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エゴイズム1(レンマサ)

子供の頃の一年は大きい。俺はそう思う。
出会った頃の神宮寺は人懐こくて面倒見が良かった。子供らしく茶目っ気のある笑顔と柔らかな物腰。だから出会ってすぐに仲良くなった。
たった一つしか違わないのに、俺の知らない事を何でも知っている神宮寺を尊敬したし、兄のように慕ってもいた。それが満更でもなかったのだろう。神宮寺は厭な顔一つせず俺と遊んでくれた。
だが、ある時を境に俺たちの関係は変わってしまった。
俺は神宮寺にハッキリと拒絶されたのだ。
その時は傷つき人知れず涙を流しもした。自分にどんな非があるのかと考え込む事もあった。しかし、時が経つにつれて考え込む事は減って行き、以前親しかった事すら忘れてしまった。
パーティーや会合などで顔をあわせる機会は度々あったものの、俺に無関心な神宮寺の姿を見るとそうせざるを得なかったのだ。
それから表面上は何も問題のない日々が続いた。
聖川の嫡男としての立場や責任のある俺は自分でも知らぬ間に父の描いたレールの上を走らされていた。それを知った時、俺は怒りと共に納得もした。道理で何をしても褒められた事がない訳だな。
父からしてみたら、俺のする事など出来て当然。ただそれだけだったのだ。
一度でいい。自分らしい生き方をしたい。父の反対を押し切って受けた早乙女学園だったのに、そこで神宮寺と再会するとは皮肉な事だ。しかも相部屋とは。
常に突っかかって来るしか能のない神宮寺と二人きりになるのは苦行に近いものだった。特に今朝のように子供の頃の夢を見てしまったあとは切なくもなる。
起き上がり気配を窺うと神宮寺はどうやらまだ眠っているらしい。そそくさと着替えを済ませ、ドアを開けて廊下に出る。早朝と言う事もあって辺りに人影はない。それにホッとする。
今は誰とも顔を合わせたくなかった。

それに気付いたのは教室にいつものメンバーが集まってからだった。
おっとりと話す七海の周りにはいつも人影が絶えない。本人にその自覚はないのだろうが、相手を和ませる雰囲気を持っている。七海と仲のいい渋谷は反対にハキハキしていて物怖じしない。だから気が合うのだろう。二人が仲良く登校して来たのを皮切りに一十木がやって来て、四ノ宮がその輪に加わる。
楽しそうにお喋りしているのをボンヤリ眺めていると、意外に目敏い七海が俺に声を掛けて来る。
「聖川さま、具合悪いんですか?」
え、と思う。
身体はどこも痛くないし、気分だって今朝の夢からかなり回復していると思っていたからだ。
怪訝な顔をする俺を見て七海が心配そうに首を傾げる。
「お顔の色が少し、」
そうだろうか。自分ではいつもと変わらないつもりだったが、七海がそう言うのならそうなのかも知れない。
そのやり取りを聞きとめたのか渋谷までもが俺を見つめて来る。
「本当、酷い顔色だよ。大丈夫?」
ズバリと言われて苦笑してしまう。こんな風に言われても腹が立たないのは渋谷が心配してくれてると分かるからだ。
「少し休んだ方がいいよ、マサ」
「そうですよ、先生には言って置きますから」
一十木と四ノ宮にまでそう言われて、大丈夫だと答えようとする。だが、答えられなかった。
口はその言葉の形に動いているのだが、声が出ないのだ。
「聖川さま……?」
七海が不思議そうに俺を見つめる。その視線に焦りすら覚えて、何とか声を出そうと口を動かす。だが出ない。
「ちょっと、本当に大丈夫?」
渋谷に肩を掴まれ、その拍子にクラっと目眩を覚える。視界がグルグルと回り、立っている事さえ出来ない。
「真斗くん!」
四ノ宮が大声で俺を呼ぶ。だが、それを最後に俺の意識は途絶えてしまう。
次に気が付いたのは病室だった。
枕元に担任の教師が座り込み、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
彼女の説明によると、俺が教室で倒れたあとすぐにやって来たらしい。教室中が大騒ぎになっているのを見て何事かと慌てたが、すぐに救急車を呼んで病院まで付き添ってくれたのだと言う。
起き上がろうとするが、軽く押止められ「何があったの?」と目を覗き込んで来る。
その質問に答えようとするのだが、先ほどと同じく虚しく口をパクパクさせるだけで声は出なかった。
「声が出ないのね?」
その言葉に頷き返す。すると、何かを考え込むように腕を組んで黙り込んでしまう。
