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恋猫6

 目の前に広げられた紙をマジマジと見つめる。
 ヒカリ達の通う学校では、個人情報保護の観点から試験の順位を張出す事はしない。その代わり、各生徒にそれぞれの成績と順位を印字したプリントを配る。
 ヒカリはいつもと同じく一桁台後半をうろつき、総合七位。だが、今、目の前にあるのは早田のものだ。
 総合二位。ヒカリにとって、それは一位を意味する。何故ならヒカリは卯木を数に入れないと決めているからだ。
 「どんだけ勉強したんだ、お前」
 自分で出来るんじゃん。これなら別にヒカリが勉強を教える必要などなかったのだ。
 呆れた声を出すヒカリに向かって、早田が「ね?」と笑う。
 「夏休み、どこ行こうか?」
 「え、まさか……その為かよ」
 それぐらい試験の結果に関係なく付合ってやるよ。そう言おうとするが、どちらにしろ付合う事になったのだ。まぁ、いいかとヒカリは肩を竦める。
 「どこでもいい。何なら泊まりでもいいぞ」
 どうせ他に予定などないのだ。予備校もバイトもヒカリには縁がない。早田以外に友達と呼べる相手もいなかったし、夏休み中付合ってもいいぐらいだった。
 「じゃ、今日の帰りに打合せしよ?」
 そんな話をして、ふとした思いつきからヒカリは早田の家に行きたいと駄々を捏ねてみる。友人になろうと言い出したのは早田の方なのだ。それなのに同じ中学だった事を隠していたのは辻褄が合わないような気がしていたのだ。話しかけるキッカケとしてはこれ以上のものはない筈だからだ。
 何か意図があって隠していた。そう思った方が自然だろう。
 その意図とは何か。
 そう考えた時、ヒカリがすぐに思いついたのは『復讐』という言葉だった。
 ヒカリには自分がいけ好かない奴だという自覚が充分にある。父親の権力をかさに我が侭放題。いつも取り巻きを連れ歩いていたが、その取り巻きからも嫌われていたのだ。
 しかも中学の時は卯木というストッパーもいなかったので更に酷かったと思う。
 記憶にはなかったが、もしかしたら早田を傷つけるような事をしたのかも知れない。それを根に持って、早田は自分に近づいて来た。そう思えば全ての辻褄が合うような気がするのだ。
 だが、厄介な事にヒカリはそこそこ早田の事を気に入っている。口をきくようになって分かったのだが、早田は女に限らず誰に対しても親切なのだ。寧ろ女に対して奥手とも言える。だからこそ告白されてもそれを上手くあしらえず、佐久間のような奴に因縁を付けられるのだ。
 外見で判断していた分だけ、そのギャップにヒカリは好感を抱いていた。だから、過去に自分が何か仕出かしたのなら、キチンとそれを謝罪したいと思った。
 その為には早田に何をしてしまったのか。それを知る必要がある。
 中学時代の話なので、五年前。
 そこまで考えて、ふと何かが心に引っかかる。いつだったか早田が『五年』という言葉を口にしたのを思い出したのだ。
 何だったろうかと考えて、漸く思い出す。早田が誰かに片思いをしている年数だった。
 ダメだ、全然関係ない。そうヒカリは溜め息を零す。
 「んー、散らかってるから今日はちょっと」
 当たり障りのない言葉で早田が断ろうとして来る。しかし、持ち前の傲慢さを発揮してヒカリは更にごねる。
 「いいよ、俺は気にしないから」
 「でも、本当に」
 早田が誰にでも親切なのは、性格がいいと言う以外にも理由がある。ハッキリ厭と言えない性格なのだ。要は押しに弱い。
 「いいじゃん、少しぐらい。それとも俺が行ったら何かヤバい事でもあるわけ?」
 首を傾げて問い詰めると、早田が珍しく目元を少しだけ顰める。図星のようだ。
 ヒカリはそれに確信を深めながらも何も気付かぬふりをして更にねだる。
 「親が煩いとか?」
 「いや、あの……一人暮らしだから」
 初耳だった。何か家庭の事情でもあるのかと思って見つめると、苦笑しながら早田が言葉を続ける。
 「家が遠いから、それだけだよ」
 早田の家が通っていた中学の近くなら、その言葉に嘘はないだろう。そう判断してヒカリは「だったら、いいじゃん」と調子づく。
 「誰もいないなら別にいいだろ。少しぐらい汚くても気にしないって」
 とっておきの笑顔を浮かべて「な?」と早田を見つめる。これだけ言えば早田が断れないと知っていた。
 案の定、困り顔をしながら頷く早田を連れて学校をあとにする。
 先ほどまでの饒舌さが嘘のように早田は静かだった。気まずい沈黙が流れる中、一軒のアパートに到着する。
