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cold room 1

 冷たい。
 姉さんの身体はいつだってひんやりとしている。僕にはそれが丁度いい。
 血の繋がりがあるのかないのか。僕たち姉弟は曖昧だ。
 姉さんが漆のように艶やかな黒髪をしているのに反して、僕は生まれつきの茶髪。おまけに酷い癖っ毛だ。二人とも肌の色は白いが、質感は異なっている。
 僕の肌は子供のような乳白色だが、姉さんのは磁気のように艶かしく手の平に吸い付くようだ。
 それでも傍目には似て映るのだろう。僕たちを見た人々は「天使のよう」だと口を揃えて言う。そんな馬鹿な事があるものか。
 天使がこんなにも冷たく美しく、魅惑的である筈がない。もしそうだったとしたら人は最初から堕落している。
 身体の弱い姉さんは学校に通えない。季節に関係なく摂氏10度に保った部屋の中で、本を読んだり音楽を聞いたりしている。口をきくのは僕だけ。
 その所為なのか姉さんには『ルール』が存在しない。モラルもタブーも感じない姉さんは、全てのものから自由でいられる。
 弟を愛する事にも躊躇いなどない。
 『シュウ、』
 腰まで届く姉さんの長い髪の顔を埋めていると、不意に名前を呼ばれてギクリとする。
 感情のこもらない、ただひたすら甘い声。
 おそるおそる顔を上げ目を向けると、不思議そうにキョトンと首を傾げている。
 「クレア姉さん、何……?」
 媚びを含んだ視線で問い返す。
 姉さんの身体が弱くて良かったと僕は思っている。だって姉さんはこの部屋から出られなくて、その世界にいるのは僕だけなんだ。
 僕は誰よりも姉さんを愛している。それはもう異常と呼べるほどに。
 『元気がないから、何かあったの?』
 年上らしく僕を気遣って心配する言葉。いつもならそれに胸がときめき息が苦しくなる。だけど今日だけは例外だ。
 意識せずに眉を寄せて溜め息を零してしまう。
 姉さんの言う通り、厭な事があったのだ。
 僕のクラスに季節外れの転校生がやって来た。背が高く、眉のキリッとした男らしい顔立ち。まるで興味などなかったが、余りに周囲の女子がキャーキャー煩いので見るともなく眺めていた。だが、次の瞬間。
 僕は驚きの声を飲み込むのに必死だった。
 黒板に書かれた転校生の名前。それは姉さんの主治医と同じ「田子」だったのだ。
 両親の離婚に伴い祖父母の言えに越して来たのだと言う。ならば、季節外れの転校生なのも頷ける。そして、やはり姉さんの主治医の孫と思っていいだろう。何故なら昨日、主治医が「暫く孫を預かる事になった」と話していたからだ。
 その孫が同じクラスに転入して来るとは厭な偶然だったが、それは僕にはどうしようもない。だが、事もあろうに田子は姉さんの事を知っていた。
 放課後になって呼び止められ何事かと振り返った僕に田子はこう言った。
 「昨日、チラッと見掛けたけど美人だったな」
 診察に訪れた姉さんを盗み見たらしい。その事実に腹が立ったし、田子が姉さんの事を性的対象として捕らえているらしい事にも腹が立った。無神経だろう。
 誰が誰を見てどう思おうとそれは個人の勝手だ。しかし、その事を弟に告げるのは最低だと思う。
 罵倒してやりたいのを何とか堪えて教室を飛び出した。背後で田子が呼び止める声が聞こえていたけど、そんなものは無視した。
 幾ら外見が良くても、僕の中で田子はデリカシーのないイヤらしい奴として分類されたのだ。
 だから、そんな奴と口をききたくない。そう思っただけだ。
 「何にもないよ、いつもと同じ」
 緩く首を振ってニッコリと笑顔を浮かべる。
 これ以上、不愉快な事を考えたくない。田子の存在ごと隅に追いやって姉さんの髪に指を絡ませる。
 姉さんはいつも黒に近い茶色の服を着ている。たとえるならダークビターのチョコレートのよう。
 フリルやレースが過剰なまでにあしらわれた衣装を身に纏う姉さんは、本物のお人形のように見える。だが、それは日本人形に西洋の衣装を着せたような和洋折衷、ミスマッチ。一種の倒錯なのかも知れないが美しい事に変わりはない。そして、その美しさを増幅させるアンニュイ。
 それに口付けようとした瞬間、極上の空気を打ち破るようなベルの音が聞鳴り響く。玄関からだった。
 誰とも知らぬ訪問者に軽く殺意を覚えるが、放置する訳にも行かない。
 溜め息をついて立ち上がると、姉さんが不安そうな目で僕を見つめている。
 病院とこの部屋の往復だけで、ほかに出かける事のない姉さんは極度の人見知りだ。僕以外の人間と会うのを恐れている。
 指を強張らせる姉さんを安心させようと小さく微笑み、玄関へと向かう。
 何かのセールスだったらどうしてくれよう。
 姉さんを怯えさせ、僕の甘い時間を奪った訪問者に対する怒りがフツフツとわき起こる。笑顔の下ではらわたが煮えくり返りそうだった。
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