアルなのだ。暖炉の上に座っているぐらいだし人形なのだから子供が抱けるぐらいの大きさなのだろうと思う。だが、それを無視すればまるで生きているように精巧な顔の造りだった。
 俺の視線を辿ったのか、向かいに座るスタッフが「ああ」と説明してくれる。
 「さっき、散策の途中で見つけたんですよ」
 見つけたって言われても、こんな物が道の上に落ちているものなの?
 「滝の傍に小屋みたいのがあって、そこにあったんです」
 「勝手に持って来ちゃったの?」

 それじゃ泥棒でしょ。
 俺の言葉にスタッフが慌てたように手を振る。
 「空き家みたいだったし、可愛いと言って聞かなかったので」
 そう言ってチラリと、離れた席にいる女優を見る。聖川と何やら喋っているらしく、こちらの視線には気付いていないようだ。
 「人形だって誰もいない家で汚れたまま放っとかれるより、ここにいた方がいいんじゃないですかね」
 自分勝手な理屈だね。
 でも、角を立てても仕方がない。
 新人とは言え、相手は主演女優だ。スタッフとしては、機嫌を損ねる訳には行かないんだろう。

 「滝って聖川が落ちた?」
 「ああ、それなんですがね……」
 話題が変わったのでホッとしたのか、スタッフが気持ち身を乗り出す。
 その話によると、はしゃいだ女優が足を滑らせ、それを聖川が咄嗟に庇って落ちたらしい。
 聖川らしいと言うか何と言うか。
 聞こえて来る女優と聖川の会話は「すみません」と「大丈夫だ」の繰り返しだ。
 いつまで続けるんだか。
 そう呆れていると、女優も気が付いたのか「ありがとうございました」と頭を下げる。

 「気にするな、お前が何ともなくて良かった」

 そう言ってニッコリと聖川がニッコリと微笑む。
全員がそのやり取りを見ていたらしく、うっとりとした沈黙が流れる。誰かの「王子様だ」と言う呟きが聞こえる程だ。
 でも、俺は苛立ってしまう。誰にでも優しいのは美徳だけど、それで相手が誤解しちゃったらどうするの。
 案の定、女優も顔を赤らめているし。どうするの、ほら。
 だけど、やっぱり聖川は聖川だ。
 何事もなかったかのように出された食事に手を付け、「うまいな」と給仕するスタッフに笑顔を見せている。可哀想に、女優は放置だ。
 分かってたけど、そういう奴だよ。お前は。

せみしぐれ4

 食事の後に軽く打ち合わせをして解散になった。
 する事もないので部屋で仮眠を取るか、脚本を読むか。

 そう思いながら階段を上っていると、背後から呼び止められる。
 振り返ると、清純派美少女と言ったレディがニコニコと立っていた。

 「先週の音楽番組見ました。サイン貰えませんか?」

 そんな事言われて断るほど忙しいって訳でもないし。まぁ、いいか。
 そう思って「いいよ」と答えたら手招きされる。何だろうかと付いて行くと、食堂の横の小部屋に通される。
 テーブルとソファがあって、部屋の隅には撮影用の機材が置かれている。
 元は談話室で、今は機材置き場って所かな。

 「どこにサイン書けばいい?」
 「あ……じゃ、ここに」

 そう言って出されたのはメモ用紙だ。色紙とは言わないけど、せめて手帳とかなかったのかね。これじゃ、サインなんてただの口実ですって言ってるようなものだよ。
 持っていたペンでサインを書いて返すと「ずっとファンだったんです」とニコニコしている。
 女優だけあって、演技は上手だね。
 でも、こっちだってそれなりに経験あるし、特に俺はレディの扱いには慣れてる。

