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紫の獣

これは偶然だろうか。
校内に同じ苗字を持つ教師と生徒。その二人が親子だとしたら……この証言は信憑性がなくなるんじゃないだろうか。

いや、そうじゃない。
これが普通の教師だったら誰もが疑った筈だが、厳し過ぎるほどに厳格な教師……倉阪教頭の娘だったら、事情が変わる。
Mr.神経質と言われるだけあって、教頭は全てに対して口煩い。俺はそう思わないのだが、一般の生徒たちが教頭を煙たく思って関わらないようにしているのは知っている。
そんな教頭だから、自分の子供だろうが贔屓したりしないって周囲は思ったんじゃないか?
教頭の子供だからこそ、その証言に嘘がないと思った。

俺だってそう思いたい。
でも、直感がそれを許してくれない。
教頭は俺が思った容疑者の条件を満たしている。それだけを持って花子さんを殺した犯人だとは断言できない。だが、倉阪美江の証言が嘘だったとしたら……教頭には佐倉小花を殺すことが可能となるのだ。

下校途中で行方不明になったと思われていたから、警察は学校まで捜査に来なかった。だが、佐倉小花が学校にいたことを俺は知っている。旧校舎で遺体を見つけたのが俺だからだ。

そして教頭は今と同じように、風紀が見回りを終えるまで学校に残っていた筈だ。
つまり、教頭には佐倉小花を殺すチャンスがあったって事になる。
だけど、動機は何だ?

教頭が生徒を殺してその死体を隠す理由は何なんだ。
その時、手にした書類に『ピアノ』の文字があるのを発見する。
佐倉小花はピアノを習っていたらしい。将来は音大に進学するのを希望していたようだ。

ピアノ……まさか音楽室。

いつから音楽室が開かずの間だったのかは分からない。だが、五年前まで風紀にも鍵が保管されていたとしたら、そして佐倉小花が旧校舎のピアノを借りたいと言って来たら、余程のことがない限り貸出しを許可しただろう。
いや、許可しなかったとしても、風紀室は特に鍵を掛けていないんだから、佐倉小花がこっそり持ち出す事は可能だった筈だ。
そしてピアノを弾きに行った佐倉小花は音楽室で何かを見たとしたら……花子さんが音楽室で殺されたとしたら、何らかの痕跡があったかも知れない。

まさか口封じに殺された……?

ちょっと待て。落ち着け、俺。
動悸を静めようとして胸に手を当てる。そんな俺の様子に気付かないのか、森が書類にペンを走らせながら話し掛けて来る。

「そう言えば、旧校舎で幽霊見たって目撃談が増えてるらしいよ」

悪気はないんだろうと思う。
森にしてみたら、俺が旧校舎のことばかり調べているから思い出したついでに言ったみただけ。それは分かる。
でも、このタイミングでそんなこと言われたら俺が悪いって風に感じちゃうんだよ。

まぁ、そりゃ責任の一端はあるだろうと思うよ。
俺が旧校舎に出入りすることで、場が活性化してるのかも知れないし。
正確には、俺と同化してる犬の所為なんだけど。でも、俺が行かなかったら犬だって旧校舎には入れない訳だから、それはいいよ。うん。
俺の罪悪感なんてどうでもいいんだよ。それより気になったのは、どうして今になってってことだ。
工事の際に起きた事故は誰かの作為によるものだと分かった。
その誰かが花子さんを殺して、怪談に仕立て上げたとしたら……このタイミングで再び幽霊を出すことに何の意味があるんだ。

「そうは言っても廊下に人影を見たとか、そのぐらいだけどね」

一般の生徒は旧校舎に立ち入ることが出来ない。そりゃ、どこか窓をこじ開ければ入れるけど、わざわざそんな事してまで入る奴は稀だ。
肝試しと称して忍び込む生徒がいることはいるけど、風紀に見つかったらそれなりの罰則があると分かっているので最近は数が減った筈なのだ。だから足立のような変わり者でない限りいないと思っていいだろう。

森の話を聞いて最初は、俺たちが旧校舎にいるのを誰かに見られたのかと思った。だが、考えてみればこれもおかしい。
俺と足立は最初に会った時以外は、深夜に行動しているのだ。そんな時間に生徒が校舎にいる筈もなく……だとしたら、俺たち以外の誰かが生徒のいる時間帯に旧校舎にいたって事になる。

