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紫の獣

5.家路


結局、他に収穫のないまま夜になってしまった。

一応、風紀の記録を調べてはみた。だが、関係ありそうだと思ったのは、肝試しに行って風紀に見つかった生徒のものだけだった。
おかしなものを見たと証言している生徒が数人いて、しかも全員の話が食い違っていた。その事から推測されるのは、矢張り旧校舎には花子さんと佐倉小花、二人の幽霊がいるのだろうと言うことだった。

それが分かったところで、どうしようもない。
このまま家に引きこもってるという選択肢のない俺は囚人さながらの足取りで待ち合わせ場所である公園まで向かう。
幽霊が見えてしまう目、それを何とかして欲しいのは本当だ。だけど、相手は生意気とは言え、一年生。俺が言う事を聞く必要はない筈だ。それでも何故か足立には逆らえないと思い込んでしまっている。どうしてだ。
ジーンズに黒っぽいパーカーを着込んだ足立が俺を見てベンチから立つ。

「何か分かりましたか」

森から聞いた花子さんの話をすると、何故か冷ややかな視線が返って来る。

「何だよ」
「何度も言いますが、昨日の幽霊は佐倉小花とは別人だと結論を出しましたよね」
「ああ」
「だったら、どうして佐倉小花について調べないんですか」
「いや、何て言うか……ほら、関係あるかも知れないし」

モゴモゴと言い訳すると、「もういいです」と足立がそっぽを向く。

「収穫はなかったと言う事ですね。だったら、さっさと旧校舎に行きましょう」

短気だ。ビックリするぐらい気が短い。
しかも言うと同時に歩き出したよ、この子。
いってらっしゃーいって見送ってしまえたらいいのだが、そうは問屋が降ろさない。
足立の右手はガッチリの俺の左腕を掴んでいる。ああ、やっぱ行かなきゃダメなのか。
ズルズルと引きずられるようにして学校の前までやって来る。

流石に教師も残っていないらしく、校舎は真っ暗だった。
大胆にも足立が校門を乗り越えようとするので、慌てて引っ張り裏門へと向かう。
風紀なんてやってると、自然と校内の抜け穴に詳しくなってしまう。その一つに案内してやり、無事に侵入を果たす。
さっさと歩き出す足立に従い、コソコソと旧校舎に向かう。

夜空をバックに聳える旧校舎は冗談抜きで怖い。
しかも幽霊がいると分かっているのだから、本気で逃げ出したくなる。まぁ、足立が逃がしてくれないんだけど。

入り口の鍵を外して中に入る。因みに鍵は職員室と生徒会、そして風紀がそれぞれ管理している。俺が持ち出したと知られたら大問題になる。
それが分かっているのかどうか、足立は平然とした様子で廊下を進み階段へと向かう。

やっぱり二階に行くらしい。
この前みたいに花子さんが出て来たらどうするんだ。
かと言って、ここで置いてけぼりを食ったら失神する自信がある。
慌てて追い掛け、無意識に足立の手を掴む。
それに驚いたのか、足立が足を止め振り返る。僅かな明かりしかないが、それでも足立がバカにしたように不遜な笑いを浮かべているのが分かる。

ええ、どうせ俺はビビリですよ。
半ば開き直ってギュッと握りしめるが、別に振り払われることはなかった。
夜の学校で男が二人きり、手を繋いでいる。
冷静に考えたら寒いことこの上ないが、この状況で冷静な判断なんかできる筈もない。
こわごわ階段をのぼると、どこからかミシッと音がする。

「っ!」

何でもない、きっと何でもないんだ。旧校舎は木造だから何かの拍子にどこかが軋むぐらい普通だ。もしかしたら俺たちの足音かも知れないし!

必死にそう言い聞かせていると、今度は頭上からミシッと音が聞こえる。

ギャー!
もう無理、本当に無理!
帰ろう、今すぐ帰ろう。そして忘れてしまいたい!!

パニックを起こして足立の手をグイグイ引っ張る。それが痛かったのか、邪険に振り払われてしまう。

「ちょっと落ち着いて下さい」

不愉快そうに言い捨てられて俺は涙目だ。
来たくて来た訳じゃないのに、この仕打ち。鬼か、お前は。そんなんじゃ女子にモテないぞ。
言い返そうと口を開き掛けるが、それより早く足立が「静かに」と言う。
何だろうかと黙り込む。すると、どこからか人の声……いや、泣き声が聞こえて来る。

辛そうに時々しゃくり上げる声は、聞いているこちらが悲しくなりそうだ。

「やっぱり二階ですね」
「は……はは花子さんか?」
落ち着いた声で呟く足立に吃りながら問い返す。だが、「いえ」と素っ気ない。

「行ってみましょう」

まだ知り合って数日だけど、本当にこいつのメンタルはどうなってるんだと疑問に思う。
だって、この状況で啜り泣きが聞こえてるって言うのに、この動じなさ。異常だろ。
俺が逃げるとでも思ったのか、今度は足立から手を繋いで来る。
絶対に離すものかとぎゅうっと握ると、うんざりしたように足立が言う。

