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エゴイズム3(レンマサ)

それから一週間は何事もなく過ぎた。
通いで来てくれている家政婦は事情を聞かされているのか、俺に話しかける事を殆どしない。年齢は四十代半ばと言ったところだろう。料理をして掃除をして、そんなにない洗濯物をすると会釈を残して帰ってしまう。それでもテーブルの上に冷蔵庫に何があるかキチンとメモしてあるので困る事はなかった。
昼食を済ませ使った食器を洗うと、途端にする事が何もなくなってしまう。
どうしたものかと椅子に腰掛けてボンヤリとする。
考えようとしなくても考えてしまうのは、あのまま学園に残っていたらどうなっていただろうと言う事だ。
アイドルになると言うのはそう簡単に出来る事ではない。だから、きっと苦労しただろう。納得の行かない事だってやらされたかも知れない。だが、学園で知り合ったのは気持ちのいい連中ばかりだった。苦労しながらも一緒に成長出来た筈だ。ライバルであったが、仲間でもあったのだ。
無事アイドルになり、映画やテレビに出演し、俺は自分の思った人生を歩む。だが、それは期限付きの自由なのだ。
暫くしたら父の跡を継ぎ、結婚する。
どちらにしろ、俺に自由などない。だから声が出なくなって良かったのかも知れない。そんな後ろ向きな事を考えてしまう。
このままでいい筈などないのに、どうすればいいのか分からない。いや、そうではない。
自分がどうしたいのか分からない。
溜め息をつくと同時に表から車の音が聞こえる。トラックのようだ。
怪訝に思いながら玄関に向かうと、そこには作業服姿の業者がおり、ピアノを届けに来たと言う。
訳が分からずキョトンとするが、そんな俺に構わず作業服姿の男達がピアノを運び込む。アッと言う間に設置を済ませると「毎度、」と言い残して立ち去って行く。
残されたのは俺とピアノだけだった。
取りあえず一番広い部屋にと思って庭の見える和室に運んで貰った。防音の為なのか、畳に絨毯が敷かれており、その上にピアノが鎮座している。
艶のある黒い蓋を開け、椅子を引き、その前に腰を降ろす。
鍵盤に指を乗せると、勝手に動き出す。ショパンのエチュードだ。
爺はピアノ教師としては少し厳しく、俺の手がまだ小さいと言うのにこの曲を練習させた。間違えると最初から、何度も何度も。その甲斐あって、指が覚えていたらしい。
夢中になって思いつくまま次から次へと弾いて行く。
黒鍵のエチュードを弾き終えると、後ろから拍手が聞こえる。それにギョッとして振り返る。
いつの間に来たのか、すぐ後ろに神宮寺が立っていた。
スーツにネクタイ、だが、サラリーマンが着るようなデザインの物ではない。恐らく全て有名なブランド品なのだろう。ジャケットのボタンは閉めておらず、ネクタイに至っては首に掛かっていると言うだけで結ばれてもいない。
人を食ったような、意地悪な笑みを浮かべるその顔を睨みつける。
勝手に上がり込んで来た無礼もさる事ながら、どうやって玄関を開けたのだろうかと不思議に思う。神宮寺が帰ってからすぐに俺は鍵を付け替えたのだ。
俺が睨みつける中、神宮寺は傍の椅子から袋を取り上げる。
「楽譜も持って来たけど、いらないようだな」
そう苦笑混じりに呟くので、思わず手を出してしまう。
久しぶりにピアノを弾いて気分が高揚していたのかも知れない。声が出ない俺にとってピアノの音は唯一の『声』だったのだ。
俺が出した手をマジマジと見下ろし、神宮寺がニヤリと笑う。
「それなりの見返りを期待するけど、いいの?」
見返り?
