スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

紫の獣

6.戻り風


教科書を読み上げる教師の声を聞きながら、溜め息をつく。

今朝も変な夢を見た。その所為で眠りが浅く、昨夜の疲れが抜けきっていないような気がする。足立の言う通り、俺に夢を見させているのが花子さんだとしたら、何が目的なんだろう。

佐倉小花のように家に帰りたいとか?
或いは他に何かさせたいのだろうか。

うぅむ。
考えてみるが、さっぱり分からない。
そんな事をしている間に授業が終わり、昼休みになる。
いつものように弁当片手に席を立つと、クラスメイトに呼ばれる。

「一年生が呼んでるぞ」

その言葉に予感がして廊下に出ると思った通り、足立がいた。出来れば会いたくなかった。
いや、会わない事にはどうにもならないんだけど、昨日の今日で顔をあわせるのは非常に気まずい。押し倒したのは俺の方なんだから悪いとは思ってるけど、その件に関してまだ混乱中なんだ、悪かったな。

それにしても、足立は目立つ。小柄だが姿勢がいい。顔の美醜は客観的に判断できるものではないのだろうけど、足立のそれは綺麗と言って差し支えないと思う。
だが、女に対して感じるものとは違う。骨格はどう見ても男のものだ。その所為なのか、凛とした美しさのようなものを感じる。
何だろう。昨日抱きついた所為なのか、足立を見てそんな事思うなんて少し変だ。少しどころか大いに変だ。

俺の好みは女子。足首がキュッと締まった女の子がいい。網タイツとか赤いハイヒールの似合う足首とそこに繋がる脹脛!
だから違う。足立にトキメくなんてある訳がない!

「お昼、一緒にいいですか?」

上級生を相手にしている所為か、口調だって丁寧だ。でも、こっちが断るなんて微塵も思っていないに違いない。そこはかとなく生意気な気配がする。

「ああ」

頷いて風紀室に行く。
花子さん対策をするのだろう。そう思ったので、誰もいない風紀室に連れて来たのだが、生憎な事に先客がいた。

森だった。

パンを齧りながら何やら作業をしていたらしく、入って来た俺たちを見て盛大に舌打ちする。

「邪魔だったか?」

そう問い掛けると、口の中のものを飲み込んで「別に」と答える。

「そっちは一年生だよね」

森に問われて「足立正午です」と返事をする。
へぇ、足立の名前ってマヒルだったのか。これまで名前を知る機会がなかったから知らなかった。

「今朝の検査の書類作ってただけだよ。お昼食べるんでしょ、どうぞ」

そう言って手際良く書類をまとめだす。
お言葉に甘えて中に入り、適当な椅子に座る。
しかし足立は入り口に突っ立ったまま、動こうとしない。どうしたのだろうかと振り返ると、困惑したように森を見ていた。

「副委員長の森だ」

紹介してやると、やっとペコリと頭を下げる。もしかして人見知りか?
いや、俺に対しては最初から言いたい放題だったからそれはないか。じゃ、女子が相手だと上手く喋れないとかか?

向かい合う足立と森を見て、それはないかと首を振る。
森は確かに美少女だが、どこか嘘くさい。やっぱり女装しているように見える。
それに比べれば足立は地味だが、綺麗は綺麗なのだ。男子より女子と仲良くなりそうなタイプに思える。

足立がチラリと俺を見る。その視線で漸く気付く。
昨日の事を話すつもりなら、第三者がいては困る。そういう事か。

「悪いが、席を外してくれないか」

森に言うと何となく察したのか、肩を竦めて立ち上がる。

「まぁ、いいけど……そう言えば教頭から苦情があったよ」

食べかけのパンを袋にしまいながら森が言う。

「旧校舎に出入りしている生徒がいるって」

その言葉にギクッとする。
忍び込んだのがバレたか?

「倉庫の荷物が動いていたらしいよ」

あ、くそ。そう言えば、佐倉小花を探して段ボールを動かしてから戻さなかったな。
でも、まさか教頭が旧校舎に行くなんて思わなかったし。

「……前に見回りした時に少し触ったかも知れない」
「何で?」

俺の言い訳に森が不思議そうに問い返して来る。
そりゃそうだ。見回りはいいとして、教材室にある段ボールを動かす理由なんてない。見て回るだけなら別に邪魔でも何でもないんだ。不審に思われて当然だった。

「僕が触って崩してしまったんです」

そう言ったのは足立だった。

「先輩と二人きりになれたから緊張してしまって……」

ん……何かおかしくないか?
俺と同じように怪訝な顔をしていた森だが、すぐに納得したように頷く。一人で分かってないで俺にも説明してくれ。

「一年生連れ込んで何やってるの」

責めるような森の言葉に心当たりなどこれっぽっちもない。何って、俺が何かしたか?

