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女王の赤い薔薇1


お人形のような双子だった。
いつも二人で手を繋ぎ、何やらヒソヒソと小声でやり取りしていた。
他の子供たちと遊ぶ事はなく、二人きりで世界が完結している。そんな風に見えて、誰も敢えてそこに入ろうとはしなかった。
歓声を上げて遊ぶ子供たちを冷めた目で見つめる双子。顔立ちはそっくりだったけど、二人を間違える事はなかった。髪型が違っていたのだ。
しーちゃんと呼ばれる子はオカッパで、一方のかのちゃんと呼ばれる子は耳の辺りで揃えたショートカットだった。
姉さんにお菓子を貰って、それを二人に差し出した事がある。
緊張して声が震えそうになるのを必死に堪え「しーちゃん」と呼ぶ。すると、お人形のような目が驚いたように丸くなった。
手のひらに乗せたお菓子を見せると、「ありがとう」と細い声で礼を言ってお菓子を受け取る。それから隣のかのちゃんに目配せをする。
その仕草が子供とは思えないほど自然だったので、ポカンとした。慌てて、残ったもう一つをかのちゃんに差し出すと、目の下をほんのり染めてニッコリと笑った。しーちゃんとは違って、年齢相応の幼さだった。ホンワリとした柔らかい笑顔。
その笑顔が今も忘れられない。







僕の通う高校は、元々、女子校だったそうだ。それが二年前、少子化の煽りを食らって共学になったのだが、今でも男子生徒の数は女子の半分に満たない。
新入生もそれに違わず、女子が二百人いるのに対して男子は僅か六十人。教室に漂う化粧品の匂いと、悲鳴のような甲高い喋り声。それだけでも辟易すると言うのに、男子と言うだけで汚物を見るような眼差しを向けられるのだから堪ったものではない。
それでも中には例外とされる人物もいる。
生徒会に所属している男子はそれだけで憧れの対象となっているらしい。成績優秀な事に加えて、全員が顔立ちの整った美形だからだろう。そしてもう一つの例外が僕のような連中だ。
弱々しく、すぐに泣いてしまいそうな奴。要は、女々しい男子は愛玩用として可愛がられているのだ。
事実とは違うし面と向かって言われた事はないけど、僕はそう理解している。
教室にいても学食に行っても、同級生上級生を問わず女子は全員、僕に優しい。日直を代わってくれたり、注文を代わりにしてくれたり。それが男子の反感を買っているという自覚はあったが、先にも述べたように女子の方が圧倒的に多い校内において、危害を加えられる事などあり得ない。
それに僕の目的から言っても、女子と仲良くする方が得策だった。出来れば上級生の女子と。
だから部活選びは真剣だった。余りに悩み過ぎていまだに決められないほど真剣なのだ。
困った。
殆どの部活を見学したと思う。女子高だったと言うだけあって、茶道部と華道部が一番人気らしい。三年生の多さで言えば、二つのうちのどちらかだろう。だけど、致命的な事に僕は正座が出来ない。だから悩んでしまうのだ。
次に三年生が多いのは演劇部と声楽部。人前に立つのが苦手な僕にそんな所入る勇気がある訳ない。目的を果たしたら辞めてしまえばいいのだが、出来る事なら揉め事は起こしたくない。体育系の部活は男女別だから最初から僕の眼中にない。
本当なら部活ではなく生徒会に入りたいところだけど、今年の生徒会長は男子の上にかなりの曲者らしいと噂を聞いて躊躇っている間に役員は決まってしまったのだ。
どうしたものかと、机に向かって思案していると「君塚!」と呼ばれて顔を上げる。
一目見て二年生だと分かる男子生徒が僕を呼んでいた。名前は知らない。そもそも始めて見る顔だ。
「何ですか」
揉め事を起こしたくない僕は平和主義者でもある。だから呼ばれるまま席を立ち、二年生の傍に行く。
「ちょっと」
軽く顎をしゃくって廊下を歩き出す。僕の都合などお構いなしだ。
それに厭な予感はするものの、放課後なのでいつも助けてくれる女子の姿は既にない。諦めの溜め息をついて二年生の後ろを歩く。
窓から差し込む西日に照らされて、二年生の髪が赤茶色に輝いている。
校則は比較的緩い方だと思うが、髪を染めてピアスまでして怒られないのだろうかと他人事ながら心配になる。
どう見ても先を歩く二年生はチャラそうだ。夜の繁華街なんかが似合うと思う。
そんな事を考えていたら屋上に到着してしまった。
傾き出した太陽の赤い光を浴びて、もうこんな時間なのかと改めて思う。
有無を言わせぬ様子で僕を連れ出した癖に二年生は貝のように口を閉ざしたまま何も言わない。
何なんだ。用がないなら呼び出すなよ。
少し呆気に取られるが、グラウンドから聞こえる歓声についフェンスに近づく。どうやら生徒会が見回りをしているらしい。追っかけとも言える女子の興奮した声がここまで届いている。
先頭を歩いているのが生徒会長の五十嵐さんだろう。近くで見た事はなかったけど、目立つ風貌をしているのですぐに分かる。
緩くウェーブさせた黒髪と周りの生徒より頭一つ高い身長。姿勢よくピンと伸びた背筋。
五十嵐さんが振り返る度に女子が見蕩れて悲鳴のような声を上げている。ああ、平和だなぁ。
そんな事を考えていたら不意に顔の横にある金網がガシャンと揺れる。ビクッとして振り向くと二年生がヘラヘラと笑いながら僕を見ていた。
