スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

紫の獣

8.花子さん


グラウンドから運動部の掛け声が聞こえて来る。サッカー部かどっかがランニングしているようだ。更に耳を澄ませば、吹奏楽部の練習音も聞こえる。

時刻は午後五時。

下校までにはまだ時間があるので、部活動や補習で残っている生徒が大勢いても何らおかしくない。
持ち出したままにしてある鍵を使って旧校舎の中に入る。
特に人目を避けなくてもいいと言われたが、これじゃすぐに教頭が来るだろ。旧校舎を監視してるみたいなんだし。
そうは思うものの、逆らうこともできず黙って廊下を歩く。

締め切った空間特有の淀んだ空気、それに慣れつつある自分が悲しい。
目的の二階に到着すると、足立が持っていた細長い袋の口を開ける。出て来たのは、紛うことなくバールだった。
それを無言で渡される。はいはい、開けろってご命令ですね。逆らわず、音楽室のドアの隙間に押し込む。
小柄な足立よりも俺の方が力あるしな。
メキメキと小さな音がする。それに勢いを得て、壁に足を掛けてドアをこじ開ける。

バキン、と。
鍵が壊れたのか、急に軽くなって勢いを殺せず仰向けにひっくり返る。

「いってぇ、」

バールを杖にして立ち上がると、足立はそんな俺に構う事なく音楽室の中を凝視している。

「何かあったか?」

声を掛けながら隣に並び、言葉を失う。
ここで花子さんは殺されたのだろうとは予測していた。もしかしたら、その痕跡があるんじゃないかとは思っていた。
だからこそ、ドアを壊したのだ。

だが、ここまでとは思っていなかった。
床に残る夥しい血痕、床や天井にも血しぶきのあとがある。
教頭はここで花子さんの足を切り落としたのか?
閉鎖されているとは言え、いつ誰が来るか分からない旧校舎で生徒を殺して、更に足を切ったと言うのか……狂ってるとしか思えない。
その根拠となるものが音楽室の真ん中に置かれている。
ボロボロだし変色しているけど、セーラー服が一着。それを着ていたと思わしき人物の白骨……長い黒髪に覆われた頭蓋骨。

花子さんだ。
どうして犯人は隠さなかったのか。これじゃ音楽室に入ったらすぐ目に付いてしまう。

足立がポケットから紙切れを取り出し、それを手に何やら呟きながら花子さんへと近づいて行く。
俺は音楽室の入り口に呆然と突っ立ったまま動けない。
言い終わると同時に足立が花子さんの右手を開く。そこには俺が渡したお守りが握りしめられていた。
それを無表情で拾いあげ、俺に向かって投げて来る。
咄嗟に受け取りはしたが、助かったとか思う余裕はまだない。
怖いとか何とかじゃなくて、脳の処理が追いついていないだけだ。
そんな俺の背中を誰かが突き飛ばして来る。

足立は目の前にいるので、他の誰かだ。
思わずよろけて音楽室の床に手をついてしまう。
誰に押されたのか?
そんなの教頭以外にいないじゃないか。おおかた、俺たちが旧校舎に入るのを見かけて追い掛けて来たんだろ。だからイヤだったのに、くそぅ。

振り返ると、案の定、そこには教頭が立っていた。
ここで鬼の形相とか目が血走ってたりとかしてたら、まだよかった。
でも、教頭はいつもと同じように神経質そうに眼鏡を押し上げて俺を見下ろしている。
その余りにも普段通りなところが心底怖い。気味が悪いし、生理的嫌悪すら感じる。
心のどこかで花子さんと佐倉小花を殺した教頭を俺は自分とは別の生き物だと思っていた。狂気に取り憑かれた末の犯行だと思っていたんだ。
それなのに、教頭はいつもと何ら変わらず、平然とした様子で俺を見下ろしている。

