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女王の赤い薔薇2

訳も分からず、手を引かれるまま連れて来られたのは特別教室の並ぶ三階。その一室。
入学してまだ間がないので、何の教室だか分からない。それでも中に入った瞬間、朧げに理解する。
教室ではなく準備室か何かなのだろう。
そう思った要因は、一つ目に黒板が見当たらない事、二つ目は教室にしてはやけに狭い事だった。
普通の教室の三分の一程度の広さしかない。畳がある訳ではないからよく分からないけど六畳ぐらいといったところか。
でも分かったのはそれだけだった。
窓際に置かれた革張りのソファ、それと並んで冷蔵庫。
教室にしろ準備室にしろ、その二つの存在は奇異だった。
春日さんは僕の手を離すと迷う様子もなく冷蔵庫を開けて中からペットボトルを取り出す。一口飲んで顔を顰める。どうしたのだろうかと手元を覗き込むと炭酸飲料のようだった。
「気が抜けてる……」
恨めしそうに呟き、それをまた冷蔵庫に戻す。そんなに不味いなら冷蔵庫に戻す必要などないように思ったが、僕は部外者なので何も言わないで置く。と、言うか本能的に危機回避能力が働いただけだ。
「何にしても会えて良かったよ」
そう言って仰け反るようにしてソファに腰掛ける。高々と足を組むのでスカートの中まで見えそうだ。そこでも矢張り僕は本能の命じるまま目を逸らす。
そっぽを向いた僕を気にした様子もなく、春日さんは言葉を続ける。
「君を探してたんだ」
そんな事を言われても、僕にとって春日さんは初対面の相手でしかない。良かったなどと言われる心当たりは皆無だった。
「どの部活に入るかもう決めたのかな?」
組んだ膝の上で頬杖をつくとニヤリと笑う。
何度も言うが、春日さんは美人なのだ。それなのに誰がどう見ても悪そうな笑顔を浮かべている。天は二物を与えず。神様はきっと春日さんの頭の中から『女らしい』という概念を根こそぎ消し去ってしまったに違いない。
「いえ、まだですけど」
逃げ出したい一心で正直に答える。嘘なんかついたところですぐバレるだろうし、そうなったらそうなったで後が恐ろしい。屋上で見た二年生の末路を思い出して身震いする。
「そいつは重畳。運がいい」
片手で髪をかきあげ、そのままソファの横に置いてある箱を掴む。春日さんの動きより一拍遅れてサラリと流れる黒髪に意識を奪われてしまう。それぐらい綺麗な髪なのだ。生まれつきと言うのもあるのだろうが、手入れに余念がないのだろう。毛先まで艶々だ。
「ここに署名と学年とクラス」
そう言って僕に差し出して来た紙切れには「入部届け」と書かれている。但し全てが空欄だ。
春日さんが有無を言わせぬ様子なのが恐ろしい。黒い瞳はまっすぐ僕に向けられ、しかも目力が半端ない。断ったらボコボコにされそうだ。霊感商法に引っ掛かる人も案外こういう心境なのかも知れない。胡散臭いって分かってるのに、契約書にサインしてしまうのは恐怖の所為だ。
受け取って名前と学年、クラスを書き込む。ここまでならまだ大丈夫。
そう思ったのは肝心の希望する部活名が入ってなかったからだ。
書き終えた僕の手から春日さんが入部届けを素早く引ったくり、ついでにペンも奪って行く。そしてサラサラッと何やら書き込む。その時になって、物凄く厭な予感がしたけど手遅れだった。
「コピー取って来て」と返された紙は全ての項目が埋まっていたのだ。
何の為に部活選びで悩んだと思ってるんだ。これじゃ詐欺だ。
唖然として見つめる僕に、春日さんがここに来て始めてニコリと花のような笑顔を見せる。
「ようこそ、ミステリ研究同好会へ」




「え、ミステリ……?」
鸚鵡返しにポカンと呟く。
ミステリーってあれだ。人殺しの本だ。
僕だって何冊か読んだ事はあるけど、研究するほど好きって訳じゃない。しかも、入学してからこれまでそんな部活があるなんて聞いた事がない。
瞬きを繰り返していると、春日さんが「早く、コピー」と苛立った声を上げる。思わずそれに従い部屋を飛び出す。正気に戻ったのはコピーを取り終えて戻った所でだった。
なかった事にして貰おう。僕が入りたかったのはそんなマイナーな部活ではないんだから。
そこで入部届けを握りつぶしてしまえば良かったのだが、取りあえず説明しようと思った僕は浅はかだった。
どう説明しようかと考えながらカラカラと戸を開けた途端、目に飛び込んで来た光景に言葉を失う。
「ねぇ、聞いてシオン」
そう言いながら甘えるように春日さんに抱きついている人物がいた。いや、最初は人間だと思わなかった。人形が動いていると思ってギョッとした。
誰だってそう思うだろう。
