スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

恋猫2

 放課後の生徒会室。
 試験期間なので殆どの部活動は禁止され、校内は静まり返っている。聞こえるのは卯木の猫なで声と、時折挟まれる佐伯の相槌だけだ。どうやら試験が終わったら遊びに行く約束をしているらしい。
 一年の佐伯は先輩である卯木に逆らえないのか、曖昧な微笑みと相槌ばかりだ。いや、逆らえない理由はそれだけじゃない。
 この場にヒカリがいなかったらキスと抱擁、それ以上の行為に及んでいた筈だ。つまり、二人はそういう関係なのだ。
 男同士で気持ち悪い、とはヒカリも思わない。
 つい最近までヒカリも佐伯を手に入れたいと思っていたからだ。
 その思いは恋とか愛とか、そういう浮ついたものではなかった。かと言って何だったのかと問われても返答に窮してしまう。どうしてもそれに名前を付けろと言うのなら、恐らく『支配欲』だったのだろうと思う。
 幼い頃、母親に支配されていた鬱憤を晴らしたかっただけだ。
 佐伯は小さい時のヒカリとよく似た整った顔立ちをしている。そして投げやりな眼差しと赤い唇からは溜め息ばかり。体つきは華奢で、強く抱きしめたら折れてしまいそうだ。だから、なのだろう。強く言えばこちらの言いなりになると思えてしまう。しかし、それは見る者の幻想であって、本当の佐伯とは異なる。
 見た目からは想像出来ないほど、強情なのだ。何をされても涙どころか表情を変える事もない。そのギャップにヒカリはますます惹かれた。だが、アッと言う間に卯木が佐伯を攫ってしまったのだ。
 どうやら二人の間で待ち合わせが済んだらしく、それぞれが帰り支度を始めている。日曜日に映画を見に行くらしい。上映時間を調べて置くと言う卯木に佐伯が頷き返している。それをぼんやり眺めていると、佐伯がふと振り返りヒカリを見る。
 「須田先輩も一緒に帰ります?」
 佐伯に声を掛けられ、ヒカリは頷こうとして思いとどまる。
 視界の隅で無視出来ないほど存在感を放った卯木が物凄い目でヒカリを睨んでいたのだ。
 「いや……いい。二人で帰れよ」
 卯木と付合うようになって佐伯は変わった。ヒカリは佐伯をいじめていた上級生だった筈なのだが、妙に懐いて来る事がある。理由は考えるまでもない。ヒカリが卯木の幼馴染みだから気を遣っているのだ。当の卯木がそれを歓迎していないと言うのに。
 だからヒカリは佐伯に対して煮え切らない態度になってしまう。
 生徒会室を出たところで二人とは別れ、教室に向かう。
 意味はない。ただ単に反対方向だったから「忘れ物した」と言って別れるには丁度良かっただけだ。
 ゆっくり歩けば、追いつく事もないだろう。何だったら教室で少し時間を潰せばいい。どうせ誰もいないだろうし。
 そう思いながら教室の戸を開けると、意外な事に人影がある。
 女子が三人、一人の男子を囲むようにして立っている。
 どうやら面倒な場面に出くわしてしまったらしい。ヒカリがそう思ったのは、一人の女子が目を赤くして涙を堪えているのが見えたからだ。
 「ちょっと須田、何よ!」
 泣いている女子の隣にいるのはお節介で有名な佐久間だった。女にしては大柄で、気が強い。ヒカリ一人ではとてもではないが適わない相手だった。
 「すぐ出て行くから気にするな」
 肩を竦めて自分の席に向かう。それを機に堰を切ったように女子が泣き出し、佐久間の怒鳴り声が響き渡る。
 「信じらんない、須田の所為だからね!」
 とばっちりもいい所だ。
 この状況を見る限り、泣いている女が真ん中に立つ男子に告白して振られたという事なのだろう。泣かせたのはその男子であってヒカリには何の関わりもない。しかしそう考えないのが女というものだ。だいたいからして告白するのに誰かに付き添って貰うなんて馬鹿げている。
