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紫の獣

1.足立という一年生

人影を追って旧校舎に足を踏み入れ、すぐさま後悔する。
風紀委員なんてしていると、下校後の校舎の見回りをする事が度々ある。

今日もそうだった。
下校時刻を過ぎた午後七時五分。
八時には校舎の電源が落とされてしまうので、既に残っている生徒はいない。それなのに見回りの途中で旧校舎の廊下を歩く人影を見てしまったのだ。

築三十年を過ぎるそこは木造の三階建てだ。老朽化が進み、新校舎が出来てからは全ての教室がそこから移動した。ならば取り壊してしまえばいいものの、そう出来ない理由があるのだ。

怪談だ。

学校に怪談はつきものだと思うが、旧校舎のそれは少しばかり違う。
五年ほど前に一人の生徒が行方不明になったのだ。最初は家出を疑われたのだが、本人の持ち物が何もなくなっていなかった事から事件か事故に巻き込まれたのだろうと周囲は思った。

それから程なくして、旧校舎でその生徒の姿を見た者が続出した。
普通なら、見つかってホッとする所だが、そうは行かなかった。
その女子生徒が血だらけで歩いていたからだ。
肩の辺りがザックリと裂けており、首は異様な角度に折れ曲がっていたと言う。
その姿は誰がどう見ても『無事』とは言えず、また慌てて追い掛けてみたが角を曲がった拍子に消えてしまったという証言もあり、幽霊なのではないかと噂されるようになった。

しかし、学校側はそれを強く否定した。
彼女が消息を断ったのが、下校した後だったからだ。
駅で電車を待つ姿を同じクラスの生徒が目撃していたのだ。
それでも噂は消えるどころか、ますます派手な尾ひれが付いて行く。
更には幽霊を見たと言ってヒステリーの発作を起こす生徒も出て来た。

そこで旧校舎の取り壊しが決まったのだが、必ずと言っていいほど事故が起こる。
足場が崩れ作業員が怪我をした。或いはクレーンが倒れ、立ち往生なんて事もあった。
やがて工事を請け負った会社が辞退してしまい、旧校舎は立入禁止となったまま放置されている。
しかし、人が出入りしないそこに目を付ける輩もいる。

先日も教師の目を盗んで肝試しに入った生徒が階段から転げ落ちて怪我をしている。
だからこそ、旧校舎の廊下を歩く人影を追って来たのだ。
閉め切っていた所為か、少し黴臭い上に暗い。明かりをつけたかったが、旧校舎の電源は落とされているのでそれも叶わない。
用心の為に持っている懐中電灯を手に人影が見えた二階へと急ぐ。
そこで思い出したのだ。

自分の右目について。

俺の右目は殆ど視力がない。日常生活に支障はないのだが、困った事に奇妙なものを見てしまうのだ。
踏切の隅で踞る幼女だとか交差点で立ち尽くす血だらけの男だとか。
周りの人には見えていないらしく、気にする事なく通り過ぎて行く。
彼らはきっと既にこの世にいないのだ。
そうと気付いてからは、見えても無視するようにしている。

何故なら、俺は相当にビビリだからだ。

金縛りにでもあおうものなら心臓発作で死ねる自信があるほどのビビリだ。
そんなビビリな俺が旧校舎になんか来て無事でいられる筈がない。

さっきのは目の錯覚だったと言う事にして引き返そう。

だが、ミシと頭上から音がする。
誰かが廊下を歩いている。
幽霊なのに体重があるのか?
でも、幽霊が出る時にはラップ音がすると何かで読んだ事がある。これはもしかしてそれなのかも。

くそ、どっちだ。

生徒だとしたら、連れ出す必要がある。しかし、幽霊なら近づきたくない。
俺が逡巡している間も廊下を歩き回る足音が聞こえて来る。

くっ、仕方ない。

覚悟を決めて階段に向かう。
わざと乱暴な足音を鳴らす。それはたぶん本能だ。
山道で熊と出会わないように鈴を鳴らすのと同じで、ここにいるので出て来ないで下さいよと合図を送っているのだ。

