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紫の獣


足立の話によると、俺はどうやら誰かに呪われているらしい。
右目にいる奴はそれから守ってくれている。だから、無理に追い払ったら俺は死ぬって事らしいのだが、釈然としない。
何故かって。
そんなの、俺は呪われる覚えなんかこれっぽっちもないからだ。

「きっと先輩個人に対する呪いではないと思います」
「じゃ、誰だよ」
「家じゃないでしょうか」

家って言われても、うちは何度も引っ越してるからなぁ。
そんな考えが顔に出たのか、足立が「土地の事じゃありませんよ」と言う。

「ご先祖……と言っても、そう古くはないでしょう。二代か三代、それぐらいですかね」

そんな事言われてもやっぱり心当たりはない。
物心付いた頃には親父と二人だったんだ。製薬会社勤めの親父はかなりの仕事人間で家に殆どいないし、親戚の方はいるのかいないのか俺は知らない。
そう告げると、呆れたように足立が鼻を鳴らす。
ごめんなさいね、何も知らなくて。

「お母さんはいないんですか」
「いないな、俺が小さい時に死んだって聞いたけど」

思い返してみると、変な話だ。
死んだと言われてそれ以上、母親について詮索した事はなかったのだから。
それを聞いたのがいつなのか分からないが、どんな人だったのか気になるのが普通のような気がする。それなのに俺は足立に質問されるまで母親って存在そのものを忘れていたような感じなのだ。
考え込む俺を見て何と思ったのか、足立が立ち上がり近づいて来る。

「もう一回目を閉じて下さい」

厭だよ!
分からないだろうけど、メチャクチャ痛かったんだぞ!

「少し探るだけです」

そう言って俺の目に手のひらを乗せて来る。

「呼吸をあわせて、いいですか」

有無を言わせぬ口調に思わず従ってしまう。
強制的に目を閉ざされた所為か、足立の息遣いがハッキリと聞こえる。それに意識を集中させると、静かに沈んで行くような錯覚を覚える。






シロウちゃんはいい子だね。
そう言って俺の頭を撫でる優しい手。
そっと目を開くと木目の浮き出た天井が見える。
撫でて来る手の持ち主は逆光になって黒い影のように見えた。
僅かに身じろぎすると、どうやら俺は畳の上に敷かれた布団に仰向けで寝ているらしい。
ここはどこだろうか。
親父と一緒に何度も引っ越しをした。そのどこにも和室はなかったように思う。
開け放した障子の向こうでは葬儀が行われているらしい。
喪服姿の男女が次々とやって来てはどこかへと消えて行く。
ああ、そうか。
今日は二つ年下のいとこの葬式だ。
ある日突然やって来た二人のいとこ。上が男で下は女の子だった。
その女の子が風邪をこじらせ、肺炎にかかって死んだのだ。
俺も本当なら葬儀に遺族として参列するべきなのだろう。だが、こうして臥せっている。
そう言えばと思い出す。今でこそデカくなったが、小さい頃は周りの子供に比べて背が小さく病気がちでもあった。
特にどこか悪かったと言うのではない。きっと虚弱体質だったのだろう。
季節の変わり目には必ずと言っていいほど体調を崩して寝込んでいた。
風が吹いているわね。
その声に目を向ければ、枕元に祖母が座っていた。さっき頭を撫でてくれたのはこの祖母だったらしい。
障子から外を眺め、困ったように溜め息をつく。そして、どこから取り出したのかモコモコとした黒いものを布団の上に乗せる。
子犬だった。
濡れたように艶やかな黒い毛並み。警戒しているのか、俺を見て頭を低くさせている。
この子はね、シロウちゃんと同じ名前なのよ。
その声に促されてそっと頭を撫でる。すると、意外なほど大人しくしているのでこわごわ抱き上げる。子犬らしく俺の顔をペロリと舐める。
どうして同じ名前なの?
どうしてかしらね、でも、漢字は違うのよ。その子の目を見てごらんなさい。
言われて犬の顔を覗き込む。すると、子犬も俺をキョトンと見上げて来る。
不思議な色をしているでしょう。だから、その子は紫の狼と書いて『シロウ』なのよ。






「んぁっ!」

急な覚醒に付いて行けず、変な声を上げてしまう。
何だったんだ、今の。
そして、どうして急に醒めたんだ。

オドオドと目を走らせると、すぐ傍で足立が難しい顔をして立っていた。

「シロウ?」

そう小さく呟く声で足立も俺と同じものを見ていたのだと分かる。でも、違うんだ。
さっきのが夢だったのか過去の記憶なのか、俺には分からない。でも現実と違う事だけは分かる。
俺には祖母さんなんていなかったし、犬を飼った事もない。
親父と一緒に転々と引っ越しばかりしてたんだから、ペットを飼うなんて不可能なのだ。
だったら、さっきのは何なんだ。夢だとしても、整合性がなさ過ぎる。
それだと言うのに何故なんだ。
足立に名を呼ばれた途端、途方もない嬉しさがこみ上げて来た。
鳩尾がカァッと熱くなってジッとしてられない。何だ、これ。



本当に何だ、これ。
そうは思うけど、意思を無視して俺の身体が勝手に動く。飛び上がるようにして足立に抱きつき、その首筋の匂いをスーハースーハー……何してんの、俺。

これじゃ変態じゃん!