 「そう、ありがと」

 ニコッと笑顔で返すと、ポーッと顔を赤くする。
 可笑しい。色仕掛けして来たのはそっちなのに、素が出ちゃってるよ。これも演技なら大した物だけどね。

 「食堂にあった人形、勝手に持って来ちゃったんだってね」

 そう水を向けると、「はい」といい声で返事をする。
 「汚れてて可哀想だったし」
 まるでいい事したって言ってるようだね。でも、持ち主に断りなくってどうなの。

 「ああ、着物とか痛んでたね」
 「だから新しいのと取り替えてあげようと思って」
 「だったら、自分の部屋に連れて行ってあげれば?」

 そうするのが普通でしょ。
 汚れていて可哀想、しかも気に入って持って来たなら尚更。

 「でも、やっぱりちょっと怖いし……」

 あれだけリアルな造りだから怖いって言うのも分かる気がする。
 でも、それなら持って来なければいいのに。

 「そう。じゃ、着物取り替えてあげたら元の場所に返すの?」
 「どうしようかなって思ってて」

 そう言って躊躇うように首を傾げる。
 どうしようって、どうするつもりなのかな。
 まさか家まで持って帰るつもりじゃないよね。それじゃ本当に泥棒だし、さっき怖いって言ってよね?

 「もしかしたら有名な人が作ったのかも知れないってマネージャーが言うんですよ」

 え、自分の物でもないのに売るつもりなの。それは非常識だと思うけど。
 ビックリして見つめ返すと、「神宮寺さんだったらどうしますか?」と聞かれる。

 「俺だったら最初から持って来ないかな」

 ただでさえ人形って気味が悪いし、あんなリアルな造りなんだから余計だ。百歩譲って汚れているのが可哀想って思ったとしても、少し拭いて終わりだな。

 「でも、すっごく高いかも知れないんですよ?」

 やれやれ。お里が知れるって、こういう事を言うんだろうね。
 笑っていれば誰か助けてくれる。だって自分は可愛いんだから。
 こういうレディは浅はかな所が可愛くもあり、愚かでもあるんだよね。
 眺める分にはいいんだけど、それ以上は俺だったらゴメンかな。



 適当にあしらって宛てがわれた部屋に戻ると、聖川がベッドで寝息を立てていた。
 俺は徹夜だったけど、他のキャストやスタッフは早朝に出発したらしいから、やっぱり眠いのかもね。
 遠慮する必要なんてないんだけど、邪魔したら間違いなく怒られるから食堂に引き返す。他に居場所ないしね。
 欠伸を噛み殺しながら廊下を歩いていると、先の方から話し声が聞こえて来る。
 特に声を潜めている様子もないから、スタッフが休憩しているのだろう。
 食堂に到着してみると、予想した通り数人のスタッフがお菓子を摘みながらお喋りしていた。
 「お疲れさまです!」
 慌てて立ち上がろうとするから、苦笑しながら「そのままでいいよ」って言うと全員がホッとしたように息をつく。
 「俺も珈琲貰える?」
 言った途端、紙コップに注がれた珈琲が出て来る。ここのスタッフは優秀だ。
 ゆっくりと喉を潤していると、そわそわと落ち着きなく見つめられる。

 「邪魔しちゃった?」
 「いいえ!」

 そう言ってから取り繕うように「聖川さんは?」と訊ねられる。

 「はしゃいで疲れたのか、おねんねしてたよ。それより何の話してたの?」
 「あ……」

 気まずそうにスタッフ同士で目配せし合う。
 ここにいるのは衣装担当とスクリプターと照明助手、あとお嬢様の乳母役の女優といった四人のレディだ。どうやら前から互いに顔見知りだったらしく、気安い雰囲気が流れている。

 「神宮寺さんはどの道通って来たの?」
 「さぁ……よく覚えてないけど、それがどうかしたの?」

 乳母役の女優と言っても、まだ三十を少し過ぎたぐらいだ。でも、その顔は以前からテレビで何度も見た事がある。
 今回のドラマでは乳母が重要な役なので、ベテランを引っ張って来たんだろうね。