それが教頭だとしたら、間違いなくそれは証拠隠滅のためだ。

漸く工事を中止させた理由にも思い至る。
殺人の証拠が旧校舎にあるのだろう。証拠……それは花子さんの死体だ。


慌てて一年の教室に行くが、またもや足立は欠席していた。まだ一学期だって言うのにどんだけ休むの、お前。

「携帯の番号知ってるか?」

前回と同じくウサギっぽい一年生にそう聞く。

「え……いえ、殆ど学校来てないから」

登校拒否って奴か。
まぁ、入学早々、教室で犬を呼び出したらしいから面倒に思っても仕方ないんだけどさぁ。
だったら、ちょっかい出されても無視してりゃいいのに。

適当に礼を言って廊下を引き返す。
俺の考えが正しいかどうか足立に問い質そうと思ったのだが、それは空振りに終わった。
だとしたら、どうしたらいい。
教頭に全部知ってるぞと脅しを掛ける……か。いや、それはマズいだろう。
体格では負けないと思うが、追い詰められた教頭が何を仕出かすか分からない。俺に向かって来るならまだしも、他の生徒や教師に危害を加えられたら堪ったものじゃないし。
だったら、俺ができる事は一つだけだな。
開かずの間とまった音楽室をこじ開ける。これしかない。

その足で用務員室に行くが、残念なことに手頃な道具はなかった。ドライバーや金槌ならあるんだけど、それじゃ防音扉を開けられない。
バールがあったら完璧だったのだが、学校でそれを使う機会なんかないだろうから仕方ない。あとで買って来るとするか。
そうなると、今は授業に出るしかない。今日は英語の小テストがあったはずだし。

本当は早退してでもバールを入手して旧校舎に向かいたい。だけど、早退する言い訳が思いつかないし、何より一人で旧校舎に行く勇気なんか俺ある訳がない。
昼間だから大丈夫って思うだろうけど、経験から俺は知っているんだ。奴らは朝だろうが昼だろうがそこにいるのだ。
ぼんやりとした幻のように見える奴もいるけど、生きている人間と同じぐらいハッキリしている奴もいる。
花子さんはどう考えても後者だろう。何しろ夜とは言え、あそこまで存在感があったんだから。
あんな血まみれの幽霊を一人で見て、気を失わない自信がない。気絶してこその林司郎だと胸を張って言える!
いや、まぁ……自慢にはならないんだけどさぁ。

そんな訳で一人で旧校舎に行くのは絶対に無理だ。
だから俺はここで小テストを受けるしかない。それが俺に与えられた使命なのだ。
左手で頬杖つきながらシャーペンを動かす。
そう言えば、犬がいると分かってから右目の視力が更に落ちたような気がする。
それに比例して、おかしな物が見える頻度も上がったような。

窓からは午前中の光が差し込んでいるし、天井の照明だってついている。
教室はこれ以上になく明るい。
なのに、モヤモヤとした影のようなものが揺らめいているような気がして仕方ない。それに意識を向けると、もっとハッキリしそうなので頑張って目を逸らす。だが、どうしても気になる。
怖いって思ってるのに、見てしまうのはどうしてだろう。
モヤモヤした物は次第に人の形となる。同時に何とも言えない、悪臭が辺りに漂う。

え……っと、もしかしなくてもかなり怖いんですけど。
逃げ出したいのに金縛りにでもあったように指一本すら動かない。それどころか目を逸らすこともできない。

黒い影は教室の中をゆっくりと移動して、テストを解く生徒一人一人を確認しているようだった。

ヒタリヒタリ、と。

靴をはいているのではなく、かと言って裸足でもない。明らかに人とは違う足音が背後から近づいて来る。それにハッとして慌てて顔を下に俯かせる。
何だか分からないけど、見つかったらヤバい。本能的にそう察したのだが、遅かった。
俺の真横で足音はやみ、耳元では荒い息遣いがしている。

