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miu 2

 数歩進んだところで、卯木に付いて行く理由がない事に気が付く。
 助けて貰った事は感謝してるが、僕は余り卯木を好きではない。はっきり言ってしまえば、嫌いだった。
 卯木の横柄な態度が嫌いだ。周囲を見下し、それを隠そうともしない所が大嫌いだ。
 傲岸不遜を絵に描いたような男なのだ。好きになる要素なんてこれっぽっちもない。
 そして何より、僕は卯木にナンパされた事があるのだ。お互いに相手を見誤っただけだ。
 卯木が誰かをナンパするのに理由なんかない。ただ目の前にいたから、それだけの理由で女を誘い口説き落とす。そして、卯木は僕を女だと思って声を掛けて来たのだ。
 そして僕の方はと言えば、当時は卯木に対して淡い憧れのようなものを抱いていた。外見も性格もまるで違うが、僕は卯木に自分と似たものを感じていた。
 もしかしたら、この男だけは僕を理解してくれるのではないか。そんな期待を抱いていた。
 だが、僕の期待はすぐに裏切られた。
 問答無用とばかりに、強引にキスされただけでも腹立たしいのに、それに対する謝罪がないのも気に入らなかった。
 足を止めると、卯木が怪訝そうに振り返る。
 「どうした?」
 「ここで失礼します」
 嫌いな相手とは言え、上級生だし助けて貰ったんだ。頭ぐらい下げる。だが、これ以上はごめんだ。
 立ち去ろうとする僕の肘を掴んで「どこに行くんだ?」と卯木が低い声で呟く。
 「そんな格好で家に帰るつもりか?」
 言われて自分の姿を見下ろす。
 ボタンが取れているのは分かっていたが、あちこちに血が付いている。
 「唇が切れてる、手当てぐらいしてやるから来い」
 「保健室に行きます」
 「どう見ても殴られた痕だな。どうして怪我をしたのか訊ねられたら何て答えるつもりなんだ?」
 怪訝そうに首を傾げる卯木に、微かな落胆を覚える。そして、すぐに舌打ちしたい衝動に駆られる。
 憎まれ口を叩いていたが、須田を心配しているのだ。だから僕の口から事実が漏れては困ると言った所だろう。
 遠回しにではあるが、卯木は須田を庇っているのだ。だからこその落胆であったし、また微かな嫉妬でもあった。
 どうして僕が嫉妬なんか。それが忌々しくて舌打ちしたくなったのだ。
 だが上級生、それも生徒会長相手に舌打ちする訳には行かないので顔を顰めるにとどめる。
 「転んだとでも言って置きます」
 「そんな嘘に騙されるバカはいないよ」
 いいから。
 そう言って卯木は僕を引きずるようにして歩き出す。振り払ってしまいたいが、身長差を思って諦める。その代わり、トイレに残して来た須田の事を考える。
 これまで数々の嫌がらせをされたと言うのに、僕は須田の事が嫌いではない。
 高慢で鼻持ちならない奴ではあるが、須田をそうさせているのは周囲なのだ。全てにおいて恵まれている須田だが、もしかしたら満たされてないのかも知れない。僕とは違う孤独を抱えているのだ。怒りや暴力は淋しさの裏返しなのだろうと思う。だからこそ、諦めの態度ではあるものの、須田に対して抵抗しなかったのだ。僕と須田はよく似ている。
 もちろん、僕が勝手にそう思っているだけなので事実は違うかも知れない。
 僕の何かが須田の気分を害しているだけ、その可能性は充分にある。或いは僕と同じように自分と似ていると思うからこそ攻撃して来るのかも知れない。近親憎悪という言葉の通りだ。
 「どうぞ」
 卯木の言葉に思考を破られハッとする。
 連れて来られたのは生徒会室だった。入るのは始めてだったが、思ったより何もない。机と椅子が幾つか並んでいる他はスチールラックがポツンと壁際に置かれているだけだった。
 「適当に座って」
 促されるまま窓際の椅子に腰掛ける。卯木はラックから小さな缶を取り出す。お菓子の缶だが、蓋を開けると消毒薬やガーゼが入っている。
 「保健室に行けない怪我をする奴がいるんだ。これで足りない場合は病院に行かせている」
 キョトンとする僕にそう説明すると、慣れた手付きでガーゼを小さく切り分ける。
 「自分でやります」
 これ以上、卯木に借りを作るのは恐ろしかった。特に返せとは言わないだろうが、心理的な問題だ。
 慌てて手を出す僕に、ニコリと口元だけで微笑んで見せる。
 「ここまで来てそれはないだろう」
 楽しそうな卯木の様子から察するに、怪我人の手当てをするのが好きなようだ。だったら下手に機嫌を損ねるより、さっさと終わらせた方がいい。
 手を引っ込めた僕の口元をガーゼで丁寧に拭って行く。その際、故意か偶然にか卯木の指が僕の唇を掠める。
 「佐伯は祐希って名前だったな」
 軟膏を塗り付けられてる途中だったので声に出さず頷き返す。
 卯木に手当てして貰っているのだから、至近距離で向かい合うのは仕方ない。そうは思っても気まずさを持て余してしまう。まさかマジマジと見つめる訳には行かないからだ。だから卯木が話しかけてくれて少し助かる。
 「入試トップだったと噂があるのに最近は成績が落ちてるそうじゃないか。何か理由でもあるのか」
 学年の違う卯木がそんな事を知っているとは思わなかったので、つい驚いた顔をしてしまう。そんな僕を見て、ティッシュで指先を拭いながら卯木が「ん?」と促して来る。
 「別に……元々その程度だったってだけです」
 須田の事は嫌いではないが、殴られるのは厭だった。だから僕は何事においても目立たないように努めていた。成績も外見も、全て平均内にとどまるよう努力していたのだ。