何の事だか分からずに神宮寺を見上げる。
見つめる中、神宮寺は襟に掛けただけのネクタイを外し、それを俺の手首に巻き付ける。
ハッとして振りほどこうとするが手遅れだった。鮮やかとも言える手つきで俺の両手を封じると、神宮寺がそのまま身体を近づけて来る。
「忘れたの、お前は俺に差し出された生け贄も同然なんだよ?」
耳元でそう囁かれ、金縛りにでも遭ったかのように身体が硬直してしまう。
神宮寺の思惑に気付き、恐怖したのだ。
この男は真衣と結婚する代わりに俺を父から貰い受けたと言っていた。
神宮寺にとって俺は、そのコンプレックスを刺激するだけの存在なのだ。自分が欲しがってる物を易々と手に入れ、涼しい顔をしている。事実がどうであれ、神宮寺は俺の事をそう思っていただろう。そして立場が逆転した事も。
これまで自分が舐めて来た屈辱を俺に味あわせようと言うのだ、神宮寺は。
何の役にも立たない俺を貰い受けたのはその為だ。
怯える俺を見て、神宮寺が微かに苛立ちの表情を浮かべる。掘りの深い顔立ちの眉間に僅かに皺が寄っている。
その苛立ちをぶつけるように、俺を突き飛ばす。
両手の自由がきかないので無様に転がり、その痛みに顔を歪める。
今の俺は神宮寺の目にはさぞ滑稽に映っている事だろう。これまで俺は神宮寺に対して散々偉そうな事を言って来た。家など関係ない。そう言う度に神宮寺は「お前には分からないよ」と顔を背けていたが、今度は俺が顔を背ける番だった。
結局、関係ないと言いながら俺も家に縛られているのだから。
神宮寺に軽蔑の目で見られるのは耐えられない。歯を食いしばって横を向く。
神宮寺の手が伸びて来て、俺のベルトを外しシャツの裾を引っ張り出す。そこまで来て何をされようと言うのか漸く気付き、ギョッとする。
恐怖のままに縛られた手を振り回すと、ピアノの椅子を持ち上げネクタイをそこに渡す。そこそこに重量がある上に、無理に動かしたら顔面に落ちて来るだろう。それでも俺は抵抗を諦めきれず足をばたつかせる。
男同士でも行為に及ぶ事が出来るのは知っている。だが、何故だ。どうして神宮寺はこんな事をするんだ。
ボタンを全て外され、神宮寺の吐息が首筋を掠める。拒否する為に顔を思い切り背けると、首を痛いぐらいに噛まれてしまう。
ビクッと身体が跳ねる。
助けを求めようにも声は出ない。だいたいからして誰に助けを求めたらいいのかも分からない。
放心してしまい、身体が弛緩する。その隙をつくように神宮寺の手が俺の膝裏を撫でるので、目をギュッと閉じる。途端、目尻から涙が零れてしまう。
怖いのか悔しいのか自分でも分からない。混乱して自分の感情すらよく分からなくなっていたのだ。
横を向いたまま泣く俺の姿に罪悪感でも覚えたのか、神宮寺が音もなく起き上がり距離を開ける。それにホッとして目を開けると、神宮寺の横顔が何故か辛そうに見えて更に困惑する。親とはぐれた迷子のように唇を噛み締めている。
どうして貴様が辛そうな顔をするんだ。
そう問い掛けたいのに依然として俺の声は出ないままだ。身を捩り、何とかネクタイをほどいて起き上がる。その気配が伝わったのか、神宮寺が逃げ出そうとするので、咄嗟に肘を掴んで引き止める。
ポカンとした顔をする神宮寺に俺自身もポカンとしていた。
引き止めてどうしようと思った訳ではない。どちらかと言えば神宮寺がどこかに行ってくれた方が俺としては助かる。それなのに掴んでしまった。
ジッと俺を見つめていた神宮寺の目が不意にフワッと細くなる。どうやら苦笑しているらしい。困ったような呆れたような、そんな笑みだ。
それを見つめる内に先ほどの恐怖も怒りも忘れて神宮寺の肘を離し、力なく笑い出してしまう。
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