スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

紫の獣

10.あとの始末


灼熱の太陽と、耳にこだまする蝉の声。
夏休みも半ばを過ぎていた。

補習だとか委員会があるものの、普段に比べればヒマだと言える。

あれから学校はてんやわんやの大騒ぎだった。連日のようにマスコミが押し掛け、教頭の死体が発見された旧校舎には制服姿の警察官が出入りしていた。当然、旧校舎への立ち入りは以前にも増して厳しく禁止され、俺ら学生は近づく事すら出来なかった。
しかし、暫くして教頭の死因が心不全だと判明して事件性がないと発表された途端、マスコミの姿は消え警察官の数も徐々に減り、終業式を迎える頃にはいつも通りになっていた。

もちろん、事件性がないと言っても謎は依然として残ったままだ。
どうして教頭が旧校舎で死んでいたのか、一緒に発見された白骨は誰だったのか。それらは判明していないにも関わらず有耶無耶にされてしまった。要は飽きたのだろう。
実際、旧校舎で何があったのか、解明するのは無理だと思う。
教頭に殺された女生徒が幽霊になって、自分を殺した相手を取り殺しましたなんて、言ったところで誰も信じない。それなら教頭は見回り中に心臓発作で倒れて死んだって事にした方が説得力があるってもんだ。
この先、もしかしたら元からあった花子さんの怪談と結びつける者がいるかも知れない。そうなったとしても、今回の事件は新たな怪談として語り継がれるだけだ。

午前中に委員会があったので、今はその帰り道だ。
吹き出す汗を手のひらで拭い、そのまま右目を覆ってみる。
いつの間にか舗装されていない道へと入っていたらしく、辺りは鬱蒼とした木々に覆われている。暗いと言うほどではなく、茂る葉の隙間から空を仰げば白い雲が流れているのが見える。

だが、手を動かして左目を覆うと見える景色は一変する。
緑に隠れるようにして佇む黒い影。輪郭すらボンヤリとしたそれらは、大雑把に言ってしまえば幽霊みたいな物なのだろう。
以前だったら、絶対にこんな場所に来ようとは思わなかった。来たとしても見なかったフリをして引き返している。そして家に帰って、怖かったーと安堵の息をついていた筈だ。

しかし、今は違う。
怖い事は怖いんだけど、黒い影に敵意などないと分かっているからだ。
あれはただの残骸、残りかすのようなものだ。かげろうのように果敢ないのだ。時間が経てば自然と消えるものだと分かっている。
もし敵意あるものがいたとしても、俺にはシロウが憑いている。俺が襲われるよりも先にシロウがあいつらを食ってしまうだろう。

道を進むにつれて、そういった影は少なくなっている。
理由は俺が向かう場所にあるのだろう。

再び歩き始める事、十分ちょっと。
突然開けた視界に足を止めてしまう。
こんな山の中では不自然なほどに立派な日本家屋。高く聳える塀と大きな門。
そこに掲げられた表札には『比与森』と書いてある。



比与森千鶴子、つまり俺の死んだ母親の実家である。
山の中にあるだけだって、周りに民家などなく深い緑に囲まれている。
祖母の仕事を思えば、それは当然だったのかも知れない。何しろ拝み屋だ、誰だって詮索したくなるだろう。だから人里離れたこの土地で暮らしていたのかも知れない。
しかし、特殊な稼業である分、儲かったのだろう。そうでなかったら山の中とは言え、こんな豪邸とも言える家を建てられる筈がない。
そんな豪邸のインターホンを探してみるが、どこにも見当たらない。

誰か来た時、どうするんだ?