 「途中で二股に道が別れているんだけど、そこに祠が立ってたのよ」
 「そうだっけ?」

 思い出してみるけど、さっぱり思い出せない。
 そもそも俺は車の中で仮眠取ってたんだから、見てない可能性の方が高い訳で。

 「お地蔵様か何かだと思うんだけど、小さな赤い屋根の付いた祠があったの。でも、彼女が買い出しに行く時に見たらなかったそうなのよ」

 そう言ってチラリと隣に座る照明助手のレディに目配せする。

 「消耗品が少し足りなかったのでさっき行って来たんです。このお菓子もその時に買って来たんですけど、昨日来た時はあったお地蔵様がなくなってたからどうしたんだろうと思って」
 「昨日はあったの?」

 俺の質問に全員が頷く。
 こういう業界にいると、迷信だと分かっていても験を担ぎたくなるのはよく分かる。だから、見間違いや勘違いではないだろう。でも、昨日あったお地蔵様が今日になってなくなってるなんて、ちょっとおかしくないか?
 誰が何の為に撤去したんだろう。
 しかも、お地蔵様だけじゃなくて屋根ごと……?

 「昨日は私が最後だった筈だし、彼女が出掛けるまでに来たのは神宮寺さんだから、何か見てないかと思って」
 「違いますよ、昨日最後に来たのって……」

 スクリプターのレディが口を挟むが、躊躇うように口籠ってしまう。どうしたんだろう?

 「あの……」
 泣きそうな顔で必死に誤摩化そうとしている。その顔を見ている内に乳母役の女優が「ああ、」と納得したような声を上げる。
 「彼女が最後だったのね」
 その『彼女』の部分のイントネーションが独特だったので、誰の事なのか俺にも分かってしまう。

 さっき俺にサインをくれと言って来た清純派女優だ。

 「じゃ、レディに聞けば解決するんじゃないの?」
 俺がそう言うと、全員が不満そうな溜め息を零す。
 どうやらお地蔵様をどうにかしたのが、清純派女優だと思っているらしい。
 確かにさっきのやり取りを思い出すと、印象は最悪だ。
 何しろ高そうだからと言う理由で勝手にお人形を持ち出すぐらいだ、うっかりお地蔵様の祠を壊しても口を噤んで知らん顔ぐらいしそうな気はする。

せみしぐれ5

 それから何だか全員の口が重くなったので、俺が邪魔なんだろうって事で、部屋に引き上げた。
 レディは男の前で誰かの悪口を言わないからね。俺がいたんじゃ、盛り上がれないだろうなって気を利かせたわけ。

 そんな訳で部屋に戻ったんだけど、相変わらず聖川は眠り続けていた。

 どうしたもんかね。

 取りあえず起こさないようにそっと部屋を横切って窓を閉める。
 夏って言っても山の中だから、少し肌寒い。陽が暮れて来たら余計だろう。
 そうして置いて、鞄から携帯を取り出してみるけど、何と圏外だよ。アンテナ立たない所があるなんて凄いね。驚くより感心してしまう。
 使い物にならない携帯を鞄にしまって、自分のベッドに横たわる。

 充分に睡眠を取ったとは言い難いから、横になればすぐに眠れるだろう。
 そう思ったんだけど、慣れない環境に神経が昂っているのかなかなか眠気はやって来ない。

 目を閉じて、今日あった出来事を考えるともなく思い出す。
 土の匂いと緑の気配。ずぶ濡れになった聖川。その背中に貼り付いていた楓の葉。
 気味の悪い人形と、清純派女優の媚びるような笑顔。なくなったお地蔵様。ヒソヒソと話すレディたちの声。
 そんな事を思い出しているうちに眠ってしまったらしい。
 身体がフワフワとして、現実味がない。

