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紫の獣

3.女装美少女


時間止まらないかなぁ。
そんな事をボンヤリ考えていたらアッと言う間に過ぎて、気がついたら放課後になっていた。
こういう時に限って早く過ぎるんだから、神様って意地悪だ。
溜め息をついて、仕方ないから風紀室に向かう。
ノロノロと廊下を歩いていると、イヤでもグラウンドの向こうにある旧校舎が視界に入って来る。

あぁ、また行く羽目になるのかな。しかも深夜とか、壮絶にイヤ過ぎる。
風邪……は、今からは無理か、だったら腹痛とか。食あたりで腹が痛い言えば、幾ら足立でも今日は見逃してくれ……ないんだろうな、たぶん。
いい薬ありますよとか言って腹痛の薬渡されて終わりそうだ。

はぁ、イヤだなぁ。

ウンザリと足を進めていると、背後から「林、」と呼び止められる。
鈴のように通る声、聞き覚えのあるそれに俺の鬱度が上がる。
でも無視したら後が怖いのは足立以上だ。
仕方なく振り返ると、白いブラウスにグレーのベスト、チェックのミニスカートを履いているどこからどう見ても女子と分かる服装の女子が怪訝そうに立っていた。
左腕には『風紀』と書かれた腕章でも分かる事だが、俺と同じ三年の風紀委員だ。名前を森と言う。

森は間違いなく女子なのだが、見る度に訳の分からない違和感を抱かずにはいられない。
真っすぐに切り揃えた前髪、その下にあるのは長い睫毛に覆われた黒めがちな瞳。肌の色は白く、唇は化粧する必要もないほどに赤い。

誰がどう見ても美少女だと言うだろう。だが、俺には何となく女装しているように見えて仕方がないのだ。
顔立ちは整っているし、制服も似合ってる。それでいて、美少年が女装しているような違和感を覚えてしまうのだ。

「明日の服装検査、男子の方は大丈夫そう?」

口調が乱暴な訳でもない。他の女子と比べたら綺麗な言葉遣いに思える。だが、それすらもどうしてだかオネエ言葉のように聞こえてしまう。

「ああ、女子はどうだ?」

確認のためにそう問い返すと、自信に満ちた頷きが返って来る。

そりゃそうだ。
この高校にはギャルが一人もいない。化粧やアクセサリーは校則で禁止されているし、スカートの丈も細かく決められている。
でも、俺が入学した時には女子の半分は化粧してたしピアスにネックレス、そしてスカートはパンツが見えそうに短かった。
それら全員を更正させたのが、何を隠そう女装美少年のような美少女である森だ。

入学早々、風紀委員になった森はそれまでやる気のなかった委員たちを追い出し、自分が認めた者だけを残した。そしてギャルたちを一掃したのだ。
最初の頃は口頭での注意だった。だが、風紀委員とは言え一年生の言葉に耳を傾けるギャルなど皆無だった。そこで、実力行使に出たのだ。
朝の登校時間を狙って水の入ったバケツを持って待機して、化粧している三年生に次から次へと水を浴びせた。俺も遠目にその現場を目撃したのだが、あの時の森は高笑いしてた。それはもう楽しそうに笑い声を上げていた。
無邪気で高慢なその笑い声に圧倒されたのか、ギャルたちは呆然としていたように思う。
それを機に、うちの高校からはギャルが消えた。

だから、実質的には森は風紀のトップなのだが、名目上は俺が委員長という事になっている。チェスはキングよりクイーンの方が動けるんだよ?と嘘くさい笑顔で森は言っていた。

だが、はたと考え直す。
女装しているように見えようが、森は間違いなく女。性格に多大なる問題はあるものの、きっと女だと思う。
そして男より女の方が怪談を好む。遊園地に行くと、女は必ずと言っていいほどお化け屋敷に行きたがる、そういう種族なのだ。

「なぁ、旧校舎の怪談知ってるか?」

並んで歩きながら問い掛けると、「は?」と間の抜けた声が返って来る。
薮から棒過ぎたのか、こいつは怪談に興味のない珍しい方の女だったのか。或いは本当に美少年の女装なのか。難しい三択だ。
だが、全て不正解だったらしく森が口元に手を当ててクスクスと吹き出す。

「林はそういう話、苦手でしょ?」

そう、お互い風紀委員としてやり取りする事が多いので森には俺がビビリだと見抜かれている。だが、森の攻撃対象は女子に限られているらしく、言いふらされてる気配はない。

「苦手だ、知りたくもない、大嫌いだ」

ボソボソと言い返すと、森が呆れたように溜め息をつく。

「クールで寡黙な風紀委員長さまって言われてるのに……残念だよねぇ」

そう言われてるのは知ってる。だからこそ、風紀に入ったようなものだし。
俺をバカにして満足したのか、今度は不思議そうに首を傾げる。

「だったら何で?」
「……聞くな」

どう説明したものか迷って、どうにも説明がつかないと諦める。
幽霊見えちゃうのを何とかして貰うために幽霊を捕まえに行くなんて言える訳はない。

困り果てて短く吐息をつくと、「まぁいいけど」と森が言う。

「旧校舎の怪談って花子さんのこと?」

花子さん?
誰だ、それ。

「男に弄ばれて捨てられて自殺した生徒がいたんだって」

続けられた森の説明を聞くと、どうやら佐倉小花とは別人らしい。
だったら、昨日の幽霊か?