 しかし、それを卯木に話すつもりはない。血も止まったようだし、礼を言ってジャージに着替えて帰ろう。
 それなのに卯木の追求は止まらない。
 「成績が落ちたと言うより、クラスの平均に君が合わせていると言った方がいいのかな。面白いほどに君の成績は軒並み平均点ばかりだ」
 「偶然でしょう」
 実際そうなのだが、僕は無表情に否定する。それに対して卯木は「意外にしぶといな」と溜め息を零す。
 「話を変えようか」
 どうやら僕を解放する気はないらしい。それに付合う義理などないのだが、この男に逆らう事など誰にも出来ないのだ。理屈ではなく、心情としてだ。
 考えてみれば、この部屋に足を踏み入れた時点で僕はこの男の術中に嵌っていたのかも知れない。
 「どうしてヒカリが君を狙うか、その理由に心当たりは?」
 「ありません」
 心当たりがあったら、僕だってそれなりの対処をしている。だから須田はただの気紛れで僕をいたぶり楽しんでいるのだ。
 僕の返事に呆れたとでも言うように、卯木が大袈裟に肩を竦める。
 「ヒカリが聞いたらガッカリするだろうな」
 「……何か知ってるんですか」
 一瞬の間があいたのは卯木を何と呼べばいいか分からなかったからだ。
 先輩、会長、卯木さん。どれも口にしたくなかった。この男には『お前』とか『コイツ』で充分だと思っている。
 「小学生がよくするだろ、好きな子をいじめて泣かせるって」
 話には聞いた事あるが、そんな小学生が本当にいるとは思えない。
 恋愛とは言えないかも知れないが、異性を好きになると言う事はその手前だと思っていいだろう。だったら、それなりに心が発達している筈なのだ。好きな相手に嫌がらせをして得する事など何もない。そう判断出来るほどには大人になっていると言う事だ。そもそも、僕も須田も男だ。
 怪訝な顔をしたからか、卯木がおかしそうにクスクスと喉を鳴らす。
 「ヒカリは屈折しているから、素直になれないんだ。それでいつも損ばかりしていると言うのにね」
 どうやら須田の気持ちを理解出来ていないと思われたらしい。だが、わざわざ訂正する事もないだろう。
 「自分が好きになったんだ、相手にも自分を好きになって欲しいと思うのは当然だろう?」
 「だとしても須田先輩は違いますよ」
 「どうして?」
 「本当に僕の事が好きなら、あんな事はしないと思います」
 僕は須田の取り巻きに輪姦される所だったのだ。好きな相手にそんな事をしようだなんて普通、思わない。
 「そうかな、私はそうは思わないね」
 「どうしてですか」
 「ヒカリが君に直接、暴力を振るった事はあるかい?」
 その言葉に僕は記憶を手繰ってみる。
 須田はいつも命令するだけで僕に手を出した事は一度もない。さっき顔を叩かれたのが始めてだった。
 「いじめると言っても相手を好きなんだ。傷つけるのを恐れたんだろうな」
 「だったら最初からそんな事をしなければいいじゃないですか」
 「私に言われても困るよ」
 僕の言葉に卯木が無責任にも肩を竦める。生徒会長という立場にありながら、この態度。幼馴染みのした事に対して少しぐらい責任を感じて欲しい。
 そんな思いが顔に出てしまったのだろう。卯木が「しかし」と言葉を続ける。
 「可愛いものじゃないか」
 可愛いってどこが?
 須田の顔立ちは確かに可愛いとは思うが、行動はこれっぽっちも可愛くない。それどころか僕にとっては迷惑なだけだ。
 「ヒカリは少しでも君と繋がりを持ちたかったんだ。健気だな」
 感心したように卯木が呟く。そんな事を言われても僕に返す言葉はない。
 僕は須田の事を嫌いではないが、好きでもないのだ。しかも本人以外から気持ちを告白されても困る。どういう種類の『好き』なのか分からないからだ。
 「君に近づくには他に方法がないと思ったんだな。君は委員をしている訳でもなく、部活にも参加していない。他に三年生が一年生に声を掛ける機会は滅多にないだろう?」
 「用があるならそう言えばいいだけじゃないですか」
 「君が拒んでいるんだよ」
 告げられた言葉にキョトンとする。
 拒む?
 僕にそんなつもりはない。話しかけられれば普通に返事するし、それが下らない内容でもそれを顔に出した事はないと思う。
 「君に話しかけるのは勇気がいるんだよ」
 「え?」
 何を言われたのか理解できず、首を傾げる。
 勇気がいると言われても、どうしてなのか分からない。
 「いつも無表情に取り澄ましているだろ、君ぐらいの美人がそんな顔してたら誰だって声を掛けにくいものだよ」
 さり気なく『美人』とか言われたが、注目すべきはそこじゃない。
 無表情だと言うが、僕にだって喜怒哀楽はある。怒ったり悲しんだりは滅多にしないけど、笑う事ぐらいあるに決まってる。
 「その目だ」
 唐突に顔を指差されてビクッと肩が震える。僕の目が何だと言うんだ。
 「感情の籠らない硝子みたいな目をしている。君が何を思っているのか分からないけど、見つめられる方は蔑まれていると感じるんだよ」
 「蔑むって……どうして、」
 「そりゃ、君に対して疾しい思いを抱いているからさ」
 そう言って指を降ろす。意味もなくそれを目で追いかけ、卯木が綺麗な手をしている事に気付く。指が長くて爪の形も綺麗だ。もしかしたら何か手入れをしているのかも知れない。
 「好色な視線に晒されているんだよ、君は」
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