 『一日に一人……全部で七人……』

 さざ波のように聞こえていたレディたちの声に混じって、聞き慣れない嗄れた声が聞こえる。

 『蝉の鳴く日に一人ずつ……それが欠けては……』

 嗄れてる上にボソボソと喋っているらしく、全部を聞き取る事は出来ない。
 何の話なんだろう?
 どうせ夢だし、深く考える事はないか。

 そう気を抜いた途端、耳元で嗄れたその声が囁いて来る。

 『代わりを探せ、必ずだ』

 ビクッと目が覚める。飛び起きて耳に手を当てるけど、何もない。
 やっぱり夢だったのか。それにしてもビックリした。

 何となく気持ち悪い夢だったな。そう思いながらシャワーでも浴びるかと着替えを用意する。
 チラリと目を向けると、隣のベッドでは聖川がスースー寝息を立てている。どうやら起こさずに済んだらしい。
 そうホッとするけど、こんなに眠る奴だっけ?と首を傾げる。

 時計を確認してみると、昼食を終えてから既に四時間近く経っていた。
 俺と違って、聖川は仕事でもない限り早寝早起きだ。それをジジ臭いと茶化した事があるぐらいだから、間違ってないだろう。
 そして、昨日は移動前日と言う事で聖川はオフだった筈なのだ。それなのにどうしてこんなに眠っているんだ。

 まさか濡れて風邪を引いたのか?
 それで具合が悪くなって眠り続けているとか……?

 主役がそれじゃ困るよな。俺だってスタッフだって、予定が詰まっているんだ。
 それに聖川は他人に迷惑を掛けて良しとする性格をしていない。どちらかと言えば、その反対だ。
 だから、自分の所為で撮影が押したりしたら、絶対に落ち込む。自分を責めるだろう。

 聖川の性格は、自分に厳しく俺に対してはもっと厳しい。
 放って置けば面倒な事になるのは目に見えている。

 だから、そっとベッドに近づき聖川の顔色を確認する。
 眠っているからか、紙のように真っ白な顔をしている。

 やっぱり具合悪いのかね?

 そう思って布団を直してやろうとして、聖川が襟元までキッチリとボタンを閉めている事に気付く。

 こんな時まで身だしなみですか。

 溜め息をつきながらボタンを二つほど開けてやる。
 白く浮かび上がる細い首筋。それを何の気なしに軽く撫でると、聖川の唇から吐息が漏れる。

 え。

 ガバッと、聖川の眠るベッドから離れる。

 何で、そんな声出すの……って言うか、どうして俺は聖川の首を撫でたりしたの。

 いやいや、別に他意はないからね。本当に天地神明に誓って、どうにかしようって思った訳じゃないから!
 ちょっと様子見ようとして、ついでにボタンを外してあげただけで……首に触ったのだって特に何か考えてた訳じゃないし!!
 下心なんて、本当にこれっぽっちも!
 ワタワタと慌てて言い訳を並べて、ふと我にかえる。

 寝てる聖川の他に誰もいない部屋でアタフタしている神宮司レン。ツッコミもフォローもいない。
 何やってんだろう、俺……。

せみしぐれ6

 冷たいシャワーを浴びてスッキリして戻ると、聖川の姿は既になくなっていた。
 水音に紛れてよく聞こえなかったけど、先に食事に行ったんだろう。

 髪にドライヤーを当てながら、ふと暖炉の上にあった人形を思い出す。
 日本人形だからか、髪型はオカッパだったな。でも顔立ちは今どきな造りだったから、髪型と相まって少し聖川に似ていたような気がする。それがどうしたって思うけど、何となく厭な気がする。
 髪を乾かし、身支度を整えてから食堂に向かう。