「汗ばんでて気持ち悪いんですが」
「こんなの緊張して当然だ!」
「はいはい」

どうでも良さそうな返事をしながら階段をのぼる。先ほどよりも声がクリアになった。

「あ、いた」

足立の言う通り、廊下の先で踞る人影が見える。
身体を丸めるようにして座り込んだその人影はチェックのプリーツスカートを履いていた。



よかった、花子さんじゃない。また血を流しながら這い回っているのを見たら今度こそ気絶しそうだった。
でも、そうすると泣いているのは佐倉小花と言うことになる。
嗚咽を漏らし、苦しそうに辛そうに泣いている。

「痛い、痛いよぅ……お母さん、助けて……誰か、」

しゃくり上げながらそう声を漏らす。見ていられずに近づく。
すると、白いブラウスがどす黒く染まっていた。血だろうか。

「痛い、帰りたい……痛いの、助けて……」

左肩、鎖骨の辺りから血が流れ出している。黒く変色した血が、佐倉小花が押さえる指の隙間からドクドクと流れ出している。一目見て、ナイフか何かで刺されたのだろうと分かる。
目の前にいるのは幽霊だが、血を流して痛がっている。放って置く訳には行かない。

佐倉小花の傍に膝をついて、手をどけさせる。ブラウスの前を少し開き確認すると、思った通り鋭い刃物で付けられたと思しき傷が付いている。
ハンカチを取り出し、押し当てる。可能な限り力を入れて圧迫する。

「だ、れ……?」

泣きながら佐倉小花が問い掛けて来る。それに「風紀だ」と答える。

「大丈夫だ、こうしてれば血は止まる。すぐに救急車を呼ぶから大丈夫、安心しろ」
「本当……?」
「ああ。治療して貰ったら家まで送る。痛いのなんてすぐに終わるから、それまで頑張れ」

言い聞かせるように顔を見つめる。それにコクンと小さく頷く。

「家まで絶対に連れてってやるから、あと少しだ」

押し付けてるハンカチがみるみる黒く染まって行く。こんなに血を流して生きている筈はない。そもそも五年前に行方不明になっているのだ。もう死んでいるのだろう。
だからと言って怪我の手当をしないでいいとは思えない。目の前で泣いていたら手放って置けないだろ、普通は。

「家……帰れるの……?」
「ああ。だから、それまで頑張れ」

誰が何と言おうとそうしてやる。大きく頷くと、それまで黙っていた足立が「佐倉さん」と声を掛ける。

「今、どこにいますか」

おかしな質問だった。
佐倉小花は俺の目の前で血を流して座り込んでいる。足立だって声を掛けた。それなのに、どこにいるのか分からないのか?

「二階……奥の教材室、」

佐倉小花の返事に小さく頷き、足立がパーカーのポケットから数珠を取り出す。それを傷口に押しあて優しい声で話し掛ける。

「痛みはすぐに引きます、落ち着いて。そう、目を閉じて深呼吸して下さい」

戸惑ったように佐倉小花の目が俺を見る。俺だって何だかよく分からない。でも、足立がそう言うならその通りにした方がいいのだろう。
頷いて見せると、それに安心したのか佐倉小花がゆっくりと目蓋を閉じる。それを待っていたように足立が口の中で何やら呟き出す。独特なリズムと抑揚、お経のように聞こえるが何となく違うような気もする。

「あ……」

不思議そうに佐倉小花が短く声を上げる。

「見えましたね、その光に意識を集中させて下さい」

コクンと頷いた佐倉小花が「ありがとう」と言う。それと同時に流れていた血が止まり、黒く濡れていた筈のハンカチが乾いている事に気付く。

「……あぁ」

成仏、したのだろうか。
痛いと言って泣いていた少女は消えていた。
暗い廊下にいるのは、不自然な姿勢で座り込んだ俺とその横に立つ足立だけだった。

「何で、」

呆気に取られる俺に肩を竦める。

「幽霊の傷の手当をする人なんて始めて見ました」
「いや、だって放って置けないだろ」

幽霊だろうが何だろうが、痛いって泣いていたんだ。何とかしてやりたいと思って当然じゃないか。

「お人好しですね、まぁそのおかげで佐倉小花は成仏できたようですけど」

やっぱり成仏したのか……何だ、そっか。
ホッとして脱力してしまう。

……怖かった!全力で怖かったぞ!!

恐怖が去った安心感に思う存分、身を委ねる。
そんな俺を無視して足立が口を開く。

「じゃ、あと一仕事しますか」
「は?」
「家に連れて帰るって約束したじゃないですか、それを果たさないと」

疲れたようにそう言って奥にある教材室に向かう。
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