見つかった。
頑として机から目を逸らさずにいると、不意に影が動く気配がする。

コー……ン、

この場にそぐわない甲高い金属音。
何の音だ。
疑問に思う間もなく、再び同じ音が耳の傍で響く。

釘だ。五寸釘を打ち付けている音だ。
そう思った途端、胸の辺りに痛みが走る。
これは、もしかして丑の刻参りだろうか。
昼間なのに何で?
そうは思うけど、それどころじゃない。
こんなにもハッキリ感じるなんて思わなかったけど、これが足立の言っていた厭魅ってやつか。
このまま釘を打ち込まれ続けたら、たぶん死ぬ。思っていたよりも痛みがダイレクトだし。

俺だって流石にまだ死にたくない。どうすればいい。
足立なら、何とかできるだろう。でも、俺にはその知識も能力もない。それどころか指先一つ動かせない。
ジッと机を見下ろしたまま考える。それぐらいしかする事がないからだ。
机の横、そこに何かが見える。意識をそれに集中させると、影だったものが輪郭を取りはじめ、足になる。だけど人間の足じゃない。

茶褐色の毛に覆われた動物の足だ。それが二本足で立って、釘を打ち込んでいるのだろう。動物をキャラクターにしたアニメなどではよく見かけるが、あれはリアルじゃないから可愛く思えたんだな。リアル動物が二本足で立ってるって怖いよ!
何の動物だか分からないが、その息が俺の耳に当たる。シュゥと漏れる呼吸音と鼻につく悪臭。怖いって言うよりも気味が悪い。
足立が言っていた通り、低級霊なのだろう。言葉が通じない分、あるのは本能にも似た憎悪だけ。
だったら、こっちも本能に近いところで対応するしかない。でも、それは何だ。

「く……っ、」

再び釘が打ち込まれ、胸の痛みに声を上げそうになる。
ダメだ、あと数回で俺の心臓は動きを止める。それまでに何とかしないと……でも、どうやって。




それは突然だった。

俺の意思とは関係なく、からだが微かに震える。何事かと慌てる俺の目の前に大きな黒い犬が立っていた。
犬は唸り声を上げて、俺の横に立つ何かを睨みつけている。
半目になったその瞳、紫色をしたそれを見て漸く犬の正体に気付く。

シロウだ。

祖母さんから受け取った時には子供でも抱えられるほどの子犬だったのに、いつの間にか大きくなったらしい。四つ足なのだが、机よりも上に頭がある。
唸り声を上げる口元には鋭い牙が覗いているし、これじゃ犬と言うより狼だ。
そんな事を思っていたら、堰を切ったようにシロウが吠え出す。
威嚇ではなく、今にも飛びついて相手の喉を噛み砕いてしまいそうな声だ。傍で聞いている俺ですらゾッとする。

釘を打ち込んでいた動物の動きが止まる。
シロウはそれに姿勢を低くさせ、もう一度吠える。
途端に教室の空気が軽くなる。胸の痛みも消えて、俺はそのまま机に突っ伏す。
何とか呼吸を整えて起き上がると、既にシロウの姿は消えていた。どうやら元の場所に戻ったらしい。
元の場所って……まぁ、俺の中なんだろうけど。
テストが回収され、呆然としたまま授業を終える。
祖母さんが誰かを呪い殺した所為で、孫の俺が呪われている。それはきっと一族全員が死ぬまで続くのだろう。
この場合、親父はそこに含まれないと思っていい。
母さんが死んで、いとこの女の子が死んだ。そして次が俺。どう考えても戸籍云々ではなく血の繋がりだ。

俺が死んだら終わるのか?
いや、違う。もう一人いる。死んだ女の子には兄がいたはずだ。



放課後になる頃には何とか落ち着いて来た。
だが、さすがに今日は校舎の見回りまで出来そうにない。何とか森にそう連絡して先に帰ろうと思ったのだが、廊下で足立を見かけて足が止まる。
欠席していた筈なのに、どうして。
俺としては当然の疑問なのだが、足立にはそうじゃないらしい。
怒ったような顔でズンズン近づいて来る。
そのまま息が掛かりそうなほど距離を詰めると、俺の顔を凝視して来る。何でだ。
呆気に取られて黙って見つめ返して、足立が何を見ているのか漸く理解する。
俺の右目を見ているらしい。
暫くそうして納得したのか満足したのか、小さな溜め息をつきながら離れる。