 昼間はスタッフも忙しかったのだろう。ディナーは全員揃っているらしく、人口密度が高い。
 俺を見てすぐさま席を立って挨拶して来たのは、昼間は見かけなかったプロデューサーだ。今日は泊まって、明日の朝に戻るらしい。あとは最終日に来るぐらいだろうね、きっと。
 適当に切り上げて、昼と同じ席につく。
 他のスタッフも同じらしく、少し離れた所に聖川と主演女優が仲良く並んでいるのが見える。
 見るともなく見ていたら、女優と目が合ったのでニコッとしてみるが、プイッと目を逸らされてしまう。昼間のやり取りで嫌われちゃったかな。
 そう肩を竦めていると、女優の手が聖川の肩に乗せられる。

 「聖川、席替わって」

 刺々しい声のままそう言うと、聖川がやれやれと言った様子で立ち上がる。俺の我が侭には慣れてるもんね、お前は。
 自分で言い出したんだから仕方ないんだけど、席を移動してからは針の筵状態だったよ。
 何しろ隣のレディは聖川にちょっかい出そうとしてた所を邪魔されておかんむりだったからね。

 「そう言えば、ここに来る途中にお地蔵様があるの知ってる?」

 会話がないと重苦しくて堪らなかったので、そう水を向けると「知ってますよ」と素っ気ない返事がある。

 「ああ。じゃ、やっぱり昨日まではあったんだね」
 「……何の事ですか」

 女優の声が低くなる。何だか聞きたくない事を言われたって感じ。

 「今日、スタッフの子が買い出しに行く途中に見たらなくなってたんだって」
 「私がどうにかしたって言うんですか」

こっちはただの世間話のつもりだからそんな事は言ってない。それなのにムキになるなんて、自分がやったと言ってるような物だね?

 「道が二つに別れてる所だそうだから……そうだね、たとえば道を間違えてバックしてる時に車で突っ込んじゃったとか?」

 適当にでっち上げて言ったら女優の顔色がサッと変わる。
 まさかのビンゴ。

 「でも、わざとじゃないんでしょう?」
 「そうなんです!アクセルとブレーキを間違えて……弁償するつもりだったんです!」

 その割りには俺が言うまで黙ってたよね。
 聖川は厄介な性格って言ってたけど、そんな可愛いものじゃないね。ちょっと根本的に問題あるんじゃないの、この子。

 「だったら、この山を管理してる会社に連絡しないと。プロデューサーに聞けば連絡先を教えてくれるんじゃないかな」

 そう言うと、「でも」とか「だって」ばかりを繰り返す。
 ああ、そうなんだ。最初から弁償するつもりなんかなったんだね。
 ここは別荘地だから普段から住んでる人なんていないし、お地蔵様なんてなくても誰も困らないのにって所かな。
俺や聖川は生まれた時から食べる物に困った事なんかない。それが一般的かどうかは兎も角として、やっぱりそういう生活をしていると、自分で意識しなくても品性と言う物が身に付いてしまうんだよね。俺が品性なんて言ったらおかしいかな?

 正しい事は正しいと言うし、悪い事は悪いと言う。困ってる人がいたら助けたいって思うよ。だって、俺には助けるだけの地位も財力もあるんだから。
 こういう感覚が世間一般でない事も分かってる。聖川は分からないだろうけど、俺はそれなりに遊んで来たからね。
だから、自分に対しても一線引いて見ちゃう癖が付いたんだと思う。
 相手が悪くてもそれをすぐに指摘しないよ。だって、そんな事したら角が立つでしょ。
 でも、言わないからって相手に同調している訳でもないんだよ。顔には出さないけど、こういう時ってかなりシラケちゃうかな。仕事だから割り切って接してるけど、プライベートではゴメンだよ。
 可愛いレディと言っても、面倒臭いものはやっぱり面倒臭いし。
それにこの程度なら他に幾らでもいるしね。




 ディナーのあと、お酒にも誘われたけど断って部屋に戻る。
 嗜む程度には飲めるんだけど、これでも未成年だからね、一応。

 「お疲れさまです」

 ニッコリと会釈して食堂を出ようとしたところで、ふと視線を感じて振り返る。
 プリデューサーとディレクター、あとカメラマンがテーブルに陣取っている。その周りを他のスタッフたちが甲斐甲斐しくお酌したりしていて、パワハラなんじゃないのって眉をひそめたくなる光景が広がっている。
 でも、こっちを見ているスタッフはいない。
 気の所為だったのかな。
 そう思って目を逸らそうとした途端、視界に人形が飛び込んで来る。