やがて顔を上げると、「詳しい検査をして貰いましょう」と宣言する。
「何が原因なのか分からないけど、そのままって訳には行かないでしょ?」
そう言ってパチンと片目を瞑ってみせる。
「大丈夫よ、心配しないで」
明るい人で良かった。フワンと笑う月宮先生にホッとする。
下手に同情されるより励まして貰えた方が助かる。この人がそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。そう思えるからだ。
「あんまり気にしちゃダメだからねー」
そう言って手を振り帰って行く先生をベッドから見送る。
大丈夫だ。原因が分かればすぐに良くなる。
きっと七海は自分の事のように心配しているだろう。学園に戻ったら謝らなければならないな。
そんな事を思いながら目を閉じ、眠りにおちる。そして今朝と同じ夢を見た。

様々な検査を受け、下された診断は「心因性によるもの」という何とも雲を掴むようなものだった。
だからと言って医者に文句を言う訳にも行かない。何故なら俺の身体にはどこも不調がなかったのだ。苦し紛れの言い訳のように聞こえたが、案外それが事実なのだろう。
生活環境が変わり、それがストレスとなっているのかも知れない。だとしたら俺に出来る事は一つだけだ。
学園を去る。
声が出ない以上、居残ったとしても俺には出来る事は何ない。志し半ばで帰るのは悔やまれるが、他にどうしようもなかった。
事前に伝えてあったので退院したその足で寮に戻り、荷物を纏める。
この時間はまだ授業があるので部屋に神宮寺の姿はない。もう二度と会う事はないのかも知れない。そう思うと、書き置きの一つでも残してやりたくなるが、神宮寺の事だ、読みもしないで丸めてしまうかも知れない。
溜め息をついて纏めた荷物を手に取る。
僅かな間しかいなかったが、俺にはここが居心地良かった。そう思う。
生まれて始めて自分の意思で選んだ道なのだ。本当はもっとここにいて、色んな事を学びたかった。しかし声が出ない以上、俺がここで学べる事は何もないのだ。
後ろ髪を引かれる思いで寮を後にして聖川の家へ戻った俺を待っていたのは父の冷たい眼差しだった。
無理もない。
反対を押し切って早乙女学園に行ったのだ。それなのに途中で帰って来たのだから、父の目にはさぞや不甲斐なく映っている事だろう。
入院させられ、検査を受ける日々が続いた。
早乙女学園を去った時に俺の中で何かが消えてなくなっていたので、特に抗う事はせず父の言葉に従った。そんな事を一年近く続け、漸く父は俺の声が出ないと諦めたようだった。
家に戻され、告げられたのは聖川の別宅に行くように。ただ一言だった。
何代か前に芸者を囲っていたらしい。昔の事なので詳しくは知らないが、家を買い与えてあったと言うのだけは知っていた。だが、その妾宅が今も残ってるとは思わなかった。
使い物にならない息子を閉じ込めて置くのに丁度いいと言う事なのだろう。
一種の軟禁だと言うのに、俺はどこか他人事のように従った。どうでも良かったのだ。
自分の将来に何も希望を持てなくなっていた。
声が出ない原因に心当たりは全くなかったが、誰かの所為にする訳にも行かないだろう。どう考えても俺が悪い。父の反対を押し切って学園に行った事、そこで声が出なくなった事。全ては俺自身に原因がある。
小さい頃から面倒を見てくれた爺が付いて来ると言い張ったが、何とかそれを押しとどめた。まだ幼い真衣の傍にいて欲しかったからだ。ならばと数人の使用人を付けられる所だったが、それも固辞した。
声が出ないだけで他の事は出来るのだ。自分の事ぐらい自分でしたかった。
煩雑なやり取りを経て、食事の世話をする家政婦が通いで来る事になった。
始めて足を踏み入れる聖川の別邸は古い日本家屋だった。今どきにしては珍しい平屋建てで、庭に向かって縁側がある。荷物を解くのを後回しにして、縁側に座る。
これからどうなるのだろう。
不安がないと言えば嘘になる。恐らく成人までは面倒を見て貰えるだろう。幾ら使い物にならなくなったからと言って、ここで放り出してしまっては世間体が悪い。それに父が俺をあっさり見捨てるとも思えなかった。成人するまでの数年で治れば、素知らぬ顔で再び聖川の嫡男として扱うつもりだろう。
だが、治らなかったら。
その時はどこか病院にでも押し込めて、他に後継者を見つけて来るに違いない。何しろ紙切れ一枚に息子の人生を書き留めて置くような人なのだ。親子の情など期待する事は出来ない。
暗澹たる思いで庭を眺める。
掃除だけはしてくれたらしく、庭もそれなりに手入れがされている。
