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紫の獣

時間が時間だったので、職員室にいた教頭に異常なしと報告して校舎を後にする。
先に行かせた足立とは帰宅途中にある公園で待ち合わせている。
本来なら下校時刻を過ぎていた生徒には反省文を提出させるのだが、事情がありそうだったので先にそれを聞こうと思ったのだ。俺がビビリだというのを口止めしたかった訳では決してない……多分。

公園につくと、ブランコに乗っていた足立が身軽な動作で飛び降りる。その反動でブランコがギーギー苦しそうな音を立てる。

「お疲れさまです」

そう言ってベンチを指差すので、それに頷いて移動する。
並んで腰掛けると、それまで気付かなかったのだが足立からほんのりと香のにおいがする。家に仏壇があるのかも知れない。

「あの校舎、取り壊そうとすると事故が起こるって聞きましたけど本当ですか」

一年生の間でも噂になっているらしい。部活動は始まっているから、そこで三年や二年に聞いたのだろう。

「俺が実際に見たのは一昨年の事故だが、足場を組んでいる途中で作業員が転落したんだったか。幸い腕の骨折だけで済んだけど、これまでの事があるから何となく工事は中止になったんだろう」
「だから噂ぐらいの情報しかなかったのか」

俺の話を聞いて、足立がボソリと独り言のように呟く。
どうやら、旧校舎に関して少し調べたようだった。誰かに何かを頼まれたと言っていたから、それに関係しているのだろう。

「それで、お前は誰に何を頼まれたんだ」

来る途中、コンビニで買った珈琲を渡しながら問い掛ける。それを受け取った足立が口を開く。

「僕の祖母は昔、祈祷師をしていたんです」

唐突な告白に理解が追いつかず首を傾げる。
それを見て、足立が疲れたように笑う。

「ここに越して来る前だそうですから、今から五十年は前の話ですよ。それをどこで聞いたのか、依頼されたんです」
「誰に?」
「行方不明になった女子生徒、佐倉小花の母親にです」

名前までは知らなかった。五年前と言えば俺はまだ中学だったし、家出と思われたので新聞沙汰にもならなかったからだ。

「最初は断ったんですけど、僕が同じ高校に進学したって知られてしまって断りきれなくなったんです」
「何を頼まれたんだ?」
「娘を見つけて欲しい、と」

五年も経って今更?
いや、五年経った今も諦められないのだ。
生きているのか死んでいるのか、それすら分からないのだから心の持って行き場がないのだろう。
だが、足立は旧校舎の怪談を知っていた。と、言う事は。
そこで目撃された幽霊が行方知れずの佐倉という女子生徒だと思っているのではないだろうか。

「それはもう死んでいる前提なのか?」

ハッキリと口に出して言わないが、同じ学校にいる誰もがそう思っている。旧校舎の幽霊、それは行方不明になった少女とイコールだ。
だが、肉親ならば今もどこかで生きていて欲しいと願うのが普通ではないだろうか。
俺の考えを裏付けるように足立が肩を竦める。

「ご両親はそう思っていませんよ。でも、家出するにしてもその理由もなかったし、荷物も特になくなってない。本人の意思で帰らないのではなく、帰れないのだろうと思っている、そんなところでしょう」
「そう、か……そうだよな」

どんなに可能性が低くても、娘が生きていると信じている。足立に頼んだのは、ただ帰りを待つのにも疲れたと言ったところか。
それを面白可笑しく噂している自分たちが恥ずかしくなる。

「それにしても、その……キトーシって何だ?」
「そこ説明いりますか?」

足立がバカにしたように目を丸くするので、グッと黙るしかない。
くそ、一年の癖に生意気な。

「ところで、林先輩って見えるんじゃないんですか?」

がらりと変わった話題にトボケる事も出来ず黙り込む。
ここで「何の事?」と問い返す事は可能だろう。でも、足立は確信しているらしくジッと見つめて視線を逸らさない。

「ああ、やっぱり……だから、あのビビリようだったんですね」
「それは忘れろ」
「無理ですね。近年稀に見るビビリようだったんですから、今からでもインターネットで拡散希望しときましょうか」

楽しそうに告げられたその言葉に顔から血の気が引く。
そんな事されたら明日から『アイツ、ビビリなんだぜ』と後ろ指差されてしまう。そうなったら学校はおろか近所を歩く事すら出来なくなる!