違う、俺は決してそんな事はなくて!
そりゃ、足立の顔は可愛いなって思ったよ。でも、だからってこんな変態行為を働くような趣味嗜好は持ち合わせていない……筈!
でも、何だろうな。足立からほんのり漂うお線香のにおいってちょっと癖になる……って言うか、落ち着く?

「あ、やっぱりシロウなんだ」

再び名前を呼ばれて、そりゃもうあり得ないほど嬉しくなる。俺に尻尾が付いてたら引き千切れんばかりに振っていただろう。

「ああ、はいはい。ちょっと林先輩とかわって」

そう言って雑な手つきで俺の背中を撫でる。それに俺は悲しい気持ちになる。
何だ、これ。混乱して来たんだけど。
ここにいるのは俺、林司郎だ。そして足立が俺にかわれと言ってるのも林。じゃ、ここにいる俺は誰だ?
グルグル考え込んでると足立が俺の頭をポフポフと撫でる。

「シロウはいい子だね」
「うぁっ!」

足立の言葉をきっかけに身体のコントロールが戻って来た。慌てて足立の上から飛び退く。
あぅあぅ。どう言い訳したらいいんだ。
嬉しさの余り飛びついたのは俺。それに足立は押し倒された。
ハッキリと全部覚えてる。あらぬ誤解を受けたとしても仕方ない。でも、違うんだ!
俺の意思じゃなくて……じゃ、誰の意思なんだよぉ!
起き上がった足立は乱れた前髪に手を当てて溜め息をこぼす。

ごめんなさいぃ!

言い訳のしようはなくて取りあえず謝ってみる。
そんな俺を見て「なるほど……分かりました」と呟く。
何が?
何が分かったんだ?
一人で納得してないで、俺にも説明してくれよ!

「確証はありませんが、どんなカラクリなのか理解しました」

だから、その説明をしてくれって!
そう詰め寄ろうとしたのだが、今の出来事の所為でいまいち強く言えない。

「同化してますね」
「……何と?」

急にそんな事言われても心当たりなんかある訳ない。だから距離を取ったまま首を傾げる。

「今の家がどこなのか覚えてませんか」

まるで何もなかったように平然とした様子で荷物を片付け始める。
足立が言うのが、今の白昼夢みたいなものの中に出て来た家だと言うのは分かる。だが、その所在地なんか知る訳ない。
そもそも、俺に祖母はいないし親戚もいないと思う。
いや、そうじゃない。記憶がない。
どんなに思い出そうとしても俺の記憶は小学校の高学年ぐらいからしかない。これまで困らなかったから不自然に思わなかったのだが、どうして何も覚えてないんだ。

「きっと記憶を封じられたんでしょう」
「誰に?」
「先輩のお祖母さんに」

会った事ないんだけど。
ん……会った事はあるけど、俺がそれを忘れてると?
思い出そうと腕を組んで考え込んでいると、足立が「ところで」と低い声で呟く。

「微かになので僕の気の所為かも知れないんですが」
「何だよ」

綺麗な顔が無表情だと怖いんだな。何だか人形みたいで不気味だ。

「先輩から旧校舎の幽霊の気配がしたんですけど、どういう事ですか」

どういう事って、俺にそれが分かる訳ないだろ。
反射的にそう思ってから、ちょっと待てと考え直す。
俺から幽霊の気配がしたって、何か……まさかと思うが、幽霊に取り憑かれたって事か?

サァッと顔から血の気が引く。

言われてみれば、確かにそんな気もして来る。
だって、昨日の夢で俺は旧校舎にいたんだ。でも、何でだよ。
佐倉小花は成仏したってお前が言ったんじゃないか。
そこで思い出す。
旧校舎にはもう一人幽霊がいたんだった。
二十年以上前に自殺した『花子さん』。
だからって、どうして。俺が何かしたのか?

「何か持ち出したか、反対に何か置いて来たりしてませんよね?」

そう言われて思い出す。
置いて来た。置いて来たってか、花子さんにお守り渡しちゃったよ。
もしかしてその所為なのか?
真っ青になりながらそう言うと、しょうがないとでも言うように足立が深く息を吐き出す。

「情けを掛けるのが悪いとは言いませんが、見境なくそんな事してたら身がもちませんよ」

だって、女の子だったんだぞ。しかも血だからで……何か縋る物があれば少しはいいんじゃないかって思ったんだけど……確かに足立の言う通り、最後まで面倒見られないなら同情しても意味なんかないか。

「……ごめんなさい」

シュンと肩を落として頭を下げる。それを見て、何を思ったのか。足立が「分かりましたよ」と言う。

「代わりにその花子さんを何とかしましょう」
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