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紫の獣

7.あかずの間


戦慄する俺にお構いなく、犬が動き出そうとする。
主人の命令には絶対服従なんだろうけど、それ以上に足立の言う通りにして褒められたいに違いない。

やーめーてー。

いっそ気絶させてくれ。いや、起きた時に花子さんの血が口元についてたら錯乱する自信がある。死ぬよりそっちの方がヤバいだろ。ダメだ、却下。やっぱり無理!

一人で百面相をする俺を見て、足立が素っ気ない溜め息をつく。そしてパーカーのポケットから数珠を取り出す。
何をするつもりだ?
見つめる中、数珠を花子さんの手に巻き付け何やら唱え出す。いつかも聞いた独特な抑揚のついたそれはお経と言うより呪文のようだ。
それが終わると同時に花子さんが跡形もなく消えてしまう。

「失敗したか」

悔しさなんて微塵もない、落ち着いた声でそう呟くと数珠をしまって立ち上がる。

何、今の。

ポカンとするしかないだろう。
何をしたのかは分からないけど、間違いなく花子さんを消したんだ。
そんな事できるなら、もっと早くやってくれよ!
そもそも俺なんかいなくたっていいじゃん!

「逃げられたんですよ」

俺の表情を読み取ったのか、足立が肩を竦めてそう言う。

「シロウがいるだけでも先輩のからだには負荷が掛かってるんです。その上、花子さんにまで取り憑かれたままでは何があるか分かりませんから、お守りを取り返そうとしたんですけどね」

だから花子さんの腕を食いちぎれって言ったのか。
無茶な命令の意味は理解したが、何だかやるせない気持ちになってしまう。
俺が花子さんにお守りを渡したのは、いわば気紛れに近いんだ。それなのに花子さんはそれを握りしめて廊下を這いずっていたのだ。何を求めてなのかは分からない。

そう、俺には何も分からない。
でも、分かる事もある。俺の気紛れに縋ってしまうほど花子さんには何もなかったのだ。
それを可哀想だと思うし助けてやりたいとも思う。
幽霊が怖いんだろって言われたらその通りだ。強がってみたって怖いものは怖い。でも、それとこれは別だろう。
それに怖いからって逃げても解決しないんだ。だったら、俺は花子さんを助けたい。

あるべき姿に戻って行くべき所へと、ちゃんと送ってやりたいんだ。
そうと決まれば、やるべきことも見えて来る。
花子さんが死んだ理由、殺されたんだとしたらその犯人を突き止めてやる。
それには情報が決定的に足りてない。いつ、どこで。
それらを知るためのヒントがどこかにある筈だ。考えろ。

腰を抜かしたままグルグル考え込む。
情報が足りない。でも本当にそうなのか?
花子さんの事件に関して、俺は無関係な傍観者だと言っていい。だけど、旧校舎に出る二人の幽霊、それを目撃したという点では当事者だ。
だから俺しか知らない事がある筈だ。それは何だ、考えろ。
黙り込む俺に痺れを切らしたのか、足立が僅かに移動する。その気配に顔を上げると、花子さんがいた場所、そのすぐ目の前にある扉に手を掛けていた。

鉄製のように見えるそのドアは他の教室と違って重たそうだ。足立がそのノブを掴み、捻る。

ギッ、ッッ。

僅かに軋む音がするだけでノブは回らない。
何度か試してこちらを振り返る。

「鍵ありますか」

風紀室から持って来た鍵束を投げる。それを受け取り、一つずつ鍵穴に差して行く。

「他には」
「ない、それだけだ」

鍵を保管しているのは教頭と生徒会、そして風紀。
もしかしたら風紀以外なら持っているのかも知れないが、そんな事をする理由が分からない。
何とか落ち着いたようなので、腰を上げて足立の隣に並ぶ。ドアノブを捻って、鍵が掛かっている事を確認する。