「何ですか」
二度目になる質問を口にするが、それに返って来た言葉は理解しがたいものだった。
「ああいうのが好み?」
何を差して「ああいうの」と言ってるのか分からない。それにわざわざ屋上まで呼び出して僕の好みなんか聞いてどうするのだろう。
キョトンと首を傾げていると、笑顔のまま真剣な目で更に言う。
「ねぇ、教えてよ」
「……少なくともあなたは僕の好みじゃありません」
中学の時に一度だけ男から告白された事がある。どうして男が男に惚れるのか。個人の嗜好なので構わないのだが、好意の対象が僕である理由が分からなかった。そう質問して返って来た答えは「守ってやりたくなる」という屈辱的とも取れる言葉だった。僕はそこまで弱々しく見えると言うのか、失敬な。
今にして思えば、僕は相手の庇護欲か何かをくすぐっていたのかも知れない。その時は何とか逃げ果せたが、迂闊な事は言わない方がいいだろう。
そう思っての言葉だったが、どうやら火に油を注いでしまったらしい。目を吊り上げてフェンスを掴んでいた手を僕に伸ばして来る。
殴られる。そう思って咄嗟に目を閉じるが、思ったような痛みはない。
おそるおそる目蓋を上げると、いつの間に来たのか背の高い女子が二年生の手首を捻り上げていた。
「イジメカッコワルイ」
カタコトでそう言うとニッコリと笑う。誰がどう見てもバカにしている。
二年生もそれに気付いたのだろう。掴まれた手を振り回して女子を突き飛ばす。
「何だよ、関係ねーだろ」
「何だよと問われたからには答えてやろう。私は三年の春日詩音だ!」
両足広げて腕組んでふんぞり返っている。無駄に偉そうだ。
しかも、質問と答えが噛み合ってるようで噛み合ってない。
腰まで届きそうな真っ黒な髪。それとは反対に抜けるように白い肌。血の色をした赤い唇。クリッとした黒い目が今は好戦的に吊り上がっている。どこからどう見ても純和風の美人だ。
なのに、何か変だ。
ここまで美人だったら少しは自分でもそう思っていていい筈なのに、春日さんの言動はズレている。だいたいからして美人はふんぞり返ったりしないし「ふははは!」なんて悪人笑いもしない。
「平伏せぇい!!」
何だ、この人。
助けて貰っといて何だけど、ちょっとヤバい人なのかも知れない。
二年男子もそう思ったのだろう。胡散臭そうに春日さんを睨みつけて「引っ込んでろ!」と突き飛ばす。だけど、春日さんの方が早い。
スッと音もなくその手を避けて間合いを詰めて来る。
「もう、やだ。何なの、ノリワルーイ。そこは『ハハーッ!』って土下座してくんなくちゃ」
そう言いながら二年生の襟を掴む。
「もう一度言う。私の名前は春日詩音、聞き覚えは?」
一言一句ハキハキと問い掛ける。いや、質問と言うより確認だ。
それに対して二年生が「あ……」と声を上げる。
「三年の片翼、」
「ご名答。クイズ正解者には賞品として最短距離でグラウンドまでの旅行をプレゼントしてやろう」
襟を掴んだままグイグイと押す。そんな事してもフェンスは頭上まであるのだが、春日さんにとっては関係ないらしい。まさかと思うが、もしかしたらフェンスごと二年生を突き落とそうをしているのかも知れない。
女子の細腕でそんな事が出来る筈もないのだが、何となく春日さんならやってしまいそうな気がした。
「やめて下さい!」
咄嗟に春日さんの手を掴んでやめさせる。こうでもしないと二人とも落ちるって思ったんだから必死だ。
僕の制止の所為かどうか、春日さんが手を緩める。その隙を見逃さず二年生が春日さんに殴り掛かろうとする。女子に向かって何て事するんだ。
そう思うが、またしても春日さんの方が早かった。僕の手をスルリとほどき、二年生の肩を掴むと鳩尾目掛けて勢いよく膝を叩き込む。ドスッと重い音がしたと思ったら二年生が屋上に這いつくばる。
「最初からそうしてればいいんだよ」
吐き捨てるように呟き、更にはトドメとばかりにその背中を踏みつけ、僕を振り返る。
「君塚くん?」
首を傾げてニッコリと微笑む。美人はそれだけで得だよなって思うけど、今の暴虐ぶりを目の当たりにしてそんな事で騙されるような男はいない。
「は……い……」
蛇に睨まれた蛙のように僕は微動だに出来ない。それどころか冷たい汗が背中を伝っている。
「やだな、そんなに怯えないでよ。助けてあげたんじゃないの」
確かに。そう言えない事もないのかも知れない。
「あ、すみません。ありがとうございました」
声が震えそうになるのを堪えて何とか礼を言う。続けて「失礼します」と言って逃げようとするのだが、「いいからいいから」と頭を撫でられてしまう。訳が分からず僕はフリーズする。
「可愛い子はみんなで守ってあげないとねぇ」
そんな事を言いながらしつこく僕の頭を撫で続けている。ひとしきり撫で回して気が済んだのか、手を降ろすと「行こうか」と言う。
「え、どこに……?」
春日さんとは初対面だし、待ち合わせしていたのでもない。なのに、当然のようにそんな事を言われてキョトンとしてしまう。そんな僕を振り返り、春日さんがニッコリと唇を吊り上げる。
「イイトコロ、」
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