 ヒカリは溜め息をついて「バカか、お前ら」と呟く。
 「何でもかんでも人の所為にするな、ブス」
 思わず言ってしまってからすぐに後悔する。佐久間だけでなく女子全員がヒカリを睨んで来たからだ。だが、こうなったら引き下がれないのがヒカリの性格だった。
 「お友達と一緒に告白とか、バカみてぇ。三人掛かりで囲んじゃって脅迫じゃねーの、それって」
 少しは自覚があったのか、女三人がきまり悪そうに互いに視線を交わす。それでもヒカリは言葉を緩めない。
 「だいたいからして、そんな茶髪野郎に告白なんかして、ヤッて下さいって言ってるようなもんじゃねぇか」
 ヒカリからは男の後ろ姿しか見えず、目に付いた栗色の髪からの印象で勝手な事を言ってしまう。いや、肩や背中から遊び人特有の軽い雰囲気が滲み出ている。
 「盛りのついた猫じゃあるまいし、学生の本分はお勉強だろ。お前ら試験で赤点取らない自信あんの?」
 「ムカつく、あんたなんて取り巻きがいなかったら何にも出来ない癖に!」
 佐久間が悔しそうに吠え立てる。
 影で自分がどんな風に言われているかぐらい知っていた。大勢の男を従えて女王様のように振る舞っている。傲慢で鼻持ちならなく、金で何でも思い通りにしようとする。それがヒカリに対する周りの評価だった。
 ヒカリだってそれを否定しようとは思わない。実際、金で何でも言う事を聞いてくれる便利な連中だったのだ。しかし今となってはどうでもいい事だ。
 ヒカリは顔色を変える事なく言い返す。
 「あんな奴ら、こっちから追っ払ってやったよ」
 「え、」
 意外そうな声を上げたのは佐久間ではなく、残り二人の女でもなく、それまでバカみたいに突っ立っていた男だった。
 勢いよく振り返ったその顔を見て、ヒカリは内心首を傾げる。
 どこかで見た事あるような気がするんだけど、誰だっけ……?
 茶色の髪は、一見すると無造作としか見えないが、実際には丹念にセットされているのだろう。ワックスを付けているのか、毛先までツヤツヤだ。
 その前髪の下にある目は少し垂れ気味で、形の綺麗な唇は面白くない状況であっても笑みを浮かべている。それらから連想されるのは典型的な女たらし、そう言ってしまっては言い過ぎだろうか。
 「あぁ……えっと、早田だっけ?」
 同じクラスなのだから顔と名前ぐらいは覚えている。だが、ヒカリが感じたのは、もっと昔に会った事があるような、微妙なデジャブのようなものだった。
 「須田くんって今は取り巻きいないの?」
 「……そうだけど」
 どうして早田がそこに食いつくのか理解出来ない。
 こうやって告白されてるぐらいなのだ。名前と一緒に思い出したのだが、早田は女に関して滅茶苦茶マメだと噂だった。
 ルックスもさる事ながら、誰にでも愛想が良く、軽薄な笑顔に釣り合った口調で自然と口説く。それが早田という男なのだ。
 間違ってもヒカリが仲良くしたいと思うタイプではない。それなのに、早田は嬉しそうな笑顔と共にこう言う。
 「わぁ、だったら僕と仲良くなろう?」
 これには流石に女共も驚いたらしい。コソコソと何やら話し合って、白けた顔で「じゃ私たち帰るわ」と言う。呼び止める間もなくそそくさと出て行く三人を見送り、ヒカリは早田に目を向ける事なく言い返す。
 「誰がなるか、ボケ」
 取り巻き連中と縁が切れてセイセイしているところなのだ。それなのに、この軽薄を絵に描いたような男と『お友達』になろうと思うほど、ヒカリは酔狂ではない。
 「バカらし……俺も帰る」
 鞄を掴んで教室をあとにする。時間稼ぎとしては充分な筈だ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。