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せみしぐれ6

 冷たいシャワーを浴びてスッキリして戻ると、聖川の姿は既になくなっていた。
 水音に紛れてよく聞こえなかったけど、先に食事に行ったんだろう。

 髪にドライヤーを当てながら、ふと暖炉の上にあった人形を思い出す。
 日本人形だからか、髪型はオカッパだったな。でも顔立ちは今どきな造りだったから、髪型と相まって少し聖川に似ていたような気がする。それがどうしたって思うけど、何となく厭な気がする。
 髪を乾かし、身支度を整えてから食堂に向かう。

 昼間はスタッフも忙しかったのだろう。ディナーは全員揃っているらしく、人口密度が高い。
 俺を見てすぐさま席を立って挨拶して来たのは、昼間は見かけなかったプロデューサーだ。今日は泊まって、明日の朝に戻るらしい。あとは最終日に来るぐらいだろうね、きっと。
 適当に切り上げて、昼と同じ席につく。
 他のスタッフも同じらしく、少し離れた所に聖川と主演女優が仲良く並んでいるのが見える。
 見るともなく見ていたら、女優と目が合ったのでニコッとしてみるが、プイッと目を逸らされてしまう。昼間のやり取りで嫌われちゃったかな。
 そう肩を竦めていると、女優の手が聖川の肩に乗せられる。

 「聖川、席替わって」

 刺々しい声のままそう言うと、聖川がやれやれと言った様子で立ち上がる。俺の我が侭には慣れてるもんね、お前は。
 自分で言い出したんだから仕方ないんだけど、席を移動してからは針の筵状態だったよ。
 何しろ隣のレディは聖川にちょっかい出そうとしてた所を邪魔されておかんむりだったからね。

 「そう言えば、ここに来る途中にお地蔵様があるの知ってる?」

 会話がないと重苦しくて堪らなかったので、そう水を向けると「知ってますよ」と素っ気ない返事がある。

 「ああ。じゃ、やっぱり昨日まではあったんだね」
 「……何の事ですか」

 女優の声が低くなる。何だか聞きたくない事を言われたって感じ。

 「今日、スタッフの子が買い出しに行く途中に見たらなくなってたんだって」
 「私がどうにかしたって言うんですか」

こっちはただの世間話のつもりだからそんな事は言ってない。それなのにムキになるなんて、自分がやったと言ってるような物だね?

 「道が二つに別れてる所だそうだから……そうだね、たとえば道を間違えてバックしてる時に車で突っ込んじゃったとか?」

 適当にでっち上げて言ったら女優の顔色がサッと変わる。
 まさかのビンゴ。

 「でも、わざとじゃないんでしょう?」
 「そうなんです!アクセルとブレーキを間違えて……弁償するつもりだったんです!」

 その割りには俺が言うまで黙ってたよね。
 聖川は厄介な性格って言ってたけど、そんな可愛いものじゃないね。ちょっと根本的に問題あるんじゃないの、この子。

 「だったら、この山を管理してる会社に連絡しないと。プロデューサーに聞けば連絡先を教えてくれるんじゃないかな」

 そう言うと、「でも」とか「だって」ばかりを繰り返す。
 ああ、そうなんだ。最初から弁償するつもりなんかなったんだね。
 ここは別荘地だから普段から住んでる人なんていないし、お地蔵様なんてなくても誰も困らないのにって所かな。
俺や聖川は生まれた時から食べる物に困った事なんかない。それが一般的かどうかは兎も角として、やっぱりそういう生活をしていると、自分で意識しなくても品性と言う物が身に付いてしまうんだよね。俺が品性なんて言ったらおかしいかな?

 正しい事は正しいと言うし、悪い事は悪いと言う。困ってる人がいたら助けたいって思うよ。だって、俺には助けるだけの地位も財力もあるんだから。
 こういう感覚が世間一般でない事も分かってる。聖川は分からないだろうけど、俺はそれなりに遊んで来たからね。
だから、自分に対しても一線引いて見ちゃう癖が付いたんだと思う。
 相手が悪くてもそれをすぐに指摘しないよ。だって、そんな事したら角が立つでしょ。
 でも、言わないからって相手に同調している訳でもないんだよ。顔には出さないけど、こういう時ってかなりシラケちゃうかな。仕事だから割り切って接してるけど、プライベートではゴメンだよ。
 可愛いレディと言っても、面倒臭いものはやっぱり面倒臭いし。
それにこの程度なら他に幾らでもいるしね。




