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恋猫7

 夢の中で、ヒカリは中学一年生だった。
 卯木と同じ中学に入学した筈なのだが、事件を起こし転校を余儀なくされたばかりの頃だ。
 転校の経緯が噂にでもなってたのか、或いは父親が付けた取り巻き連中が悪かったのか、新しい学校では遠巻きにされ敬遠されていた。
 卯木がいれば一人で事足りたのだろうが、転校してくれるほど付合いのいい奴ではない。だから父親は部下の息子連中にヒカリの監視を頼んだのだ。
 その頃にはヒカリも、単純ではあるがバカではなくなっていたので、父親の思惑も取り巻き連中の下心も全て心得ていた。相手の望むまま我が侭を言い、不遜な態度で周囲を振り回してやった。それがヒカリの求められた役割だったからだ。
 その時も取り巻き連中と一緒に廊下を歩いていた。何を考えていたのかは覚えてないが、ヒカリは少し上の空だった。
 だから、前から来る少年に気付くのが遅れた。気付いた時には既に正面からぶつかっていて、互いに尻餅をついていたのだった。
 取り巻きの手を借りて立ち上がり、ぶつかった少年に目を向ける。
 親の言いなりなのだろう、坊ちゃん刈りのような髪型と黒縁の眼鏡。レンズが厚いのか、その奥にある筈の目がどこを見ているのかよく分からない。だが、驚いているのだという事だけはハッキリと分かる。何故なら口をポカンと開けていたからだ。
 廊下に座り込んだまま呆然と見上げて来る少年にヒカリは何か言った筈だった。
 気を付けろとか、前を見て歩けとか。
 よそ見していたのはヒカリの方だと言うのに、それを思い切り棚に上げている。
 それでも少年は何も言い返さない。ただ、驚いた顔をヒカリに向けるばかりだ。
 フン、と鼻を鳴らして目を逸らす。その時になって漸く少年が自分と同じ一年生である事を思い出す。
 転校して来た初日、職員室を探して歩き回るヒカリを案内してくれたのが、その少年だったのだ。
 「ごめんね」
 気弱そうな優しい声で謝られ、ヒカリは急に気まずくなる。元はと言えばお互いさまなのだ。それなのに片方だけが謝罪するのは理不尽だろう。
 そう思ったヒカリはぶっきらぼうに答える。
 「俺も悪かったよ、トキ」
 出会った時に教えられた名前で呼びかけると、立ち上がった少年が嬉しそうにニコリと笑う。
 


 前に早田を見た時に感じた既視感は錯覚なんかではなかったのだ。
 ヒカリは中学で何度も早田と話をしていた。他に友人らしい友人もいなかったので、早田とは親しい方だったのかも知れない。
 それなのに今まで思い出さなかったのは、早田がまるで違う外見をしているからだ。
 地味で大人しかった容貌は一変して、遊び人のような外見になっているのだ。これではヒカリでなくとも気が付かないだろう。
 ただ不思議なのは、そこまで思い出しても早田に恨まれるような何かがあったとは思えない事だった。
 普段は取り巻きにガードされていたので、一般の生徒とは口をきく機会もなかった。早田とだってそうだ。親しいと言ったが、それはあくまでヒカリの主観での話だ。それほどにヒカリは誰とも口をきかなかったのだった。
 眠りの余韻に浸りながら、つらつらと過去の出来事を思い出していると、不意にすぐ傍のシーツが僅かに沈む。続けて「須田くん」と早田の声がする。
 「ごめんね、ずっと黙ってた」
 聞いてるヒカリの方が切なくなるような声でそんな事を言う。
 何を黙っていたと言うのか。ヒカリは続きを聞き出そうとして眠ったふりを続ける。
 「須田くんが転校して来た時、僕が職員室まで案内したの覚えてる?」
 丁度その夢を見ていた所だ。声には出さずにヒカリはそっと相槌を返す。
 早田はピクリともしないヒカリが起きているとは思ってないのだろう。囁くように言葉を続ける。
 「あの時に僕ね、すごく驚いたんだよ。須田くん、今より背が低くて華奢だったでしょ……?」
 五年も前の話なのだから当然だった。怒る気にもなれずジッとしていると、早田がクスッと笑う。
 「だから女の子かと思っちゃった」
 その言葉はヒカリにとってタブーなのだ。しかし、何故か腹が立たない。それより話の続きが気になって仕方なかった。
 「おかしいよね。ちゃんと男子の制服着てたのにそう思うなんて……でも、もしかしたら一目惚れだったのかも」
 「……は?」
 狸寝入りするのも忘れて、ヒカリは声を上げてしまう。振り返ると思ったよりも近い距離に早田の顔があって、更に驚く。
 早田もヒカリが起きている事に気付いてなかったのだろう、唖然としたように目を丸くしている。
 「今、何て……?」
 誰が誰に何だって?