その甲斐あってか、何とか二階に到着する。
懐中電灯でグルリと辺りを照らし、誰もいない事を確認する。
何だ。やっぱり目の錯覚だったじゃないか。
ハハハと乾いた笑いを漏らして引き返そうとするが、その肩を誰かに叩かれ飛び上がる。
言葉にならない悲鳴を上げて逃げ出そうとする。しかし叩かれた肩をガッシリと掴まれ足が縺れる。

「大丈夫ですか?」

暗闇によく響く声だった。
それに導かれるように振り返ると、小柄な男子が可笑しそうに口元をひくつかせていた。
咄嗟に足があるのを確認して、肩を掴んで来るその手を振り払う。

「下校時間はとっくに過ぎてるぞ。クラスと名前は」

八つ当たりのように問いつめるが、そいつはクスクス笑うだけで答えようとしない。

「おい!」
「そんなにビビリでよく風紀委員が出来ますよね?」

ギクッとする。
ビビリだとバレた。風紀委員の俺がビビリだなんて噂を立てられたら、取り締まるものも取り締まれない。示しがつかない。

「一年の足立です。先輩は?」

上から目線で答えられ、続けて問われムッとする。

「三年の林だ」
「ああ、あの有名な」

含みのある言い方が気になるものの、今は足立を連れてここから出て行くのが先だ。

「いいから、行くぞ」
これまでのやり取りから、てっきり口答えして来るかと思ったのだが、思いのほか素直に足立が頷く。

「旧校舎の怪談って知ってます?」

違った。全然素直なんかじゃない。
ここがその旧校舎なんですけど!
知ってるからこそ、お前だって入り込んだんだろうが。

「それが何だ」
「強面を気取っても今更ですよ?」

バカにしたようなその口調にグッと言葉を詰まらせる。
性格悪いな、コイツ!

「行方不明になった生徒が血だらけで徘徊しているって聞いたんですけど」
「それが何だよ」
「どうして誰も疑問に思わないのか不思議で」
「疑問?」

怪談に疑問なんか抱く必要がどこにあると言うんだ。整合性のつかない、理解出来ない現象なのだから、疑問なんか持ったら全てが疑問だらけになってしまう。

「何年も血だらけで歩いているって言うんだから彼女はもう死んでいるんでしょうね。でも、どうして旧校舎にいるのか、おかしいと思いませんか」

言われてみればその通りだ。
学校内で死んだと言うのなら、旧校舎に出るのは納得できる。だが、駅で彼女を目撃した生徒がいるのだ。ならば、命を落としたのは学校の敷地内ではなかったとなる。

「それが何だって言うんだ」
「だって、死んだあとにまで学校にいるって事は何らかの未練があったか、ここが死んだ場所だからじゃないですかね。あと肩から血を流していたんでしょう。学校内のどんな事故にあえば、そんな死に方をするんですか」

どんなって……そりゃ血が出ていたなら肌が裂けたのだろうとは思う。死ぬほどの出血か……いや、首が曲がっていたという話もあったな、そう言えば。

「どこか高い所から落ちたとか」

二階ぐらいじゃ死なないだろう。だったら三階かそれ以上、たとえば屋上から飛び降りたとか。
いや、そうじゃない。彼女が死んだのは学校じゃない。

「帰宅途中の姿を目撃した生徒がいるんだよ。だから、彼女が死んだのはここじゃない」

だいたいからして、校内で死んだのなら死体が発見されている筈だ。それなのに未だに行方不明扱いと言う事は、死体が発見されていないからだろう。

「ふぅん……だったら、旧校舎に未練があったのかな」

独り言のように小さな声でそう呟く。
どうやら足立は幽霊の噂を聞いて、その真偽を確かめに来たらしい。それにしても、どうして下校時刻を過ぎたこんな時間に一人なんだ。
これじゃ暗くてよく見えないし、幽霊が出ようが出まいが一人じゃ怖い筈じゃないか。

「お前、友達いないのか?」

考えた末にそう言った俺を見て、足立がクスッと笑う。

「薮から棒に失礼な質問ですね」
「だって、そうだろ。肝試しにしても一人でするなんて友達がいない証拠じゃないか」
「肝試しじゃありません」
「じゃ、何だ」
「頼まれたんですよ」

何を、誰に。
それが顔に出たのか、足立が先に口を開く。

「ここじゃ何ですから風紀室に行くなり何なりしませんか」
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