そう首を傾げてみるけど、どうしようもない。まさか門を叩いて開けて貰う訳にも行かないだろう。そんな事しても中まで聞こえるとは思えないし。
仕方ないので、門の脇の木陰でしゃがみ込む。
買って来たペットボトルを取り出すと、物凄く生温い。三十分以上、炎天下を歩いて来たんだからしょうがないか。
温いお茶を喉に流し込んで顔を顰める。

佐倉小花を探す事から始まって、教頭の死で終わった事件。その間、俺と一緒に行動していた『足立』という一年生。
その正体を探ってみたのだが、どうにも埒があかなかった。
人探しなんてした事なかったし、名前は偽名だし、写真もない。特徴をあげるとしたら160センチぐらいの生意気そうな一年生って事になるが、これじゃ絞り込むのは不可能だ。

そこで、発想を変えて親父の荷物を漁ってみた。
会社に泊まり込んでばかりの親父だが、何か知っている筈なのだ。
未整理のまま放置されたハガキの束、その中に差出人が『比与森夏美』と書かれた年賀状を見つけた。
名前からして、親戚だろうと分かる。比与森ツルには千鶴子の他に息子が一人、だが既に鬼籍に入っている事から、その妻にあたる人物だろうとあたりをつけた。
血の繋がらない叔母ではあるが、俺よりも比与森ツルに関して詳しく知っているだろうと思う。封印が解かれたと言っても、俺の記憶には欠落が多い。
何とか、この比与森夏美から話を聞けないだろうか。そう思って住所を見たら、これが案外近かった。
だから直接来てみたのだが、まさかこんなデカい屋敷だとは思わなかった。

どうするか決めかねて、その場でしゃがみ込んでいると、遠くから規則正しい足音が聞こえて来る。誰かがこちらに向かっているらしい。
立ち上がるのも億劫だったので、そのままの姿勢でそちらに目を向ける。

半袖の開襟シャツにグレーのスラックス。
俺を認識したのか、革靴を履いた足がピタリと止まる。

「よぉ」

暑さでヘロヘロになりながら何とか手を上げると、心の底から呆れたような溜め息が返って来る。

「こんな所で何してんですか」

もっと驚くかと思ったのに、反応薄いな。本当に可愛気のない、生意気な奴だ。

「お前に会いに来たに決まってんだろ、比与森正午」


俺の呼びかけに肩を竦めて、「ここじゃ暑いですから」と言って門の横のドアを開ける。
そんな所にそんな物が。しかも、その横にはインターホンまであるじゃないか。
いやはや、俺の目は節穴かっての。

立ち上がって比与森の家へと入る。
先を歩く背中は華奢で骨張っているのだが、ピンと背筋が伸びていて迷いがない。
それを見ながら、ヒントは山ほどあったのだと思う。

始めて会った時、自分の祖母を祈祷師だったと言っていた。そして比与森ツルも拝み屋。
そして、いとこの葬式。だが、叔父の子供は二人いたのだ。
記憶を封印されていた俺は二人のいとこの名前も思い出せない。だが、離れに暮らしていたのは母親と子供が二人、それだけはハッキリと覚えている。
死んだ女の子には兄がいた。だが、二人とも俺より年下だった。その事からいとこは年子か双子だった想像がつく。そして現に双子だったのだ。
生き残った双子の兄、それが俺に『足立』と名乗った一年生と同一人物だとしても年齢的にも矛盾はない。

そこまで分かればあとは簡単だった。
風紀室で森に『足立正午』と名乗ったが、『正午』というのは本名だったと考えられる。正午と書いて『マヒル』と読む名前は咄嗟に思いつけないだろう。だからコイツは比与森正午だ。
そして、こいつから漂う香り。問答無用で仏壇を連想させる、それは間違いなく線香のそれだ。比与森の家にいた頃、俺は常にそれを嗅いでいたのだ。
道理で比与森ツルの事に詳しかった筈だ。何しろ、コイツも当事者だったんだから。しかも俺と違って記憶を封印されていなかったようなんだから誰よりも詳しくて当然だ。
落ち着いて考えたらすぐ分かる事なのに、俺はまんまと騙されてしまったと言う訳だ。
自分の単純さに呆れるしかない。

正午に案内されて、どうやら離れらしい部屋へと通される。
廊下で母屋と繋がっているようだが、独立した玄関があり、そこから靴を脱いで上がり込む。
泥棒を気にする必要がないのか、部屋の窓は開いている。まぁ、こんな山の中だし。
さっきまで汗だくになるほど暑かったのだが、吹き込む風の冷たさに背筋が震える。