 やっぱり気の所為だ。

 人形の視線を感じるなんて疲れているのかも知れないな。
 肩を竦めて部屋に行くと、いつの間に戻ったのか聖川のがベッドで横になっていた。
 何だかんだ言って疲れてるんだろうね。
 そう思ってそっとしといてやろうとしたら、コロンと寝返りを打った聖川の目がジッと俺を見つめている。
 寝てるとばかり思ってたからビックリした。でも、それよりも何か言いたそうなその視線に驚く。

 「何?」

 見つめるばかりで口を開こうとしない聖川に焦れて俺の方から声を掛けてしまう。
 それでも暫く無言のまま見つめて来たが、やがて瞬きを一回すると「ふぅ」とばかりに息をつく。

 「昨日は寝ていないのだろう」

 咎めるような厳しい口調でそう言われて意味もなくムッとする。
 いや、理由ならあるかな。
 どうせ聖川の事だから体調管理も仕事のうちだとお説教する気に違いない。全く小姑みたいな奴だよ。

 「そう言うお前はどうなの。さっきからずっと寝てばっかりじゃん」

 幾ら早朝に出発したからってちょっと寝過ぎなんじゃないの。まさか、滝に落ちて本当に風邪でも引いたの?
 近づいて聖川の前髪を払う。白い額に手を乗せてみると、手の平にヒンヤリとした感触が伝わる。思ったより冷たい。どうやら熱はないらしい。
 だからと言って安心は出来ない。顔も紙みたいに真っ白だし、風邪じゃないとしても貧血か何か起こしてるのかも知れない。

 「気分が悪かったり頭痛かったりする?」

 俺の質問に聖川が力なく首を振る。
 弱みを見せまいとして強がっているのかも知れない。こいつは何故か俺に対してだけはムキになるからね。
 そう溜め息をついた途端、「少し寒いかも知れない」と小さな声で呟く。
 そりゃ、都心に比べればここは気温が低い。風が吹けば肌寒いぐらいだ。
 でも、今は窓も閉まっているし、涼しいと言っても季節で言えば夏なのだ。寒いと感じるのはやっぱり体調が優れないからなんじゃないの?

 「もっと毛布貰って来ようか?」

 そう言うと、聖川が皮肉気に唇を歪める。

 「お前に気を遣われるとはな」

 心配しているのにこの言われよう。本当、可愛くない。
 まぁ、そうさせてるのは俺なんだけどね。
 肩を竦めて離れようとする。だけど、聖川の手が俺のシャツを掴むので足を止める。

 「何?」
 「毛布はいらないから」

 分かってるよ。俺の親切なんてお前にとっては調子狂うだけで嬉しくも何ともないんでしょ。
 そう言って手を振り払ってしまいたいけど、何しろ具合が悪いらしいのでそうも出来ない。無言で突っ立っていると、聖川がそんな俺から目を逸らす。

 「一緒に寝たら暖かくなると思うのだが」

 消え入りそうな小さな声。そっぽを向いた横顔は薄らと赤く染まっている。
 恥ずかしいの?
 だったら言わなければいいのに。でも、言わずにはいられなかったって事なのかな。
 俺に甘えたくてしょうがないんだね。そんな事言われたら突っぱねるなんて出来る筈がない。
 仕方ないから家の事も何もかも、今は忘れてあげるよ。
 今だけは、俺の小さな真斗って事にして置いてあげる。

