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cold room 2

 乱暴にパネルを操作して訪問者の姿を確認する。
 最悪だった。
 背が高過ぎるのだろう、少し屈んでこちらを覗き込んでいるのは田子だった。
 いまどき珍しい、短く刈り込んだ髪型と真っ直ぐな目。それは純粋さと剣呑さを含んだ諸刃の剣だ。見る者を萎縮さえ怯えさせる。
 居留守を使いたかったが、モニターのスイッチが入った事は訪問者にも分かる仕組みになっている。 それに田子の表情を見る限り、そんな事では引き返しそうになかった。
 諦めの溜め息をついてマイクで問い掛ける。
 「何の用」
 「届け物だ」
 初対面の田子が僕の家を知っていたと言うだけでも驚きなのに、その上、届け物があると言う。だが、考えてみれば姉さんの主治医の孫なのだ。住所は幾らでも調べようがある。
 「何を」
 勝手に住所を調べられたという腹立たしさもあって素っ気なく応対すると、田子はそれを意に介した様子もなく懐から何やら取り出す。
 白いハンカチだった。
 レースで縁取られ、隅に薔薇とアルファベットが刺繍されている。それを見た僕は考える余裕もないままに玄関の鍵を外す。
 「返せ!」
 飛び出した勢いのまま手を伸ばし、ハンカチを奪おうとする。姉さんのだったからだ。
 きっと病院に忘れたのを田子が見つけたのだろう。届けてくれた事に感謝するべきなのだろうが、姉さんの物をこんな男が手にしているという事実が許せなかった。
 僕の剣幕に驚きもせずに田子がヒョイとそれを躱してしまう。勢い、僕は田子に抱きつくような形になってしまうが、そんな事を気にしても仕方ない。
 ハンカチだけを見つめて必死になって手を伸ばす。
 「落ち着け、」
 耳元でそっと囁かれ、その近さにギョッとする。耳を押さえながら慌てて飛び退く。
 「どこでそれを手に入れた」
 噛み付かんばかりの勢いで問い詰める。
 姉さんの物に触れていいのは僕だけだ。そう睨みつける僕の視線に田子が肩を竦めて見せる。
 「人聞きの悪い事を言うな。昨日、じいさんの病院に忘れたのはそっちだろ」
 姉さんは確かに昨日、病院に行った。そこでハンカチを忘れてしまうというのはありがちなのかも知れない。だからと言って田子がそれを持っている理由にはならない。
 「じいさんに頼まれたんだ。同じ学校だから返してやれって」
 学校に通っているのは僕であって、姉さんではない。だが、些細な間違いを指摘出来るほど僕は冷静ではなかった。
 「なのに声掛けた途端、逃げ出すから驚いた」
 苦笑めいたものを浮かべて呟く田子から目を逸らし深呼吸をする。
 そして怒りで身体が震えそうになるのを必死で堪え、何とか声を絞り出す。
 「捨ててくれて構わない」
 そう言ってドアを閉めようとするが、田子が素早く動いてそれを阻む。
 「刺繍入りのハンカチだ。持ち主に返した方がいいだろ」
 僕だって可能ならば取り返したいだ。しかし、田子が触れた物を姉さんに渡すのは気が引けると言うか絶対に厭だ。だって、そんな事したら姉さんが汚れてしまうような気がするのだ。
 「いらないなら俺が貰うぞ、」
 大男が刺繍入りのハンカチをどうするのだろう。そう思ったのが顔に出たらしい。田子がクスリと口元だけで笑って応える。
 「何だか甘いにおいがするし、寝る時に使わせてもらおうかな」
 それに何を仄めかされたのかを悟り、頭にカッと血がのぼる。
 「駄目だ!」
 即答だ。しかも大声。
 姉さんのハンカチで自慰するなんて、そんなの絶対に許さない!
 「冗談だ、ほら」
 僕の剣幕に怖じ気づいた訳ではないだろう。だが、田子が思ったよりも素直にハンカチを差し出して来る。それを引ったくるように奪い取り、ポケットに押し込む。
 田子が触ったのだから洗濯しても姉さんには渡せない。これはあとでゴミ箱にでも入れてしまおう。
僕がそんな事を考えている隙に田子がドアを押し開け玄関に入り込む。
 「おい!」
 慌てて呼び止めるが、気にする様子もなく靴を脱ぐ。それを揃えながら「部屋はどこ?」と訊ねて来る。
 「困る、勝手に上がらないでくれ」
 この短いやり取りで厭と言うほど分かっていた。
 僕は田子が苦手だ。
 姉さんの事を知っていたからとか関係ない。田子は呆れるほどのマイペースで、こちらの都合などお構いなしだ。
 「届けてやったんだから少しぐらい構わないだろ」
 そう言われてしまったら僕は何も言い返せない。リビングに通じるドアを指差し、田子がそちらに向かったのを確認してから姉さんの部屋に行く。
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