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エゴイズム2(レンマサ)

家具は一式揃っている筈だった。だから俺が持って来たのは身の回りの細々とした物だけ。それでも自分一人では運びきれず、午後には業者が来る筈だった。
手始めに家の窓を全て開けようと思う。幾ら掃除がされてると言っても、空気が籠っているような気がする。
縁側にある窓を順に開けていると、神宮寺が「本当に声出ないの?」と無神経極まりない質問を投げかけて来る。それに冷たい一瞥を浴びせ、更に窓を開ける。それから台所に回り、そこの窓も開る。
しかし伸ばして手首を後ろから掴まれ、動きを止めてしまう。
足音がしなかったので気付かなかったが、いつの間にか神宮寺が後ろに立っていた。
「ねぇ、何で俺がここに来たのか気にならない訳?」
ご婦人を惑わす声が俺の耳元で内緒話でもするように甘く囁いて来る。その手を振り払い、僅かに距離を開ける。
何でと言われても、先ほど自分で言ったではないか。真衣と婚約した事を知らせに来たのだろうが。
そう言ってやりたいのだが、静かに見つめ返すにとどめる。すると、神宮寺が呆れたとでも言うように軽く肩を竦める。
「じゃ、質問を変えようか。どうやってこの家に入ったと思う?」
言われてみれば確かに不思議だった。
俺はこの家に来て鍵を使って玄関を開けた。そして、これまで空き家だったのと今日は自分だけなのだからと、内から施錠をしたのだった。ならば、神宮寺はどうやって入ったのだ。
怪訝に思う俺の目の前に神宮寺が「これ」と言って手を上げる。そこに握られているのは俺が持っているのと同じ鍵だった。
「聖川の家で貰って来たんだ」
どうして。
神宮寺がそれを欲する理由も、また父がそれを神宮寺に渡す理由も、全くもって見当が付かない。表情を変えずにジッと見つめると、神宮寺が口元にクスッと冷ややかな笑みを滲ませる。
「真衣ちゃんと婚約する事で神宮寺の家は聖川との太いパイプを得ただろうさ、でも俺は?あんなに苦労してなったアイドルを引退させられて、右も左も分からないまま企業のトップに立つ羽目になったんだよ。こんなに頑張ってるんだから少しぐらい見返りがあってもいいと思わない?」
何を言おうとしているのか分からない。確かに、三男である神宮寺が家を継ぐ事を前提に勉強していたとは思えない。事実、神宮寺の家は長兄の誠一郎が跡を継いだ筈だった。ならば、その言葉の通り今回の件は神宮寺にとってとばっちりだったと言えるのかも知れない。
だが、俺に言わせて貰うなら神宮寺はアイドルになる為に苦労なんてしていない。学園にいた頃、周りの生徒達は大変な努力をしていた。暢気そうに見える一十時ですら、試験の前には練習していたのだ。それなのに神宮寺は練習はおろか試験そのものをすっぽかそうとした。何とか周囲が宥め賺して試験を受けさせた結果、アッサリと合格。そんな奴が軽々しく『苦労』なんて言うべきではない。
非難を込めた目で見つめると、フッと神宮寺が視線を緩める。その表情が不自然なほど優しげに見えて、束の間、幼い頃の思い出に浸ってしまう。そんな俺の耳に唇を寄せ、神宮寺が掠れた声で囁く。
「俺が貰った見返りはお前だよ、聖川」
何を言われたのか分からずキョトンとする。
俺が……神宮寺が真衣と結婚する事に対する見返りとは、どういう意味なのだろう。
考え込んだ一瞬の隙を突いて、神宮寺が俺の手首を再び掴む。そのまま引き寄せられ、顎を捕らえられる。
何をする。
そう思った時には既に手遅れだった。濡れた軽い音をさせて神宮寺が離れる。
その間、俺はポカンと目を丸くするしかなかった。何をされたのか分からないほど子供な訳ではない。だが、どうして神宮寺にそんな事をされるのか。考えが追いつかず硬直していた。
「抵抗しないならもっとするよ?」
悪戯っぽいその声にハッとして神宮寺を突き飛ばす。理由なんかどうでもいい。この獣のような男から離れなくては。
だいたいからして神宮寺なら相手は選り取りみどりの筈だ。学園にいた時から恋愛禁止の校則を無視して、女性と見れば口説きまくっていたのだから。
すると俺の考えを読んだように神宮寺が口を開く。
「聖川家のご令嬢と結婚するんだからスキャンダルはアイドル以上に御法度っていうわけ。だからお前で我慢してやるよ」
何だ、それは。
頭に血がのぼって冷静ではいられない。力の限り神宮寺を押しやり台所を後にする。顔も見たくない。こんな奴が真衣の婚約者だなんて許せない。
明るい縁側に移動して家に抗議しようと電話を取り出すが、声が出ない事を思い出す。暫く家の電話番号を虚しく見つめ、そっと切る。第一、抗議したところで無駄だろう。
父はこうと決めた事は誰が何と言ってもやり通す。その父が神宮寺の要求を飲んだのだ。証拠はこの家の鍵だ。俺は父の決定に従うしかない。
家を出るという選択肢もある。だが、俺には無理だろう。
何だかんだ言ったところで俺はこれまで聖川の家に生かして貰っていたのだ。家を出てから行く宛などなかったし、そうなれば野垂れ死にするしかないだろう。
そうは言っても悔しさだけは押さえきれない。父にとって俺は後継者としての駒でしかなく、心配など掛けてやる値打ちもなくなたと言うのが、心底悔しかった。
様々な考えが一気に押し寄せ、呆然とする。崩れるようにして座り込むと、目に映る庭が僅かにぼやける。
こんな時ですら嗚咽の一つも出ないのか。そう思うと、悔しさにも増して虚しさに襲われる。
泣き出すでもなく、ただ庭を見つめる。すると、後ろから肩を叩かれビクッと震えてしまう。
「用が出来たからまた今度な」
振り向こうとしない俺の頭をポンポンと軽く叩いて神宮寺は玄関へと向かう。こんなにも俺の心を乱して置いて何事もなかったかのように立ち去る神宮寺が少し憎くなる。だが、それをぶつけるのは間違っているのだろう。俺の怒りの矛先は父であって、更には父の期待に応えられない俺自身にあるべきなのだ。
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