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恋猫5

 家に早田を連れて帰り、自分の部屋に通す。
 小学校に上がる前の年に母親は他界していたし、仕事人間の父親は深夜になるまで帰らない。昼間は通いの家政婦が来ているが、それも夕方には帰ってしまうので無人なのだ。
 だからヒカリは深く考えずに早田を連れて来たのだが、自分の部屋に他人がいる風景を見て、何だか新鮮な気がしてしまう。
 思い出してみれば、これまで誰かを招いた事などなかったのだ。昔は卯木が来る事もあったが、用が済んだらさっさと帰るような奴なのだ。早田のように寛いでいる姿など見た事もない。
 「何か飲む?」
 「お構いなくー」
 軽い調子で答える早田に小さく笑ってキッチンへと向かう。
 冷蔵庫を開けると、家政婦が作り置いてくれた惣菜とペットボトルの麦茶があった。それをコップに注いで部屋に戻る。
 ヒカリのベッドを避けて床に座った早田がそれを受け取る。それ見て、ヒカリはふと思い出す。
 「中学の卒業アルバム、確かあったよな」
 「え?」
 突然の言葉に戸惑ったのか、早田が狼狽した声を上げる。それを無視して本棚に向かい、目を凝らす。
 思い出は何もなかったが捨てた記憶もないので、どこかに紛れている筈だ。
 程なくして目当てのものを見付け、床に座り込んでページを捲る。
 「早田は何組だった?」
 しかし返事はない。顔を上げると、早田が拗ねたように横を向いている。
 「おい、早田」
 すぐ傍にある早田の足を軽く叩いて返事を促す。すると、不貞腐れた声で「三組」と返事がある。それを聞いてヒカリは首を傾げる。
 「同じクラス……?」
 中学時代のヒカリはクラスでは浮いた存在だった。馴染もうと努力しなかったのだから当然だった。それでも、同じクラスだったのなら覚えている筈なのだ。何しろ特徴的な泣き黒子があるのだから。しかしヒカリには早田に関する記憶などまるでない。
 「須田くんと違って本当に地味だったから」
 そう苦笑混じりに呟いて話はこれでおしまいとでも言うように教科書を広げる。
 仕方なくその隣に座って早田の試験勉強に付合う。
 苦手だと言うだけあって、公式一つ覚えるのにも苦労している様子だ。見兼ねてアドバイスするのだが、どうも上手く行かない。
 物覚えが悪い訳ではない。寧ろその逆だ。暗記だけで言うなら、教科書を丸ごと覚えられそうなぐらいだ。頭の回転も早い。なのに、どうでもいいケアレスミスを連発するのだ。どうやら数字そのものに苦手意識が働いているらしい。その所為なのか、注意力散漫でどこか上の空だ。
 「もうやだ」
 範囲の半分も進んでなかったが、ヒカリは教科書を投げ出し仰向けに倒れる。
 元々が飽きっぽい性格をしている上に、手応えを感じなくて面倒くさくなってしまったのだ。
 「ごめんね」
 おっとりと目尻を下げて笑う早田からは真剣味が感じられない。それを見上げてヒカリは身体を起こす。
 「お前、数学ぐらい出来なくても構わないとか思ってるだろ」
 早田がそう思ってるとしても無理はない。総合すれば成績は決して悪くない。困ったように笑うだけで何も言い返して来ないのが証拠だった。
 「だったら、何か目標立てればいいんじゃないか?」
 ヒカリがムキになる理由など何もなかったが、こうなったら後には引き下がれない。数学さえ上がれば十番以内に入るのだって夢ではないのだ。だったら、その通りにして見せる。
 「目標?」
 キョトンと首を傾げる早田に、ヒカリは大きく頷き返す。
 「次のテストで十番以内に入れ」
 「何で?」
 即座に問い返されて、ヒカリは「うっ、」と言葉に詰まる。本人がその必要を感じていないのに、それを強要する権利なんてないと気付いたのだった。
 しかしニコッと微笑みながら早田が続けて言う。
 「だったらさ、ご褒美ちょうだい?」
 「どうして俺が」
 「いいじゃん」
 そんなやり取りを躱して、ヒカリは面倒くささが先に立ち、頷いてしまう。
 「何が欲しいって?」
 「夏休み、須田くんと遊びに行きたいなぁ」
 それぐらい理由なんか付けなくても付合ってやる。そう思ったが、「別にいいけど」と曖昧な返事をする。
 「じゃ、決まり」
 嬉しそうにもう一度笑い、早田が帰り支度を始める。呆気に取られながらそれを見つめ、ヒカリは思わず口を挟む。
 「そんなんでいい訳?」
 遊びに行くぐらい、いつだって行けるだろう。ご褒美と言うからには、もっと何か特別な物の方がいいんじゃないのか?
 ヒカリがご褒美を出す筋合いではなかったが、そんな事は頭から抜け落ちていた。
 怪訝な顔をするヒカリに早田がコクンと頷く。
 「うん。僕、頑張るから」
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