「それだけは!」

なりふりなんか構っていられない。土下座する勢いでそう頼み込むと、「どうしようかなぁ」と悪魔のような声がする。

「居残りの反省文を書かなくていいし、他にも何だってするぞ!」
「……本当に?」

俺の言葉尻をとらえたとでも言うように足立がそう問い返して来る。それに頷き顔を上げて後悔する。
足立が嬉しそうにニンマリと笑っていたからだ。



委員会を終えて風紀室に戻ると、廊下に見覚えのある人影があった。
足立だ。
俺の姿を認めてニコリと笑う。並んで歩いていた他の委員が「可愛いじゃん」と呟く声が聞こえる。確かに明るい所で見る足立は可愛らしい。

大きな目と長い睫毛、白い肌に真っ赤な唇。小柄な体格だからかどこか女の子っぽく感じるし、ニッコリと笑う姿はそこらのアイドルより全然可愛いし綺麗だ。たが、俺には悪魔の微笑としか思えない。或いは獲物を見つけたハンターだ。

「林先輩、ちょっといいですか?」

厭だと答えたら昨日の事を言いふらされるかも知れない。
まぁ足立は友達が少ないようだから大丈夫だろうけど、可能な限り危機は回避したいと思うのが人情だ。

「ああ、」

頷いて風紀室のドアを開けようとして思いとどまる。ここで話したら俺がビビリだと、他の委員にもバレてしまうではないか。

「ちょっと待ってろ」

そう言いおいて風紀の書類を手早く片付け、すぐに戻る。
風紀室にいる委員どもが何やら囃し立てているが、今は無視だ。そんなものに構っている余裕なんかない。

「で、話って何だ」

適当に歩きながら促すと、足立がニコリと笑う。

「肝試しに付き合って下さい」
「断る!」

俺がビビリだと知っていながらそんな事を言うなんて、こいつは相当のイジワルに違いない。

「お礼はちゃんとしますよ?」

どんなお礼だろうが、厭な物は厭だ。だいたいからして、俺が金に目が眩むような人間だとでも思ってるのか。

「先輩のその目、封じてあげます」
「……え?」

今、何て言った?
俺は自分の目の事を誰かに言った事なんかない。家族ですら視力が弱いぐらいにしか思っていないのに、どうして昨日会ったばかりの足立がそれを知っているんだ。

「正確には封じる訳じゃないんですけどね」
「どういう事だ」
「先輩の右目、取り憑かれてますよ」

取り憑かれ……って何に!
クワッと目を見開く俺を見て、足立が困ったように小さく笑う。
「僕もちゃんと修行した訳じゃないのでよく分からないんですが、それでも先輩の右目にいるものとは波長が合うみたいで何となく分かるんです」

分かるのか分からないのか、ハッキリしろ。
いや、何がいるのか分からないって意味で、何かがいるのは分かってるって事か。

「それ、じゃ……もしかして俺の目が普通になるって事なのか?」
「視力は戻らないと思いますけど、ない物を見てしまうって事はなくなると思いますよ」

マジか!
そしたら、もう踏切を避けて遠回りする事もなく、深夜にトイレも行けるようになるのか。余談だが、何故か俺がトイレに行くと奴らはここぞとばかりにおちょくりに来る。それにいちいちビビってしまうからいけないと分かってるのだが、ビビるなと言われてビビらないなら最初からそうしてる。

「あ、でも……ちゃんと修行した事ないって」
「小さい時に祖母から禁止されたので。でも、失敗したとしても先輩に危害が及ぶ事はありませんよ」

何だか引っ掛かる言い方だな。
でも、今の話が本当だとしたら俺にとってメリットばかりなのは確かだ。
成功したら俺はもう怖い思いをしなくて済むし、失敗しても今と変わらない。
だったら、引き受けるしかないだろう。

「でも、どうして俺なんだ?」

旧校舎はボロボロだし、怪談の舞台でもある訳だから一人じゃ怖いと言うのなら納得出来る。でも、昨日は一人で行った癖に今日になってどうしてだ。

「虫が嫌いな人って誰よりも先に虫を見つけるでしょう。そういう事です」

おまえ、幽霊とゴキブリを同じレベルで話したな。まぁ、嫌われ者と言う点では似てるんだけど。

「分かった、その条件で飲もう。いつ行くんだ?」
「今から行きますよ」

………はい?
今って言ったか、それってもしかして現在ナウって事なのか?
強張る首をグギギと動かして窓の外に目を向ける。
下校時刻の近い午後六時。西の空はまだほんのりと明るいが、そんな物あっという間に沈んでしまう。朝昼晩で区切るなら今は晩だ。つまり夜。

「いやいや。明日にしよう、そうだ、明日の明るい時間がいい!」

これまでの経験から、奴らが出るのは何も夜だけに限った事ではないと分かっている。でも、心理的に夜はダメだ。暗いと言うだけで色々と怖過ぎる。

「何言ってるんですか、さっさと済ませた方がいいじゃないですか」

そうだけど。でも、だけど!
本気で無理だって。夜の旧校舎で血まみれの幽霊とご対面なんかしたら、泣く自信あるぞ。いや、それどころか気絶するかも知れない。
ブンブン首を振る俺に呆れたような溜め息をついて、足立が言う。

「行きますよ」
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