何しろ、その人物は金髪の縦ロールに水色のワンピースを着用していた。しかも何て言うのか知らないが、中にレースとフリルの白いスカートを履いている。あとで知ったのだが、それはペチコートと言うらしい。頭にはワンピースと同じ素材で出来た大きなリボンを付けている。
幾ら自由な風校で、私服登校が認められているとは言え、これは流石に変だろう。
入学してから僕は私服で登校している生徒を見た事がなかった。一年生は全員が制服のような標準服を着用していたし、二年生も同じだ。中にはタイやリボンを省略する生徒もいるが、一見して制服に見える服装なのだ。三年生になると上にパーカーやセーターを組み合わせる者がいたり、中にはジャージ姿の生徒もいる。それでもやはり学生だと分かる服装なのだ。
それなのに、僕の目の前にいる人物はどう見てもカツラを被っているし、良く見ると目にカラーコンタクトを入れているらしい。どうして誰も注意しないんだ。
僕が呆然としている間に春日さんが先ほどと同じく素早い動きで入部届けを奪い取る。
「ご苦労さま」
そう言って原本をスカートのポケットに押し込み、コピーの方は僕に返してくれる。
「担任の先生には私が提出して置こう」
説明しようと思っていたのに、その隙すら奪われてしまった。口をパクパクさせていると、人形のような人物が僕を振り返り「ん?」と首を傾げる。
パチパチと音がしそうに長い睫毛を上下させ、ジッと見つめて来る。正面から見ると、美少女だ。恐らく化粧をしているのだろうが、元の造りが良くなかったらここまで似合う訳がない。
ただ、その視線からは剣呑な物を感じる。もしかして僕が見つめ過ぎた所為で怒ってるのだろうか。
ヒヤヒヤしながら、「あの、こちらは?」と春日さんに問い掛ける。
「うちの部員のユノだよ」
部員……って事は春日さんが部長なのか。何となく、それだけで僕は逃げ道を塞がれたような気がしてしまう。
「ユノ、新入部員の君塚くんだ」
そう春日さんに紹介され頭を下げようとした途端、「あっ!」と大声を上げられてビビる。
「一年の君塚真澄くんだ!」
フルネームで呼ばれた。
その事に少し面食らうものの、立ち上がったユノさんがピョンピョン跳ねながら近づいて来るので早くも逃げ腰になってしまう。
「おぉ、これが噂の……うんうん、成る程ぉ」
何か良く分からないけど感心されてる。
ユノさんはコクコク頷きながら息が掛かるほど近くまで僕に顔を寄せている。流石に女の人、しかもメチャクチャ可愛い人にそんな事されたら恥ずかしくなる。顔が赤くなるのを押さえきれず後ろに下がる。
「ユノ、真澄ちゃんが怯えてるよ」
ユノさんの後ろから春日さんが襟を掴んで引き寄せる。
それにホッとするけど、さっきと違う呼び方をされている事に気付いて何だか複雑な気分になる。
「だってぇ」
甘えたようにシナを作ったユノさんが懲りずに僕を見つめる。
「君塚真澄くんと言えば、五十嵐がぞっこんラブな一年生でしょー?」
何だろう、死語が聞こえたような気がする。ぞっこん……しかもラブ……って。
ユノさんの言葉に春日さんが意地の悪い笑い方をする。僕の顔つきが可笑しかったのだろうか。
「そうそう、あの五十嵐がね」
あの、と言う所にアクセントを置く。そんな事を言われても僕には何の事だかさっぱり分からない。
五十嵐って、生徒会長の五十嵐さんだろうか。
でも、ぞっこんって言われてもこれまで口をきいた事もないんだけど。
怪訝な顔をする僕にユノさんが「これなら分かるー」と嬉しそうな声を上げる。
「だって可愛いもん」
いやいや、可愛いのはあなたの方ですよ。そう心の中で返しながら、僕はひたすら疲れていた。
そんな僕に春日さんが追い打ちを掛ける。
「んじゃ、真澄ちゃんにはコピーを持って生徒会室に行って貰おうかな」
「どうしてですか」
「部費のお願いをしないとね」
そう言って説明されたのは、ミステリ研究会は部活として認められていないと言う事だった。何でも部員三名以上でないと認められないらしい。僕が入った事で部員が三人になったのだから部活として認め、その上で部費を出してくれと言う事らしかった。
それなりに納得しそうになるが、ちょっと待てと思う。
たった三人のミステリ研究会。うち一人は僕なので、残る二人は春日さんとユノさんと言う事になる。僕が入りたかった部活は上級生の女子が沢山いる所であって、綺麗なだけの変人がたむろするマイナーな部活ではない。断じて違う。
それにそもそもそういう交渉は部長である春日さんがするべきなんじゃないのか。
僕の視線から何を言いたいのか読み取ったのだろう、春日さんが笑顔を崩さず言葉を続ける。
「私が行くより真澄ちゃんが行った方が面白いからね」
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