「林先輩を責めないで下さい、僕が勝手に追い掛けたんですから」

しおらしい態度の足立なんて始めて見たけど、何だか厭な予感がして来たぞ。まさかと思うけど、まさかだよな?

「誰と付き合おうと林の勝手だけど、旧校舎は立入禁止なんだから逢い引きするならよそでやりなよ」

やめおろぉ!
変なフラグを立てるんじゃない!
ただでさえ、今の俺は変なんだよ。だから、そういうフラグ立てられたら流され……いやいや、断固として流されないぞ!!

無意味な自問自答をしている間に、森は足立を見て、俺を見て諦めたように肩を竦める。

「見た目だけで言えばアリだとは思うけど、いいの?」

よくない!
何がアリだと言うんだよ。しかも、どうして足立に聞いてるんだ!

「クールな二枚目に見えるけど、かなりのヘタレだよ、コレ」

そう言いながら俺を指差す。
確かに俺はヘタレだけども!
怖がりだしチキンでビビリだけども!

「そのギャップが素敵なんですよ」

足立がニッコリと森に返す。
気持ち悪っ!
『素敵』と言われたのも気持ち悪いが、足立の顔に浮かんでいる微笑みが最高に気持ち悪い!!

「他の委員には風紀室に行くなって言っておくけど、校内で変な事しないでよ」

そう言い捨てて森が立ち去る。
待て、違うんだ。頼むから待ってくれ!
そんな俺の願いも虚しく足立と二人残されてしまう。
やっぱりか。誤解をされた……いや、そう誘導したのは足立だ。
何考えてるんだ、お前。
ギロッと睨みつけるが、涼しい顔で無視しやがる。本当にいい根性してるな。

「お前、何て誤解を……」
「別に構わないでしょう。これで誰も来ないでしょうし」

立ち聞きされないためだと言うのか。本当に効率で物事を考える奴だな。
そのおかげで俺はあらぬ噂を立てられるのか……切ない。


森が立ち去ってすぐにさっさと席について弁当を広げる。

「佐倉小花の両親と話し合ってみたんですが、今のところ騒ぎ立てるつもりはないようです」

急にそう言われてキョトンとする。花子さんの事かと思ってたのに、どうして佐倉小花の話が出るんだ?
それに騒ぎ立てるつもりがないってのもおかしな話だ。
幽霊となった姿しか俺は見ていないのだが、あの怪我は事故で負ったものじゃないと一目で分かるものだった。誰かに刺されたとしか思えない。

「でも、娘が死んだのにそれは不自然じゃないか?」
「話がこじれそうだったので交渉しました」

交渉って、どうやって。
そう思ったのが顔に出たのか、足立がうんざりとした様子で溜め息をつく。

「花子さんの件と一緒して解決してしまおうかと」
「どういう事だ?」
「一つの場所に二人の死者、関係がないとは思えません。片方は自殺と言われていますが、もう一人は明らかに他殺でしたよね。だったら、自殺と言われている方も誰かに殺されたのではないか、そう考える事だって可能でしょう」

それは……花子さんも誰かに殺されたって事か?
俺の顔色を読んだのか、足立が小さく頷く。

「その場合、同一人物による犯行だと考える事もできますよね」

そりゃ、こんな狭い地域に殺人を犯すような奴が二人もいると考えたくはない。
でも、正確には分からないが二つの事件の間には十年以上の開きがあるんだ。少し不自然じゃないか?