 ディナーのあと、お酒にも誘われたけど断って部屋に戻る。
 嗜む程度には飲めるんだけど、これでも未成年だからね、一応。

 「お疲れさまです」

 ニッコリと会釈して食堂を出ようとしたところで、ふと視線を感じて振り返る。
 プリデューサーとディレクター、あとカメラマンがテーブルに陣取っている。その周りを他のスタッフたちが甲斐甲斐しくお酌したりしていて、パワハラなんじゃないのって眉をひそめたくなる光景が広がっている。
 でも、こっちを見ているスタッフはいない。
 気の所為だったのかな。
 そう思って目を逸らそうとした途端、視界に人形が飛び込んで来る。

 やっぱり気の所為だ。

 人形の視線を感じるなんて疲れているのかも知れないな。
 肩を竦めて部屋に行くと、いつの間に戻ったのか聖川のがベッドで横になっていた。
 何だかんだ言って疲れてるんだろうね。
 そう思ってそっとしといてやろうとしたら、コロンと寝返りを打った聖川の目がジッと俺を見つめている。
 寝てるとばかり思ってたからビックリした。でも、それよりも何か言いたそうなその視線に驚く。

 「何?」

 見つめるばかりで口を開こうとしない聖川に焦れて俺の方から声を掛けてしまう。
 それでも暫く無言のまま見つめて来たが、やがて瞬きを一回すると「ふぅ」とばかりに息をつく。

 「昨日は寝ていないのだろう」

 咎めるような厳しい口調でそう言われて意味もなくムッとする。
 いや、理由ならあるかな。
 どうせ聖川の事だから体調管理も仕事のうちだとお説教する気に違いない。全く小姑みたいな奴だよ。

 「そう言うお前はどうなの。さっきからずっと寝てばっかりじゃん」

 幾ら早朝に出発したからってちょっと寝過ぎなんじゃないの。まさか、滝に落ちて本当に風邪でも引いたの?
 近づいて聖川の前髪を払う。白い額に手を乗せてみると、手の平にヒンヤリとした感触が伝わる。思ったより冷たい。どうやら熱はないらしい。
 だからと言って安心は出来ない。顔も紙みたいに真っ白だし、風邪じゃないとしても貧血か何か起こしてるのかも知れない。

 「気分が悪かったり頭痛かったりする?」

 俺の質問に聖川が力なく首を振る。
 弱みを見せまいとして強がっているのかも知れない。こいつは何故か俺に対してだけはムキになるからね。
 そう溜め息をついた途端、「少し寒いかも知れない」と小さな声で呟く。
 そりゃ、都心に比べればここは気温が低い。風が吹けば肌寒いぐらいだ。
 でも、今は窓も閉まっているし、涼しいと言っても季節で言えば夏なのだ。寒いと感じるのはやっぱり体調が優れないからなんじゃないの?

 「もっと毛布貰って来ようか?」

 そう言うと、聖川が皮肉気に唇を歪める。

 「お前に気を遣われるとはな」

 心配しているのにこの言われよう。本当、可愛くない。
 まぁ、そうさせてるのは俺なんだけどね。
 肩を竦めて離れようとする。だけど、聖川の手が俺のシャツを掴むので足を止める。

 「何?」
 「毛布はいらないから」

 分かってるよ。俺の親切なんてお前にとっては調子狂うだけで嬉しくも何ともないんでしょ。
 そう言って手を振り払ってしまいたいけど、何しろ具合が悪いらしいのでそうも出来ない。無言で突っ立っていると、聖川がそんな俺から目を逸らす。

 「一緒に寝たら暖かくなると思うのだが」

 消え入りそうな小さな声。そっぽを向いた横顔は薄らと赤く染まっている。
 恥ずかしいの?
 だったら言わなければいいのに。でも、言わずにはいられなかったって事なのかな。
 俺に甘えたくてしょうがないんだね。そんな事言われたら突っぱねるなんて出来る筈がない。
 仕方ないから家の事も何もかも、今は忘れてあげるよ。
 今だけは、俺の小さな真斗って事にして置いてあげる。
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