「音楽室か」

プレートに書かれた文字を読み上げる。
他の教室とドアが違うのは防音のためだろう。だが、鍵がない事の説明にはならない。

「開かずの間ですね」
「ここが何か関係あるとでも?」

関係あるのだろう。まだ二回しか見てないが、花子さんはこの廊下を這っていたのだ。音楽室に用があると思っていい筈だ。

「なぁ、今日は引き返さないか」

これまで散々ビビっていた俺がそんなことを言い出したんだから、足立としてはまたかと思ったのだろう。だが、俺の顔を見て何かを感じたのか小さく頷く。



朝練する運動部員の掛け声を遠くに聞きながら風紀室に行く。

調べたい事があったのだ。二年前の旧校舎で起きた事故、その詳細が知りたかった。
誰もいないだろうと思ってドアを開けると、意外な事に森が椅子に座って何やら作業していた。

「あれ、早いね」

眉毛に掛かる前髪を指で掻き上げてこちらを見る。

「ああ、森もな」
「私はいつもこの時間には来てるよ」

早起きだな。ちゃんと寝てるのか?
そう思うが、森の顔色は通常通りだ。もしかしたら早寝早起きの年寄り体質なのかも知れない。いや、森の体質なんかどうでもいい。

書類を収めたキャビネットを開けると、「何してんの?」と森が近づいて来る。

「一昨年、旧校舎の解体工事を請け負った会社がどこなのかと思ってな」
「どうして?」
「足場が崩れた事故があっただろう、その詳細を知りたいんだ」

ふぅんと気のない声を上げて、森がどこかに電話を掛ける。
興味がないんだろうな。まぁ、俺だって今更そんなこと調べて何の意味があるのか分からないんだし。

「先輩、お久しぶりです。ちょっといいですか」

電話の相手が出たのか、森が誰かと話し出す。
それに振り返ると、受話器を差し出された。何だよ。

「去年卒業した先輩がその会社でアルバイトしてるから聞いてみれば?」

マジか。何て使える奴なんだ、お前は。
軽く感動して「助かる」と呟く。
こちらの事情を説明するまでもなく、この学校のOBである先輩は旧校舎の怪談について詳しかった。だから、急な電話でもさして不思議に思わなかったのだろう。

「履歴書見てすぐに分かったんだろうな。バイト先で何度か話題になったよ」

互いの紹介を終えて、先輩がおっとりと話し出す。

「噂では足場が崩れたってなってるだろ、でも本当は違うらしいんだよな。誰かが足場を固定する部品を抜き取ったらしいんだ」

それは……どういうことだ。

「もちろんすぐ分かったけど、間の悪い事に作業員が転落して怪我をしたんだよ。捻挫とかの軽い怪我だったらしいけど、それを学校に報告したら、工事の中止を言い渡されたんだって」

部品を抜き取られて作業員が怪我をしたのだ。不注意だと言われても仕方ないのかも知れない。だが、問題はそこじゃない。
旧校舎にいる幽霊が事故を起こさせた。そう噂された理由は何だ。
礼を言って電話を切る。そして傍にいる森を見る。

「旧校舎の音楽室の鍵がないんだが」
「音楽室?」

キョトンと首を傾げる。その様子から音楽室が開かずの間である事を知らなかったのだろうと分かる。
内線で生徒会で旧校舎の鍵が幾つあるのか聞いてみる。答えは風紀と同じ、矢張り音楽室の鍵はないようだった。

どういう事だ。

新たに分かったのは、工事にまつわる事故の詳細と開かずの間。
どっちも誰かの作為が働いているように思うのは気の所為だろうか。
その誰かが花子さんを殺した犯人なのか?

「そう言えば」

足立が昨日言っていたことを思い出す。
佐倉小花を駅で目撃したと言った生徒、その名前に注目しろと言っていた。
再びキャビネットを開けて五年前の書類を探し出す。
説明しようとしない俺に諦めたのか飽きたのか、森は席に戻って自分の仕事を再開させたようだ。
それを背中で感じながら目的の書類を見つけ、中を開く。

佐倉小花の両親は失踪届けを出しただろうが、学校に警察が来る事はなかった。だが、生徒の行方不明と言う事で風紀が周辺人物に聞き込みをしていたのだ。
その数は少ない。
担任と仲のよかったクラスメイト、そして駅で見たと証言した生徒だけ。

その生徒の名前は倉阪美江。

これは偶然だろうか。特に珍しい苗字ではないのだが、倉阪という名に見覚えがある。
何故ならこの学校に同じ名前の教師がいる。俺も頻繁に顔をあわせる教師だ。
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