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cold room 4

 姉さんの主治医から聞いたのかも知れない。でも、僕は付き添いで行った事すらないのだ。そうすると今度は、どうして主治医が患者の弟の名前を覚えていたのかが不思議だった。
 「でも、少し寒過ぎる。何か理由でもあるのか?」
 田子の声に僕の思考が途切れてしまう。
 「え、何?」
 「これじゃ冷蔵庫だ。どうしてこんなに気温を低くするんだ」
 「姉さんが、」
 そこまで言って思わず口ごもる。
 田子に姉さんの事を話したくない。だが、それ以上に僕がそう言った瞬間、田子の顔つきが変わったのだ。食い入るように僕を見つめて来る。
 「暑いと汗を掻くだろ、それが嫌いなんだ」
 姉さんはどんなに暑くても汗なんか掻かないだろう。だから、汗を掻きたくないのは僕だった。
 人形のような姉さんと一緒にいる為には僕自身も人形のようになる必要がある。
 僕の説明に納得したのかどうか、田子は小さく頷くだけで何も言わない。
 「それで、何の用だよ」
 何となく気まずい空気が流れている。そもそも田子を部屋に上げる理由なんかないのだ。今すぐにでも追い出してしまいたい。だが、どう見ても僕と田子では勝負にならない。身長も体格も違い過ぎる。
 「じいさんに様子見て来いって言われたからな」
 田子の言う『じいさん』とは姉さんの主治医だろう。どうして医者でもない孫にそんな事を頼むのか不思議だったし、依頼された内容からして田子が話をするべきなのは僕ではなくて姉さんの筈だ。
 それにも関わらず田子がソファに座ったまま動こうとしない。
 「様子って、どうして」
 沈黙に耐えかねてそっと訊ねると、田子がどうでもいと言わんばかりに首を振る。
 「さぁ……年が近いからどうこうって言ってた気がするけど、良く分からん」
 「ふぅん、」
 そりゃ主治医の年齢を思えばその通りなのだろう。だが、そこに真意があるとも思えない。
 曖昧な相槌を返して、ふと思いつく。
 「どこに住んでたの」
 田子は雪国としか言わなかった。日本列島は長いのだ。雪の降る地域は沢山ある。
 そう思ったから質問しただけなのだが、それが意外だとでも言うように田子が視線を向けて来る。
 何か変な事を訊いたのだろうか。田子の揺るぎない視線に晒され、失態をおかしてしまったような不安に陥る。そんな僕を見つめて、田子がフッと笑って答える。
「青森」
 その地名で思い浮かぶのは白鳥飛来とねぶたぐらいだ。
 「……標準語うまいね」
 「嫌味か、それ」
 そんなつもりはなかった。
 田子は僕と変わらぬ、聞き取りやすいアクセントで話している。だから正直な感想だったのだが、考えてみれば上京して間もないのだろう。嫌味と聞こえても無理はないのかも知れない。
 「えっと、東北弁……津軽弁だっけ?」
 テレビで聞きかじった言葉を口にすると、億劫そうな溜め息が返って来る。
 「それで話しかけてもシュウには聞き取れないだろ」
 「そんな事ない。何か話してみてよ」
 僕の我が侭に暫し思案して、田子が口を開く。
 「めごいやつだな。けやぐになりてばってはずかしいな」
 「……何?」
 聞き取れなかった。辛うじて音としては拾えたが、意味まで理解するのは無理だった。
 目をパチパチさせる僕を見て、田子が苦笑を浮かべる。
 「何でもない、気にするな」
 田子の様子を見る限りたいした意味はなかったのだろう。挨拶か何かだったのかな。
 「それより具合はどうなんだ」
 「え、」
 主治医に言われて来たのだから質問の対象は姉さんなのだろう。でも、姉さんは昨日も病院に行ったのだ。たった一日で変化するような病気ではないのに。
 「別に、余り変わらないよ」
 これで田子の用件は全て済んだ筈だ。そろそろ帰ってくれないかな。
 そう願う僕を無視して、田子は依然としてソファに腰掛けたままだ。
 「シュウ、」
 田子が真剣な顔で僕の名前を呼ぶ。そんな声で呼ばれたら意味もなくドキッとしてしまう。だけど、何とかそれを包み隠して僕は知らん顔をする。
 「姉さんに会いに来たんだろうけど無駄だよ」
 この一年間、姉さんは僕としか口をきいていない。親に言われて渋々、病院には通っているものの、そこで誰かと言葉を交わす事は皆無だった。
 「分かってるよ、そんな事」
 田子の返事に僕の方が肩すかしをくらってしまう。
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