スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

cold room 3

 玄関で大騒ぎしたのだから姉さんの耳にも届いていたらしい。
 不安そうに顔を曇らせて僕を見つめ返して来る。それに何でもないと説明にもならない言葉を告げて、「部屋から出ないで」と続ける。僕の言葉に姉さんが小さく頷く。
 家から出る事のない姉さんは極度の人見知りだ。
 対人恐怖症なのかも知れない。だからわざわざ言わなくても部屋から出る筈などないのだが、僕は少しの安心が欲しかった。
 姉さんの部屋を出ようとして、ポケットの中にハンカチがある事を思い出す。
 「これ、病院に忘れた?」
 姉さんの手が触れない程度に離れた所で取り出して見せる。
 刺繍されたアルファベットは姉さんのイニシャルだし、薔薇の花も姉さんの好きなものだ。だから間違いないと思ったのだが、それを見た姉さんは緩く首を振る。
 「他の所に忘れた? それとも落とした?」
 確認のために重ねて問い掛けるが、姉さんは首を振るばかりだ。
 「……もしかして姉さんのじゃないの?」
 質問の内容を変えると、漸くコクンと頷く。
 どういう事なのか考えたかったが、余り待たせて田子がこの部屋に来られても嬉しくない。
 有耶無耶にしたまま姉さんの部屋を出てリビングに向かう。
 リビングは普段、使っていない。食事はキッチンで済ませるし、その他の時間は姉さんの部屋に籠っている。
 その所為なのか、久しぶりに入ったリビングは少し埃っぽい。
 田子は唯一置いてあるソファに腰掛け、リモコンを手に何やらしている。エアコンの温度を調節しようとしているのだろう。
 気温10度は真冬ならば寒いというほどではない。だが、屋内という思い込みが体感温度を下げてしまう。
 「電池抜いてあるから無駄だよ」
 僕の言葉に田子が不思議そうな視線を向けて来る。
 「どの部屋も同じ温度に設定してある。寒いと思うなら帰ってくれ」
 もともと招いた客ではないのだ。田子が帰ると言うなら、それは僕にとって歓迎すべき事だった。
だが、田子は不敵な笑みを浮かべてリモコンを投げ出す。
 「雪国育ちを舐めるなよ」
 そう言えば田子はどこからか引っ越して来たのだった。それが雪国だとは思わなかったが、言われてみれば確かに都会者には見えない。
 何もダサイと言うのではない。寧ろその反対だ。
 人口密度の高い都会では誰も彼もが無関心だ。雑踏を歩いて誰かと目があった事など一度もない。だが、田子は興味があれば遠慮なく見つめ観察するのだろう。その真っ直ぐな目で。
 「ここより寒い?」
 雪国。
 それがどこなのか分からなかったが、テレビのニュースか何かで見たのだろう。雪に覆われた町並みを思い浮かべて思わず問いかけてしまう。
 降り積もる雪に覆われてどこもかしこも真っ白。
 雪を綺麗と思うのは普段、接する事がないからだ。雪が沢山積もれば、交通機関は麻痺し道を歩くのもままならないだろう。屋根に積もったそれは重みを増して家屋を潰してしまう事もあると聞いた。
 僕は雪の多い地域に行った事はないが、一つだけ分かる。
 それは間違いなく寒いと言う事だ。
 「ああ、比べ物にならないな」
 僕の考えを見抜いたように田子が頷く。だが、続けられた言葉は意外なものだった。
 「こっちに来た時、暖かいって思ったぐらいだ。これじゃ春になっても気付かないんじゃないかって」
 「どうして?」
 「雪が溶けないから」
 そりゃ、ここでは雪なんて滅多に降らないんだから溶けようがない。だけど、田子が言ってるのはそういう事ではないのだろう。
 「春が好き?」
 「好きだよ、春だけじゃない。夏も秋も、そして冬だって好きだ」
 「寒いのに?」
 「シュウだって寒いのが好きだろ」
 ごく自然にそう言われて頷いてしまう。確かに僕は寒い方が好きだ。
 だけど、すぐにハッとする。どうして田子が僕の名前を知っているんだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。