狂気と正気の境目がない。
その事に俺は吐き気を覚えた。

手と足を使って何とか距離と取ろうと逃げ惑う。情けない事に、腰は抜けたようで立ち上がれなかった。

「これ……教頭が、佐倉小花も……」

何が言いたいのか自分でも分からないどもりっぷりだ。だが、それに対して自己嫌悪しているヒマはない。

「おや、矢張り死体を見つけたのは君だったのか」

教頭が感心したとでも言うように眼鏡の奥で目を細くさせる。
全くもって褒められた気がしないんだけど。それどころか、ゾワッと全身に鳥肌が立つ。

これで決まりだ。
花子さんを殺して、佐倉小花を殺したのは教頭だ。
殺害現場をそのままにして置いて、それどころか遺体すらここに置いてあったんだ。見つかっても構わないと思っていたのだろうか。
見つかったら……相手を殺してしまえばいい、と。

だったら、俺も殺されるのか?

どうする……幸いなのかどうか、俺に手にはまだバールが握られている。これで反撃してここから逃げ出すか……でも、これで殴り掛かったら教頭の頭かち割りそうなんだよな。返り血とか浴びたくないし、だいたいからして正当防衛が認められるかどうか。

よし、頭じゃなくて足だ。足を狙おう。

そんな決断を下して教頭を見ると、何故かサバイバルナイフなんか持ってるんですけど!
どうして、どこで手に入れたの、それ!

「昔、生徒から没収したものなんだが、なかなか便利でね。前に使った時はまだ慣れていなかったから手が滑ったけど、大丈夫。ちゃんと一回で首を切ってあげるから」

その言葉に、それが佐倉小花を殺した凶器だと分かる。
大丈夫って言われても全然安心できない。むしろ危機感が強まった。
そのおかげで何とか立ち上がることができる。
人間どころか動物すら殺した事がない俺と、二人も殺した教頭では気迫の面で勝負にならない。

どうしたらいい。誰か助けてー!

そう思って、ふと閃く。
足立はどうしたんだ?
教頭との距離を保ったまま、何とかチラリと後ろを見るともぬけの殻だった。
嘘だろ、さっきまでそこにいたじゃん!
どこ行ったのー!!


バールとサバイバルナイフだと、リーチがだいぶ違う。
だからバールを持っている俺の方が有利な筈なんだけど、逃げ腰って言うか及び腰な分だけ不利だと思っていい。

落ち着け、頼むから落ち着いてくれ!

バールを握る手が震えるのを見て、何度も頭の中で自分自身に懇願する。
そうだ、深呼吸だ!
スーハースーハー、脳に酸素を送れば何かいい考えが……全く浮かばないー!
動揺しまくりな俺に向かって教頭が一歩足を踏み出す。

うわぁ、もうダメだ。殺されるぅ!!

「来い、シロウ」

混乱の極みにいる俺の耳に凛とした声が響く。
それにつられるようにして、俺の足が勝手に動き、いつの間にか背後に来た足立の後ろに回り込む。
助かった、ありがとうー。散々貶してごめんね!!
これからは心を入れ替えて悪口は少しだけにしとくよー!

そうホッとしたのも束の間。足立が何やら教頭に向かって投げつける。
泥に塗れてよく見えないが、それはたぶん白かった筈のものだ。

俺たちと教頭のちょうど中間、セーラー服をまとった白骨の辺りにそれは落ちる。

「交際していた女子生徒を殺した現場を放置して、それを目撃した生徒をも殺害。容疑から逃れるために自分の娘に偽証させた。そこまでしてあなたが守りたかったのは、殺した女子生徒の肉体……肉はもうないから遺骨ですね。そこまでしてあなたは何をしたかったのか。結論から言いますと、交際していた女子生徒を手放したくなかった。逃亡を許さず片足を切り落として、更に成仏すらも許さず、永遠に縛り付けるために足を下の花壇に埋めておいた。かくして、殺された女子生徒は『旧校舎の花子さん』となって廊下を這いずり、失われた己の足を探すようになった」

足立の言葉に、床に投げ出された白い物を見つめる。
もしかして……あれって花子さんの足なのか?
今さら驚かないけど、それにしてもどうやって足がそこに埋まってるって分かったんだ?