 空耳か、そうじゃなかったら聞き間違えたのか。そうでないと分かっていながら、どうしてもすんなりと理解出来ない。脳の処理能力が追いつかない。
 「須田くん……いつから起きてたの?」
 早田が泣きそうな声でそう問いかけて来る。最初から、そう答えようとするが、考え直して曖昧に首を振る。どう返しても変わらないと思ったからだ。
 「そう。ごめんね」
 声を震わせながら早田がニコッと笑って見せる。何に対して謝られたのか分からず、ヒカリは不可解な顔をしてしまう。
 「本当は言うつもりなかったんだよ。でも、須田くんってば僕の家に来たいなんて言い出すし、おまけにベッドで眠っちゃうし」
 そう言って、ギシッとベッドを軋らせ、ヒカリとの距離を縮めて来る。
 「前に佐久間さんたちに『盛りの付いた猫』って言ったの覚えてる?」
 覚えているに決まってる。それがキッカケで早田と親しくなったのだ。
 小さく頷くヒカリを見て、早田が更に近づく。
 「僕もそう……ずっと我慢してたんだよ」
 何を。問いかけたかったが、そう出来ない。
 何故なら横になったヒカリの身体に早田が被さって来たからだ。
 「須田くんとヤリたいって」
 「あ……?」
 告げられた言葉に間の抜けた声を上げてしまう。それに早田が苦笑を浮かべる。
 「好きなんだもん、そう思って当然でしょう?」
 早田の掠れた声と熱い吐息が耳を掠める。その所為でもないのだろうが、ヒカリはうっかり頷きそうになる。
 「えっと、つまり……そういう好きって事か?」
 だとしたら悪趣味だ。身体の構造上、異性を好きになる方がうんと楽なのだ。百歩譲って、早田がそういう性癖なのだとしてもどうしてヒカリを選んだのか分からない。ヒカリだったら、もっと大人しい……たとえば佐伯のような奴を選ぶ。
 「うん、そういう好きだよ」
 穏やかな顔つきで早田がコクンと頷く。自棄を起こしているようには聞こえないので、開き直っているのかも知れない。
 「須田くん、いつも取り巻き連れてたから近づけなくて。何度もコッソリあとつけて家まで行った事もあるんだよ?」
 「それってストーカーって言うんじゃ、」
 思わず言葉を挟むが、早田はそれを無視してクスンと鼻を鳴らす。
 「気を付けてたつもりなんだけど、生徒会長に見られてたみたい」
 あ、と思う。
 卯木が早田を知っていた理由が分かったのだ。ヒカリを追いかけて家の近所まで来た制服姿の早田を見たのだろう。
 同時に些細な違和感の正体にも気付く。
 ヒカリの成績を早田が何故、知っていたのか。ヒカリの学校では個人の成績を発表する事はない。それなのに知っていたのは、調べたからだ。
 何しろ五年も片思いをしていた相手なのだ。それぐらいしても無理はないのかも知れない。そして、もう一つ気付いた事があった。
 「もしかして高校選んだのも?」
 「うん、須田くんと同じ学校に行きたかったから。ついでに無理言って一人暮らしさせて貰ってるんだ」
 どうして、とは問えなかった。
 今の状況、この体勢を思えば理由なんか一目瞭然だったからだ。
 顔を強張らせるヒカリを見て、早田がいつもの苦笑を漏らす。
 「だからって無理にするつもりはなかったんだよ。だいたいからして、好きとか言うつもりもなかったし」
 その言葉にヒカリはホッと安堵の息をつく。だが、早田は依然として上に被さったままだ。
 「どけよ」
 命令とも懇願とも取れる言い方だったが、その声はどこか卑屈な響きを孕んでいる。
 実際、卑屈になっていたのだ。
 好きだと言われてどうすればいいのか全く見当が付かない。口をきくようになってまだ数日しか経ってなかったが、強く拒絶出来るほど早田の事をどうでもいいとは思わなかった。かと言って、流されてしまうほど優柔不断でもない。
 答えの出ない事を誤摩化そうとして穏便に済まそうという計算が働いき、結果、背中を向ける事しか出来ない。
 普段の早田なら、さきほどと動揺の笑みを浮かべて「ごめんね」と言う筈だった。しかし、この時に限って違う言葉が返って来る。
 「やだ」
 背後から早田の腕が絡み付き、腹に回される。そうされてもまだヒカリは抗うどころかポカンとしていた。
 早田がヒカリの言葉に逆らった事など、これまで一度もなかったのだ。しかも、こんなキッパリと物事を口にするのも聞いた事がない。
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