大人の目線近くまである生け垣に囲われ、草で覆われた小さな花壇と一つだけ木が植えてある。何の木だろうかと気紛れを起こし、揃えてあるサンダルに足を通して近づいてみる。
草で気付かなかったが、木のすぐ傍に池があった。
長らく陽が射していなかったのか、水が淀んでいて底が見えない。二畳ほどの小さな池だと言うのに、その所為なのか少し気味が悪い。
目を逸らすと同時に玄関の引き戸が開く音がする。通いの家政婦が来たのだろうか。
約束では明日からとなっていたが、様子を見に来る事はあり得るだろう。そのまま庭を回って玄関に向かおうとするが、それより早く訪問者が縁側に姿をあらわす。
細身のスーツと肩に掛かる長髪。神宮寺だった。
俺を見て神宮寺は足を止める。ネクタイは締めておらず、襟元のボタンを二つほど開けている。久しぶりに目にするその姿に懐かしいと思う反面、だらしないと顔を顰めてしまう。
だが、それを言うのはお門違いもいい所だったし、そもそも今の俺には声が出せない。小言の代わりに目を逸らし、気味が悪いと思った池を意味もなく見つめる。
そんな態度を取ってしまったのは、その直前、神宮寺がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたのを見た所為かも知れない。
何しに来た。
そう問い掛けたいところだが、それも出来ない。その時になって漸く俺は声が出ない不便さを思い知る。
これまでは筆談で何とかなっていたのだ。そもそも父と話す時に俺が口を開く事は滅多にない。ただ「はい」と「いいえ」を繰り返すだけなのだから頭を動かすだけで事は足りた。
病院で月宮先生にしたように目を見つめれば多少の意思の疎通は可能だろう。だが、俺は神宮寺から目を逸らしてしまっている。今更どうしろと言うのだ。
軽い苛立ちを覚えて立ち去ろうとする。だが、庭から出るには玄関に回るか、神宮寺のいる縁側に向かわなくてはならない。進退窮まり、仕方なく縁側へと視線を戻す。
神宮寺は変わらず立ち尽くしていた。俺が振り向いたのを知って、心なしか少しホッとしようだ。おかしな奴だ。いや、そうではなく。どうして神宮寺がここにいるのだ。
咎めるように見つめると、短く溜め息をついて神宮寺がその場で胡座を掻く。
「報告をしようと思ってね、」
報告。何の報告だ。
俺が聖川という財閥の嫡男であるのと同じように、神宮寺は財閥の三男として生まれた。それが神宮寺のコンプレックスの元らしいとは分かっていたが、俺にはどうする事も出来ない。それを受け入れるか拒否するか、本人にしか決められないのだ。
ただ同じ財閥と言う事で少しは互いの家の事情は分かっている。それでも神宮寺から俺に報告するような事柄に心当たりはない。
怪訝な顔をする俺から目を逸らし、自分の膝の辺りに視線を落とした神宮寺がポツンと呟く。
「真衣ちゃんと婚約したよ」
その言葉に眉が寄ってしまう。
まさか父がこんなに早く動くとは思っていなかったのだ。だが、早晩こうなるだろう事は想像していた。
長男として育てた俺が駄目になったのだから、真衣に婿を取るしかないだろう。家柄を思えば神宮寺ほど丁度いい相手はいない。だが、真衣はまだ小学生なのだ。幾ら何でも早過ぎる。
それに神宮寺は学園を卒業してからアイドルとして活動している筈。結婚は間違いなくスキャンダルだ。事務所がそれを許すとは到底思えない。
そんな俺の考えをさとったのか、神宮寺が苦笑のような物を口元に滲ませる。
「今のところは身内だけしか知らないよ。でも、徐々にアイドルは辞めされられるみたい」
眉を下げてそう笑う。
何故だ。
お前はいつもそうだ。
大した苦労もせずに全てを手に入れ、それを手放す時さえ惜しいとは思わない。自分がどれだけ才能に恵まれているかなんて少しも分かっていない。だから、そうやって少し困ったようなポーズを取るだけですぐに手放してしまえるんだ。
衝動的な怒りを覚えるが、何とかそれをやり過ごす。
声が出なくて良かったと思う。
声を出せたらきっと怒鳴りつけていた。いや、そうではなく。
おめでとう、と言うべき場面だったからだ。その両方を回避出来てホッとする。
目を合わせないままサンダルを脱ぎ、神宮寺の脇を通って部屋へと向かう。
ここに来たのは今日は始めてなのだ。突然の来訪を歓待する用意などある筈もない。さっさと荷物を解いてしまわなければ。
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