「花子さんが旧校舎から離れなかったので、近くにあるとは思ってました。咄嗟に花壇を見たら不自然な隙間があったので、掘ってみたんです」

そんな、お前……ちゃんとあったから良かったものの、もうちょっと根拠とか何かなかったの?

唖然とする俺を無視して足立が話を続ける。

「素人ながら勉強したようですね。西行法師を真似て鬼の法を試してみた。だけど、それは失敗に終わった。彼女は蘇らず、肉は腐り白骨化してしまった。だが、まだ望みはある、そう思ったあなたは殺してしまった佐倉小花で再び試してみたけども、矢張り失敗した。その要因が何だったか分かりますか」
「君には分かるのかね」
「ええ、僕はプロですから」

そう言ってニコリと微笑む。
どうしてこの場で笑えるのか不思議だが、足立の顔は相手を憐れむように優しいものだ。

「花子さんが足を取り戻したのでお喋りしてる時間はないですよ」

そう言って床にあるそれを指差す。
飛び散った血痕、長い黒髪。それらが僅かに蠢いて見えるのは気の所為だよな……?
でも、ユラユラしてる。
床一面にある血の痕も、壁や天井にある血しぶきも、花子さんの元へズルズルと滑ってってる。
怖いってより気持ち悪い。だって、まるで大量の虫みたいだ。

髪の毛も心なしか、さっきより色つやがいいし……って、顔!!
のっそりと手をついて起き上がった花子さんに顔がある!
色白で切れ長な黒い目。赤い唇からは、それより赤い血が滴り落ちている。

廊下で這いずっていた時は分からなかったけど、美人なんだな。
だから教頭はここまで花子さんに執着したのか?

起き上がった花子さんはよろよろしてはいるけど、二本の足で立ち上がる。足立が足を見つけたから歩けるようになったのか。
そのままフラフラと教頭に近づく。
どうやら佐倉小花と違って、家に帰りたい訳じゃないらしい。
前に花子さんの目的を森に聞いたな、そう言えば。

「一節によると、髪の残っている髑髏はそれだけ恨みが深いとも言われています」

その言葉に思わず花子さんの髪に注目してしまう。
歩く度にユラユラと揺れる黒髪。それは別に疎らと言うほどではなく、普通の人と同じぐらい生えている。
長さにしろ量にしろ、それが恨みと比例しているのなら相当深いと思っていいだろう。

花子さんの目的は復讐。

まだシッカリと歩けないのか、花子さんは右足を引きずりガックンガックン歩いている。
ずり落ちた眼鏡すら直せず、教頭は目を見開いて花子さんを凝視する。
不自然に揺れながら花子さんが教頭に抱きつく。両腕を背中に回し、髪まで教頭の身体に絡めて。
教頭は直立不動のまま俺たちの方を向いている。その手からサバイバルナイフが音を立てて落ちる。同時にミシミシと骨の軋む音がする。

「あ、ぁあ………」

教頭の口から空気と一緒に声が漏れ出る。ただ肺にあった空気が抜けた、そんな感じだ。
花子さんに抱きつかれギリギリと締め上げられている教頭。顔は天井を見上げているので、俺にはどんな表情をしているのか見えない。

だけど、つい想像してしてしまう。

身勝手な理由で二人の少女を殺した教頭。
その目に浮かぶのは恐怖か歓喜か。


教頭が倒れたのを見て、足立が俺を引っ張る。

「行きましょう」

その言葉に促されて旧校舎を出ると、驚いたことに夕日が差していた。
そうか、まだ日暮れ時だったのか。
どうやら旧校舎にいたのは三十分ほどだったらしい。一晩ぐらい経ったかと思ったんだけどな。
バールを引きずり歩くが、流石に人目を引くだろうと思って風紀室に投げ込む。
森が何か言いたそうにこちらを見ていたけど、残念ながら俺は何も話したくない。からだが怠くて口を開くのも億劫だった。