すすめられた座布団にドカッと座り込む。
疲れたし、何だか身体が重い。
そんな俺を見て、正午が音もなく近づきポンポンと背中を叩く。

「あ?」
「色んな物が憑いてましたから。シロウを呼べばよかったのに」

あー、さっき見た黒い影みたいなのか。
俺に対する敵意を感じなかったから放っといたんだけど、勝手に取り憑いていたとはね。

「呼んだらどうなってた?」

俺の質問に正午が薄らと笑う。それに余りいい結果にはならなかっただろうと思う。踊り食い状態か。
自分の想像力にウンザリして曖昧に首を振る。

「そんな事より、俺に何か言う事あるだろ」

こいつは、俺との出会いからして嘘をついていたのだ。
前もって佐倉小花の両親にも話を聞いて来た。比与森の家に娘の捜索を頼んだ事は認めたものの、そこに至る経緯はまるで違っていた。
そりゃそうだ。正午はあの学校の生徒ではなかったのだから。
現在、比与森の家は占いを生業にしているらしい。それはまだ来ない未来ではなく、過去を当てるものだ。
そんな物に何の意味があるんだと思ったが、案外、需要はあるようで、比与森の占いは失せもの探しや行方不明者の捜索が主なのだと言う。その筋では有名なのだそうだ。
だから、佐倉小花の両親は比与森に娘の捜索を依頼した。

それなのに正午は俺に嘘をついた。何故か。
理由は簡単だ。
正午の目的は俺に近づく事だったからだ。

「いとこですって名乗ったら信じましたか?」

疾しい事など何一つありませんと言った涼しい顔つきで正午が言う。
その言葉に、どうだろうと首を傾げる。
記憶を封印されていた俺は、自分に親戚がいるなんて知らなかった。家族は親父だけで、死別した母親の事も覚えていなかったのだ。
たぶん、信用しなかったと思う。胡散臭いと思って遠ざけたに違いない。

「でしょう?」

俺の顔色から考えを読み取ったのか、クスクスと笑いを滲ませながらそう言う。

「それに最後まで黙っているつもりでしたから」
「どうしてだ」

俺のいとこだと言うのを隠して置きたかったと言うのか。

「厄介だからです」

は……俺の事が厄介だと言うのか。何で。
俺、お前に何かしたか?

「先輩は間違いなく比与森ツルの力受け継いでいるようでしたから」
「同じ学校じゃないんだから名前で呼んでくれないか」

そう口を挟むと、戸惑ったように目を伏せて「分かりました」と頷く。

「犬の紫狼が取り憑いているから幽霊が見えると思ってるようですが、それは違います。司郎は生まれつきそういう物を見てしまう体質なんです」

そうなのか?
それはそれで何だかイヤなお知らせだな。

「それは比与森ツルが霊能者だったからって事か?」
「違います。比与森ツルは祈祷師であり、拝み屋でした。世間で言うところの霊能者とは別物です」

何がどう違うのが分からないけど、そうまでキッパリと言うのならそうなんだろう。

「霊を使役し、調伏する事。それが拝み屋の仕事です」

見えるだけじゃ使い物にならないって事か。
そりゃそうだよな。俺みたいにビビってばかりいたんじゃ仕事にならないだろうし。

「だけど、それらはただの技術です。修行次第で幾らでも手に入れられる……ただ、司郎のそれは何て言えばいいのか……」

そこで急に言い淀むな。
何だよ、俺は修行しても無駄だって言うのか。
へーへー、どうせ俺には才能なんてありませんよ。

「性格って言うか人柄のような物が少し……」

え、何。
もしかして俺って性格悪い?
自分ではそう思わないけど、もしかしたら周囲にはそう思われてるのかも知れない。
思い出してみれば、これまでの人生で人に避けられて来た。中学では可哀想なほど女子から距離を取られていたし、今も同じだ。でも、それは見た目が怖そうって事なのかと思ってたよ。ポジティブシンキングが過ぎたか。

マジかよー。

外見が怖いって自覚はあったから、優しい男ってのを目指していたんだけど全然ダメだったか。近づきたくないほど性格が悪かったのか、俺は。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。