 「掃除するから少しだけ待っててくれる?」
 怪しいと直感する。だが、流石にそれを駄目だと言う事は出来ずに不承不承頷き返す。
 早田の部屋は小さなアパートの二階にあった。外装はまだ真新しく、学生の独り住まいにしては少しばかり贅沢な気がする。だが、アパートの裏が駐車場だから騒音が酷いのだと早田が言う。
 暫くして早田が顔を出し、「いいよ、どうぞ」とニッコリする。
 それに頷いてドアを潜り、思ったより整頓されている事に少しだけ驚いてしまう。待たされたのは僅か数分なのだ。その間にここまで綺麗に掃除出来るとは思えない。恐らく普段から部屋の整理に余念がないのだろう。床には埃一つ落ちてない事からもそれが窺える。
 ヒカリを廊下で待たせる必要などなかったのだ。だから掃除はただの言い訳で、本当はヒカリに見られたくない物を隠したのだろう。
 「何か飲むよね?」
 ガラス戸で仕切られたキッチンに向かいながら早田が問いかけて来る。それに「何でもいい」と答え、部屋の中に目を走らせる。
 窓際に机とベッドが並んでる。机の上には教科書が数冊とノード型のパソコン。それと向かい合うようにしてテレビを乗せたカラーボックスがありる。間の狭い空間には小さなテーブル。
 鞄を投げ出し、他に座る所がなかったのでベッドに腰掛ける。
 「須田くん、悪いんだけど座布団に座ってくれる?」
 グラスを持って戻った早田が困ったようにそう言う。流石に断りなくベッドに座ったのはマナー違反だったかも知れない。
 だが、始めて早田に拒否されてヒカリは少し傷付く。
 「やだ、ここがいい」
 ムキになってその場で寝転がる。それを見て、早田がますます困ったように眉を寄せる。それ以上、強く言えないのだろう。
 何も困らせる為にやって来たのではなかったが、床に座り直すのも今更な気がして、ヒカリはそのまま早田を見上げる。
 「うん、いいけど……零さないようにね」
 そう言ってテーブルにグラスを乗せる。その手が僅かに震えているのをヒカリは見逃さない。だが、その理由についてはサッパリ見当も付かなかった。
 「夏休み、どこ行こうか?」
 気を取り直したように早田がいつもの甘ったるい笑顔でそう言う。
 「どこでもいい、暑い所じゃなければ」
 「折角だから海でも行く?」
 「面倒くせー」
 水を差すつもりはなかったが、つい正直に答えてしまう。だが、早田がガッカリしているのを気配で察して、ヒカリは慌てて言葉を付け足す。
 「だったら、うちの別荘でも行くか?」
 ヒカリの言葉に早田が目を丸くさせる。
 「別荘って……須田くんのお家、お金持ちなんだね」
 同じ学校に通っていて、それを知らない奴がいるなんて思わなかった。ヒカリは珍しいものでも見るような目で早田を見つめる。
 「そう言えば、お家も大きかったしお手伝いさんもいるんでしょ?」
 このまま放って置いたら、延々とその話が続きそうだった。
 だからヒカリは強引に話題を変えてしまう。
 「別荘ったって、何にもないただの一軒家だ。飯も風呂も自分でやんなきゃいけないし……」
 言ってる途中で面倒臭くなって口を閉じてしまう。
 これなら早田の言う通り海に行った方が楽なのかも知れない。旅館に泊まれば炊事する必要がないからだ。
 「それだったら須田くんと二人っきりって事?」
 「まぁ、そうなるな。管理人がいる事にはいるけど、少し離れた所に住んでるし」
 連絡して置けば簡単な掃除ぐらいはしてくれるだろう。だが、食料や生活用品を運び込む手間を思うと、行く前から疲れてしまう。
 やっぱり海にしよう。
 そう言いかけるが、先に早田が「そこがいいな」と呟く。
 「何だか楽しそうだし」
 ニコリとしながらヒカリを見つめる。そんな顔をされては、やっぱり厭だとは言い出せない。ヒカリは仕方なく「分かったよ」と返事する。
 楽しみだね、と微笑む早田に曖昧な頷きを返す。鈍いのか、はたまた無視する事にしたのか、早田はヒカリのそんな態度には触れず「いつにしようか?」と話を続ける。
 「いつでもいい」
 答えながら枕元を探ると思った通りテレビのリモコンがある。いちいち訊ねるのも話の腰を折ってしまいそうだったので、ヒカリは勝手にスイッチを入れる。
 「お、ベスポジ」
 横になったままテレビが見えるように配置されているのだろう。もしかしたら眠る時はいつもテレビをつけているのかも知れない。
 早田の話し声とテレビの音を聞くともなく聞いている内に、それらが子守唄となったのか、ヒカリの目蓋は重くなって行く。
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