学校をあとにして歩き続けること、十分ちょっと。少しずつ恐怖が薄れて来たらしい。
大きく息を吸い込み吐き出す。

「さっき言ってた鬼の何とかって?」

些細な事なのかも知れないけど、他に口を開く切っ掛けがなかった。
俺の質問に足立が白けたように溜め息をつく。

「西行法師、知ってます?」
「えっと……新古今集だったか」
「はい。僧侶にして武人、そして優秀な和歌を残した事で有名ですが、術師としては二流どころか三流だったようです」

歴史上の人物に対してこの容赦のなさ。お前は本当に何様だ。

「鬼の法、或いは反魂の術と言います。手順は面倒なので省きますが、要は死人を生き返らせる呪術です」
「そんなことできるのか?」

ビックリだ。
でも、オカルトでは割合ポピュラーな方かも知れない。だって、ゾンビとかあるし。

「できません」
足立がアッサリと否定する。
もうちょっと躊躇うふりぐらいしてもいいんじゃないのか?

「本当にそんなことができたら、人工は増加する一方じゃないですか。食料が不足するし、何より地球の面積は限られてるんですよ。アッと言う間に地球の表面が人類で覆われちゃうじゃないですか」

まぁ、それを言ったら確かにそうなんだけど。
いろいろと訳の分からないことする割りに現実的って言うか何て言うか。ちょっと足立のことが分からないよ、俺は。

「だったら、どうして幽霊なんてのがいるんだ?」

俺はよく分からないけど、お前はそういう相談とかされるんだろ。
さっき自分で『プロ』って言ってたぐらいだし。

「僕に持ち込まれる話のうちの九割はただの錯覚です。幽霊がいるんじゃないか、いるに違いない、いて欲しい。そうやって思い込んだ結果、幽霊のようなものが見えると言う訳です」
「でも、俺は別に見たくないけど」

少し強がってみたが、俺は心の底から見たくないと思ってる。
だって怖いじゃん!!

「だから先輩が見てるのは残りの一割なんですよ」

うわぁ、お墨付き貰っちゃったよ。いらねー、そんなの。
ゲンナリとする俺を見て足立が呆れたように溜め息をつく。

「特に関わりないんだったら単に景色の一部として認識すればいいだけなんですけどね」

それができたら、こんな苦労はしないっての。

暮れ行く赤い空を眺めながら、悪夢のような一日だったと思う。いや、足立と知り合ってからずっとおかしな夢を見ているようだ。
でも、終わったんだよな。

佐倉小花と花子さん。

痛みから解放され家に帰った少女と、自分を殺した相手に復讐した少女。
教頭がどうなったのか気にはなるけど、これ以上関わりたいとは思わない。たぶん、死んだんだろうし。

「明日からどうなるんだろうな」

旧校舎で教頭が死んでいるのが発見されたら大騒ぎになるだろう。花子さんの白骨死体もあるんだし。

「どうにもならないでしょう、人ひとり死んだくらいでは世界は変わりませんよ」

足立がやけにクールな口調でそう言う。本当にこいつ一年かよ、そうツッコミたくなるぐらい冷めた意見だった。

公園の前で足立が「右目どうします?」と声を掛けて来る。
そう言えば花子さんのインパクトが強くて忘れてたけど、俺ってば五寸釘で打たれたんだよな。でも、どうしますと言われてもどうしようもない。
俺の右目にいるシロウを追い出したら、また五寸釘で打たれて……もしかしたら死ぬって可能性もある。まだ死にたくない俺としてはシロウに出て行かれては困る。
だからって、このままシロウに居座られても困る。死ぬのはイヤだけど、幽霊を見るのもイヤだ。

「たぶんですけど、対処できると思います」
「は?」

そうなの?
祖母さんが人を呪ったのが風となって戻って来てるって言ったよな。その風を止めることが出来るのか?

「シロウが吠えた途端、相手は消えたんですよね?」
「あ……ああ、そうだったかも」
「だったら、何とかなると思います」
「どうやって?」

信じてない訳じゃない。でも、ここまで散々振り回されて来たんだから、俺としてはどうしても警戒してしまうだけだ。

「今夜、カタを付けましょう」
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。