「いつ死んだんだ」
「そこまでは知らないよ。でも、セーラー服姿って言うからかなり昔なんじゃない?」

やっぱり、昨日の幽霊か。
男に捨てられたぐらいで死ぬなんて、勿体ない。それが本人の選んだ事なのだろうけど、時間が経過すれば忘れられたかも知れないのに。

「血まみれで旧校舎を徘徊して、自分を捨てた男を探してるらしいよ」
「何のために」
「そんなの決まってるでしょ」

俺の質問に森が呆れたように肩を竦める。

「復讐するためでしょ」

シンプル且つ納得の行く答えだった。
幽霊になって、廊下を這ってまで旧校舎にいるのだ。何か明確な目的があると考えていいだろう。
だけど、足立は切り落とされた足を探しているんじゃないかと言っていた。
どっちが正解なんだ?


「それにしても、」

風紀室に入りながら森が言う。

「幽霊が見えるってどういう感じなの?」

これまで正面からそういう話をした事はない。
説明するまでもなく森にはバレていたのだ。それだけ俺が目に見えてビビっていたと言うだけなのか?

「急にどうしたんだ、珍しいな」
「何かね、一年にもそういう子がいるらしいんだよ」

もしかして足立の事か?
あいつは見えるとかそういうレベルじゃないみたいだけど。

「本人が言い出したのかどうかは分からないけど、入学早々それで問題起こしちゃってね」

そう言いながら自分の席に向かい鞄を降ろす。

「何でも幽霊とかそういうのが見えるらしいって噂になって、その所為で目を付けられてイジメみたいな事されてたらしいんだよね」

違ったか。
俺の知ってる足立は間違ってもいじめられて黙ってるような性格じゃない。

「イジメって言ってもちょっとからかわれるぐらいだったのかな。まぁ、そういうの見えるって言っちゃう子をちょっと痛いって思うのは普通だしね」

それは分かる。
俺だって自分がそうじゃなかったら、何言ってんだコイツぐらいは思うだろう。

「で、どういう経緯なのかは分からないけど幽霊がいるならここに出してみろって事になったらしいよ」

言いそうだ。どんな理由であれ、注目を浴びる存在に嫉妬する輩はいる。
だから分かる。
そう言った奴らも本気ではなかったのだろう。売り言葉に買い言葉、或いはただの言いがかりだったのかも知れない。

「それで?」

小さく頷いて先を促すと、森がサラッと答える。

「出たって噂だよ」

出たって、まさか本当に?
でも確かに足立ならやりそうだ。黙ってやられる性格じゃないしな。

「犬の吠える声が聞こえたんだって。教室にいた全員が聞いてる。でも、当然ながら校内に犬なんかいる訳ないから、言い出した連中は腰抜かしたそうだよ。で、当の本人は涼しい顔して笑ってたそうだから、お触り厳禁扱いになったんだって」

やっぱり足立だ。
そんな状況で笑ってられる奴なんてそうそういないだろう。どうやったのかは知らないが、その場にいた全員が犬の声を聞いたのなら、それは足立が呼び出したからなのだろう。道理で友達がいない訳だ、と納得する。

「だからちょっと興味あるんだよね」

続けてそう言う森を改めてマジマジと見つめる。
そういうものが見えるとバレてから、森にバカにされた事がないと思い出したのだ。
何もバカにされたいと言うのではない。だが、普通は疑うぐらいするものじゃないのか?
そう疑問をぶつけると、怪訝そうに「何で?」と問い返されてしまう。

「見える見えないって、目がいいとか足が早いとか、そういうのと同じでしょ。別にバカにする事じゃないし、私は見えないから見える人にはどう見えてるのか知りたいとは思うけど」

森の言葉に顔を顰める。
俺は見たくて見てる訳じゃないんだ、こっちの身にもなってみろ。
それに足が早いとかと同じレベルで済ましていいとも思えない。しかも森は何やら書類を開いてるし……これは世間話か。
俺がムッとした気配を察したのか、森が顔を上げる。

「猫だって可愛いのとブサ可愛いのがいるんだから、見える見えないはただの個体差でしょ、見えない人にはどうやったって見えないんだから。見えないからって、私は頭から否定する気はないってだけ」

猫と同じか。
そう思って漸く森が女装しているように見える訳が分かる。
女らしくないのだ。
見た目は女だし、乱暴な仕草や言葉遣いな訳ではない。しかし、思考回路や情緒が女のものじゃない。
随分と割り切った考え方をする。それが悪いと言うのではない。むしろ好ましいとすら思う。だが、一般的な女と比べてやはり情緒と言うか感情の持ち方がおかしい。
森はもしかしたら足立以上に合理的な考えの持ち主なのかも知れない。

「分からないからって否定しても、実際にいるなら意味ないでしょ。だから私に見えないものを見るって事がどういうものなのか理解した上で判断したいだけ」
「理屈っぽい奴だな」

思わずそう漏らすと、森が手を止めて「あはは」と笑い出す。

「うん、確かにそうかも。で、どんな風に見えるの?」

踏切や交差点で立ちすくむ人影、ビルから飛び降りて来るのもいる。
最近では、旧校舎で花子さんらしい幽霊も目撃している。あれはかなり強烈だった……思い出すだけで身の毛がよだつ。

「そう言えば、お守り渡したんだった」
「誰に?」

不思議そうに森が首を傾げる。

「花子さん……だと思う」
「へぇ、花子さんって本当にいるんだ」

感心したように呟いてから、「プッ」と吹き出す。

「何だよ」
「だって、変でしょ。何で幽霊にお守り渡すの」

言われてみれば確かにその通りだ。しかも交通安全。
自分でもあの時に何を考えていたのか分からない。

「ま、ご利益があるといいね」

クスクス笑いながら言われ、曖昧に頷き返す。
幽霊にご利益って、どんなご利益なんだ。
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