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せみしぐれ1

 車を降りた途端、深い緑の気配に包まれ背中が震える。
 ロケであちこち行くけど、ここまで自然に囲まれた場所と言うのは始めてだよ。

 「おはようございます」

 こちらに気付いたスタッフに笑顔で挨拶をして、控え室の場所を訊ねる。貸別荘の二階だと言われ、そちらに向かう。
 撮影期間は二週間とちょっと。都心から車で二時間とは言え、通いで来るのは大変そうだ。他に仕事がない日は泊まり込みになるだろう。
 部屋に到着してみると、ツインルームらしくシングルベッドが二つ並んでいた。その脇に誰かの荷物を置かれている。どうやら相部屋らしい。

 「ふぅん」

 使われていないであろうベッドに自分の荷物を投げ出し、ヘアゴムを口に咥える。
 高原なので都心よりは涼しいが、だからと言って暑くない訳ではない。
 ジャケットを脱ぎ捨て、適当に髪を束ねる。
 すると、俄に外が騒がしくなり何事かと窓を開けて覗き見る。
 スタッフ数人に囲まれ、見覚えのある顔があった。

 聖川だ。

 いつ見ても凛々しいお顔立ちな事で。
 そう肩を竦めて、聖川の髪が濡れている事に気が付く。
 何をやってるんだか。
 頬杖をついて見下ろしていると、こちらの視線に気付いたのかヒョイと聖川が顔を上げる。そして俺を認めた途端、ほんの少し眉を寄せる。

 そんなに俺が嫌いかね。

 一言二言、スタッフとやり取りしてそのまま貸別荘の中に消えてしまう。きっと、この部屋に来るのだろう。
 何しろ相部屋だ。ベッドの脇に置かれているのは寮で見た事のある聖川愛用の旅行鞄だった。
 思った通り、程なくしてドアが開き聖川がムスッとした顔で入って来る。

 「思いのほか早かったな」

 昨日は深夜まで歌番組の収録があったのだから、俺の入りは午後の筈だった。
 無理を言って車を出して貰ったものの、今になって後悔している。メチャクチャ眠い。
 「寝ないで来たからね」
 聖川を見ないでそう答えると、「そうか」と気のない相槌が返って来る。

 可愛気のない。
 昔は金魚の糞よろしく、俺の後を付いて回ってた癖に。
 その手を振り払ったのは自分だと言うのに、聖川がそういう態度で接して来る度に面白くない気分になる。
 鞄から脚本を取り出してパラパラ捲っていると、不意に聖川がポツンと呟く。
 「余り無理はするな」

 心配してくれるの?
 無邪気に縋り付いて来たお前に、八つ当たりで辛く当たった俺に?

 「そっちこそ何でずぶ濡れ?」
 「スタッフと近所を散策していて滝に落ちただけだ」
 「は……滝?」
 「そう大きくはない。せいぜい三メートルといったところだ」
 「ドジだね」
 「足元が泥濘んでいたから滑った。風呂、先に使わせて貰うぞ」

 それに頷くと、着替えを持った聖川が風呂場に向かう。
 何となくそれを見送り、ギョッとする。

 「おい、聖川」
 「何だ」

 怪訝そうに聖川が振り返る。
 その肌に白いシャツが濡れて貼り付いている。だが、問題はそこに手形のような物が付いている事だった。
 落ちた時、どこかにぶつかって痣になったのか。或いはスタッフの誰かが救助の際に誤って叩いてしまったか。
 どちらにしても、これだけ痣になっていたら痛む筈だ。それなのに聖川は気付いていないのか、平然としている。
 起き上がって近づいてみて、自分の勘違いに気付く。

 手形と思ったのは、何かの葉っぱだったのだ。
 「何だ、驚いた」
 シャツをたくし上げて取り出してみると、小さな手のような楓の葉だった。
 「何をそんなに驚く必要がある?」
 不思議そうに首を傾げる聖川を、何でもないと風呂場に追いやる。
 一人になって、開いたままの窓から残った葉を外に放る。
 そうしてから、どうしてシャツの中に入り込んだのだろうと思う。

 聖川はシャツの裾をパンツに入れていたし、襟から入り込んだにしては、綺麗に葉は広がっていた。
 暫く考えてみるけど、答えが分かる筈もない。
 何かの拍子に入り込んで、歩いている内に葉が広がって聖川の背中に貼り付いたのだろう。
 そう結論を出して、ベッドに横たわり脚本を広げる。
[newpage]

 今回のロケは二時間枠のドラマの収録だ。
 財閥の令嬢が療養に来た土地で、貧乏な書生と恋に落ちる。そこに令嬢の許嫁がやって来て、二人の仲を引き裂こうとする。そんな中、土地の迷信に絡めた殺人事件が次々と起こり、最終的に令嬢は書生と一緒に駆け落ちするってストーリーだ。
 書生役が聖川で、憎まれ役の令嬢の婚約者が俺って訳だ。
 別に文句はない。許嫁は重要な役だし、何しろ今回のドラマはスポンサーに聖川の家が入っている。
 ただ、何だか聖川とセットとして扱われているらしいのが気に入らない。
 オーディションもなく役を貰い、部屋は相部屋。これで勘ぐらない方がどうかしている。

 脚本を投げ出してゴロリと寝返りを打つ。
 実家はお互いに大きな財閥なのだ。俺達の意思に関係なく育った環境も似ている。
 あいつは嫡男で、俺は違うって差はあるにはあるが、周りからしたら同じだろう。だから一緒にさせて置こうと思うのは分かる。分かるけど、俺達にだって事情と言う物があるんだ。
 似ているからいがみ合ってると思ってるだろうけど、実際はそうじゃない。
 俺が聖川を妬んでいるだけだ。小さな子供のように僻んで嫌っている。
 聖川の方は俺ほど気にしてはいないだろう。だから普通に受け答えをするし、俺がいるからと言ってその場から逃げ出す事もない。ただ、俺を見る度に困ったように眉を寄せるだけ。

 情けない。
 俺の方が年上だってのに、これじゃまるで聖川に甘えているようだ。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
 気配に目を覚ますと、着替えた聖川がソファに腰掛け俺が投げ出した脚本を読んでいた。
 何となく起き上がろうとして、腹にタオルケットが掛けられている事に気付く。
 こんな事するのは一人しかいなくて、俺は更に居たたまれなくなってしまう。

 「風邪引くぞ」
 「だからって、お前ね。腹にだけ掛けるなよ、子供じゃないんだから」
 そう言うと、顔を上げた聖川がクスリと唇に笑みを浮かべる。

 「大きな子供だな」

 からかうような目で俺を見る。
 それに驚きの余り、呼吸すら忘れる。
 聖川がこんなに気安く接して来るのは珍しい。態度と言葉は生意気で可愛気なんて微塵もないけど、俺に笑顔を向けるのはかなり久しぶりなんじゃないか。
 本人もそう気付いたのか、すぐに笑みを引っ込めプイッとそっぽを向いてしまう。
 どっちが子供っぽいんだか。
 そう呆れるけど、頬が緩むのをどうしようもない。
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