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cold room 5

 姉さんに会えないと分かっているのに、その様子を見に来たと言うのか?
 やってる事と言う事がチグハグな奴だな。
 「わざわざ来てくれたのに悪いけど姉さんは誰と も口をきかない。昨日だってそうだっただろ」
 「俺が様子を見に来たのは、お前だよ」
 「どうして僕、」
 キョトンと問い返すと、田子が組んでいた足を降ろし僅かに身を乗り出す。
 その目にジッと見つめられ、僕は俄に落ち着きを失ってしまう。
 僕を見てどうすると言うんだ。僕は病人じゃない。
 「昨日、病院に来てただろ」
 「……姉さんが、診察に」
 何とかそう答えると「成る程ね」と田子が相槌を打つ。何が成る程なのか分からず、僕は首を傾げるしか出来ない。
 「お前の中ではそう整理されてる訳か」
 「どういう意味」
 整理とか言われても何の事だか分からない。僕は事実をありのままに話しただけだ。
 「病院に来てたのは誰だ」
 「姉さん」
 「それは一人で?」
 矢継ぎ早に繰り出された質問に思わず頷いてしまう。姉さんは病院に行く時、いつも一人だ。
 「じゃ、お前はいなかったんだな」
 「そうだよ、それが何」
 「じゃ、どうして姉さんが病院で口をきかなかったって知ってるんだ?」
 「……え?」
 何を問われたのか分からない。
 病院で姉さんが一言も喋らないのはいつもの事だから。そう答えようとして舌が引き攣る。だって、僕は一度も病院に付き添った事がない。
 「俺は昨日、遠目に見ただけなんだけど……まぁ、可愛いって思った。小柄と言うほどではないんだろうけど背は余り高くない。肩幅も狭い。黒くて長い髪とヒラヒラがいっぱい付いた服。スカートは長くて足首まで隠していた。何が言いたいか分かるか?」
 分からない。ただ田子が言うのは姉さんの特徴だとは分かる。
 僕の顔色から何か察したのか、小さく頷き言葉を続ける。
 「これって変装なんじゃないか?」
 変装……誰かが姉さんのふりをして病院に行ったとでも……?
 でも、何の為に。
 だいたいからしてそんな事してもすぐにバレてしまう。姉さんは一年近く病院に通っているのだ。
 言葉を交わす事がなかったとしても看護士とは顔見知りだろうし、主治医の目を誤摩化すのは不可能だろう。
 「会えないのは構わない。だけど質問していいか?」
 「何……、」
 田子の口調に気圧されて僕の声は小さく震えている。何だか厭な予感がするのだ。今すぐここから逃げ出したい、そんな衝動に駆られていた。
 「今、シュウの姉さんはここにいるのか?」
 「いる……クレア姉さんは人見知りだから自分の部屋にいる筈だよ」
 「幾ら人見知りでも少し静か過ぎないか」
 確かに。言われてみれば物音一つ聞こえない。
 いや、姉さんは元々が物静かな人だから当然だ。しかし気配すら感じ取れないのは珍しい。
 どんなに離れていても僕は姉さんの存在を近くに感じていた。それなのに田子に言われてみると、姉さんがすぐ近くにいるような気が全くしないのだ。
 「お前は一体、誰と暮らしているんだろうな?」
 「見て来る」
 まさか僕に黙って外出する筈などない。姉さんはこの部屋から外に出る事などないのだから。
 でも、一度覚えた不安は拭いようがなく、僕は田子にそう言い残し姉さんの部屋に向かう。
 白いドア。
 気温の所為で金属製のドアノブは背筋が震えるほど冷たい。それを回して部屋に入り、姉さんの姿を確認しようとする。
 「……姉さん?」
 いない、誰も。
 部屋の中には大きな姿見があるだけで、あとは寒々とした空気が漂っている。
 「隠れてるの?」
 声を掛けながら部屋の中に足を踏み入れる。そんな僕の肩を後ろから掴み、田子が耳元でそっと囁く。
 「誰もいない、シュウの姉さんは最初からここにはいなかったんだ」
 そんな筈ない。
 姉さんは僕が生まれる前から存在して、ずっと一緒に育ったんだ。
 さっきだってここで話をしたし、姉さんの髪に触れたばかりだ。
 「確かに、シュウにはお姉さんがいる。でも、一年前に結婚して引っ越しただろ?」
 百合の花。白いドレス。
 おめでとうと声を掛けたらはにかんだ笑顔を浮かべて左手の指輪を撫でていた。
 ……この記憶は何だ。姉さんはいつだって黒っぽいダークブラウンの服装しか身に着けなかった筈じゃないか。
 「お祝いしてやったんだろ、だったら認めてやれよ」
 「認める……何を」
 「シュウの姉さんは結婚して新しい生活を送ってるんだ。幸せなんだ」
 ガクリと膝が曲がってしまう。床にしゃがみ込んだまま、小さく息を吐き出す。
 「そう……だったら、いいんだ」
 全部、僕だった。
 小さい時からずっと一緒だった。二人きりで過ごして来たのだ。僕は姉さんがいない事を認めたくなかっただけなんだ。
 黒い鬘とドレスを身に着け病気のふりをして閉じこもっていた少女。僕だ。
 「お前はお前で新しい生活を始めないといけないんだよ」
 僕の肩に腕を回しながら田子が小さな声でそう囁く。
 新しい生活……一人でいるのに慣れろと言うのか。無理だろう。
 一人きりなんて淋し過ぎる。
 「大丈夫、俺がいる。俺がシュウと一緒にいてやる」
 その言葉に絡まり付いた腕をほどいて、田子を振り返る。
 何だか切なそうな顔をしている。捨てられた子犬みたいだ。
 「どうして?」
 「言っただろ、遠目で見ただけで可愛いって思ったんだよ」
 田子の言葉を理解するより先に、僕の口からクスッと小さな笑いが漏れる。
 「もしかして一目惚れ?」
 「何とでも言え」
 おかしい。背が高くて力も強そうなのに、田子は僕の言葉に照れているようだ。
 クスクスと笑い続ける僕の顎を捕らえて田子が言う。
 「唇が青い。本当は寒いんだろ」
 「うん、ちょっと……温度上げようか」
 もう気温を下げる事に意味はない。
 エアコンの温度を少し上げて、何か暖かい飲み物を作ろう。そう思うのに、立ち上がる事が出来ない。
 何故なら田子がそのまま抱きしめて来たからだ。
 「こうする方が手っ取り早い」
 そう呟いて僕の肩に顔を埋めて来る。じんわりと温度が伝わって、何故かそれを心地よいと思ってしまう。
 寒い部屋。
 でも、僕がここに閉じこもる理由なんて、もうないんだ。
 「雪って冷たい?」
 「ああ」
 問い掛けると、僕の耳元で田子が頷く。
 きっとそうなのだろう。一面、真っ白に覆われた世界は、この部屋よりも寒いに決まっている。
 それでも田子が一緒なら、寒いとは感じないだろう。
 「今度、連れてって」


fin

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