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せみしぐれ4

 食事の後に軽く打ち合わせをして解散になった。
 する事もないので部屋で仮眠を取るか、脚本を読むか。

 そう思いながら階段を上っていると、背後から呼び止められる。
 振り返ると、清純派美少女と言ったレディがニコニコと立っていた。

 「先週の音楽番組見ました。サイン貰えませんか?」

 そんな事言われて断るほど忙しいって訳でもないし。まぁ、いいか。
 そう思って「いいよ」と答えたら手招きされる。何だろうかと付いて行くと、食堂の横の小部屋に通される。
 テーブルとソファがあって、部屋の隅には撮影用の機材が置かれている。
 元は談話室で、今は機材置き場って所かな。

 「どこにサイン書けばいい?」
 「あ……じゃ、ここに」

 そう言って出されたのはメモ用紙だ。色紙とは言わないけど、せめて手帳とかなかったのかね。これじゃ、サインなんてただの口実ですって言ってるようなものだよ。
 持っていたペンでサインを書いて返すと「ずっとファンだったんです」とニコニコしている。
 女優だけあって、演技は上手だね。
 でも、こっちだってそれなりに経験あるし、特に俺はレディの扱いには慣れてる。

 「そう、ありがと」

 ニコッと笑顔で返すと、ポーッと顔を赤くする。
 可笑しい。色仕掛けして来たのはそっちなのに、素が出ちゃってるよ。これも演技なら大した物だけどね。

 「食堂にあった人形、勝手に持って来ちゃったんだってね」

 そう水を向けると、「はい」といい声で返事をする。
 「汚れてて可哀想だったし」
 まるでいい事したって言ってるようだね。でも、持ち主に断りなくってどうなの。

 「ああ、着物とか痛んでたね」
 「だから新しいのと取り替えてあげようと思って」
 「だったら、自分の部屋に連れて行ってあげれば?」

 そうするのが普通でしょ。
 汚れていて可哀想、しかも気に入って持って来たなら尚更。

 「でも、やっぱりちょっと怖いし……」

 あれだけリアルな造りだから怖いって言うのも分かる気がする。
 でも、それなら持って来なければいいのに。

 「そう。じゃ、着物取り替えてあげたら元の場所に返すの?」
 「どうしようかなって思ってて」

 そう言って躊躇うように首を傾げる。
 どうしようって、どうするつもりなのかな。
 まさか家まで持って帰るつもりじゃないよね。それじゃ本当に泥棒だし、さっき怖いって言ってよね?

 「もしかしたら有名な人が作ったのかも知れないってマネージャーが言うんですよ」

 え、自分の物でもないのに売るつもりなの。それは非常識だと思うけど。
 ビックリして見つめ返すと、「神宮寺さんだったらどうしますか?」と聞かれる。

 「俺だったら最初から持って来ないかな」

 ただでさえ人形って気味が悪いし、あんなリアルな造りなんだから余計だ。百歩譲って汚れているのが可哀想って思ったとしても、少し拭いて終わりだな。

 「でも、すっごく高いかも知れないんですよ?」

 やれやれ。お里が知れるって、こういう事を言うんだろうね。
 笑っていれば誰か助けてくれる。だって自分は可愛いんだから。
 こういうレディは浅はかな所が可愛くもあり、愚かでもあるんだよね。
 眺める分にはいいんだけど、それ以上は俺だったらゴメンかな。



 適当にあしらって宛てがわれた部屋に戻ると、聖川がベッドで寝息を立てていた。
 俺は徹夜だったけど、他のキャストやスタッフは早朝に出発したらしいから、やっぱり眠いのかもね。
 遠慮する必要なんてないんだけど、邪魔したら間違いなく怒られるから食堂に引き返す。他に居場所ないしね。
 欠伸を噛み殺しながら廊下を歩いていると、先の方から話し声が聞こえて来る。
 特に声を潜めている様子もないから、スタッフが休憩しているのだろう。
 食堂に到着してみると、予想した通り数人のスタッフがお菓子を摘みながらお喋りしていた。
 「お疲れさまです!」
 慌てて立ち上がろうとするから、苦笑しながら「そのままでいいよ」って言うと全員がホッとしたように息をつく。
 「俺も珈琲貰える?」
 言った途端、紙コップに注がれた珈琲が出て来る。ここのスタッフは優秀だ。
 ゆっくりと喉を潤していると、そわそわと落ち着きなく見つめられる。

 「邪魔しちゃった?」
 「いいえ!」

 そう言ってから取り繕うように「聖川さんは?」と訊ねられる。

 「はしゃいで疲れたのか、おねんねしてたよ。それより何の話してたの?」
 「あ……」

 気まずそうにスタッフ同士で目配せし合う。
 ここにいるのは衣装担当とスクリプターと照明助手、あとお嬢様の乳母役の女優といった四人のレディだ。どうやら前から互いに顔見知りだったらしく、気安い雰囲気が流れている。

 「神宮寺さんはどの道通って来たの?」
 「さぁ……よく覚えてないけど、それがどうかしたの?」

 乳母役の女優と言っても、まだ三十を少し過ぎたぐらいだ。でも、その顔は以前からテレビで何度も見た事がある。
 今回のドラマでは乳母が重要な役なので、ベテランを引っ張って来たんだろうね。

 「途中で二股に道が別れているんだけど、そこに祠が立ってたのよ」
 「そうだっけ?」

 思い出してみるけど、さっぱり思い出せない。
 そもそも俺は車の中で仮眠取ってたんだから、見てない可能性の方が高い訳で。

 「お地蔵様か何かだと思うんだけど、小さな赤い屋根の付いた祠があったの。でも、彼女が買い出しに行く時に見たらなかったそうなのよ」

 そう言ってチラリと隣に座る照明助手のレディに目配せする。

 「消耗品が少し足りなかったのでさっき行って来たんです。このお菓子もその時に買って来たんですけど、昨日来た時はあったお地蔵様がなくなってたからどうしたんだろうと思って」
 「昨日はあったの?」

 俺の質問に全員が頷く。
 こういう業界にいると、迷信だと分かっていても験を担ぎたくなるのはよく分かる。だから、見間違いや勘違いではないだろう。でも、昨日あったお地蔵様が今日になってなくなってるなんて、ちょっとおかしくないか?
 誰が何の為に撤去したんだろう。
 しかも、お地蔵様だけじゃなくて屋根ごと……?

 「昨日は私が最後だった筈だし、彼女が出掛けるまでに来たのは神宮寺さんだから、何か見てないかと思って」
 「違いますよ、昨日最後に来たのって……」

 スクリプターのレディが口を挟むが、躊躇うように口籠ってしまう。どうしたんだろう?

 「あの……」
 泣きそうな顔で必死に誤摩化そうとしている。その顔を見ている内に乳母役の女優が「ああ、」と納得したような声を上げる。
 「彼女が最後だったのね」
 その『彼女』の部分のイントネーションが独特だったので、誰の事なのか俺にも分かってしまう。

 さっき俺にサインをくれと言って来た清純派女優だ。

 「じゃ、レディに聞けば解決するんじゃないの?」
 俺がそう言うと、全員が不満そうな溜め息を零す。
 どうやらお地蔵様をどうにかしたのが、清純派女優だと思っているらしい。
 確かにさっきのやり取りを思い出すと、印象は最悪だ。
 何しろ高そうだからと言う理由で勝手にお人形を持ち出すぐらいだ、うっかりお地蔵様の祠を壊しても口を噤んで知らん顔ぐらいしそうな気はする。
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