せみしぐれ7

 んん……。
 何だかホワホワとした明るい気分になる夢を見たような気がする。
 欠伸混じりに起き上がろうとして、何かにしがみ付いている事に気付く。

 何だろう。
 そう思って隣を見ると、こっちを向いて目を閉じている聖川の顔があってギョッとする。

 これは朝から心臓に悪いでしょ。
 起こさないようにそっと腕をほどいてから起き上がる。

 全く、黙ってれば顔だけは可愛いのに。
 昔はもっと女の子みたいだったな。
 ちっちゃくて丸くて、声だって高くて可愛かった。
 今より舌ッ足らずで、それが甘えているみたいに聞こえたんだよ、そう言えば。
 なのに今じゃ寝てる時しか可愛くないなんて。
 まぁ、そうさせたのは俺なんだけど理不尽な気持ちになっても仕方ないでしょ。

 ベッドから降りて着替えながら今日のスケジュールを確認する。
 ドラマの撮影は頭から順番にやるらしい。だから本当なら俺の出番は今日の午後からなんだけど、どうせオフだしスタッフと仲良くなっておきたかったから早めに入ったってワケ。

 シャワーを浴びて戻ると、いつの間に起きたのか聖川が私服に着替えてピシッと立っていた。
 いつも思うんだけど、姿勢いいよね。

 「具合どうなの?」

 手櫛で髪を整えながら聞くと「大丈夫だ」と素っ気ない返事が来る。
 それは良かったね、残念。
 へぇ、と。相槌を打ちながら鏡を覗き込む。

 「昨日は済まなかったな」
 「いいよ、貸しにしておくから」

 貸しなんて嘘。俺の方がお前に借りばっかり作ってる。
 でも、こう言わないと聖川は気にするんだから仕方ない。

 「ありがとう」

 え?
 今、お礼言われた……?
 ビックリして振り返るけど、時既に遅し。
 ドアの閉まる音がするだけで聖川の姿はなくなってた。




 午前中から撮影を始めて、何度か休憩と昼食を挟んでやっと終わったのは深夜に近い時間だった。
 思った通り、主演のレディは演技がイマイチだったけど、誰も気にしていないらしい。
 ま、アイドルが主演のドラマだから見栄えさえすればいいって事なんだろうけど。
 それに引き換え、聖川は見てるこっちが疲れるぐらい真剣そのもの。

 少し肩の力を抜けばいいのに。
 自分の出番が終わった後も見学してた俺の感想ね。

 軽く夜食でも貰おうかなって、人気のない食堂に降りてみるとスタッフの一人がコソコソと何やらしていた。
 音響アシスタントだっけ。一人だけガタイがいいからすぐに分かったよ。

 「何してるの?」

 声を掛けると、ビクッと大袈裟に飛び上がる。

 「神宮寺さん、驚かさないで下さいよ!」
 「驚いたのはこっち。こんな時間にこんな所で何してたの?」
 「頼まれて写真撮ってたんですよ」

 そう言って見せられたのは携帯の画面に写った人形だった。
 天井の明かりだけじゃ足りなかったのか、人形の傍に小さなランプが置いてある。それが下から照らしてるので、不気味な人形が更に不気味に写っている。

 「有名な作家が作ったかも知れないから調べたいって言うんスよ」
 その言葉に誰が頼んだのかピンと来る。

 主演のレディだ。

 可哀想だから連れて来たって言ってた割にそっちの方が気になるんだ?
 しかも、人に頼んでやって貰うって……へぇ、としか言いようがない。

 「あれ、何か写ってない?」

 髪をかきあげてそう指摘すると、スタッフも一緒になって覗き込む。
 足を投げ出して座る人形。その肩の辺りに不自然な光が写っている。

 「うわ、これってもしかして心霊写真スかね」

 どうだろう。
 人魂と言ってしまえばそれで通りそうではあるけれど、埃に光が反射しただけと言ってしまえばそれまでだ。

 「さあ?」

 どっちでも良かったから適当に答えてキッチンに向かう。
 軽く摘める物があればいいんだけど。
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