「それを言い出したらキリがありません。今はこの前提で話を詰めてしまいましょう」

あー、ゲームする時はセーブしないでどんどん進めるタイプだったな、そう言えば。
あとで詰んだ時どうするんだとは思うけど、他に建設的な意見がある訳でもないので黙って頷く。

「昨日も夢を見ましたか」
「ああ。旧校舎にいる夢だった」
「具体的に。覚えてるだけでいいですから、見たもの感じたものを全部言って下さい」

言われて思い出す。
夢の内容そのものは別に怖くはなかったと思う。

「……旧校舎の廊下だと思う。今よりも少し綺麗な気がする……放課後で外は暗いが廊下は電気がついているのか明るい。誰かと待ち合わせしていて俺は一人で歩いている」
「誰と?」
「それは分からない。ただ、どうしても会わないといけない相手だ。何か……大切な用があるんだろう、少し俺は焦ってたのかも知れない」

そうだ、夢の中で俺は気が急いていた。
早く早く、相手が逃げ出す前に捕まえなければ。そればかり考えて廊下を歩いて……いや、小走りになっている。
その足元を見ると、何故か短いソックスを履いている。しかも足首が細くて華奢だ。
ギョッとする。けど、それに構わず勝手に足は動いている。
他に人影のない廊下、窓の外に広がる闇。
その暗がりの中、旧校舎から漏れる光でぼんやりと浮かび上がるピンクの花。桜か……いや、違う。あれは桃の花だ。
いやいや、ちょっと待って。
うちの学校に植えてあるのはポプラと松だけで、どちらも花をつけない筈だ。じゃ、この景色は何だ。どうして桃の花が咲いている?
慌てて立ち止まろうとするのだが、スカートを揺らして走り続けている。

……スカートだと?

驚きの余り、呼吸が乱れて視界が一変する。
はっ、今のは何だったんだ。白昼夢か?
キョロキョロと見回していると、足立が疲れたように溜め息をつく音がする。

「準備がなかったので仕方ないですね」

昨日に続いて今日までか。
どうやら今の白昼夢は足立が見せたものなのだろう。
恐らく俺が見た夢を花子さんが見たものを再現したのだろう。それはいい。いいのだが、180越えの大男がスカート履いて、三つ折りソックスって……ある意味、暴力としか思えない。しかも、それが自分なのだ。色々な意味でヤバい。

「なん……?」

混乱の余り苦しい呼吸で訊ねる。

「先輩の意識を花子さんに同調させました」

その言葉に少しばかり安堵する。
さっきのは花子さんの視界だったらしい。よかった。俺がセーラー服着てた訳じゃないんだ……本当によかった、安心した。
でも、そんな事してどんな意味があるんだ。単に俺が冷や汗掻いただけなんじゃ……。

「じゃ、桃の花も?」
「それは先輩自身の記憶だと思います」

俺の記憶?
でも、うちの学校で桃の花なんか見た事ないんだけど。

「以前の家にあったんじゃないんですか」

足立が言うのは、祖母に頭を撫でられた家の事だろう。
でも、それ以上は考えても分からない。何しろ、それらが本当に自分の経験した事なのかどうか実感が持てないんだからしょうがない。

「男に殺されたと思っていいんでしょうね」

唐突に足立がそう呟く。その声にハッとして目の前の現実に意識を向ける。

「どうして」
「花子さんは男に捨てられて死んだって事になっているんですよね。別れ話が拗れて、男に殺されたと考えるのが妥当じゃないでしょうか」

そうなのか?
まぁ、いつの事なのか、花子さんの身元も当時の状況も、何も分からないんだ。俺たちが知っているのは、花子さんが片足を切り落とされて死んだらしい。それだけだ。
あ、厭な想像しちゃったよ。

「なぁ、ちょっと思ったんだけど……もしかして佐倉小花と花子さん以外にも殺されたって事はないよな……?」

足立の言う通り、二人の女子高生を殺したのが同一犯だとする。
動機も殺害方法も分からないが、その前提で話を進める。
そうすると、やっぱり不自然なのは時間だ。
佐倉小花が死んだのは五年前、花子さんは分からないが制服が以前のものなので、その頃とすると、凡そ二十年前。

十五年も間を開けて、犯人が再び人を殺したと?
だったら、他にも被害者がいたと考えた方が、こう……何て言うか、言葉は違うかも知れないけど納得できる気がするんだよな。

「もし、そうだとして……旧校舎に他にも幽霊がいたら先輩はまたお節介焼きますか?」

それは……どうかな。
花子さんの時は咄嗟にお守り渡しちゃったし、佐倉小花の時は計らずも成仏のお手伝いができた訳なんだけど……積極的に助けたいとは思わないかな。臆病者と罵られてもしょうがないけど、俺はやっぱり幽霊が怖い。
俺が返事をしない事で察しが付いたのだろう。足立が「大丈夫ですよ」と言う。

「旧校舎にいるのは花子さんだけですから」
「どうして、そう言いきれるんだ?」

怪訝に思ってそう問い返すが、足立は曖昧に首を振るだけで答えなかった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。