「色が違ってますよ」

そう言って小さな手鏡を差し出して来る。
何の事だろうかと受け取ったそれを覗き込んで、息を飲む。
光の加減なのかどうか、右目の色がいつもと違う。
黒と言われたら黒く見えるのだが、暗い紫色のようにも見える。

「どうして」
「一時的だとは思いますが、シロウが使っているんでしょうね」

シロウ、紫狼。
名前の由来は目の色だったな、そう言えば。
でも、俺の目を使うってどういう事だ。

「何があったのか教えて下さい」

そう請われたので、帰宅途中にある公園で全部話す。
それを聞き終えた足立は複雑そうに顔を顰めて無言になる。

これまで散々な目にあわされたけど、反応ない方がヤバい気がする。ギャグ言って辺りが静まり返った時のような恐怖……これは幽霊に対するものとは違う。より切羽詰まった恐怖だ。
俺の話に笑う所なんか微塵もなかったんだから足立が笑わないのは別にいい。俺だってお笑い芸人目指してる訳じゃないし。でも、全くリアクションなしと言うのは気まずい。ヒジョーに居たたまれない。
お願いだから何か言って!

「……何でもありませんよ」

俺がハラハラしてるのに気付いたのか、足立が呆れたようにそう笑う。
今の間が何でもないわけないんだけど、どう問い返せばいいのか分からない。結局、オロオロするしかないんだな。

「花子さんの件を解決してしまいましょう」

困ったように口元に手を当てて足立が話を変える。
俺も敢えて深く突っ込まずに、これまでに分かった事を言う。
その全てを聞き終えて足立が一つ頷く。

「花子さんを殺したのは教頭、その根拠は佐倉小花を駅で目撃したと証言したのが教頭の娘だから。こういう事ですよね」

簡単にまとめたらそうなる。
頭がこんがらがりそうになるのは、花子さんと佐倉小花の二人ともが旧校舎に幽霊として出現したからだ。
どうやっても幽霊という現象なしには今回の事は説明できない。そうと分かっているのに、頭のどこかで幽霊を否定したい気持ちがあるから混乱してしまうのだ。

「たぶん、それで決まりでしょうね」

アッサリと納得した足立を見て、ちょっとした疑問が浮かぶ。

「佐倉小花を殺したのは花子さん殺害に関する何かを見られたから。そう考えていいとして、どうして花子さんを殺したんだ?」

花子さんは学生。そして教頭は年齢からして当時も教師だった筈だ。
接点があることはあるのだが、それが親密だったとも思えない。

「花子さんは自殺した幽霊って噂されてるんですよね」

足立の質問に頷き返す。
確かに森はそう言っていた。森が嘘をつく理由もないので、信じていいだろう。

「でも、実際は殺されていた。だったら、自殺の動機も違っていたとは考えられませんか」

男に振られて自殺した。それが嘘だったと言うなら……殺された理由は何だ。

「別れ話を切り出して、逆上した男に殺された」

そうか、それなら全てに矛盾しない。
花子さんはあの日、急いで男に会いに行ってた。俺はてっきり男を引き止める為なのかと思ったが、その反対だったのだ。
花子さんが振られたのではなく、犯人の方が振られた。
別れ話を持ち出された男は頭に血がのぼり、花子さんを殺した。でも、足を切り落とす理由は何だ。花子さんの事をそこまで恨んでいたのか?

「逃げられないようにしたんじゃないですか」
「え……」
「花子さんは首を切られていましたけど、それが致命傷だったかどうか分かりません。もしかしたら息があったのかも。もし、意識もあったとしたら目の前にいる犯人から逃げようとしますよね、普通。だから犯人は花子さんの足を切った」
「逃げられないようにって……でも、結局死んでしまったのに」
「死んだあとも自分のもとから逃げられないようにしたかったんじゃないですか」

そこまで執着していたのか。既婚者の癖にとか、教育者の癖にとか。
色々と思うところはあるのだが、死んだあとまで逃亡を許さない教頭の執着心にゾッとする。
これまで散々、幽霊を怖がっていた俺だけど、もしかしたら生きてる人間の方が恐ろしいのかも知れない。
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